第五十六話 俺と陽菜のお姉ちゃん探し
第五十六話 俺と陽菜のお姉ちゃん探し
ひょんなことから、迷子の子のお姉さんを探すことになった俺達。迷子の女の子は陽菜と手をつないでいる。さっきまでの泣きそうな顔は、すっかり元気になっていた。え? 彼女を盗られて嫉妬していないかって? お生憎様。俺はそこまで狭量じゃないよ。
「じゃあ、お姉さん探しに出発するか」
「お~!」
陽菜と女の子は息もぴったりだった。しかも、二人同時に右手を高々と上げているし。何か、二人が姉妹に見えてきた。もう陽菜が女の子のお姉さんと言うことでいいのではないだろうか。え? 駄目? ですよねえ。
「ただし、見つからなかったら、係の人に言ってアナウンスで呼び出してもらう! いいな」
「うん……」
女の子の顔が露骨に曇った。やはりアナウンスで呼び出すのは嫌らしい。まあ、分からないでもないけどね。迎えに来る家族も、自分自身も、他の客からの視線に晒されるわけだし、その視線が自分を蔑んでいるように見えてくるし。……ということを、早智が昔言っていた。決して、俺にそういう体験がある訳じゃないから、そこは間違いないように。
「モールを見て回るのは時間がかかるから、無駄なくサクサク行こう!」
「あ、全部見る必要はないと思う。お姉ちゃん、絵画展を観に来たから、まだここにいる筈なの。絵を見るのが好きで、この規模の絵画展だったら、短くてもいつも二時間は粘るから」
「つまり、絵画展のフロアーを中心に探せば見つかるということね!」
陽菜は疑問に思わなかったようだけど、絵画展で二時間って、どれだけ絵が好きなんだよ。せいぜい十分持てばいい方だろうが!
お姉さんの居場所の目星がついて、陽菜の表情は明るくなったが、それならこの子だけでも見つけられるんじゃないのか? 俺たちが手助けする意味もないような気がしたけど、黙っておこう。
まあ、モールの中を隈なく探すことに比べたら、全然楽なので、異論はない。とっととお姉さんを探し出して、デートを再開しよう。
それから二十分後、絵画展を一通り回って、さらに周りの飲食店、最後は女子トイレの中まで探したが、お姉さんは見つからなかった。最初はすぐに見つかるだろうと、高をくくっていただけに、予想外の事態だ。
「……見つからないな」
女の子は無言で頷いた。陽菜が大丈夫だと元気づけても、表情は暗いままだ。
「絵画を観終わって、もう別の場所に移動したんじゃないの?」
これだけ探しても見つからないということは、その可能性の方が高かった。
「やっぱりアナウンスかな……」
陽菜がぼそっと呟くと、女の子は体をビクッと震わせた。見ていてかわいそうになってくる。
でも、実際に見つからない以上、全館にアナウンスをかけてもらうしかない。この子のお姉さんだって、いつも通りに絵とにらめっこしているとは限らないのだ。
女の子を励ましつつ、入り口の係員のところに連れて行こうとすると、女の子の目が一枚の絵に釘付けになった。
「これ、お姉ちゃんの書いた絵だ……」
「え?」
何ということだ。お姉さんより先に、お姉さんが描いた絵の方と先に対面することになろうとは。
お姉さんが描いたという絵は風景画だった。青空の下、風車と花畑が幻想的に描かれていた。この絵の舞台はオランダだろうか。日本にこんな場所はなかった筈だ。
何というか。上手かった。人探しをしていることを忘れて、しばらく見入ってしまった。
「お前の姉ちゃん、絵が上手いな」
「うん!」
姉が褒められて、女の子は嬉しそうだった。そりゃ、肉親が褒められれば、誰だって嬉しいよな。
その時に気が付いたのだが、絵の下に、この絵の名前と一緒に、描いた人の名前が書かれたプレートが飾られていた。
そこには高坂弥生とあった。
何という偶然だろう。さっき知り合ったばかりの人間の名前が、そこにあった。
偶然はこれだけに留まらない。
「なあ……、さっき弥生と電話番号を交換していたよな。連絡して呼び出せないか?」
「成る程!」
さっきは会ったばかりの女子と電話番号を交換してしまう陽菜のコミュニケーション力に言葉を失っていたが、こんな形で役に立つとは。世の中、何が起こるか分からん。
陽菜が連絡すると、向こうも探していたみたいで、どうやらすれ違いが重なっていたらしい。俺たちの現在地を教えると、すぐに来るとのことだった。直に姉と再会できることを伝えると、女の子は嬉しそうにしていた。
さて、後は弥生が来るのを待つだけだが、その間にオレンジジュースを買って、女の子に渡した。女の子はオレンジジュースと俺の顔を交互に見て、不思議そうにしていたが、「飲んでいいよ」と言うと、「ありがとう!」と大声で言って飲んだ。よっぽどのどが渇いていたんだろう。あっという間に飲んでしまった。
知らない奴が見たら、陽菜へのポイント稼ぎと邪推する奴も多いだろう。けれど、そんなことはない。ただ俺が、のどが渇いてジュースを飲みたかっただけだ。そうなると、女の子に買わないわけにもいかない。自分だけのどを潤している中、女の子が指をくわえてみているだけと言うのはひどくシュールな光景だろ? けれど、陽菜は俺のこの行動にご満悦の様子。
「やっぱり優司くん優しいな~。困った人のために、何かできることって、とてもすごいことだよ」
「そうか?」
ジュースをのどに流し込みながら、返答する。
「あの時を思い出すな~」
「あの時って?」
「私が優司くんのことを好きになった時のこと!」
そう言って、陽菜ははにかんだ。前も言われたが、俺には本当に心当たりがない。これまでの人生を振り返ってみても、思い当たる節はなかった。良い機会なので、教えてもらおう。
「なあ、陽菜……」
「ゆず! ここにいたの?」
陽菜への質問を遮るように、声が聞こえてきた。見ると、弥生がこっちに向かって走ってきていた。ゆずというのは、迷子の女の子の名前だろう。
「お姉ちゃん!」
心細かったのか、ゆずは、弥生に抱きつくと、ワンワン泣き出した。
「すいません。妹がお世話になりました。何てお礼を言えばいいか」
妹をあやしながら、弥生はお礼を言った。
「そんな……。お礼だなんて」
陽菜は恐縮しているが、全くその通りだ。エレベーターの前で、思い切りぶつかったという前科もある。これでやっと帳消しになったくらいだ。
ゆずはしばらく泣き止まなかったが、姉と再会できたことで気持ちが大きくなったためか、やがて泣き止んだ。問題も解決したので、俺と陽菜はデートを続けることにした。
「ありがとうね、お姉ちゃんたち!」
もう行くと伝えると、ゆずは俺達に向かってもう一度お礼を言った。
「じゃあね、ゆずちゃん。お姉ちゃんと離れていて心細かったでしょ。これでもう安心だね!」
陽菜がゆずをからかうが、ゆずは胸を張ってそんなことなかったと言う。
「全然! 頼りになるお兄ちゃんが一緒だったから。待っている間にもジュースを貰ったんだよ!」
おいおい、恥ずかしいことを言うなよ。何となく照れくさくなって、頭をかきながら、視線をゆずから外した。
その時、弥生が俺の顔を凝視していることに気が付いた。
「? 俺の顔に何かついてるのか?」
一応顔を触ってみたが、異常は見当たらない。不思議に思って再度弥生を見た、次の瞬間、驚くべきことが起こった。
弥生が俺に顔をグッと近づけてきたのだ。
「え? え? 弥生さん?」
「お姉ちゃん?」
「な、何だ? どうした?」
陽菜、ゆず、おれ。弥生の意表を突く行動に三人が一斉に慌てる。
「……さっきは慌てていたから、良く確認できなかったけど、君って目鼻立ちがくっきりしているし、目元も綺麗だわ」
「え、え~とぉ……。弥生?」
突然の変わり様に驚きつつ、声をかけるが、弥生は自分の世界に入っているみたいで、反応はなし。
「うん、やっぱり……。優司くんって、格好いい! 付き合ってもいいくらいに! 私、興奮してきたわ!」
「ええええええ?」
陽菜が絶叫に近い音量で驚く。
「お姉ちゃんの馬鹿! お兄ちゃんに何て事を言っているの!」
さっきまで泣いていたゆずがたしなめる。というか、妹にたしなめられる姉って一体……。姉の威厳ゼロ。
「すいません! 私のお姉ちゃん、馬鹿なんです。時々、今みたいに暴走することがあるんですけど、本人に悪気はないんです。聞かなかったことにしてください!」
聞かなかったことには出来ないけど、小さい子に頭を下げられたら、嘘でも忘れたことにしない訳にはいかない。
弥生はまだ何か言いそうにしていたが、ゆずに強引に引っ張られて、この場を去っていった。取り残された俺と陽菜はというと、呆然と立ち尽くしていた。
「すごい奴だったなあ……」
「そ、そうだね」
陽菜も声を絞り出すが、衝撃の余韻は残っていた。
「と、とりあえず何か食べようか。おれ、腹減っちゃって」
どうにか声を出すが、光みたいにどもってしまう。陽菜は気にする様子もなく、「そうしようか」とだけ呟いた。
弥生は普段は大人しい子ですが、スイッチが入ると、暴走しちゃうところがあります。美術部に所属していて、コンテストに度々入選する実力者です。今回、優司にアプローチとも取れる言動を取りましたが、妹の言うとおり、本人には悪気がありません。
以上のような性格の新キャラですが、こんなキャラがいたら面白いかなと思って書きました。みなさんが弥生について感じたことを教えていただければ嬉しいです。




