第七十一話 その写真が混沌を招く
第七十一話 その写真が混沌を招く
提示された、早智とのキスの瞬間を撮った写真を見ながら、ぼそっと呟いた。
「いつの間に撮ったんだ?」
「ふふん! 生徒会長の特権を使えば、手に入れるのは造作もないことだよ!」
恐らく俺を妬んでいる誰かが、決定的瞬間を激写して、会長に渡したのだろう。
七海はしばらく写真を凝視していたが、顔を上げると、俺の襟首を掴んできた。
「何よ、これ? どうして馬鹿内とまでキスをしているのよ!」
「ひゃあ!」
その迫力に、俺よりも会長の方が女々しい悲鳴を上げた。
「お前と同じ理由だよ。転倒しそうになった早智を受け止めようとしたら、運悪く唇が重なってしまったんだ。故意じゃなくて、事故だ」
「あんたって人はぁ……」
左拳をワナワナと震わせながら、七海が呻いた。同じ状況で、お前ともキスしているんだから、故意じゃなかったことを信じてくれてもいいのに。
「まず手を放してくれないか? このままだと話もしにくいし、息苦しいんだ」
「窒息死すればいいのよ、あんたはぁ~~!」
死ねばいいなんてひどい。仮にも学級委員でもあるのに、そのセリフはどうかと思う。
「そこまでにしておけ!」
傍観しているだけだった蓮杖が七海を後ろから押さえつけた。
「昨日碓氷さんに過剰な言動は控えるように釘を刺されたことを忘れたのか?」
「ぐ……」
俺を締め上げる七海の力が急激に弱まる。さすがの碓氷副会長とやらは怖い存在らしい。
万が一、陽菜に知られてしまった場合、今の七海みたいにキレて攻撃してくる可能性もゼロではない。少し時間をおけば落ち着くだろうが、一時的にはすごく取り乱すに違いない。やれやれ、せっかく仲直りしたばかりだと言うのに……。
七海が大人しくなると、会長はコホンと咳払いして、改めて俺に決断を迫ってきた。
「この写真を見られないで穏便に別れるか、見られてすったもんだの末に別れるか、選ばせてあげるよ」
一見すると、俺に選択肢があるように思えるが、実際は写真のことがばれない内に、陽菜に別れ話を切り出すしかない。この理不尽さ、ド〇クエの選択肢を思い出す。
「一つ確認したいんだけど」
「む?」
「そこに映っているの、良く見たら俺じゃない」
「ふえ?」
俺の予想外の返答に、生徒会室に衝撃が走る。
「そ、そんな馬鹿な」
「さっきはいきなりだったから、勢いで俺だって認めちゃったけど、落ち着いて見返してみたら、俺じゃない。そこに写っているのは別の男だよ」
会長は見る見るうちに青ざめて、滑稽なほどに慌てだした。
「で、でも、七海以外の女子とキスしたのは事実でしょ!」
「確かに事実だけどさ。俺が写っていないんじゃ、証拠写真にはならないよな。俺も白を切るつもりだし」
「き、汚い……」
盗撮した写真で人を脅してくるような人に言われたくはない。
「馬鹿を言わないでよ。ここに写っているのは、どう見てもあなたよ?」
今度は七海が言い返してくる。すっこんでいてくれればいいのに、お前はどっちの味方なんだ。
「そ、そうよね。騙したの? 私を!」
「いや、騙してないって」
薄々気付いている人もいると思うが、俺は自分の写っている写真だと百も承知の上でとぼけている。無駄なあがきのようにも見えるが、これでも作戦の実行中なのだ。
「よく見なさいよ! どう見てもあなたでしょ!」
怒りに燃える会長が、写真を俺に突き付けてきた。
「え~、そんな筈ないんだけどな。どれどれ……」
とぼけるふりをして写真を受け取る。こんな三文芝居に引っかかるなんて、やっぱりお子様だな、会長は。
「あ! 勝手に写真を懐に入れようとするな! まだコピーを取ってないのに! しかも、生徒会室から出ていこうとしている!? 逃げる気なの!?」
この写真さえなければ、会長の命令など無視できるのだ。ならば、奪い取って破棄してしまえばいい。ご丁寧にコピーを取っておらず、これさえ破棄すれば、証拠がなくなることを会長自身が説明してくれた。
そのまま生徒会室を出ていこうとしたが、会長に追いつかれてしまい、写真の取り合いになった。しばらく一進一退の攻防を繰り広げた後、口惜しいことに会長に写真を持って行かれてしまった。
「全く! 油断も隙もないな」
俺の手から写真を取り戻すと、会長は呼吸を整えて安堵した。写真の争奪戦がよほど面白かったのか、古賀は腹を抱えて大笑いしている。くそ……、もう少しで強奪できたのに。
「まあまあ、そんなに畏まることもないよ。君、かなりモテるんだろ? 美咲陽菜と別れても、他の女子と付き合えばいいじゃないか」
古賀が他人事と思って、勝手なアドバイスをしてくる。
「え~と、豊嶋まゆに、高坂弥生だっけ。それ以外でも、お前を狙っている女子が五人いることが確認されているから、その中から選べばいいじゃないか。……って、何? その反応は。もしかして、お前の知らない情報も含まれていた?」
含まれていたさ。早智から、まゆと弥生以外にも、俺に好意を持っている女子がいることは教えてもらっていたが、五人もいたとは……。自分が思っている以上にモテていたことと、それをよりによって生徒会が把握していたことに驚いた。古賀が全員の名前と所属クラスを教えてくれようとしたが、丁重にお断りした。今はそれどころではない。
「なんなら、代わりに俺が付きあっても良いぜ」
「あんた、何を言っているのよ!」
七海が慌てて口を挟むが、古賀は両腕を後ろで組んで、淡々と話しを続ける。
「あれ? 言わなかった? 俺もこいつを狙っている七人の女子の一人なんだぜ」
思わせぶりなことを言って、ニヤリと俺を見た。
「それとも、七海の方がいい? 七海もまんざらじゃないみたいだから、良いカップルになると思うよ」
「は? 何で私がこいつみたいなのと付き合わなきゃいけないのよ。こ、こいつとなんっててて、私からお断りよ!」
「あははは! 冗談だよ。昨日キスしていたから、ちょっと鎌をかけてみただけさ。大袈裟にとらえるな」
「ま、全く! 笑えない冗談は止めてよね」
「でも、必要以上に慌ててくれて、横から見ていて面白かったよ」
「古賀ぁ……」
からかわれることに免疫のない七海が古賀を睨むが、飄々として気にも留めていないようだった。
「七海が俺に惚れるなんてありえないよ。そうだよな、七海」
いつも毒舌ばかり吐いている七海が、俺にデレている姿など正直想像も出来ない。
「そ、そうよ。そうに決まっているじゃない」
どんどん声のトーンが低くなっていき、最後の方は聞き取れないほど小さくなっていた。一体どうしたと言うのだ?
「話が盛り上がっているみたいだけど、そろそろ答えを聞かせてもらってもいいかな?」
半ば忘れられていた会長が、別れるか否かの答えを催促してきた。俺としては、馬鹿話に花を咲かせつつ、次の作戦を考えるつもりだったのだが、生憎良い考えが頭に浮かばない。
その時、タイミング良く、俺の携帯電話が鳴った。
「陽菜からだ……」
生徒会の面々に断ってから、電話に出る。
「ねえ。まだ話は終わらないの?」
俺をずっと待ち続けて、しびれを切らした陽菜からの、催促の電話だった。
「悪い! つい話し込んじまった。今、行くから、もう少しだけ待っていてくれ」
待たせた非礼を詫びると、電話を切って、会長たちにこれ以上陽菜を待たせるのも何だから、もう帰る旨を伝えた。案の定、唖然とされた。
「ちょっと待ってよ。まだ話は終わってない! お姉ちゃんに写真を見せるよ!」
「見せればいいさ」
「え?」
「早智とのキスシーンを撮った写真を陽菜に見せたいなら、そうすればいい。それで陽菜が俺と別れたいと言うのなら、受け入れるさ。だからと言って、あんた達に恨みを持ったり、仕返しをしたりするようなこともしない」
出来ることなら隠しておきたかったが、そうもいかなくなったようだ。なら、じたばたしないで、事の成り行きに身を任せるだけだ。
会長は電池の切れたロボットのように固まり、他の三人は感心したような目で俺を見ていた。
反論がもうないことを確認すると、俺は一礼して生徒会室を辞して、陽菜の元へ走った。そして、何事もなかったように、コンビニに寄り道しつつ、陽菜と帰路を楽しんだ。
帰宅すると、早智がもう帰宅していたので、俺とキスした場面が盗撮されていたことを教えると、烈火のごとく怒り、どんな手を使ってでも犯人を見つけ出すと言っていた。こいつの情報網はすごいので、明日辺りには犯人が取り押さえられている展開もありうるだろう。
会長は結局、写真を見せるのだろうか。見せていたとしたら、美咲家は今頃大騒ぎだろうなと、思いを巡らせながら、翌日に備えて就寝した。さて、どんな結果が待ち受けていることやら。
何気なく映画のサイトを見ていたら、好きな作家の作品が映画化することを知り、ひたすら驚きました。自分の作品も、いつか映画化とか、アニメ化とかしたらいいなと、身の程知らずなことを考えつつ、今回の話を書きました。全然本編と関係のない話で失礼しました。感想お待ちしています。




