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岩見優司のリア充(?)な日常  作者: 霧島こう
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第六十六話 ファーストキスは突然に

第六十六話 ファーストキスは突然に 


「やっと描き上がりました」


 モデル開始から一週間で、俺の絵は完成した。


 弥生は体のコリをほぐすように、万歳の姿勢を取って、上半身を後ろに反らせていた。俺も静止を解いて、体をほぐした。その隙に陽菜が完成した絵を見て、感想を言った。


「うん。優司くんの格好よさが余すところなく発揮されているね!」


「そうか?」


 陽菜の横から覗いてみるが、俺のふてぶてしい顔がキャンパスを独占している。貴重な紙資源を無駄にしてしまい、地球に申し訳ない気持ちだ。


「この絵って、絵画コンクールに送るものだよね」


「はい、自分で言うのもなんですが、自信作です」


 陽菜と弥生の二人は、この絵がお気に入りのようだが、自分の姿が絵になっているというのは、あまり良い気分がしない。ましてや、入選しようものなら、大勢の人の前に晒される訳だ。弥生には申し訳ないが、落選することを心より望んでいる。


 何はともあれ、絵が完成したことで、もう美術室にいる理由もない。立ち去ろうとすると、弥生から「お礼です」と、手作りのクッキーを渡された。クマやウサギなどの動物が可愛くかたどられている。甘い匂いが鼻を通して、食欲を誘ってきた。一つつまんで食べてみたが、程よい甘さで美味しかった。


「ありがとう。ちょうど小腹が空いてくる時間だから、助かるよ」


「ごめんなさい。そんな簡素なものしか用意できなくて。本当はもっとちゃんとしたお礼を渡したかったんですけど」


「いいよ。俺はクッキーでも全然OKだから!」


 俺がクッキーのプレゼントを喜んでいるのを伝えると、弥生は嬉しそうに笑った。対照的に、傍らの陽菜は面白くなさそうにしていたので、不満が表面化する前に、手を引いて美術室を後にした。


 その日は寄り道することもなく、弥生からもらったクッキーを分け合いながら、陽菜と二人で帰った。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


「ねえねえ、優司くん。ふと思ったことがあるんだけどさ!」

 翌日、教室で陽菜と雑談していると、思い出したように言ってきた。


「何だ?」


「七海が優司くんのことを妙に敵視しているように感じるんだけど」


 陽菜も気付いていたか。先日のモデル騒動以来、俺は七海から避けられているのだ。もうモデルは終わったと言うのに、七海の機嫌は未だ直らなかった。


「見ての通りだよ。俺は七海に嫌われているのさ」


「? ほんの少し前まで、あんなに仲が良かったじゃない!」


 以前も大して仲が良かったとは言えないが、少なくとも今よりはマシだろう。俺は七海とのいきさつを陽菜に話すと、彼女はふむと唸った。


「つまり、私のために、七海は怒ってくれているということだね!」


 どことなく嬉しそうに陽菜が呟いた。


「そういうこと」


 当の陽菜が対して怒っていないので、七海の方もそろそろ機嫌を直してほしいと思うが、七海は思った以上に頑固で、未だに俺を見る目は冷たかった。


 しかも、関係が悪くなっているのは七海だけではない。早智とも、喧嘩こそしていないが、あの一件以来微妙な距離感が出てしまっている。共通の知人であるホイケルに相談したら、「リア充が天罰を受ける時が来たw」とか言われる始末だ。


「つまり、今優司くんは七海と鹿内さんの二人と気まずい関係になっている訳だね!」


 早智との一件も効いた陽菜は、腕組みをして唸った。七海はともかく、早智は放っておけば、機嫌を直すと思っているので、あまり深刻には捉えていない。


「まずは七海と仲直りしようか! 七海のことは良く知っているから私がいろいろとアドバイスできるからね!」


 頼んでもいないのに、陽菜が七海との関係修復を斡旋し始めた。何かよく分からない内に、陽菜のやる気スイッチが入ってしまったようだ。


「ちなみにさ。優司くんは鹿内さんの着替えを偶然見ちゃった時に、見てないよね?」


「? 何を?」


「だから、鹿内さんの……」


 そこまで言ったが、語尾はごにょごにょしていて、聞き取れなかったが、言わんとしていることは分かった。下着姿は見てしまったが、そこから先は見ていない旨を伝えると、陽菜はホッと安堵の息を漏らしていた。普通は下着姿を見ただけでも怒るものだが、陽菜にまで避けられたくないので、そこは深く言及しないで置くことにした。




 放課後、授業が終わって教室を出ていこうとする七海を、陽菜が呼び止めた。


「七海! ちょっといい?」


「今から生徒会の仕事があるんだけど」


 俺と目を合わせないようにして、七海は自分が忙しい身であることを陽菜に伝えた。陽菜はめげずに、食い下がる。


「じゃあ、仕事をしながら聞いて」


 いや、そこは仕事の邪魔にならないように、手短な説明で済ませるところじゃないのか?


「駄目だと言ってもついてくるんでしょ。邪魔にならないと約束したらついてきてもいいわよ」


「うん、約束する!」


 仕事をしている横で話しかけている時点で十分に邪魔だと思うが、そんなことは七海も理解しているのだろう。その上で、了承したに違いない。何て親友愛だ。


「それで、用件って?」


「うん。単刀直入に言うけど、優司くんと仲直りして欲しいの!」


「? 仲直りするも何も、彼とは最初から喧嘩なんてしてないわよ」


「そうなのか?」


 最近の七海のつれない態度は、俺の勘違いだったのか。と言うことは何も悩む必要なかったんだな。


「ええ。ただ蔑んでいるだけ」


 全身から力が抜けそうになったわ。大丈夫だと思っていたら、この毒舌。やっぱり七海は俺のことが嫌いなんだ。同じことを陽菜が口に出して指摘する。


「やっぱり関係が悪化している! 今の七海、雪女みたいな目をしているよ!」


 「そうかしら?」とふてぶてしくもとぼけている。


 精神的にダメージを追いながらも、雑談に花を咲かせながら歩いていると、目的地に到着したようだ。七海が向かっていたのは、図書室だった。


「改めて言うけど、私はここで図書室の蔵書整理をするの。見ての通り、忙しくなるわ。邪魔をするのなら、帰ってちょうだい」


 「邪魔なんてしないよ」と陽菜が言っているが、七海は本心では陽菜に帰ってもらいたいのだろうな。


 しかし、今日七海がやる予定の蔵書の量は半端ないな。


「これ、全部、お前一人でやるのか?」


「そうよ」


 えらく淡々と言い切るが、一人でやるには骨が折れるぜ。


「図書委員はどうしたの? 本来は彼らの仕事でしょ!」


「みんな風邪やら、急用やらで来れなくなっちゃったのよ。前もって一緒にやることを伝えておいたのに。今年の図書委員は駄目ね。不真面目な奴ばかりだわ」


「生徒会の他の役員に応援を頼めばいいじゃないか」


「他のメンバーも各々の仕事で一杯一杯なのよ。今更、私の仕事を手伝ってなんて言えないわ」


 そこまで言うと、時間が惜しいのか、七海は黙々と作業を始めた。


「優司くん。これは絶好のチャンスだよ!」


 横で七海の話を聞いていた陽菜がしたり顔で、俺に話を振ってきた。


「本の整理を手伝って、ポイントゲットだよ!」


 確かに、一人でやることになってしまったことを愚痴っていたし、足さえ引っ張らなければ、今手伝えばかなり好印象を持たれるだろう。


「でも、結構な量だぞ……」


「だからこそ、チャンスなの! 七海の細腕で、あの量の蔵書を整理するのはたいへんに決まっているよ。表面上は強がっているけど、内心は誰かに助けてもらいたくて仕方がない筈だね」


 陽菜は満面の笑みで頷いていたが、実際に作業することになる俺は、たまりにたまった蔵書の量を見るだけで辟易していた。


 俺、別に七海と仲直りしなくてもいいような気がしてきた。


「ほら、優司くん!」


 尻込みする俺の後ろから、早く手伝いを申し出るように、陽菜がエールを送ってくる。


 ……分かったよ。確かに、女子一人でやる量でもないしな。仕方がないから、手を貸すことにしよう。ただ、手伝ったからと言って、仲直りできるとは限らんぞ?


「七海、手伝うよ」


 また蔑まれることを覚悟しつつ、なるべく七海を刺激しないように、スマイルを心掛けて、声をかけた。


 顔を上げた七海は、汗をびっしりとかいていた。


「……お願い」


 てっきり、あなたの力なんていらないと突っぱねられると思ったが、憎まれ口を叩いている余裕もないらしい。意外にもあっさり手伝いをお願いされた。


 やはり一人より、二人の方が作業ははかどった。積み上げられていた蔵書の量は、どんどんなくなっていく。


 陽菜が見守る中、蔵書の整理作業は着々と進み、遂に終盤へ差し掛かった。


「後はこの本を一番上の棚に収めれば、作業終了ね」


「終わってみれば、意外に呆気なかったな」


 一番上の段は高く、七海の身長では心もとない。なので、俺がやるつもりだったが、七海が本を持って、先に収めようと前に出た。


「おい、お前の身長じゃ危ないから、俺がやる。本を寄越せ」


「馬鹿にしないで。これくらい余裕よ」


 強がっているが、全然余裕に見えない。足元はふらついているし、今にも台から足を踏み外しそうだ。


 危ないなと思っていると、俺の目前で本当に七海が足を踏み外してしまった。


「えっ……」


 自分の体が宙に浮く感覚が理解できず、きょとんと間の抜けた声を上げる七海だったが、その間も床に向かって落下していた。


「危ない!」


 俺は咄嗟にバランスを崩して床に転倒しようとしている七海に手を伸ばした。


 次の瞬間、大きな音を立てて俺と七海は床に転倒した。


「優司くん! 七海! 大丈夫?」


 緊急事態に陽菜も慌てた様子で、駆け寄ってきた。あまり心配させたくなかったので、大丈夫と言おうとしたが、唇に何かやわらかいものが覆いかぶさっていて、上手く発音できない。


 何かと思って、目を開けると、俺とくっつく形で、七海の顔があった。向こうは、目を見開いて俺を凝視している。この体勢と、七海との近すぎる距離。加えて、唇に感じる甘酸っぱい感触。……これはもしや。


 気のせいであることを願ったが、残念なことに事実だった。俺は七海を抱きしめる形で、キスしていた。


「は、は……」


「あ……」


 お互い、電気回路がショートしたかのように、固まっていた。脳内で回線がブチブチと切れている音がしているので、神経系統が本当に切れているのかもしれない。


 そこで頭上から、俺たちを見下ろす殺気の塊に気付いて、咄嗟に視線を上げる。陽菜が瞳孔を見開いた状態で、俺たちを見ていた。


「あ、あの……、違うの! これはわざとやった訳じゃなくて……」


「そう! 不幸な事故だ。故意にやっていない。偶然に互いの唇が重なってしまっただけだ」


 俺と七海で、異口同音に言い訳をするが、陽菜の顔は怒りのため、急速に赤く染まっていった。


「な、な、七海の馬鹿~~~~~~!」


 学校中に響き渡りそうなボリュームで絶叫すると、陽菜は廊下の向こうへ走って行ってしまった。


「陽菜! 待って! 話を聞いて~!」


 七海は必死に叫びながら陽菜の後を追うが、陽菜の方が圧倒的に早いので、今日中に追いつくのは難しいだろう。ただこのまま放っておけず、俺も陽菜を追うために走り出す。並走する七海に「あんたのせいだからね!」と罵倒されたが、あれは不幸な事故だ。お前だってさっき言っていただろう。


ラブコメのお約束のような形で、優司がキスしてしまいました。俗にいうラッキースケベと言われるものですね。優司本人はあまりラッキーとは思っていないようですがね。タイトルにも書きましたが、これが彼本人にとって、ファーストキスになります。

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