第五十八話 恋愛はマニュアル通りにいかない
第五十八話 恋愛はマニュアル通りにいかない
たった今、俺たちの不注意で濡れてしまった部位を拭くために、まゆに乾いたタオルを手渡しながら、望まぬ再会に内心でため息をついた。
「奇遇だな……」
「だよね。今朝会ったばかりなのに、こんなところで再会出来るなんて運命を感じちゃう。ていうか、隣に座っていたのに気付かなかったなんて、私もドジだねえ♪」
気付かなかったのは俺達も同じだが、横で騒いでいても気付かないとは、相当集中していたのだろうな。そんなにおもしろい本なのだろうか。そう思って、まゆが読んでいた本を見ると、恋愛バイブルの文字があった。おそらく、俺と別れた後に書店で買った本だと思われる。
「せっかくだから、これから私と遊びに行こうよ♪」
今デート中だということを知った上でアプローチをしてきた。同じ日に、二度も偶然遭遇したことに、まゆはテンションが上がっているのかもしれない。
「あ、あのな。今朝も言ったけど、俺は今日陽菜とデートしているんだ」
横に座っている陽菜に目をやりながら、まゆに自制を求める。もちろん、燃え上がったまゆの情熱が、その程度で収まるわけがない。
「でも、もう一人女の子が一緒じゃない。そうなるともうデートとは言えないわよね♪」
「う……」
痛いところを突かれて、俺は黙ってしまう。
「難しく考えないで。楽しく行こうよ♪」
そんな理屈でデートを反故にしていたら、世の中の男性陣は命がいくつあっても足りないだろう。
そろそろ陽菜の怒りが爆発する頃だと思い、チラッと様子を窺うが、思いのほか落ち着いていて、ウェイターの持ってきた水でのどを潤していた。
「いいんじゃない? 豊嶋さんが一緒でも」
「い、いいのか?」
いつもの陽菜なら怒って止めてくるはず。特にまゆに対しては警戒している様子を隠そうともしない。別れ話の到来も意識していると、「その代わり、別の日に穴埋めしてね!」と、そっと耳打ちしてきた。唐変木を自認する俺でも、こういう可愛い不意打ちには弱く、不覚にもドキッとしてしまう。
しかし、一方でイライラしている部分もあったようで、人知れず心の声を物寂しげに呟いていた。
「せっかくのデートが……」
そう言われると、彼氏として不甲斐ない気分になる。
「す、すいません。お嬢様ぁぁ!」
今にも泣きだしそうな顔で、光が頭を必死に下げる。デートの失敗は全部自分に責任があると言わんばかりの勢いだ。恐らくデートをぶち壊しにしたことへの謝罪の念もあるだろうが、それ以上に陽菜からの報復を恐れているに違いない。
「……確か三階ではメイド服だけじゃなく、魔法少女の服も売っていたなあ」
光に返事をすることもなく、遠い目でボソッと呟く。だが、彼女の目は紛れもなく、静かな怒りを秘めていた。光は救いを求めるように、手を伸ばすが、陽菜に届くことはない。やがて力なくがっくりと崩れ落ちた。光を憐れんでいると、陽菜の矛先は俺にも向けられた。
「それからね、さっき豊嶋さんと話していた時に気になったことがあるんだけど、今朝豊嶋さんと会ったの?」
「! ま、まあな……」
ほんのちょっと話しただけだが、案の定、陽菜は聞き逃していなかった。
「やましいことはないと思うけど、後で詳しく説明してね」
「わ、分かった」
やましいことは何もしていないが、陽菜の追及に思わず、背筋が凍ってしまう。
とりあえず、喫茶店に入っておいて(加えてドリンクまでこぼしておいて)、何も注文しないと言うのは、店側に申し訳ないので、人数分のアメリカンコーヒーを注文した。
「これからどこに行く?」
本来は食事の後、解散するつもりだったので、この後の予定は立てていない。仕方なく、陽菜たちに相談する。
「はいは~い! 私に良い案があります♪」
まゆが勢いよく挙手する。嫌な予感を感じつつも、こちらから聞いておいて無視するわけにもいかないので、聞いてみた。
「この先にね。観覧車があるの。そこに行きましょうよ♪」
嫌な予感は的中した。このギスギスした空気の中で、デートの代名詞ともいえる観覧車に乗ることは自殺行為でしかない。俺の懸念など、どこ吹く風でまゆは話し続けた。
「それでね。観覧車に乗る時に二組に別れましょうよ! 組分けは私と優司くん。美咲さんと琴羽さん♪」
服の裾を引っ張りながら、やや上目遣いで言ってきた。誘っているつもりなのだろうが、横に彼女がいるので、思惑通りに誘惑されるわけにはいかない。だが、適当にあしらおうと、俺が口を開く前に陽菜から先に反論した。俺はその後に続く。
「当然却下だよ。私と優司くん。光と豊嶋さんにすべきだね!」
「この際だから、みんなで楽しめるやつにしようか」
巻き起こらんとするバトルの火を未然に消し去るように、二人の間に入った。
「おかしいなあ……。こうすれば男はいちころだって、今日買った雑誌に書かれていたんだけどなあ……」
俺が乗ってこないことに不満を漏らしながらも、まゆは大人しく引き下がった。今日買った雑誌と言うのは、さっき熟読していたやつに違いない。それを読んで得た知識を早速実践しているわけだ。努力は認めるが、リアルの恋愛はマニュアル通りにはいかないものだ。恋愛シミュレーションみたいに、あらかじめ設定された通りには動いてくれないのだ。
結局、四人で映画を観に行くことになった。映画なら、観ている間はみんな無言になるので、まゆが変なことを言って、陽菜を怒らせるという事態も回避できる。さらに、鑑賞後も、観たばかりの映画の感想を話題にすれば、まゆの露骨なアタックを封殺できると考えたのだ。
映画館への移動の最中、右腕に柔らかな感触を感じたので見てみると、まゆが体を押し付けてきていた。当然、それを見咎めた陽菜と一触即発の空気になる。
「ねえ、豊嶋さん、優司くんに寄り添い過ぎじゃないかなあ?」
「そんなことないよ。これくらい普通、普通♪」
まゆはそう言って笑っているが、覆いかぶさってくるように触れあってくるのは普通の友人関係ではありえない距離感だ。陽菜も、彼女としての意地で、もう片方に寄り添い、さらに俺と腕組みをして歩く。光は陽菜の隣を、恐縮しながら歩く。
ふと、すれ違う男性陣から、刺すような視線を向けられていることに気付いた。最初はどうして睨まれているのか分からなかったが、ウィンドウに移った自分たちの姿を見て納得した。
今の俺の姿は両側に美少女をはべらせ、さらにもう一人の美少女が後ろをついてくると言う、何ともハーレムなものになっていたのだ。もてない一部の男子が見たら、睨むどころか、殺意すら抱いてしまう光景だ。そりゃあ、睨まれるわ。
なるべく通行人と視線を合わせないように注意しながら、映画館へ向かった。やれやれ、陽菜とまゆに気を遣うだけでも大変なのに、その上、名前も知らない通行人にまで気を遣う必要にかられるとは。これでは神経がいくら図太くても追いつかない。
幸い、逆恨みした通行人に絡まれることなく、映画館に到着した。陽菜とまゆは恋愛映画を主張したが、そんなものを観た日には鑑賞後の感想会で、また恋愛バトルに発展する危険がある。と言うわけで、CGをふんだんに使った、ハリウッド発のアクション映画を鑑賞した。女子メンバーに文句を言われることも覚悟したが、予想に反して、三人共観たいと言ってくれた。
映画は過去に何度も見たことがあるような、勧善懲悪もののストーリーで、主演男優のプロモーションビデオを見ているような錯覚さえ覚えたが、暇つぶし程度にはなってくれた。
鑑賞後、ファーストフードの店に入り、ハンバーガーとフライドポテトを食べながら、映画の感想を言い合っていたら、程よい時間になったので、この日はここで終了。こうして、明らかに女難の相に付きまとわれた、今回のデートは終わった。最後こそ比較的和やかだったが、デートとは言えないものになってしまった。よく陽菜に怒って帰られなかったなと反省する。
別れ際に見た光の絶望に満ちた顔を思い出しながら、次こそはちゃんとデートしようと決意しつつ、帰宅した。
今日でゴールデンウィークも終わりですね。みなさん、楽しい思い出を作れましたでしょうか? 明日からまた始まる日々に憂鬱になりそうな心に、私の書いた小説が少しでも慰めになってくれれば、と思っています。




