第三十八話 ストーカーとの対峙
第三十八話 ストーカーとの対峙
待ち合わせ場所に指定した人気のない倉庫で、俺達は宇敷の到着を待っていた。光と日向には、まゆのことを正直に話した。最初は誤魔化してしまおうかとも思ったが、どうせばれれることなので、下手な小細工は止めることにしたのだ。光と日向は微妙な顔をしていた。彼女たちからすれば、ご主人の恋敵の手を借りるようなことはしたくない筈なので、当然の反応と言えた。
「念のために言っておくけど、俺からまゆに協力を申し出たわけだから、特に気にしなくていいぞ」
「そうだよ。ご主人のライバルに塩を送られたなんて、あなたたちにとっては面白くないことだもの。だから、無理にお礼を言わなくてもいいよ♪」
光と日向は難しそうな顔で黙っていたが、結局、まゆに礼を述べるようなことはなかった。
まゆの指定した時間が近づくと、光を倉庫から離れたところに隠れさせた。そこから、宇敷が倉庫に入ったのを確認して、警察に通報させるのが光の仕事だ。
俺と日向はドア付近に息を潜めて身を隠した。そして、入り口近くの椅子にまゆが腰かけて、宇敷が来たら出迎えるのだ。
「ミッションって感じがして、ドキドキする♪」
「危険なことをしているんだから、少し緊張してくれ。でも、お前に危害が加えられるようなことは絶対にないけど。俺が守るから」
部外者なのに協力してくれているまゆに傷がつくようなことがあっては、申し訳が立たない。まゆは、俺の言葉を深読みしたらしく、嬉しそうにはにかんでいた。念のため、訂正しようとしていると、ドアがノックされた。
「まゆちゃん。僕だよ」
鼻の下が伸びているのが見なくても分かるくらい、だらしない声がした。声の感じは三十代の男。宇敷のものとみて間違いないだろう。俺は口を抑えて、物音を立てないように細心の注意を払った。
「ドアが開いているから、勝手に入ってきていいよ♪」
まゆが促すと、ドアが開けられた。
「えへへ……。まゆちゃん、久しぶり」
興奮した顔で、宇敷が入って来た。光をストーキングしている時とは、比べ物にならないほどの、無警戒ぶりに内心で苦笑いした。倉庫内に完全に入ったところを確認して、俺はドアを閉めて鍵をかけた。
ガチャリと鍵の閉まる音を聞いた宇敷は「へ?」と間の抜けた声を上げて、後ろを振り返り、俺と日向を見つけた。
「君……」
俺の顔を見ながら、宇敷は狼狽を隠せないでいた。当然だ。自分を追っているやつがいきなり背後に現れたら、誰だって体がすくむ。しかも、この倉庫の出入り口は、今俺が閉めた、このドアのみだ。宇敷は倉庫内で俺たちに取り囲まれた状態で逃げられない。自慢の足も封じられたのだ。向こうからすれば、もう固まるしかない。
「ま、まゆちゃん。僕を騙したのか!」
抗議の目をまゆに向ける。だが、まゆは涼しい顔で、悪びれることもなく、あっさりと肯定した。
「ごめんなさいね。宇敷さんのことは嫌いじゃないけど、優司君の頼みじゃ断れないしね♪」
「優司……!」
俺の名前を反復していた宇敷は、何かを思い出したように、目を見開いた。
「ということは、そいつがまゆちゃんの完全無欠彼氏の岩見優司くんかい?」
「は? 何だそれ……」
「そうよ!」
訝しる俺の言葉を遮って、まゆが大声で肯定した。確か、SNSで知り合ったと言っていたな。もしかして、他の知り合いにも、俺のことを彼氏と吹聴しているのではあるまいな。いや、きっとそうに違いない。後で強制的に訂正文を書かせて送信させてやる……。
「私もね。好きな人がいるから気持ちは分かるよ」
諭すような口調で、まゆは宇敷に語りかけた。
「でも、手段を選ばなきゃ。相手に迷惑がかかるようなアプローチはいけないよ……」
思わず首を捻るような、ツッコミどころの多い言葉を、まゆはストーカーに対してかけた。
「私の仲間が警察に通報しているから、もうすぐサイレンの音が聞こえて来る筈だよ。言い訳は警察署で思う存分すると良いわ」
宇敷はしばらく肩を震わせていたが、逃げ場がないので観念するしかない。やがて、静かになっていった。これで一件落着か。
その時、ドアごと、強い力で外から壊された。これでは、鍵等関係ない。呆気にとられていると、空いた出口から、女性は一人入ってきて、あっという間に、宇敷を奪還してしまった。しまったと思うが、もう遅い。
「油断するなと言ったはずだよ。しかも、自分から罠に引っかかるなんて、だらしないにも程があるぜ?」
女は男のような口調で、宇敷を蔑んだ目で見ながら、静かな声で罵倒した。
「済まない、恩に着るよ」
宇敷と女性は、俺たちに踵を返して、外へ向かって走り出した。
そこに日向が立ち塞がる。
「……あなたたちを、このまま逃すわけにはいきません」
「ふん! 勇ましいことだな」
「……岩見様は男のストーカーをお願いします。こちらは私が」
「おい! そいつ、知り合いなのか」
何か因縁のようなものを感じたので聞いてみた。
「この人……、私のストーカーです」
驚いた。日向の方のストーカーは、尾行を開始して以来、姿を見せなかったので、もう諦めたのかと思っていたが、このタイミングで出てくるなんて。しかも、宇敷と裏で手を組んでいたとは。
「僕はね。君みたいに影のある子に弱いんだ」
悪びれることもなく、女ストーカーは、日向の魅力について語った。だが、本人にはお気に召さなかったらしい。
「……私に好意を持ってくれるのはありがたいですが、迷惑なんです!」
言うが早いか、日向は女ストーカーに向かって、回し蹴りを放った。それを器用に避けつつ、女ストーカーは鉄パイプを取り出した。
「影があって、おまけに気が強い。いいね、ストライクだ!」
次は女ストーカーが、日向に大ぶりの一撃を放った。
「……さっきから言っているでしょう。迷惑なんですよ」
大きく後方にジャンプして攻撃を避けると、今度は壁に向かって跳ねた。そして、壁を蹴りつけて、三角ジャンプで蹴りを放つ。それがガードされても、勢いは止まらず、続いてかかと落としを決めた。きれいにクリーンヒットし、女ストーカーは小さくうめき声を上げると、気を失ってその場に倒れた。
「さすがボディガード!」
流れるように繰り出された、見事な蹴り技に賛辞を贈る。ちなみに、宇敷は、俺の手でとっくにノックダウンさせられていた。
数十分後、通報で駆け付けた警察の手によって、二人のストーカーは連行されていく。
「諦めないからね!」
警察に連行されながら、宇敷は聞き覚えのある捨て台詞を言った。何に対して諦めないと言っているのか。あんたがストーキングしている光はここにいないよ。
「僕も諦めないよ」
警察に連行されながら、女ストーカーも聞き覚えのある、……というか、同じ捨て台詞を吐いた。そのセリフは一部で流行っているのだろうか。熱い視線で見つめられた日向は身を震わせている。
その後、簡単に事情聴取されたが、すぐに開放された。警察も去っていくと、俺たちは緊張が解けて、安堵の息を漏らした。俺の気が緩んだ瞬間を狙っていたのか、まゆが体を寄せながら、誘ってきた。
「さて、ストーカーの件も丸く収まったわけだし、どうかしら。この後、二人きりで映画なんて……」
「そういえばお礼をしないとな。この近くに美味しいお好み焼き屋があるんだ。そこに行こうぜ。光と日向も一緒に」
まゆのアタックを、俺がきれいに躱す。まゆは残念そうに目を閉じると、お礼の申し出を丁寧に断った。
「相変わらずだね。でも、諦めないから!」
この捨て台詞を聞くのは、本日三回目だ。まゆの「諦めない」は、俺にとって元祖ともいえるもので、一味違って聞こえる。そして、まゆは後ろを振り返ることなく、そのまま立ち去って行った。入れ違うように、光が倉庫に入ってくる。
「い、今。すれ違った人に、諦めないからって言われました。あの人、隣のクラスの人ですよね。もうビックリです」
俺は苦笑いした。何も光にまで言わなくても。
その夜、警察署から二人の男女が出てきた。一人は高校生の男子。もう一人は警察に連れて行かれた女ストーカー。
「危ないところでしたよ。ぼっちゃんのお力がなかったら、こんなに早く外に出れなかったでしょうね」
女ストーカーは、憂鬱そうに息を吐きながら、男子高校生に礼を言った。
「ああ~、いいよ、いいよ。春日さんは秘書として優秀だからね。宇敷さんはちょっと扱いづらいから、もう少し警察の厄介になってもらうけど」
興味がなさそうに、男子高校生は呟く。実際にどうでもいいのだろう。彼の興味は別のところにあった。
「宇敷さんをあっという間に叩きのめすなんてね。あははあ! 聞いていたより、逞しいじゃないか! 陽菜の新しい相手は!」
男子高校生は新しいおもちゃを与えられた子供の様に笑いながら、思考回路をフル回転させる。
「さ~て、どうやって遊んでやろうかな? あははあ!」
この男子高校生とは、数日後に会うことになる。しばらくの間、翻弄されることになるのだが、この時の俺は、そんなことを知る由はなかった。
今回はバトルシーンを入れてみましたが、いかがだったでしょうか。機会があれば、また入れてみたいと思います。
補足ですが、日向は足技が、光は腕力がないので武器を使った攻撃が、それぞれ得意です。




