第四十話 カラオケと王様ゲーム
今日はいつもよりちょっと長くなってしまいましたが、気にせずにお楽しみください。
第四十話 カラオケと王様ゲーム
信号で止まることのない奇跡の運転は最後まで続き、車は駅前のカラオケ店に到着した。ちょうど店の駐車場に一台分停めるスペースが空いていたので、そこに車を停めた。運も良いらしい。
カラオケ店は駅前という立地条件の良さも加わり、人で賑わっていたが、ちょうど大部屋が一つだけ空いていたので、運良く入ることが出来た。
「今日はついているな」
「うん。日頃の行いが良いから、幸運の神様にご褒美をもらっているみたいね」
こいつの日頃の行いを神様が見ているなら、天罰が下っている筈だが、タイミングが良いと、気分が良い。
「もう少し後に来れば、満員になって、カラオケをやらずに帰れたのに……」
俺と早智とは対照的に、陽菜と七海は気分が優れないようだった。
険悪な雰囲気のままなのも嫌だったので、ドリンクと、簡単なつまみを注文すると、さっさと歌い始めた。
カラオケはみんなうまかった。一人くらい音痴がいれば面白いのに、八十点以上の高得点を次々と叩き出していく。ちなみに俺の得点は、最高が八十一点で、最低が八十点だった。悪い点数でもないが、いくら歌っても、同じような点数しか表示されないので、イマイチ面白くなかった。
そんな中、一人くらい下手くそがいるべきだと言う俺の願いを神様が聞き入れたのか、春日が歌い始める前にこんなことを言い出した。
「みんな、うまいな。でも、一人くらい下手くそがいた方が盛り上がると思うんだよね。そういうわけで、音程が外れてばかりの僕の歌を聞いてくれ」
あらかじめ下手くそだと言うことを宣言した上で、春日は歌い始めた。自分から下手だと言うだけあって、確かに下手だった。耳から血が出るとまでは言わないが、場の雰囲気を盛り下げるには十分なレベルだ。確かにこれなら、歌う前に下手だと宣言して、あらかじめ言い訳をした上で歌い始めたくなる気持ちも分かる。
ただ、こいつとは警察沙汰になるほどの騒ぎを演じているので、どう接していいのか分からず、歌っていても、正直囃し立てる気は起きなかった。
このまま盛り下がって、今日は微妙な空気のまま解散かと思われたが、ムードメーカーの早智が、続いてアップテンポの曲を熱唱したことで、場の空気はだいぶ回復した。
その後、良い感じで時間は流れたが、それでも場の雰囲気と言うものは、弛緩してくるものだ。
二時間も歌っていると、だんだん場の雰囲気も下がってきた。元々、陽菜と七海が嫌そうにしているのを、俺と早智と皇一が強引に盛り上げている状態だったので、そうなると、場が白けてくるのは止めようがなかった。ちなみに春日はずっと俺たちのことを観察するように、微笑んでいた。
「ねえねえ! カラオケも飽きてきたし、別の遊びをしない?」
カラオケに飽きてきたと言うのは、みんなの共通の意見だったので、皇一の発言に注目が集まるのは必然的なことと言えた。
「これをやろうよ!」
皇一が出したのは、アルミ缶と、それに入れられた数本のストロー大の棒だった。俺はやったことはなかったが、テレビドラマで観たことはあったので、どういうものかは想像できた。
「まさか……」
「そのまさか! 王様ゲームだよ!」
「あ、それ、知ってる! 王様の命令で、指名された人同士がキスするゲームだよね」
初めて見るおもちゃに興奮したのか、早智が楽しそうに声を上げた。それだけじゃないけど、そういう流れにはよくなるというイメージがある。
「優司くん以外の人とキスするなんて嫌よ!」
陽菜がキスなど出来ないとはっきりと否定してきた。七海もそれに同意する。嫌がる人間がいるのなら、無理やりやる出来ないだろう。たかがゲームで険悪な雰囲気になりたくない。
「じゃあさ! こうしようよ」
どうしても王様ゲームがやりたいのか、皇一は食い下がってきて、ルール変更を申し出てきた。
「キスはもちろん、Hな要求も禁止。楽しく盛り上がれる罰ゲームしか書いちゃ駄目!」
「え~、つまらない!」
Hな要求をして楽しむつもりだった早智は不満そうだったが、七海が続けざまに発言するとさすがに黙り込むことになった。
「もし、罰ゲームで私とあなたがキスすることになったら、どうするの? 私は嫌よ! あなたは罰ゲームだから仕方ないって、出来るわけ?」
よほど嫌なのだろう。吐きそうになるのを我慢しながら、早智はかぶりを振った。俺はそうなったら面白そうなので、是非やろうと提案したが、二人から顔面に正拳突きを食らった。
結局、簡単な罰ゲームと言う約束の元で、王様ゲームが始まった。
まず王様に選ばれたのは、俺だった。俺が王様に選ばれた途端、早智と七海がすごい形相で睨んできたのは見なかったことにしよう。
「じゃあ、2番の人、コーラとオレンジジュースとお茶をミックスしたドリンクを一気飲み!」
軽い罰ゲームと言うことだし、このくらいが丁度いいだろう。
「2番は誰?」
「私……」
2番を引いたのは陽菜だった。俺の要求通り、3種のドリンクをブレンドした化学薬品を何度かむせりながら飲み干した。
「すごい味だった……」
飲み終わった後、虚ろな表情で、陽菜はつぶやいた。生気のない目を見ていると、悪いことをしたかと申し訳ない気持ちになった。
気を取り直して、ゲームは続く。次の王様は早智が選ばれた。ろくでもないことを考えているようで、不敵な笑みを隠そうともしない。
「3番が、蒼井七海の顔を思い切りひっぱたく!」
「おい!」
みんなから、一斉にツッコミが入った。挑発行為を受けた七海に至っては、「馬鹿内ぃ!」とマイクを片手に絶叫していた。軽い罰ゲームだけと断っているのに、どうしてこいつは後に遺恨を残すようなことを言うのだろうか。
「分かったわよ。それじゃ変更! 三番の人、君が代をエアギターで熱唱」
猛反対に遭って、渋々最初の要求を取り下げた早智は、新しい要求を提示した。さっきよりだいぶマシだが、相変わらずきつい罰ゲームだ。
「3番は僕だね」
春日が名乗り出た。そして、エアギターをロック風に操り、最高にヘビーな君が代を俺たちに披露してくれた。
「次の王様は、私だわ。それじゃ早速言わせてもらうわね。5番の人は店員さんを呼んで、「お姉さん、彼氏いるの?」と聞きなさい。さあ! 実行しなければいけない不運な人は誰かしら?」
さっき早智が強烈なバッシングを受けていたのを見ていないのだろうか。軽い罰ゲームだと言っているのに、どうしてこう悪質なものばかり提案するのだろうか。
「……私」
早智が名乗り出ると、七海は飛び上がらんばかりに喜んだ。もう駄目だ。この二人はどうやってもいがみ合う運命なのだ。
早智は罰ゲームを嫌々実行して、店員に奇妙な動物を見るような目で睨まれ、涙目になっていた。変な罰ゲームを考えるからだ。ざまあみろ。
「……何回かやったけど、盛り上がらないな」
ぽつりと正直な感想が口から出た。他のメンバーも同じ意見だったらしく、自然と王様ゲームは中止になった。今日分かったことだが、多少過激な罰ゲームが許されていないと、王様ゲームはやっても盛り上がらない。
支払いを済ませて、店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。車で送ると皇一は提案してきたが、陽菜と七海は相変わらずの邪険な態度で突っぱねてしまった。
「陽菜たちはいつまで経っても冷たいままだな。そろそろデレを見せてくれてもいいと思うんだけど」
あまり気にしてなさそうな顔で、皇一は残念がっていた。
皇一の打たれ強さはともかく、俺は気になっていたことを陽菜にもう一度聞いてみることにした。
「ていうかさ。結局のところ、皇一って何者なの?」
「私も聞きたい。絶対にただの知り合いじゃないよね。聞かせて、聞かせて」
俺の質問に早智も乗っかってきた。陽菜は難しい顔で黙っていたが、やがて決心したようで、重い口を開いてくれた。
「この人はね……。私の元許嫁」
「へ~。……何だって?」
「……許嫁って、あの結婚する許嫁?」
耳を疑うことだったので、早智と二人で、思わず聞き返してしまった。許嫁? 陽菜の? 皇一が?
場の空気が瞬間で凍り付いた。誰もが無言になる。今まで騒いでいた早智も固まっている。
「元だよ! 今は許嫁でも、恋人でも何でもない赤の他人だし、そもそも最初からお互いその気はなかったし!」
俺に弁解するように、陽菜が矢継ぎ早に答えた。それに、皇一が余計なひと言を付け加えるように、説明を補足する。
「元許嫁とはいうものの、父さんたちはまだ僕たちをくっつけるつもりらしいよ。本人に直接確認したから間違いない」
親が諦めていないと言うことは、まだ許嫁同士と言うことではないだろうか。陽菜を見ると、違うと強く否定された。
それで? 話の流れから察するに、こいつの目的は間男である俺から、許嫁を取り戻すことと言うことと見ていいのだろうか。
「ん~。全然違うな。むしろ、逆だね」
「逆?」
「もう分かっていると思うけど、僕も陽菜も結婚に乗り気じゃないんだよ。親が勝手に盛り上がっているだけで、子供のこっちとしては、迷惑しているんだ。だから、君には頑張って、陽菜との幸せな未来を築いてもらいたいわけさ。そうなれば、必然的に僕も自由の身になるからね」
普通、間男は排除の対象になるのに、俺の場合、むしろ後押しされてしまった。
「陽菜のお父さんは結構気難しい人だから、陽菜と結婚に漕ぎ着けられるか不安なところもあるけど、ファイト!」
俺のことを苦々しく思っている様子は微塵も感じられず、そればかりか、終始エールを送られた。陽菜の父親と言うラスボスとの対戦を決定づけらえた俺は、ひたすらブルーな気分だったので、そんなことはどっちでも良かったんだけどね。
皇一はまだ遊び足りなそうだったが、陽菜と七海の猛反対に遭って、この日はこれで解散になった。
「今日は楽しかったよ。じゃあ、また遊んでね」
車から顔を出して、見えなくなるまで手を振っていた。今時小学生もやらないような恥ずかしいことを良くできるなと、少し尊敬した。
皇一の乗った車が見えなくなると、俺は陽菜に話しかけた。
「何と言うか……、結構フランクな感じだったな。お前の元許嫁」
「馴れ馴れしいの間違いだよ!」
陽菜の口調は未だ厳しいままだ。
「あなたはまだ知らないだろうけど、人にちょっかいを出して怒らせるのが好きなやつなの。恐らくこれで終わりじゃないわ。明日以降、ちょくちょく私たちの前に現れて、トラブルの種を蒔いてくる筈よ。あなたも、陽菜や私がどうしてあいつのことを毛嫌いしているのか、痛感することになるわ」
とことん嫌いなんだな。元とはいえ、許嫁なのに。
「優司くん」
「ん?」
「彼の言う通り、お父さんは面倒くさい相手だけど、頑張ってね。私、優司君のこと、信じているから」
「ははは……。出来るだけやってみる……」
せっかく忘れかけていたのに、陽菜のダメ押しのせいで、またブルーな気分になってしまった。陽菜の父親か……。会ったことないけど、あんなでかい別荘を幾つも持つくらい稼ぐんだから、相当のやり手なんだろうな。認められるためには、命を懸けなきゃいけないんだろうな。……あ~、面倒くさくなってきた。
とりあえず、今日のところは何も考えずに、家に帰って寝ることにした。




