第四十七話 アイドルがここにいる理由
第四十七話 アイドルがここにいる理由
さっきまでライブ会場で、自分より高いところで大勢に向かって歌っていたアイドルが目の前に立っていると言う体験をする人間はそうそういまい。確率だけで考えれば、学園のヒロインと付き合うよりも低い。
そんな天文学的確率をものともしないで、アイドルとの対面を果たした俺は、呆然としていた。全然予想していなかったことがいきなり起こると、人はみなこうなってしまうものだ。
「何でアイドルがここにいるんだ?」
皇一の指示で料理を作っていることは容易に想像できたが、敢えて聞いてみた。
「彼女の家は料亭をやっていてね。彼女自身、料理だけは厳しく躾けられたんだ。その結果の一つが、さっき食べた親子丼だよ」
ああ、そうか。さっき来たときはライブの前だったから、厨房で料理を作っている暇がなかったのか。それで、他の生徒が料理を作っていた。成る程、合点がいった。
「あ、あの! 俺と写真を撮ってもらっていいですか?」
「えっ! 私とですか?」
「はい!」
「か、構いませんけど」
「やった!」
いつの間にか、ホイケルはアイドルの顔に、自分の顔を急接近させていた。多少ホイケルに慣れている七海と違って、アイドルは目を大きくして驚いていた。ホイケルはそんなことは気にも留めないで、呆気にとられている彼女に、写真撮影をお願いしやがった。早智と七海が冷ややかな視線を向けているが、ホイケルの勢いは止まらず、写真撮影後に、サインまでおねだりしていた。
「彼女はね。働き者なんだ。他の三人はもう帰ったのに、こうして自分のクラスの出し物を手伝いに顔を出したのさ」
「へぇ~」
てっきり皇一が生徒会長の特権を濫用して、無理やり作らせていたのかと思ったが、自分の意志でやっていたとは。
彼女の料理を目当てに、六聖館の生徒が食堂に押し寄せて、外を見ると、行列まで出来ていた。
「これ以上いると、店の邪魔になりそうだな」
「それなら、もうお暇しようか」
思えば食事はとっくに済んでいるので、さっさと出るべきなのに、すっかり長居してしまった。膨大な権力を持つ生徒会長が店の人たちは嫌な顔を見せなかったが、内心は早く席を空けて欲しかったに違いない。
出来れば、彼女の手作りのカツカレー食べてみたかったが、時間的に難しそうなので、残念だけど諦めよう。もしかしたら、彼女の実家の料亭に行けば、味わうことが出来るかもしれないので、店の名前と場所だけ聞いておこう。
「いくぞ、ホイケル!」
まだアイドルと話しているホイケルに声をかけた。アイドルの子も迷惑なのに、営業スマイルを崩していない。たいしたプロ根性だ。親子丼のお礼を簡単に言うと、腹を満たした俺たちは、食堂を出た。
「貴重な体験をしたな……」
「ええ!」
テレビにまで出ている本物のアイドルに手料理を作ってもらえるとは。ホイケルに至っては、写真とサインを片手に、感動のあまり泣いている。
「さて、もう遅いし、そろそろお邪魔しましょうか」
もう帰りたい七海が、それとなく帰宅を促す。俺はもう少しいても構わなかったが、一通り見てしまった後だったので、もう帰ることにした。空を見上げると、もうオレンジから黒に変わりつつある。
「ちょっと待って」
もう帰ろうと、皇一に別れの挨拶をしようとする俺と七海を、早智が制した。「何よ」と七海が文句を言うのを無視して、皇一の前に出る。
「あ、あの、皇一さん。お聞きしたいことがあるんですけど」
早智にしては珍しく、もじもじとしながら、恥ずかしそうに質問した。早智のこんな女々しい姿を見たのは、いつ以来だろうか。
「ここ、屋上ってあります?」
「? そりゃあ、あるよ。というか、校舎があるのなら、どこの高校にも屋上はあることになるんじゃないかい?」
皇一の言う通りだ。構造上、屋上と言うスペースはどうしても出来る。「バンジージャンプでもするつもりなの?」と、七海がなじるが、早智は「あなたに構っている場合じゃないの」とつれない返事をするばかり。意外な反応に、七海も呆然としている。
次の瞬間、早智は、皇一に向かって、大胆なお願いをした。
「あの……。そこに私と二人でこれからいきませんか?」
早智は一気に告白に持っていくつもりらしい。まともに話したのは、今日が初めてだと言うのに。会話らしい会話もないまま、告白をした俺が言うのもなんだが、性急すぎる。いや、それ以前に、不自然すぎるだろ。
「……別にいいけど?」
さすがに真面目な顔で皇一は頷いた。早智はまだ告白する前なのに、小さくガッツポーズをした。
「何? 馬鹿内の奴、何をするつもりなの?」
困惑して聞いてきた七海に、「面白いこと!」とだけ答えた。七海はより一層顔を曇らせていた。
「じゃ、じゃあ、早速行きましょうか! あんた達は先に帰っていいわよ」
「何よ、それ」
ほとんどお邪魔虫の扱いだな。早智にとっては、俺たちはお邪魔虫以外の何物でもないから、間違いではないけど。
早智が皇一の手を引いて、屋上へと駆け出そうとした時だった。
「会長!」
誰かが皇一のことを呼んだ。
朝に見かけた男子生徒がまた皇一を呼んでいたのた。朝と違うのは、傍らには美人だけど、気の強そうな女子が立っていたことだ。
「おっと! 忘れていた。実はこの後、キャンプファイアーがあってね。ガールフレンドを待たせていたんだ。君たちも良かったら、参加してくれたまえ。えっと……、君と屋上に行くことは出来そうにないな、ごめんね……」
短く別れの挨拶を済ませると、皇一はさっさと行ってしまった。
「この後、キャンプファイアーがあるんだって、ちょうど俺たち、男二人、女二人だし、参加していくか?」
念のため聞いてみたが、「結構です!」と三人同時に断られた。苦笑いしながら、とりあえず早智に近づいて、悪友として、慰めの言葉をかけた。
「フラれたな!」
そう言って、一人固まっている早智の背中をポンと叩く。彼女がいるのなら、身を引くしかあるまい。
「も、もう少しで告白できたのに……」
「いや、相手がいる以上、告白してもフラれるだけだから」
まさか奪い取る気だったとか言わないよな。早智の場合、あり得ないとも言い切れないけど。
「あ、あき……」
「「諦めないから」とか言うなよ! 皇一には相手がいるんだから、ちゃんと諦めること! いいな!」
「ぐぐぐ……」
これから言おうとしていた言葉を、直前に俺に禁止されてしまい、早智にしては珍しく言葉に詰まっていた。執拗なアタックを諦めないのは、まゆと春日の二人でも十分すぎるほどだ。これ以上はいらない。
俺と早智のやり取りで、事情を察した七海は、傷心の早智に向かって話しかけてきた。彼女の中では、まだメールの件の怒りは収まっていないらしい。
「何? あなた、皇一と付き合おうと目論んでいたの?」
「な、何よ~」
また笑われると思った早智は、少し強気になって答えた。
「フラれて正解だったわね。言っちゃなんだけど、あなたと皇一じゃ、絶対に合わないわよ」
「! そんなことはやってみなくちゃわからないじゃない」
もうフラれていて、強がっても仕方がないのに、早智は七海に噛みついた。少なくとも、早智と七海よりは相性が良いように見えたけど。
「やってみるも何も、あいつには相手がいるんだから、もう諦めるしかないでしょ!」
「ぐぐぐ……」
俺が言ったのと全く言葉を、七海はもう一度早智に向かって投げかける。言われたくない言葉を告げられた早智は七海を睨みながら、悔しそうに唸っていたが、やがて顔を地面に落とした。
「けっ! 美咲さんとの婚約が完全に解消されていないのに、女を作るとは見上げた趣味じゃないか!」
アイドルに会わせてもらった恩はどこへやら。ホイケルは皇一に向かって、痛烈な言葉をかけていた。本当に皇一のことが嫌いなんだな。モテるからか?
「そう言うなって。大体そんなことを言ったら、陽菜だって同類だぞ」
陽菜だって、許嫁がいる状態で、俺からの告白に対し、首を縦に振ったのだ。
「美咲さんは良いんだよ!」
何が良いのかよく分からん。
だんだんキャラが増えてきたので、使い分けが出来なくならないように、注意して書くようにしています。もし、誰のセリフか、分かりにくかったりしましたら、遠慮なく知らせてください。




