第四十一話 嬉しくない再会
第四十一話 嬉しくない再会
皇一と会った翌日、俺は学校で光と日向と話す機会があったので、昨日のことを話した。
「……出来れば嘘だと言っていただきたいのですが、全て真実なんですよね」
春日のことを話すと、さすがの日向も言葉を失っていた。表情に出すようなことはなかったが、開いた口が塞がらないようで、喋る言葉を探しているみたいだった。
「さ、昨夜、お嬢様が帰宅してから、ずっと不機嫌だったんです。理由を窺うと、麻生様に会われたと仰られて……。まさか、その場に日向のストーカーまで同席していたなんて……」
昨日、陽菜が、俺と別れるまで、ずっと不満を口にしていたのを思い出した。帰宅しても機嫌は治らなかったのか……。
「……弱りました。あの女だけなら、力づくで押し返したのですが、麻生様の後ろ盾があるとなると、私の力ではどうしようもありません」
「その麻生家っていうのは、そんなにすごいところなのか?」
気難しいと噂の陽菜の父親から、子供同士で、許嫁の関係を結ばせるほどなのだから、それなりの家だということは薄々分かっていた。だが、実際は予想以上にでかい家らしい。
「い、家の規模だけなら、美咲家や蒼井家と同等です。万が一、私たちのせいで、関係がこじれるようなことがあれば、クビでは済みません」
淡々と話しているように聞こえるが、節々に怯えを感じた。
「あ……」
その時、光がか細い声で呻いた。嫌なものを見つけてしまったという嫌悪感も垣間見える。
気になって、光の視線の先に目をやると、昨日再会したばかりで、且つたった今話題にしていた女性が、こちらに迫ってきていた。
「もう来たのか……」
ストーカーながら、その行動力には恐れ入る。日向を見ると、明らかに顔が引き攣っていた。俺から情報を得てから、心の準備をする時間もないまま、対面することになったのだ。無理もない。
「やあ!」
春日は自分がいかに不協和音を招いているのか分かっていないようで、軽快な挨拶をしてきた。
「どうも……」
とりあえず素っ気なく短い返事をした。
「久しぶり! 日向ちゃん、会いたかったよ」
挨拶もそこそこに、春日は日向に抱きつこうとした。日向はそれを神速で避けて、お返しに蹴りを見舞ったが、難なく避けられてしまう。
「相変わらず厳しいけど、そこがまたいいんだよな」
本気の攻撃すら、興奮に変えてしまうとは恐ろしい性癖だ。
「さて、岩見くんから、もう聞いているんだろ。僕の現在について」
「……ちょうど今聞き終えたところです」
いつも通りの無表情を通そうとしているようだが、心の乱れが隠しきれていない。このまま会話を続けても、春日のペースに巻き込まれるだけだ。
「……今日のところは分が悪いから、こちらから退散しよう。春日に背を向けるのは面白くないだろうけど、気持ちを整理しなきゃ」
日向の不利を見て取った俺は、そっと彼女に耳打ちした。だが、日向は首を横に振って拒否した。
「これからは堂々と会いに来ることが出来るわけだ」
「……あなたが周囲百メートル以内に入る前に逃走するから、来ても無駄ですよ」
「そうなったら、僕は君の後ろ姿を追いかけるよ。考えただけで興奮するな」
「……こう見えて逃げ足には自信があるので、あなたの手が私に届くことはありません。無駄だと断言します」
素っ気なく答える日向を、春日が面白がって楽しんでいた。当然なことながら、からかわれている日向はだんだん頭に血が上ってきていた。日向なら大丈夫だと思うが、喧嘩になる危険もあるので、そろそろ間に入ることを検討し始めた。
「僕と話して、だいぶお冠のようだね。こちらは面白いんだけど、日向ちゃんにはつまらないということか。場合によっては、殴り合いになるのも良いけど、これだけは知っておいてほしい。この間、拳を交えたときに気付いていると思うが……」
思わせぶりな発言をし出した。僕の後ろには麻生家が控えているとか、権力を笠に着た発言でもするつもりなのだろうか。
「僕はMだ」
「……」
どうしようもないカミングアウトだった。
「だからな。君が僕を攻撃するほどに、憎い僕を悦ばせてしまうことになる」
どうしよう。本気で困った。いろんな意味で困った。誰か、この人を異次元の彼方まで連れてってくれないだろうか。
「それで? 今日は何の用事だ?」
相手をするのが面倒になってきたので、用件だけ聞いてさっさと帰ってもらうことにした。俺だったら強く当たっても大丈夫だろう。
「何の用事って、愛しの深海日向に、これから定期的に会えるようになったことを報告しに来たに決まっているだろ」
「……」
うぜえ……。もう帰ってもらおう。ごねるようなら、ちょっと怒鳴ろう。それくらいならしてもいい筈だ。
「念のために言っておくけど、強引に返したところで無駄だぜ。何かにつけて戻ってくるからね!」
俺の行動を先読みした春日が無駄だと言わんばかりに、機先を制してきた。
「フフフ……! ストーカーとは厄介なものだ。一度退けたと思っても、諦めずにまたやってくる」
勝利宣言まで始めた。うわ……、本格的に鬱陶しくなってきた。
「と、ということは、私をストーキングしていた人も、定期的に会いにくると言うことですか⁉」
宇敷の再来を本気で恐れていた光は悲鳴に近い声を上げた。春日はストーカーとはいえ、同性だし、悪意を感じない部分もあるが、宇敷の方は完全に変態だ。気味の悪い笑みを浮かべて、舐めまわすように女性の体を見てくるから、本気で避けられている。
「もう来ているよ」と涼しい顔で言われたらどうしようと思ったが、春日は予想とは反対のことを口にした。
「ああ、あの変態なら、数件の余罪が芋づる式に発覚したから、当分表には出てこれないよ。だから、気にしなくて大丈夫」
俺達から見れば、あなたも宇敷も等しく同じストーカーと言う名の変態だと突っ込みたいのを堪えた。
「よ、良かったです。安心して泣きそうですよ」
などと言いつつ、どこまで信用していいのか分からない情報に安堵して、光は目に涙を浮かべていた。
「……私は全く良くありませんけど」
安堵している姉を恨めしげに見つめながら、日向はため息をついていた。
「おっと! もうこんな時間だ。日向ちゃんと話すのが楽しくて、つい長居してしまった。用事があるから、もうお暇させてもらうよ」
腕時計に目をやって、名残惜しそうに別れの到来を告げる春日。それを聞いて、日向はやっと笑みを見せてくれた。
「じゃあね、日向ちゃん。三日以内にまた会いに来るから」
別れの投げキッスをして、春日は去っていった。
春日か去った後に日向を見ると、露骨に顔をしかめている。投げキッスの衝撃はかなりのものだった。日向はあまり感情を表に出さない子なので、余程嫌なのだろうな。
一方が毛嫌いしているのに、もう一方はお構いなしにアタックを仕掛けている。ご主人同士も、使用人同士も似たような関係の訳だ。
「もういい加減陽菜に相談した方が良いんじゃないか。黙っていたことを咎められるだろうけど、俺たちの力だけでどうこう出来る問題じゃないし、陽菜も春日のご主人が嫌いみたいだから、手を貸してくれると思うぞ」
間違いなく、ストーカーの件を理由に、皇一に絶縁を申し込むだろう。陽菜と皇一の接点がなくなれば、春日が堂々と会いにくる理由もなくなる。
「……駄目です。お嬢様の手を煩わせることなど出来ません」
またそれか。見上げた使用人魂だが、あまり自分を追い込むなよ。駄目な時は、素直にギブアップした方が楽だぞ。
いつもより遅い時間ですが、次話を投稿しました。興味のある方は、是非お読みください。
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