第四十四話 学園祭のお化け屋敷
第四十四話 学園祭のお化け屋敷
ライブの開始までは時間があったので、それまで時間を潰すことにした。
「どこかで食べ放題の店をやってないかしら」
「あるわけないだろ。高校の学園祭でやったらえらいことになるぞ」
食欲旺盛な高校生たちの前で、そんなものをやった日には、食材がいくらあっても足りないだろう。仕方がないので、比較的安い食べ物を買って空腹を満たす。
「……何だ、あれ」
「でかいな」
「本当。野球の試合も出来そうね」
目前に広がっていたのは東京ドームに匹敵する規模の多目的ホールだった。
「体育館ではないみたいだな。かといって、プールやジムといった施設でもなさそうだ」
「講堂みたいよ。偉い人の話をあそこで定期的に聞かされるのかしら」
あそこに多数の生徒が一堂に介して話を聞くのか。いいな、それ! 退屈な話だったら、途中退室しても、先生にばれない。
「あそこでは何をやっているんだろう。ショッピングモールみたいに、複数の出店が入っているのかな」
「いや、メイド喫茶だ。この多目的ホール一つを丸ごと使って、メイド喫茶をしているに違いない。盲点だった。そりゃあ、外をいくら探してもない筈だぜ……」
まだ言っている。いい加減諦めたらどうだ。ホイケルの悲しい執念に、俺まで悲しくなりつつ、入り口に置かれている看板に目をやる。
「お化け屋敷だってさ」
この広い建物を使って、お化け屋敷をしているのだ。メイド喫茶よりはマシだろうけど、あまり良い趣味とは言えない。
「いいじゃん! 入ってみようよ」
ちょうど焼きそばを食べ終えた早智が俺達に参加を促してきた。それにホイケルは嫌悪感を露わにする。
「馬鹿! お化け屋敷って言うのは、可愛い女子と一緒に入って、怖がる女子が腕に抱きついてくる感触を楽しむところだろ。野郎しかいない状態で入ってどうするんだよ!」
かなりご立腹気味で、ホイケルは吐き捨てた。そんな不純な動機で、お化け屋敷に入るやつは、こいつを含めた一部の男子だけだと思うがね。
「可愛い女子なら、ここに一人いるじゃない」
コホンと咳払いをして、平らな胸を張って、早智は美少女アピールをした。
いや、お前、可愛くないから。などとはっきり言わず、「お前には皇一がいるだろ」とやんわり言っておいた。この人でごった返した中で、暴れられても迷惑だ。
お化け屋敷に入るかどうか、しばらく相談した結果、三人で仲良く入ることにした。何だかんだ言っても、遊園地の物よりも巨大な規模のお化け屋敷の中がどうなっているのか、興味津々だったのだ。入場料五百円と、やや高めだが、話のネタにはなるだろう。
受付で入場料を払って中に入ると、当たり前のように真っ暗だった。それでも、中の広さは実感できた。
通常のお化け屋敷はお化けに扮したゾンビ役の生徒が、客を怖がらせるというパターンだが、六聖館のお化け屋敷は一味違った。
人間のゾンビに交じって恐竜のゾンビまで存在したのだ。もちろん、恐竜のロボットを遠隔操作で動かしているだけのことだが、作りが精巧で同じ高校生の作品とは思えないほどだった。こんな金のかかるような代物を学園祭で出すか? どれだけ金が余っているんだよ、六聖館。怖くはないけど、感動したよ。
「あの恐竜、すごいな!」
俺は感動を素直に話したが、ホイケルの反応は淡白なものだった。
「……ムカつくくらいカップルばかりだな」
不機嫌なのはそのためか。言われてみると、あっちもこっちもカップルだらけだ。恐らく男らしいところを見せたい大多数の彼氏軍団が、彼女を連れてきているのだろう。
「俺より格好悪いやつが、可愛い子を連れて歩いている。なのに、俺は見向きもされない。何故だ……」
敢えて黙っていたが、今日学園祭の最中に、既に十回もナンパに失敗している。このことも拍車をかけて、カップルへの憎悪の念は臨界点に達していた。
お化け屋敷の雰囲気をぶち壊す輩はもう一人いた。言わなくても察しが付くと思うが、早智だ。お化け屋敷の中なのに、友人と携帯で話していて、時折、何が楽しいか奇声を上げている。周りの目も気になってきたので、いい加減注意しようと思っていると、早智が俺たちに向かって大声で話し出した。
「スクープ、スクープ! ここのスタッフの中に、私の知り合いがいたの!」
「へ~……」
知り合いの知り合いが紛れ込んでいるとなると、さらに興醒めだ。
「それでね! その知り合いがお化け役の生徒が一人休んだから、穴埋めになる人を紹介してくれないかって言ってきているのよ。ホイケル、さっきバカップル共に報復を加えたいって言っていたじゃない! チャンスよ」
早智の意図を理解したのか、ホイケルの顔に見る見る生気が戻っていく。
「いいねえ……」
「交渉成立ね」
二人して不敵な笑いを浮かべる。正直、ゾンビより、お前らの方が怖い。
「それで報酬なんだけど……」
「バカップル共に天誅を加えられるなら、報酬などいらない!」
「見上げた根性だ。じゃあ、ホイケル君の報酬は私が責任を持って受け取ろう!」
バイトなのに、報酬を断った。いや、ホイケルにとっては、バカップルへの制裁が何よりもの報酬なのだ。
「あんたはどうする?」
「俺は良いよ。客としてお化け屋敷を楽しむ」
本当はもう楽しんでないけど。こいつらと一緒にゾンビになるよりはマシだ。俺は人間でいたい。
「そう、残念ね。あんたも参加してくれれば、私の懐がさらに温まるのに……」
「尚更お断りだ」
悪友のために汗水たらして働くなど以ての外だ。俺が勢い良く断ると、早智もそれ以上説得してくるようなことはなく、ホイケルと詰所に急ごうと促した。こんな連中が相手では、本物のお化けもしっぽを巻いて逃げ出すしかあるまい。
二人が勢いよく出口に向かって疾走していってしまったので、俺は一人取り残されてしまった。
頭をかきながら、出口に向かって歩き始めると、前を歩くカップルの会話が聞こえてきた。
「ねえ! あのゾンビとか怖くない? 見てよ、目が飛び出ちゃってるよ」
「別に! 係りの生徒が被り物をしているだけでしょ? それが変な喘ぎ声を上げて、迫ってくるだけじゃない。今時、こんな陳腐な見世物じゃ、幼稚園児だって怖がらないわよ」
「そんなこと言わないで。お化け屋敷なんだから、演技でも怖がろうよ。それで、俺の腕に抱きついてきてよ……」
「は? 嫌よ! 何で私がそんな定番の反応をしなきゃいけないわけ! 馬鹿も休み休み言ってよ」
「いや、本当にお願いしますよ。前から女の子にやってもらうのが夢だったんです。前から欲しがっていたブランド物のネックレスをプレゼントさせていただきますから」
「! しょうがないわねえ……。不本意だけど、愛する彼氏の頼みじゃ断れないわ」
「抱きつく際は出来る限り胸を腕に押し付けるのを忘れないでね。感触も楽しみたいから♪」
「このスケベ豚が……」
会話の後、すぐにゾンビがカップルに接近してきた。途端に悲鳴を上げて、彼氏に抱きつく彼女。鼻の下を伸ばして、ご満悦で「お前は俺が守る。心配するな」と叫ぶ。
「……何だ、この茶番は」
ひどい会話だった。カップルの男の方は無邪気にはしゃいでいるが、そんなことしても無意味だろう。財布が軽くなるだけだ。
出口が近づいてくると、後方から耳を覆いたくなるような悲鳴が聞こえた。次いでカップルが我先にと走ってきた。
「ちょ、ちょっと待って。置いて行かないで……」
「うるせえ! お前になんか構っていられるか! 自分でどうにかしろ、ノロマ!」
逃げ遅れそうになる彼女に対して、彼氏が罵倒しながら走り去っていった。お前の言動は男としてどうよと思いつつ、カップルが走ってきた後方に目をやる。
「ククク……。愚かなバカップルめ。身の程を思い知ったか……」
ここにも無意味なことをして悦んでいるいる悲しい奴がいた……。頭を抱えることに、それは俺の悪友だった。お化け屋敷のお化け役が天職だったらしく、被り物で顔が見えないのに、ドヤ顔であることがよく分かる。どうやって怖がらせたのかは敢えて聞かないようにしよう。
二時間後、バイトを終えた二人とやっと合流できた。待たされている間、あまりに暇だったので、綿菓子やクレープ、ステーキ弁当なるものまで食べた。全部で三千円くらい使ったかな。たいした出費になってしまった。
「いやあ~、お化け屋敷最高だったな~」
「うん!」
憂さ晴らしが済んだホイケルと、懐が温まった早智がニコニコしながら、会場を後にする後ろを、ため息をつきながら追う。きっと陽菜と来ていたら、俺もターゲットにされていたんだろうな。無理に彼女を誘わなくて良かった。
真実を知ったら、みんな怒るだろうな。恋人に恐怖を必死に懇願していた彼氏は喜ぶだろうけど。お化けより、カップルの悲喜こもごもばかりが記憶に残ってしまった。
作中で恐竜のゾンビのレプリカが登場しましたが、書いていて、恐竜のゾンビに襲われる話を書いたら面白いんじゃないかと思いました。人間のゾンビに襲われる話はたくさんありますが、恐竜版は見たことがないです。あの巨体で襲われたら、ひとたまりもないので、面白い話になると思うんですよね。次回作でやってみようかな……。




