第三十話 二人は双子
早いものでもう三十話です。まだまだ話は続きます。読んでいただいた方を退屈させない話をかけるように、毎回全力投球で書いておりますので、お付き合いください。
第三十話 二人は双子
屋上はいつも通り無人だった。鍵がかかっているわけでもないし、立ち入り禁止令が出ているわけでもない。変な噂だって聞いたことはない。ただ何となく、みんなが寄り付かないだけなのだ。人ごみが嫌いな俺にとってはありがたい話なので、このままの状態を卒業まで維持して欲しい。
堂々と屋上のど真ん中を陣取って、周りへの気配りを考えることもなく、どかりと座る。
陽菜が座ったのを見計らって、日向が持参した弁当を手に、主人に近づいた。
「お嬢様、こちらが昼食になります」
「いつもありがとう」
日向が陽菜に渡した弁当は、豪華という評価が相応しいくらいの一品だった。まず、入れ物。三段重ねの重箱! 弁当で使っていいものじゃないよね。入れ物が豪華なら、中身も高級。伊勢海老、米沢牛のローストビーフ、アワビ、刺身、筍の煮物、メロン……。高いものばかりじゃないか。
「すごいね……」
「ああ……」
あらかじめ購買部で買っておいた、自身の総菜パンを交互に見ながら、さすがの早智とホイケルもため息を漏らした。こういう俺も固まっている人間の一人なので、あまり二人を笑うことは出来ない。
陽菜と弁当を食べたことは何度もあるが、本日の弁当は明らかに今までとグレードが違う。コンビニ弁当と三ツ星レストランの料理くらい違う。……ここまで言うと、さすがに大げさだけど、とにかく全然違う。
「……岩見様の分もございます」
俺の分まであると言う。俺の分の伊勢海老があると言う。ただの彼氏に過ぎない俺なのに。うおお~~! 美咲家、最高だ~~!
「優司君の分を忘れるわけにはいかないからね。私の分と一緒に作るように、昨夜のうちに厳命しておいたの!」
俺のことを忘れずにいてくれたなんて、何て良い彼女なんだ。ああ、陽菜が彼女で本当に良かった。感激過ぎて、ちょっと泣きそう。「ありがとう!」と言う言葉が、頭で考えるより先に出てきた。
感激する俺を早智とホイケルが羨ましそうに見つめる。この二人の分は、いくら何でも用意されてなかった。
「いいなあ~! これ、完全に役得よね」
「畜生~! おい、岩見! せめてアワビだけでも寄越せ」
「じゃあ、私は米沢牛のローストビーフでいいや!」
羨ましがっていたかと思うと、俺の手に渡るより先に、早智とホイケルが箸を伸ばした。さっきは呆然と固まっていたくせに、チャンスと見るや、水を得た魚みたいに生き生きしやがって。お前らは、地獄に落ちた餓鬼か! くそっ! このままでは大本命の伊勢海老も危ない。
だが、そんな心配は杞憂だった。日向は弁当に群がる早智とホイケルの襲撃を器用に交わし、無事俺に弁当を渡してきた。
「ナイスだ、日向!」
「……お褒めのお言葉、ありがとうございます」
ただ弁当が俺の手に渡ってすぐ、アワビと、米沢牛のローストビーフは強盗共に盗られてしまった。俺の馬鹿……。
「皆様、紅茶をこちらにご用意してありますので、どうぞお飲みになってください」
「おっ! 気が利くね」
「俺、もーらいっ!」
用意された紅茶は瞬く間になくなってしまった。お代わりも何杯か用意していたが、それもあっという間に飲みつくされてしまった。
「うん! おいしい。腕を上げたわね、日向」
「……お褒めいただいてありがとうございます」
紅茶を一杯も飲めなかった日向だが、陽菜から褒められると嬉しそうにお辞儀していた。
「でも、深海さんって礼儀正しいし、てきぱきしているし、将来は良い奥さんになりそうね」
一通りの家事が出来るが、性格が災いして、良い奥さんにはなれそうにない早智がしみじみと言った。続けて早智が何気なく言った一言が、俺を驚かせる。
「これで最下位っていうんだから、王泉ランキングもいい加減なものよね」
「日向が最下位? 嘘だろ!」
「いや、それが嘘でもないんだよ」
信じられない俺を諭すように、ホイケルが口を挟んできた。
「だって、最下位ってことは、体育教師の御利羅よりも下だってことだぞ! ありえないだろ!」
口癖が「うほっ」で、人間とゴリラのハーフだという実しやかな都市伝説まで存在するゴリラ顔の御利羅先生よりも低評価の筈がない。いくら存在感が薄くて、少し性格が暗いと言っても、光に負けず劣らずのルックスを持つ日向が、最下位などという不名誉に甘んじる筈がない。
「王泉ランキングは投票制なんだ。だから、誰にも投票されなかった彼女が必然的に最下位になってしまったんだ。ちなみに御利羅は生徒の一人を、内申点を餌に勧誘して、最下位をちゃっかり逃れている」
そんなことがあったのか。くそ! 最下位を免れるために買収まで行うとは……。でも、存在感が薄いだけで最下位なんて。七不思議の一つにしてもいいくらい不思議だ。
日向の最下位発覚など、腑に落ちない話題もあったが、昼食の時間は和やかに進んでいった。
「光もいればもっと楽しかったのにね~」
あまり楽しかったためか、陽菜が独り言のように呟いた。
「……お嬢様がお望みでしたなら、連れてまいります」
「! い、いいよ。手荒な真似をしなくていいから、日向はここで私たちと楽しくおしゃべりしてよう。ね?」
「……はい」
恐らく光を肩に担いで連行してくる姿を想像したのだろう。陽菜は冷や汗をかきながら、日向を制した。屋敷内ならともかく、あれを校内でやったら、日向に悪い噂が流れる。
気を取り直して、陽菜が光関連の話題で、会話を続けた。
「光もね、優司君に挨拶したがっていたよ」
「へえ……」
思えば、光とまともに会話した記憶がない。映画デートのときは、さっさと屋敷に強制送還されてしまったし、今日は他のクラスメイト達に翻弄されて、俺と接触する時間が持てないでいる。最悪の場合、一度も話さないまま、卒業してしまうかもしれない。
「そんな心配しなくても、二日も経てば話せるわよ。うちのクラスの連中は飽きるのも早いからね」
焼き魚に箸を伸ばしながら、早智が無責任なことを言った。それを聞きながら、重箱を上にあげて、焼き魚を死守。これ以上、敵の侵入は許さん。「やるわね……」と、早智が悔しそうに呟いた。
結局、早智とホイケルに煮物と刺身までだいぶ盗られてしまった。俺としたことが何たる不覚……。
日向のおかげで、豪華な昼食を味わうことが出来た。
「おいしかった。ただひたすらおいしかった」
「ああ、貴重な体験が出来た」
「天国だわ~」
俺達貧乏三人組はまだ、至福の中にいた。
「これからしばらくは屋上で昼食を食べた方が良いわね」
「全くだ。生徒の往来が激しいところで、あんな豪華弁当を広げた日には、校内中の噂になるぜ」
早智とホイケルの言う通りだ。良くて生徒から質問攻め、悪くて職員室に呼び出しを食らってしまう。
「だから、昼食はこのメンバーで、屋上でひっそりと行おう!」
「そうね。(出来れば七海も外してやりたいけど、美咲さんが許さないだろうなあ……)私たちだけの秘密にしちゃいましょう!」
「わあ! 仲間内だけの秘密って何かドキドキするね!」
屋上で昼食を摂る案には賛成だけど、別にお前ら二人はいなくてもいいんだけどな。さては、明日以降も掠め取る気満々か。……次は米粒一つ、渡さないからな。
昼食を終えて、教室に戻ったが、光はまだ戻ってきていなかった。
「光はまだ昼食か……」
下手をすると、自分の主人で、且つランキング一位の陽菜よりもちやほやされている気がする。まあ、確かに光は小動物みたいなところがあり、何となくかまってあげたくなる光線を周りに無意識に放射しているのだ。みんなが可愛がる気持ちも分からなくもない。
ようやく光と会話できたのは、下校時になってからだった。
「昨日はお世話になりました、岩見様」
日向から大分遅れて、光も挨拶してきた。日向同様、やはり堅苦しい。日向にはそれでいいと言った手前、訂正を求めるようなことはしないが、やはり変だ。しかも、光は存在感があるので、周りの生徒からも変な目で見られてしまった。
「お昼は何事もなかった?」
「……大丈夫。何事も起きなかったよ、お姉ちゃん」
「そう。良かった」
……今、何て言った? 俺の耳が確かなら、光のことをお姉ちゃんって……。
俺の疑問を察したのか、陽菜が説明してくれた。
「優司君にはまだ話していなかったね。二人は姉妹なの。しかも双子! あまり似てないけどね」
似ていると思ったが、まさか双子だったとは。突然の双子発言に驚きつつも、まだ残っている疑問を口にする。
「でも、名字が……」
「幼いころに父と母が離婚したんです。私は父に、日向は母に貰われていきました。もっとも二人とも美咲家に仕えている身なので、毎日顔を合わせていますけど」
あまり離婚した実感が沸かないのか、世間話でもするように、重い話をあっさりと暴露してくれた。
「聞いちゃいけないことだったか?」
もし、無神経な質問をしていたのなら、知らなかったとはいえ、頭を下げなければいけない。
「……良く言われますけど、そんなことはないです」
「そうですよ。私たち、離れ離れになったとか、不幸になったとか、そういうことありませんから。私たちの家庭は、一般の離婚とは事情がかなり違うんです」
俺の心配をよそに、日向も光も全く気分を害していなかった。
「本当に気にしなくていいんだよ。休日には、良く親子水入らずで遊びに行っているからね。もう寄りを戻しなさいっていうくらいに、仲が良いのよ」
「……へえ~」
本当に気にする必要はなさそうで、ホッとした。




