第二十七話 お詫びのデート 後編
前回に続いて、新キャラが2名登場します。女性の新キャラばかり続いていますが、男性の新キャラも考えてはいます。
今回の話はタイトルからも分かりますが、前回のデートの続きです。嫌味にならない程度で、美咲家のスケールのでかさを表現するように意識して書きました。お楽しみください。
第二十七話 お詫びのデート 後編
郁江さんの運転する車が去り、玄関には俺と陽菜が残された。一息つく間もなく、陽菜はやたら元気に言い放つ。
「ここからは私が案内するよ。大船に乗った気持ちでいてね」
「ははは! 了解」
初めて来る家だったので、陽菜に案内してもらわないと、どこに何があるのか分からない。
「え~、まずこれが玄関です」
「いやいや、見れば分かるから」
お約束のボケをかました後、映画を観賞する部屋に移動がてら、屋敷内の簡単な案内が始まった。
「ここがトイレでね、隣の部屋が書庫。それから客用の部屋が続いて、突き当りにキッチンと食堂があるの。階段を上ったところにあるのがトイレで、その隣に使用人さんたちの部屋が続いていて、ちょうど食堂の上あたりが大浴場になっているの。ちなみに階段をもう一つ上がるとトイレがあって……」
「トイレは一か所だけ教えてくれればいいよ。あと、お風呂は教えてくれなくてもいいや」
手当たり次第説明していると言った感じだ。俺が知りたいのはトイレと映画鑑賞部屋の二つだけなので、そこまで熱心にしなくてもいいよ。
「じゃじゃ~ん! そして、お待ちかね。ここがシアタールームです。オープン・ザ・ドア!」
シアタールームは他の部屋よりも、一回り大きく作られていた。映画を観賞するための部屋なので、他の部屋より大きいのは考えれば当然のことかもしれない。作りも頑丈で、防音に特化した造りになっていた。
陽菜の声に反応するようにドアが開く。ドアの前に立っていたわけではないので、自動ドアではない。監視カメラか何かで、陽菜の声を聞いた使用人がコンピューター制御のドアを開けたと見た。
中に入ると、見慣れた映画館の景色が広がっていた。奥に大きなスクリーンが一つあり、その前に座席が規則正しく並んでいる。友達を百人連れてきても、仲良く一つの映画を観賞することが出来そうだ。
客は俺と陽菜だけなので、席は選び放題。せっかくなので、後ろの列の真ん中の席を二つ陣取った。
席に座って雑談をしていると、使用人と思われる女性が軽食を持って入ってきた。
使用人が持ってきたのは、ポップコーンとコーラだった。作り立てなのか、ポップコーンは暖かかった。コーラも街中の映画館で買ったような、メーカー名の印字された紙パックに並々と注ぎ込まれていて、ストローもささっていた。氷だってしっかり入っている。
「映画鑑賞には欠かせないよね」
もし街中の映画館だったら、聞き流すようなセリフも、この場で陽菜が言うと、凄みを持つから不思議だ。
自宅にシアターを持っている金持ちの話はたまに耳にするが、ここまで用意する本格派はそうはいまい。街中の映画館を貸し切ったのとほとんど変わらない臨場感だ。
ここまでこだわっているのだ。当然、本編が始まる前の予告編だってあった。あまりにも見事な再現率に、陽菜の自宅だということを忘れそうになる。
さて、肝心の映画だが、情けないことに、面白いかどうか分からなかった。映画を観終わった後に、しきりに陽菜が面白かったと連呼しているが、俺は曖昧な返事をするのが精いっぱいだった。元々恋愛映画など観ない人間だから、数分おきに繰り返される痴話喧嘩と仲直り、キス、ときめきの単調な演出に、欠伸を堪えるので精いっぱいだった。
開始間もなく、ポップコーンとコーラをのどに流し込む単調な作業に熱中していたことは敢えて言うまい。
これだけ本格的なセットの中で観て、肝心の映画で楽しめなかったのだ。かなりもったいないことをした気がする。
映画が終わると、今度は外に出ようと言って来た。
「もうお昼を過ぎちゃったけど、お庭で昼を食べない?」
「いいね!」
ポップコーンを食べたばかりだが、腹にはまだ若干の余裕があったので、陽菜の厚意に甘えることにした。
それで案内されたのは、屋敷の前に広がる「アルプ〇の少女 ハイ〇」に出てくるような広大な草原だった。
庭と言うから、てっきり屋敷の前に植えられている花壇の辺りを想像していただけに、美咲家のスケールのでかさに開いた口が塞がらなくなる。
「あのピンク色の花が咲き乱れている辺りが良いかな? 優司君はどこか座りたいところはある?」
「いや、陽菜の決めたところで良いよ。どこで食べても同じそうだし」
実際、どこで食べても同じだろう。
ピンク色の花が咲き乱れているところに移動すると、使用人たちが何人かやってきて、テーブルやら、料理やらの準備を始めた。どうしよう。俺も手伝った方が良いのかな。主人の娘の彼氏だから、やる理由はないが、ただ立っているだけというのも、申し訳ない気持ちになってしまう。
「あ!」
しばらく使用人たちの仕事を眺めていると、何かを見つけたのか、小さく叫ぶと、陽菜は使用人の一人に向かって駆け寄っていった。
「光ちゃん! 無理しちゃだめだよ」と言って、一人の少女の側に寄った。
光と呼ばれた少女は、「もう大丈夫です」と繰り返しているが、陽菜は休むように言って聞かない。
「その子、病気か何なのか?」
見たところ、俺と同年代のようだ。同じクラスで授業を受けていても、違和感はないだろう。至って健康そうで、陽菜が何を心配しているのか分からないので質問した。
「ええ。ついこの間まで入院していて、学校もまだ休んでいる状態なの。だから、無理しちゃ駄目なの」
「でも、使用人なので、いつまでも休んでいるわけにもいきません」
「だ~め! 病気が治るまで休んでいなさい。これは命令よ、良いわね?」
「……分かりました」
「分かればよろしい!」
光は不本意ながらも、ご主人の命令に従い、仕事を切り上げて、退散することを了承した。
「良い機会だから、紹介するね。この子は琴羽光ちゃんって言って、高祖父の代から私の家に仕えてくれているの」
「そんな……。仕えてくれているだなんて、恐れ多いです」
「本当のことじゃない。恐れ多くないよ!」
まるで小動物のように、終始ビクビクしている。何も陽菜が威圧的に接しているわけでもないので、もっとリラックスすればいいのに。
あと、人見知りする子らしい。さっきから俺と全然目を合わせてくれない。
「光ちゃんはね。とっつきづらいところはあるけど、とっても良い子なんだよ」
「分かるよ。打ち解けるまで時間はかかりそうだけどね」
「もう! 光ちゃんを一人にするなんて日向ちゃんはどこに行ったのかしら?」
「……私なら先ほどから光の横に控えております」
日向と呼ばれた少女はぼそぼそと低い声で話している。どうやら彼女は光の世話役を任されているようだ。
「キャア! ごめんなさい。私ったら気づかなかったわ」
「おい……」
自分の使用人の存在を忘れるなよと、内心突っ込む。日向と呼ばれた、陽菜に気づかれなかった使用人は特に気にする素振りもなく、淡々と控えている。この子も外見で判断するなら、俺と同世代に見えた。
「光ちゃんを屋敷に戻して。まだ全快していないんだから、無理をさせないで」
「畏まりました、お嬢様」
日向はロボットのように無駄のない動きで、光を米袋のように肩にかついで屋敷に向かっていった。痩せた体格の中に結構なパワーを有しているようだ。「自分で歩けるから降ろして~」と光が悲痛な叫びを上げているが、届いていない様子。
「これで良し!」
良しなのか? まあ、屋敷の主人が良しと言うなら、俺も文句は言えないけど。
そうこうしているうちに、昼食の準備が出来上がった。内容はサンドイッチに、紅茶というラインナップだった。ピクニックで食べるお弁当みたいだ。
「チーズフォンデュや、フレンチトーストもあるから、欲しかったら遠慮なく言ってね!」
どれもこれもパン料理だな。でも、陽菜の家の規模を考えると、おにぎりやうどんをリクエストしても、涼しい顔をして持ってきてくれそうな気はする。
テーブルに並んでいたのは、BLTサンドや、ツナサンドにサーモンサンドなどの定番のものは当たり前。アイスクリームやウナギのかば焼きを挟んだサンドイッチまであった。かなり種類が揃っている。サンドイッチ屋を開業できるほどの顔ぶれだ。味はレストランで出されている物よりもおいしかった。
昼食を食べ終わると、今度は屋敷の周りを探索しようと、陽菜が言い出した。一昨日、歩き回ったばかりなので、ハイキングはお腹いっぱいだったが、招待されている身で面倒くさいからパスなど言える筈もない。
実は筋肉痛になっている両足を酷使しながら、昼食でエネルギーを充填した陽菜の後を追う。意気揚々と木や花の種類を説明してくれているが、まるで頭に入らない。今日陽菜に習ったことがテストに出なくて、本当に良かったよ。
急ぎ足で歩いていると、時間まで急ぎ足になるのだろうか。気が付けば、家に帰る時間に差し掛かっていた。
「もうこんな時間なんだ。まだまだ紹介したいことが残っているのに……」
丸一日かけて、まだ紹介が終わらないらしい。どれだけのものがここら一体に詰まっているというのだろうか。
「残りは次に来たときに教えてくれよ」
次に来るのがいつになるかは分からないが、こうでも言わないと、陽菜はまだ説明すると思ったので、少々強引だがシャットアウト。
「今日は楽しかったね」
「ああ!」
同じくらい疲れたけど、充実した一日だったのは間違いない。何より、陽菜がずっと上機嫌だったのが、一番の収穫だ。
さて、帰ろうかと思った時、自分のバッグがないことに気づいた。
「あ……。バッグをシアターに忘れてきちゃった。取ってきていいか?」
「いいよ。日向に取りに行かせるから。え~と、日向はどこかな……」
「そこにいるよ」
「え? あら、本当だわ」
また気づかなかったのか。存在感が薄いと言っても、いつも一緒にいる使用人なんだから、せめて横にいたら気付いてやれよ。
日向の方は慣れているのか、またも怒る素振りはない。ただ、代わりに驚愕の表情をしていた。
「……すごいですね。私のことを見過ごさなかったのは岩見様が初めてです」
日向本人が素直に驚いている。意識して気配を消しているわけではないから、見つけるのは難しくないだろうに。
「俺は目に入ったから、そこにいるって言っただけだぞ。そんな驚くことじゃないだろ」
「そんなことないよ。すごい……。すごいよ、優司君!」
日向以上に、陽菜が興奮していた。映画鑑賞をする前より、ワクワクしているようだ。
よほど興奮したのか、それから陽菜は使用人とすれ違う毎に、俺が日向のことに気づいたことを話して回った。そんなくだらない話をされて、使用人たちも困るだろうと思っていたら、みんな一様に目を見開いて驚いている。
そんなにすごいことかね、という疑問は家に帰ってからも、脳内に残り続けた。




