第五十二話 雨中の怪談話
第五十二話 雨中の怪談話
雨の中、俺たちを乗せた高級車が悠然と走行していた。俺たちは、車に乗る際に濡れてしまった箇所を、運転手さんが持ってきてくれた乾いたタオルで拭いていた。
「はあ……。それにしても本当に良く降るわねぇ。こんなにたくさんの雨、一体どこから降ってきているのかしら?」
外の様子を眺めながら、憂鬱そうに早智が呟く。
「本当だよ。これだけ降っているんだから、いい加減雨に使う水が無くなってもいい頃なのに!」
「バケツをひっくり返しているのとは訳が違うんだから……」
陽菜の天然発言にやや呆れつつ、常識的なツッコミをする。
そこに、外の景色を眺めるのに飽きた早智が暇つぶしに怪談話をしようと言ってきた。
「そういえばこんな怪談があったわよね」
「え? 怪談? どんな話?」
早智の話に興味を持った陽菜が話をせがんだ。陽菜は怖い話に耐性がある。それどころか、むしろ好きなようだ。これがまゆだったら、涙目になって、話を止めるように懇願しているところだろう。
早智が話したのは、雨の日にタクシー運転手が女性客を乗せたが、目的地に着いて後ろを振り返ったら女性が忽然と消えていたという定番すぎる話だった。
「それ、知ってる……」
陽菜は露骨に残念そうに顔をしかめた。
「はあ……、この女幽霊みたいに忽然と消える能力があれば、タクシーにタダで乗り放題なんだけどな」
苦し紛れに、早智はしょうもないことを言いだした。もしかしたら、最初からこの話をしたかったのかもしれない。
「それなら金を作り出す能力の方が良くないか? そうすれば一生金に困らないぞ」
「! それいい!」
俺の冗談に、早智は食いついてきたが、実家が金持ちなので金に困ったことがなさそうな陽菜はきょとんとしている。
微妙な空気が流れてしまったので、俺が代わりに怪談話を披露することにした。
「そんな話よりこっちの話の方が面白い」
俺はコホンと咳払いをすると、毎晩、墓地に忍び込んで墓石を粉々に壊していた男が呪いにかけられる話をした。墓石を一つ壊せば一万円獲得できるという罰当たりな賭けを友人とした男が、金欲しさに毎晩墓石を粉々にしていく。ひょんなことから、遺族の一人にばれてしまい、呪いをかけられてしまう。その呪いとは、雨に濡れる度に体が解けていくというものだった。最後はナメクジのように全身が解けて、消滅してしまうというものだ。俺は対して怖いとは思っていないが、反応は上々だった。
気を良くした俺は次の話を語って聞かせる。
夜二十二時二十二分に、0から9までの数字をダイヤルして、二十二秒間待つ。最初は「この番号は使われておりません」というお馴染みのアナウンスが流れるだけだが、二十二秒経つと、唐突にどこかに繋がる。そしたら、「チウカバさん、チウカバさん、おいでください」と言うと、背後に何者かの気配がする。でも、決して振り向いてはいけない。振り向くと、そいつに地獄に連れて行かれてしまう。振り向かないで、自分の嫌いな人間の名前を答えると、その人間が地獄に連れて行かれる、と言う話だ。
話を言い終えると、早智と陽菜は全身を小刻みに震わせていた。
「ゆ、優司にしてはなかなか面白いじゃない」
「まあね」
「どうしよう。今夜、その方法でチウカバさんを呼んじゃうかも。私、やるなと言われるとやりたくなる性格だから。どうしよう……」
陽菜が本気で怯えているようなので、種明かしすることにした。
「大丈夫。今、俺が行ったのは全部嘘だから。これ、創作なんだよ」
「……嘘? 創作?」
「そう、嘘。信じられないなら、チウカバさんを逆から読んでみな」
言うが早いか、怒りの早智から頭をはたかれた。陽菜はしばらく考え込んでいたが、やがて何かに気付いて「もう!」と俺のことを軽くはたいた。
「グググ……。早智ちゃんを物笑いの種にするなんて……。こうなったら、もう容赦しないよ。私の本気を見せてやる!」
早智の本気の話は、雨の日にこの辺を車で走っていると、時速五十キロで走る人面猫と遭遇する。追いつかれてしまうと、食い殺されてしまうというものだった。創作話にしても、もう少しオリジナリティを持たせてほしいものだ。ジェット婆の流用であることがバレバレだ。
「それに似た話、前に聞いたことがある」
「何だ、それ。全然怖くないぞ」
思ったより俺が怖がらないので、早智は窮地に追い込まれてしまう。言っちゃなんだが、こいつって、話を作るの下手だよな。
追い詰められた早智は、こともあろうに、しょうもない付け足しをしてきた。
「この話を聞いた人は十分以内に、百人に広めないと、乗っている車が故障する!」
苦し紛れとはいえ、とんでもないことを言う。適当に付けただけだというのは分かるが、今の自分たちに当てはまっているので、嫌な感じがした。
「自己責任系の話をするなら、せめて話を聞いたやつが死ぬか、不幸になるかのどちらかだろう。乗っている車が壊れるって何だよ。ウケ狙いか?」
「違うってば……」
その時、車がガタンと振動して動かなくなった。
「アレ?」
「ど、どうしたの?」
「……車の様子がおかしいようです。今朝点検した時には何の異常もなかったのですが……。ただ今確認しますので、車中でお待ちください」
運転手さんにも、突然の不調の原因が分からないようで、しきりに首を捻っている。俺は原因と思われる存在を睨んだ。
「……おい」
「ち、違う! 私のせいじゃないわ! ただの偶然よ!」
必死に弁解する早智だったが、あまりにタイミングが良かったために、俺と陽菜から疑いの眼差しを向けられることになってしまった。
ただ一人初老の運転手さんが雨の中、外に出て故障の原因を探していたが、やがてお手上げとばかりに、手を上げた。
結局、代わりの車が車で、道端で待たされることになってしまった。家まではもう少しだったが、今更雨の中を歩く気にもならず、早智を睨みながら待った。
「え、え~と、ぼ~っと待っているのも何なので、怖い話でも……」
『それはもういい!』
また怪談話を始めようとする早智に、俺と陽菜が同時にツッコミを入れる。タイミングがピッタリで、声が若干ハモった。カップル効果なのか。
代わりの車に乗り継いで、ようやく家に着くと、早智はお礼を言って、真っ先に雨の中を駆けていった。俺も狭い小道に長い間、車を停車させておくわけにも行かないので、早めに降りることにする。
「じゃあ、また明日学校でね!」
「ああ」
短いあいさつを済ませて、車の外に出ようとしたところで、言ってなかったことがあったのを思い出し、陽菜にもう一度話しかける。
「陽菜。良かったら次の日曜日にデートに行かないか?」
「いいね!」
突然の申し出にも、陽菜は二つ返事で承諾してくれた。良い返事が聞けたので、そのままアパートまで猛ダッシュした。屋根のあるところまで走ってから振り返ると、陽菜が車の中から元気そうに手を振っていた。
「車の中で何を話していたの?」
車が見えなくなると、早速早智に聞かれた。
「デートに誘った」
「おお!」
「大げさに驚くなよ。というか、お前が驚くなよ」
「だって、あんたにしては積極的じゃない。今までのあんたって草食系ならぬ消極系でしょ。どういう風の吹き回しよ」
消極系と言う失礼な呼び名にムッとしつつも、昨日陽菜の元気がなかったので、何かできることがないかと思い、デートを画策していたことを話した。
「今朝会ってみれば、すっかり元気になっていたから、デートをする必要も無くなったと思うけど、念のため」
「へぇ~、そりゃまた殊勝な心がけで。優しい彼氏を持って美咲さんは幸せだねえ」
「からかうな!」
「でも、ネックレスのプレゼントだけは駄目だよ。ちゃんと空気は読んでね」
「誰が贈るか!」
俺だって、それくらいは分かるわ! どちらかと言えば、お前の方が空気を読めてないくらいだ。
その時、強風が吹いてきて、雨と一緒に早智を襲った。俺は寸でのところで避けたが、直撃を受けた早智はまたもびしょ濡れになってしまった。学校の一件と言い、今日は早智にとって水難の相があるようだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫そうに見える?」
俺は首を横に振った。
「また水も滴る良い女になったな。一日の内に二回もなれるなんて運がいい……」
「そんなわけあるか~!」
フォローしようと思ったのに、怒られてしまった。やれやれ。
今回の話で出てきた怪談は、一番最初のタクシーの話以外は全部創作ですが、考えていて楽しかったです。楽しんでいただけましたでしょうか?




