第四十二話 元許嫁からの誘い
第四十二話 元許嫁からの誘い
その日の放課後、帰宅しようと外に出ると、皇一が昨日と同じように、校門のところに待っていた。
「またいるな……」
「……そうだね」
陽菜と七海は昨日と同じように、睨むような目を皇一に向けている。
二日連続で同じところに立っていると、さすがに女子生徒に知れ渡ることになり、皇一に話しかける女子生徒の姿が何人か確認できた。
「あのまま、女子の誰かにメロメロになっちゃえばいいのに!」
本音に違いない。許嫁が自分以外の女に盗られることを望むのはどうなんだろうと言うツッコミは置いておく。
「どうしたの、日向? 急に辺りを見回したりなんかして……」
怪訝に思った陽菜に聞かれると、日向はハッとして、「何でもありません!」と、大げさに答えた。その反応は怪しいから、いっそう疑われるだけだと思う。
昼間、春日との一件を知っている俺には、日向の心中が痛いほどよく分かった。俺も皇一の周りを見てみるが、春日と思われる人影は確認できなかった。
「また無視するのか?」
「そのつもりだよ」
「どうせ無視しても、返答するまでついてくるから、それは止めておきな」
陽菜は嫌そうにしていたが、俺の言う通りにしてくれた。皇一に近づいていくと、「やあ!」と元気のいい挨拶に返答した。
「また来たんだね。今日はボーリングにでも誘うつもりなのかしら?」
「違うね。ボーリングも面白いけど、今日ももっと面白いことに誘いに来たんだ」
そう言って、制服のポケットから、チケットを五枚出して、陽菜に渡した。
「今度うちの学校で学園祭をやるんだけど、もし良かったらどうかなって思ってさ」
「そういえば六聖館って、夏に学園祭をやるんだったね」
「生徒会長の特権を乱用して、五枚ばかりちょろまかしてきた」
「生徒会長?」
不思議に思って聞き返す俺に、七海が説明してくれた。
「聞いての通りよ。彼はね、六聖館高校で生徒会長をやっているのよ」
お金持ちでルックスもよくて、おまけに権力まで持っているのか。これは凡人の俺が対抗できる世界じゃないな。
陽菜はあまり興味がなさそうに、チケットを一瞥した後、また皇一に視線を戻した。
「私が行くと思う?」
「来てくれると信じているよ」
妙な自信を見せて、皇一は踵を返した。本日の用件はもう済んだらしい。
「君たちも是非来てくれ。足を運ぶだけの価値はあるから。退屈はさせないよ!」
この言葉は、恐らく俺に向けていったのだろう。しかし、堂々と退屈させないと宣言するとはすごい自信だ。陽菜には悪いけど、ちょっと行ってみたいかも。
皇一が去った後、陽菜にチケットをどうするのか聞いてみた。
「もらったチケットはどうするんだ?」
皇一からもらった学際のチケットをひらひらと風にたなびかせながら、陽菜は答えた。
「私は行かない」
言葉には硬い意思のようなものを感じた。俺が何を言っても曲げないつもりなのだろう。。
「行かないのか。残念だな。デートにちょうどいいと思ったんだけど」
「だったら尚更駄目だよ。彼、絶対に何かしてくるから、デートの雰囲気とか、台無しにされちゃう」
「優司くんが行くと言うのなら、私は止めないから、楽しんでくると良いよ」
そう言って、俺にチケットを五枚とも渡すと、陽菜はすたすた行ってしまった。
「おい、待てよ!」
慌てて後を追うが、今日の陽菜は迎えの車を待たせていたみたいで、それにさっさと乗ってしまった。光と日向も後に続く。
「じゃあ、また明日!」
別れの挨拶を一方的にすると、行ってしまった。後には、俺と七海だけがポツンと残されてしまった。
「二日連続で皇一に会って、機嫌が悪いのよ。あまり気にしちゃ駄目よ」
「そんなことしないさ。でも、お前まで置いてけぼりなんて珍しいな」
「! そ、それだけ気分を害しているということでしょ。べ、別におかしくなんてないんだから」
明らかに動揺していた。ちょっとツンデレまで入っている。俺はともかく、自分は置いてけぼりにされないと思っていたようだ。
「お前の方こそ、気にしちゃ駄目よ」
「う、うるさいわね。分かっているわよ!」
ムキになって叫ぶところが、ちょっと笑えた。でも、さっきの別れ方は一方的だったな。陽菜にフラれる時も、こんな感じで済まされるのかもしれない。
放課後、陽菜たちと別れた後、ゲーセンでホイケルと合流して遊んでいた。ふと、チケットの話を思い出して、何気なくしてみた。
「お! いいじゃないか、学園祭!」
「行くか?」
「おうよ! 学園祭と言ったら、高校の主要イベントの一つじゃないか。うちの学園祭はまだ先だけどな」
鼻息を荒くして、ホイケルは熱く語っている。何にそんなに興奮しているのだろうか。学園祭と言っても、出店や、出し物を楽しむだけで、興奮する要素はない筈だぞ。
「けっ! お前みたいな彼女持ちのリア中には分からないんだよ。
「ナンパするつもりか?」
「当然だ!」
「するなとは言わないけど、俺から離れたところでやれよ。仲間と思われたくない」
「元からそのつもりだ。仲間甲斐のない奴だぜ」
不貞腐れたように、ホイケルは鼻を鳴らした。俺は当日、離れたところで、こいつが盛大にフラれていく様子を軽食とコーラを片手に見物させてもらうこととしよう。
五分五分の戦績で格闘ゲームを終えると、どちらともなく帰ろうと言う話になり、その日は別れた。
自宅アパートに戻ると、隣の家の電気がついていないことに気が付いた。まだ帰ってきていないらしい。
自室に入って、ベッドに寝転がろうとすると、壁が思い切り叩かれた。不意を突かれた俺は情けないことに、叫び声を上げてしまった。
「「うおっ!」だって! 恥ずかしい!」
今の物音は早智が壁を叩いたものらしい。俺を驚かせるために、電気を消して息を潜めていたに違いない。
「暇なことをしているんじゃない! ビックリするだろうが!」
早智の笑い声に気を悪くして、乱暴な言い方で、早智を責めた。
「あははあっはははっは! ごめん、ごめん! 悪気はたいしてないから、許して~!」
許してほしいと言いつつ、爆笑が収まる気配は微塵もない。たいして悪気はないと言っているが、実際は悪気しかなかったのだろう。単純な手に引っかかった自分に心底腹が立つ。
「ねえ、ねえ。今からそっちに行っていい? お母さんから肉じゃがをおすそ分けするように言われているの」
そう言って、ドアをバタンと閉める音がしたかと思うと、玄関のチャイムが勢いよく鳴った。ここまで俺は一言も発言していない。家に来て良いとも言っていない。
家に上げると、早智は頼みもしないのに、勝手にリビングに行って、持参した肉じゃがを温めた。
「そういえば校門のところで、美咲さんの元許嫁と話していたわね。込み入った話だと思って、声をかけなかったんだけど、今日は何を話したの?」
テーブルに肉じゃがと、勝手に作った二人分のお茶を置きながら尋ねてきた。こいつ、見てやがったのか。
「へぇ~、学園祭のチケットをもらったの! それも五枚も! ねえねえ、どうせ余っているんでしょ。私にもちょうだい!」
肉じゃがを頬張りながら、説明すると、早智は目を輝かせながら、話に食いついてきた。視線は俺がテーブルに広げたチケットから微動だにしない。どうせ断っても勝手に持っていくつもりなのだろうから、承諾してやった。
「ふと思ったんだけどさ。美咲さんと事実上婚約破棄しているということは、麻生さんって、今フリーの状態の訳よね」
「分からんぞ。結構女子にモテそうなルックスだったからな。彼女が複数いても、俺は驚かないね」
「でも、私にもチャンスがあるってことよね」
嫌にしつこく食い下がってくる。早智の目を覗くと、案の定、目が¥マークになっていた。口からは涎まで流している。今の姿を皇一に見られるようなことがあれば、チャンスなんてきれいに消えてなくなるよ。
「美咲さんに相談すれば、絶対に手を貸してくれるわよね。私が皇一さんとくっつけば、二人の婚姻関係も強制的に解消されるわけだもの!」
確かにそうなるだろう。でも、自分が許嫁にフラれるために、手を貸すという構図だが、何ともシュールなものだ。しかも、俺もそれを実行するように、相手の男に昨日頼まれた。ていうか、今皇一さんって言った? 呼び方まで変えて、すっかりメロメロじゃないか。
「頑張ろうぜ、幼馴染み!」
早智は右手を開いた状態で、大きく上にあげた。ハイタッチを求めているらしい。気が乗らなかったが、言われたとおりにハイタッチしてやる。パンと良い音を立てて、二人の掌が重なった。
こうして、ここによく分からない上に、アホくさい同盟が結成された。……すごく精神的に疲れたので、肉じゃがを食べたら、今日はさっさと寝よう。
結局、チケットは二枚ほど余ることになった。一瞬、母さんたちに渡そうかとも思ったが、向こうで鉢合わせになるのも嫌だったので、適当なクラスメイトに渡してしまうことにした。
次回から、高校最大のイベント(と個人的に思っている)である学園祭の話が始まります。ご期待ください。




