第五十九話 彼女も認めたモデルデビュー
第五十九話 彼女も認めたモデルデビュー
昨日のデートは、途中からとんでもないことになってしまった。幸い、あまり陽菜は怒っていないように見えたが、内心は俺にガッカリしていることだろう。席に座りながら、力なくため息をついていた。
「おやおや~、落ち込んでますな、優司くん。昨日の夜も静かだったし、さては昨日のデートが上手くいかなかったんですかい?」
愉快そうに早智が尋ねてきた。昨夜静かだったのは、帰宅してすぐに寝たからだ。それだってデートが上手くいかなかったからだが、改めて言われると、カチンとくる。
「はっ! いよいよ美咲さんとの恋も終幕目前って訳だ。ざまあ」
つくづく思うが、この二人に俺を慰めると言う選択肢はないのだろうか。普通、親友が恋で悩んでいたら、手を差し伸べるものだろう。
「あ、いたいた!」
空きっぱなしになっている教室の出入り口で、良く通る女子生徒の声が聞こえてきた。声がした方に何となく視線を移すと、弥生が立っていた。
弥生はどよめくクラスメートたちには目もくれず、ずかずかと俺の席の前まで歩いてきて、こうのたまった。
「優司くん、お願い事があるので私と一緒に来てください!」
そう言って、返事を待たずに、俺をどこかに連れ去ろうとする。
「な、いきなり何だよ。ビックリするだろ」
最近、女難続きなので、ここで弥生にされるがまま連れて行かれると、後々ろくなことにならないことは想像できたので、暴走気味の弥生を一旦落ち着かせる。そして、話を聞こうとした。そこに、お約束のように、邪魔が入る。
「おい、優司!」
ホイケルに思い切り制服の襟元を掴まれた。気のせいか、目が血走っている。まるでこれから喧嘩でもするかのようにいきり立っている。
「な、何だよ」
「お前、いつの間に高坂さんをたぶらかした?」
「たぶらかしてない。お前の勘違いだ」
「じゃあ、何でお前のために他のクラスからやってくるんだ。あり得ないだろ!」
そんなことはここにいる弥生本人に聞いてくれ。俺に文句を言われても困る。
「そもそもどこで高坂さんと知り合った? 彼女とお前には接点など存在しないはずだぞ?」
「昨日用事があってモールに行ったときに知り合ったんだよ」
俺を掴んでいるホイケルの手を振りほどくと、乱れた襟元を直しながら、吐き捨てるように言ってやった。俺の言葉を聞くと、ホイケルは頭を抱えて悔しがった。
「嘘だろ……。学校の外でも、美少女と知り合えるなんて、こいつは神か……」
うわ言を言っていると思えば、終いには俺を神格化し始めた。つくづく忙しい奴だ。確かに弥生は美少女の部類に入ると思うけど、ここまで騒ぎ立てるものなのか? よくよく考えてみれば、周りの連中の慌て具合も気にかかる。
「まさか、弥生も王泉の美少女ランキングの上位者っていうんじゃないだろうな」
「察しが良いな。高坂さんは七位にランキングしている」
今知ったことだが、弥生も王泉ランキングの上位ランカーらしい。このランキングだが、以前は女に興味がなかったので、ノータッチだったが、陽菜やまゆ、光もトップテンに名を連ねていることで、覚えるようになった。
「弥生も入っていたとはな……」
「えへへ……、私はよく自分が入っていることを忘れていますけどね」
確かに。弥生はそういうの興味なさそうだからな。ていうか、陽菜たちも一様に興味がない。周りが勝手に騒いでいるだけだ。
「その内、他の上位ランカーもお前の手中に収まってしまうのか……」
「確かにね。次は七海つながりで、生徒会の上位ランカートリオが落とされるんじゃないのかしら?」
絶望的な声でホイケルが呻き、それを早智が囃し立てる。何か、俺がすごい女たらしみたいに聞こえるので、訂正を求めたい。
「そんなに心配だったら、先にお前が落とせばいいだろうが!」
「それが出来たら苦労しねえんだよ、ボケェエエエエェエエェェ!」
半ば投げやりに励ますと、今度はブチ切れた。もう本当に面倒くさい。大体、俺が出来るんだから、お前だって出来る筈だぞ。ルックスに関しては、俺と同じレベルなんだから。
「ねえ、もういい?」
それまでずっと待っていた弥生だが、待ちつかれたのか、俺とホイケルの取っ組み合いに物怖じすることなく催促してきた。同年代の女子なら、怯えるか、止めに入ってくるものなのに、弥生はたいして興味がないように静観しているだけだった。見かけによらず、肝が据わっているのかもしれない。
「ああ、いいですよ。こんな奴、煮るなり焼くなり好きにしちゃってください(出来れば本当に煮るか焼くかしてください)」
丁寧ながらも、明らかに俺を突き放す口調で、ホイケルが俺を弥生に向かって押し出す。
「ほら、行ってこ~い! (そして騒ぎになれ~)」
早智に至っては、俺の尻をはたいて、とっとと行くように後押しする始末。思わぬところから援護射撃を受けた弥生は、俺の返事を聞かないまま、俺の手を引いて、教室を飛び出した。二人とも、すごく薄情なことを内心で願っている気がするが、これは気のせいではないだろう。後で覚えてやがれ……。
弥生と、彼女に手を引かれて連行される俺に、俺のクラスは元より、近隣のクラスや、廊下ですれ違った男子生徒からもどよめきが起こる。また、騒ぎを聞きつけた陽菜からいろいろ聞かれるんだろうなあと、ブルーな気持ちで男子生徒たちの叫びに耳を傾けた。
弥生に手を引っ張られて連れてこられたのは、美術室だった。
「連れてきたかったのは、美術室だったのか。俺は授業でしか来たことないな」
「私は美術部に所属しているので、休みの日でも来てます」
「昨日はあの後、ちゃんと帰れたのか?」
こんなことをいちいち確認するのは本来ならとても失礼なことだが、弥生の場合、また妹とはぐれる危険が十分に考えられた。
「はい。ちなみに、あの後、ゆずに散々叱られました。お姉ちゃんは常識がないって」
「否定はしないよ」
弥生に常識が足りないのは、今の一件だけでも分かる。
「それで? お願い事ってのは何だ?」
出来ることならさっさと済ませて、陽菜が殴りこんでくる前に済ませて、教室に戻ろう。
「ああ、そうでした。優司くんをここに連れてきた用事ですね」
コホンと咳払いすると、畏まった感じで弥生は切り出した。
「私の絵のモデルになってほしいんです」
思考がフリーズした。モデルって、格好いい人が雑誌の表紙を飾ったり、CMに出たりするもので間違いないよな。
「モデル? 俺に?」
「はい」
頭がぼやけてきたので、弥生に確認してみたが、本人はモデルにする人間を間違えていないらしい。
「いや、お前、良く考えたのか? 俺だぞ」
「ええ。良く考えて、その上で頼んでいます」
「何でまた……」
「優司くんが格好いいからです!」
もう一度良く考えたのか問い直そうかと思った。昨日の絵画展での格好いい発言から、一ミリも脳みそを使っていないような気さえする。
いきなり予想もしていなかったことを言われて、返事に困っていると、美術室のドアが勢いよく開け放たれた。
「そこまでだよ!」
俺の彼女で、美術室に連れてこられたことを知られたくなかった女子、美咲陽菜が立ちはだかっていた。美術室のドアを開けて仁王立ちしている。
「あ、美咲さん。昨日はありがとうございました」
「! い、いいえ。どういたしまして」
呑気に昨日のお礼をした弥生にペースを崩されて、出鼻をくじかれてしまい、不本意にも頭を下げる形になってしまった。
「そ、そうじゃくてね。私の彼氏をこんなところに連れ出して、どういうつもり?」
何とか、体制を立て直そうと再度意気込むが、弥生は落ち着き払っている。
「今、優司くんにも言ったんですが、モデルになってほしいんですよ」
「優司くんに?」
「はい。昨日彼を見た時にビビビッてきたんですよ。優司くんみたいに格好いい人がモデルになってくれれば、すごい絵が描けるって」
「……否定はしないよ」
いや、しろよ。彼女なんだから分かるだろ! 自分の彼氏がモデルに向いていないことくらい!
「見たくないですか? 優司くんの絵が入賞して、絵画展に飾られているところを!」
「……見たい!」
ジェットコースターのような急激な勢いで、弥生と陽菜が意気投合しつつある。え~と、陽菜は俺を弥生の手から取り戻すために、ここに来たんだよな?
「だから、優司くんをモデルにすることを許可してください」
「む~、仕方ないな……」
結局、止めに来た筈の陽菜が認めてしまった。ちなみに実際にモデルをやる俺には何の確認もしていない。全て陽菜の独断だ。
「た、ただし条件が二つ!」
「何?」
「一つ、優司くんをモデルにしていいのは、高坂さんだけ! 他の部員は駄目!」
そんな条件をつけなくても、俺をモデルにしたい物好きなど、弥生くらいだから大丈夫だと思う。
「分かりました。部活の後で、みんな帰った後に描かせてください。そうすれば、私だけが優司くんを描くことが出来ますので」
「OK!」
えらく簡単に了承したな。部活の後に、モデルってことは相当帰りが遅くなるぞ。俺は早く帰りたいんだけど。
「二つ。私も同行させること!」
「ええ、全然構いませんよ」
俺と弥生がおかしな空気にならないか、見張るつもりだろうか。まあ、女性のモデルに興奮して、絵を描いている最中に襲ってしまったという画家の話も聞いたことがあるし、全くの杞憂ともいえないだろう。
「ただ、絵を描くのを見ているだけと言うのも暇ですけど、それでもいいですか?」
「うん! 私もやりたいことがあるから!」
「というわけで、優司君。放課後よろしく!」
陽菜が生き生きした顔で、俺の両腕を掴んだ。懸念していた彼女に、逆に後押しされては、納得してないながらも、モデルの話を承諾するしかなかった。
ゴールデンウィークが終わって、また世間が動き始めました。また学校や会社に行かなきゃいけないことに憂鬱になる一方で、合併号で一週間休んでいた、愛読している雑誌がまた発売日に買えるようになるのは嬉しいです。




