第五十三話 お兄さん、再び
第五十三話 お兄さん、再び
明日は雨が止んでくれていることを願いながら、眠りについたが、朝起きてカーテンを開けると、相変わらず降り続いていた。
「結局、止まなかったな……」
昨日と同じ勢いで地面に降り注ぐ雨が、俺に向かって勝ち誇っているように見えて、気分が悪くなった。恨めしそうに上空の雨雲を睨むが、それで状況は解決するわけもない。軽くため息をついて、俺は身支度を始めた。
今日陽菜とデートに行くわけだが、どこに行くか決めていなかったことに今頃気が付いた。自分から誘ったくせに、我ながら呑気なことだ。
映画はこの間行ったからな。前回は陽菜のお世話になりっ放しだったので、今回は俺が最後までリードしてやりたい。
服装もこれまではいい加減に選んでいたが、今日は持っている服の中から、自分のお気に入りの物を厳選した。もし雨が止まなかったら、濡れてしまうので、せめてデートの開始までには止んでほしいところだ。
着替え終わると、コップ一杯の牛乳だけ飲んで、外に出る。デートの開始までに濡れたら、泣くに泣けないので、水たまりの側を歩くときは、車が通り過ぎてこないか何度も確認した上で通過した。
待ち合わせ場所に着くと、陽菜はまだ来ていなかった。時計を見ると、約束した時間より十五分早かったので、気長に待つことにした。
「だ~れだっ♪」
いきなり両目を後ろから手で塞がれた。恋人が彼氏に対して、よくやるアレだ。通常、このタイミングでやってくるのは、今日ここで俺とデートの待ち合わせをしている陽菜だ。だが、今俺の両目を塞いでいるのは彼女ではなかった。
「……まゆか?」
「えへへ、正解♪」
手を放すと、まゆは俺の前に移動してきた。白のワンピースに、可愛らしいバッグを持っていて、これからデートに行くようにも思えた。
「こんなところで会うなんて偶然だな」
「そうだね♪ こんなところで、何をしているの?」
大きな瞳をキラキラさせて、人懐っこい態度で聞いてきた。ほとんどの男なら、抱きしめたくなるような可愛い仕草だが、俺は陽菜と言う彼女がいるので、手を出すわけにはいかない。
「人と待ち合わせをしているんだよ。お前の方は?」
「私? 私はただ街に本を買いに来ただけ。本当は誰かさんとデートに行きたいんだけど……」
そう言って上目づかいに俺を見てきた。明らかに誘っている。全く……、これから別の相手とデートだと言うのに、面倒くさい。
俺の心境を読み取ったのか、まゆは誘惑するのを中断して、代わりに突っ込んだ質問をしてきた。
「美咲さんとデート?」
「……そうだよ」
言うかどうか、一瞬迷ったが、正直に話してしまった方が追い払いやすいと思ったので、はっきりと言った。こうしてまゆと話しているところに来られたら、絶対に誤解されて不味いことになってしまう。待ち合わせの時間も迫っていたので、まゆには悪いが、強引にでも、どこかに行ってほしかった。
「じゃあ、私と一緒に話していたら困ったことになっちゃうね。そういうことなら、邪魔者は退散させてもらうよ♪」
俺の気持ちを察してくれたのか、まゆはすんなりと引き下がってくれることにした。まゆは強引なところもあるが、空気は読めるのだ。
「でも、忘れないでね。最後に笑うのは私。諦めないから♪」
いつもはため息をついてしまう恒例の捨て台詞も、今日は普通に聞くことが出来た。とりあえず、恋愛漫画にありがちなドタバタ劇を回避できたようなので、ホッと胸を撫で下ろした。
まゆは迎えの本屋に入っていった。もしや、あそこから俺たちの様子を観察するつもりなのではと勘ぐってしまったが、本当に本屋に用事があったようで、恋愛本のコーナーに移動して、そこで熱心に立ち読みを始めた。いつの間にか、俺の方がまゆを万札する立場になっていることに気付き、まゆを見るのを止めた。
しかし、休日まで恋愛の研究とは。対象となっているのはやはり俺なのだろうか。出来れば、他の男に興味が移っているのを全力で祈るばかりだ。
結局、約束の時間から五分ばかり遅れて、陽菜はやってきた。
私物の車に乗った陽菜が、車を降りると、俺のところに向かって、小走りに駆けてきた。
「お待たせ! ごめん、遅れちゃった。待った?」
息を弾ませながら、俺に遅れてきたことを詫びた。
「ああ、少し待ったけど、全然大丈夫」
俺も今来たところだと言おうとも思ったが、それでは俺も遅刻してきたことになってしまう。ちゃんと時間前に来たのに、あらぬ汚名を着せられるのは心外なので、陽菜を怒らせないように気を付けながら、待ったけど怒っていない旨を伝えた。
ちらりと本屋の恋愛コーナーに目をやると、まゆはいなくなっていた。念のため、周囲を見渡すも、まゆの姿は確認できなかった。宣言通り、本当に去ったらしい。わずかでも疑ってしまったことを、内心で詫びる。
「どうしたの?」
「いや、雨が止まないなと思って……」
「そうね。昨日からずっと振りっ放し。もう嫌になっちゃうわ!」
雨はまだ降り続いていた。デートの開始までには止んでほしいと言う俺の願いは無視された形になった。
「こうなると、今日のデートの行先は自然と屋内になるな」
「そうだね!」
今日の陽菜の服装は、大胆に肩を露出させた淡い桃色のブラウスに、下はパンツと言うものだった。前のデートの時もそうだったが、陽菜はスカートより、パンツの方が好みなのかもしれない。でも、そちらの方が陽菜の腰まで伸びたストレートの黒髪に合っている気がした。
「陽菜って化粧していなくても綺麗だよな」
これはリップサービスではなく、紛れもない本音。化粧に余念がないクラスメートの女子よりも断然肌につやがある。
「え? そうかしら? でも、今日はちょっとお化粧をしてきたんだよ」
「へぇ~、仕上がりが自然で気付かなかった」
「褒めてくれてありがとうね!」
服装チェックは及第点だったらしい。陽菜は恥ずかしそうに顔をややうつむけてはにかんだ。
こうして、上々のスタートを切ったかに見えた本日のデートだったが、……見つけてしまった。何を見つけたかって? 不安要素をだよ。
最初に気付いたのは陽菜だった。一点を凝視したまま、固まった。不審に思い、同じ方向を見ると、光と日向が物陰からこちらを見ていた。何をしているのだろうかとも思ったが、そんなことは少し館がれば、すぐに答えが出ることだった。
本日のデートで、陽菜に危険が及ばないかどうか、後をつけるつもりなのだ。最初のデートでいきなりやられたのでよく分かる。
「あれ……。光と日向だよね。何をしているのかな」
使用人の二人が何をしているのか不思議がる素振りをしつつも、全身から怒りのオーラが噴出してきている。光たちの目的について、陽菜の方も薄々感づいているのだろう。
こう言うのもなんだが、デートの尾行をするのは、存在感の希薄な日向だけでやるべきだった。そうすれば、俺はともかく、陽菜に気づかれることなく順調に尾行できただろう。常に人目を引く光が同行しては、すぐに気づかれてしまうし、ナンパされるに決まっているし、尾行を出来るわけがないのだ。
案の定、一人のギャル男が光たちの方ににやにやしながら近づいて行った。伸びた鼻の下を見るに、目的はナンパで間違いないだろう。
「あれ? ひょっとして光たちは絡まれているの?」
使用人のピンチに陽菜の顔がわずかに曇る。あの二人は格闘技の経験もあるので、放っておいても勝手に撃退するので心配ないと思うが、陽菜は俺に助けに行ってほしいと、顔で訴えてきた。やれやれ。
しかし、援軍は意外なところからやってきた。どこかから、強面のお兄さんが出てきたのだ。お兄さんが一睨みすると、ギャル男は怯えて去っていった。
あのお兄さん、陽菜と初めてデートしに行ったときに、俺たちを尾行してきた人で間違いない。隣で陽菜が怒りのため、ワナワナと震えているのが証拠だ。
しばらくぶりに見たが、お兄さんは元気そうだった。前々回のデートで陽菜を怒らせてしまったので、クビになっていないか密かに心配していたのだが、異常がないようで何より。ただ、陽菜的には異常が相当あるようで、光たちがナンパの危機から解放されてからも、険しい表情を崩さなかった。
少しして、陽菜は意を決したように前に出て、俺に向かって静かに語りかけた。
「ちょっと待ってて……。すぐ済ますから……」
「寄せ! デートの前から血なまぐさいことは勘弁!」
目がやばいことになっている陽菜の手を引いて、必死に押しとどめる。
「どうして今回もこういうことになっているのよ……。私はただ優司くんと二人きりになりたいだけなのに……」
またも雰囲気をぶち壊しにされた陽菜は、愚痴をこぼした。
「と、とりあえず、喫茶店で何か飲むか」
雰囲気だけでも修正しようと思い、目に移った喫茶店に連れ出す。尾行しようとしてくる三人に、目でついてくるなと合図を送ったが、徒労に終わった。まるで吸い寄せられる磁石のように、俺たちについてきた。
PVの合計数が10万を突破しました。これもいつも読んでくださっている皆さんのおかげです。20万突破を目指して、執筆に励みますので、引き続きのご愛顧をお願いいたします。




