第五十五話 俺と陽菜は噂の的
第五十五話 俺と陽菜は噂の的
陽菜はドアが開くと同時に走り出した。ドアの前に人が立っていることも十分考えられるので、安全確認は必須だと言うのに。
俺の予感は的中した。俺がたしなめるより先に走り出した陽菜が、ドアの前を横切ろうとしていた女子と、出会い頭にぶつかってしまったのだ。
「キャアアアァァァ!」
双方、悲鳴を上げて、床に倒れこむ。慌てた俺はまず、陽菜に駆け寄った。
「いたたた……」
「いきなり飛び出すからだ。怪我はないか?」
「う、うん。転んだときに打ったところが痛むけど、大丈夫……」
痛がってはいるが、申告通り、怪我はなさそうなので、陽菜とぶつかった女子に向き直って謝った。
「すいません! 連れがうっかりしていて。怪我はありませんか?」
「あ、大丈夫です。私も考え事をしていて、ぼんやりしていたので……」
いきなりぶつかられたというのに、そんなに気を悪くしていないようだった。食ってかかられたらどうしようと身構えていたので、不謹慎ながらもホッと胸を撫で下ろした。念のため、怪我がないか見てみたが、陽菜と同じく大丈夫そうだった。
女子は転んだときに打ったところをさするより先に、床に散乱した荷物を拾い出した。よほど大事にしている物なのか、焦っているようにも見える。
「俺も拾うのを手伝います」
「わ、私も!」
俺と陽菜もただ見ている訳にもいかないので、荷物拾いを手伝った。
床に落ちていたのは、絵の具や筆など、絵を描くのに使うものばかりだった。ということは、この子は絵描きさんか、美術部の学生なのだろうか。
気にはなったが、そんなことを聞いている場合でもないので、他の通行人の邪魔にならない内に荷物を拾うことに集中した。
「あの……。絵を描かれるんですか?」
陽菜が空気も読まずに質問した。俺が聞くのを止めようと思った矢先に! 陽菜らしいといえば、そこまでなのだが、今はそんなことを聞いている場合じゃないだろう。
「陽菜、今は拾うのが先だ」
第一、こうなったのも元々は陽菜の前方不注意が原因なのだ。後でしっかり注意せねば。
「あ……、ごめんなさい」
陽菜は申し訳なさそうに作業に戻ったが、陽菜の名前に女子の方が反応した。
「陽菜……。ひょっとして、美咲陽菜さんですか?」
「! う、うん。そうだよ」
いきなりフルネームを言われたので、さすがの陽菜も驚いたようだ。
「どうして私の名前を知っているの?」
「私も王泉の生徒なんです。よくクラスの男子が陽菜さんのことを話しているのを聞いたんです」
「へぇ~、そうなんだ!」
会話を始めた途端、また拾うのがおろそかになった。落ちたものはほとんど俺が拾ったからもういいけど。それより、陽菜が男子の噂話になっているという話に、何となく胸がモヤモヤした。これが嫉妬と言うものなのか。
「え~と、あなたのお名前は?」
「私、高坂弥生って言います」
「ふ~ん、よろしくね!」
「はい!」
二人とも、友達を作るのが得意なのか、あっという間に意気投合した。俺は蚊帳の外と思っていると、弥生が俺の方を見た。
「それで、そっちの人が、陽菜さんに匹敵するくらい噂になっている岩見優司くんですね?」
「えへへへ、大正解!」
陽菜は嬉しそうだが、噂になっている俺の心中は複雑だ。陽菜の方は問題ないだろうが、俺の方の噂は想像するのが怖い。悪友のホイケルですら、陽菜をたぶらかした悪党と蔑むことがあるし、隣のクラスの男子からはまゆをたぶらかした下衆と廊下ですれ違うたびに囁かれている。弥生のクラスの男子についても、良い想像が出来ないのだ。夜襲の密談じゃないだろうなと勘ぐってしまう。
「クラスの男子はいろいろ言っているけど、優司くんって格好いいね」
「えへへ、そうでしょう!」
出来ればいろいろ言っている内容を詳しく教えてもらいたい。うん、聞かせてもらおう。自分の身の安全にも関わることの気がするので、聞いておいた方が良いに決まっている。
「弥生! いつまで待たせる気? いい加減にしないと置いていくわよ!」
「あ、ごめんね。すぐ行くから!」
弥生の友人と思われる女子が弥生の名前を呼んだ。弥生は慌てた様子で、待たせていただろう友人に頭を下げた。
「ごめんなさい。友達を待たせていたので、もう行きますね」
弥生は申し訳なさそうにしているが、謝るのは、ぶつかった俺たちの方なんだけどね。
頭を上げると、弥生はさっさと先に行ってしまった。男子たちの話の中身は聞けずじまいだ。
「えへへ! 優司くんと私のこと、他のクラスでも話の中心になっているみたいだね!」
「そこまで言ってなかった気がするけど」
少し噂になるくらいで、話の中心にはなっていないだろう。ていうか、なってほしくない。恥ずかしいから。
「俺達も行くか」
「そうね!」
おそらく、弥生が向かったのは、絵画展で間違いないだろう。俺達もこれから行くところなので、向こうでまた会うかもしれない。
絵画展は8階でやっていた。受付を済ませて、中に入ると、人はそんなに入っていなかった。人でごった返しているより、こっちの方が落ち着くので、俺好みだ。
今回やっているのは、有名画家の個展ではなく、ある絵画コンテストで入選した人たちの絵を飾っているとのことだった。そのせいか、スーツ姿の人より、俺達と同年代くらいの少年少女の姿が目立った。
「この絵なんて写真みたいだね」
「それもすごいけど、こっちの抽象画もすごいぞ。よく想像だけでここまで精密に描けるな」
入賞者の作品は俺達と同じ高校生の作品も多かった。自分と同じ年齢の人間が、ここまですごい絵が描けるのかと、陽菜共々素直に感心した。
何度も感心しながら絵画展を回っていると、陽菜が気になる物を見つけて、俺の裾を引っ張って、話しかけてきた。
「ねえ、あの子の様子、おかしくない?」
「あの子って、向こうで壁にもたれかかっている子のこと?」
「うん!」
小学生くらいの女の子が泣きそうな顔で俯いて、壁にもたれかかっていた。どうしよう、声をかけた方が良いんだろうか。あまり小さい子に話しかけるのが上手くない俺は尻込みしてしまう。対照的に陽菜は、たいして物怖じもせずに、女の子に近寄って声をかけた。
「こんにちわ!」
「……こんにちわ」
女の子はいきなり声をかけられたことに驚いていたようだが、挨拶を返してくれた。陽菜は前かがみになって、女の子と同じ目線にして、母親のように優しい口調で話しかけていたのも大きかったのだろう。
「どうかしたの? 泣きそうな顔をしているよ」
「うん……」
「良かったら、お姉ちゃんたちに話してもらえるかな? もしかしたら、力になってあげられるかも」
女の子は少し考えていたようだが、意を決したのか、陽菜に事情を話し出した。
「……お姉ちゃんとはぐれちゃったの」
「そうか。それで途方に暮れていたんだね。そういうことなら、一緒に探してあげる。私と、とっても頼りになる私の彼氏と一緒に!」
陽菜がチラッと俺を見た。ここからは、俺にどうにかしろと言うことらしい。しかも、とっても頼りになるということまで付け加えられた。女の子も、それまで俺の方なんて見向きもしなかったのに、藁にもすがるような目で見つめている。こうなっては、家族探しを手伝う他あるまい。とはいっても、俺のすることなど一つしかないのだが。
「受付に行こう。事情を説明して、家族をアナウンスで呼び出してもらうんだ」
「えっ……!」
女の子がそれだけは嫌だと言う顔をした。察するところ、万が一、モールに知り合いが来ていたら、後日馬鹿にされるのを恐れているのだろう。だからといって、このままではいつまで経っても姉と合流することは出来ないと思うが、この子なりのプライドがあるのかもしれない。こんな顔をされては、無理に係員のところに連れて行くのもためらわれたので、ため息をつくと妥協案を口にした。
「仕方ないな……。まず俺たちの手でお姉さんを探してみるか」
アナウンスがよほど嫌だったのだろう。救われたように、女の子はホッとしていた。
こうして、デートを一時中断して、女の子の家族探しが始まった。
今回登場した新キャラは攻略対象になる予定です。念のために言っておきますが、迷子の方ではありません。




