第十四話 家庭崩壊の後日談
第十四話 家庭崩壊の後日談
ホイケルがまた学校に来るようになってしばらく経った。数日の間、壁の件で自宅に連絡が来るのを恐れていたが、いつまで経っても連絡はなかった。
ぎくしゃくしていた俺達の関係も修復して、以前の悪友三人組に戻っていた。
関係も修復してきたことだし、ホイケルにそれとなく壁をどうしたのか聞いてみようと思いつつも、ダラダラとした日々が続いていた。
この日も、いつものように屋上で、ポカポカと温かい陽の光を全身に浴びながら、陽菜と二人仲良く手作りの弁当を食べていた。
ああ、本当に日光が気持ちいいな。このまま満腹になったら、午後の授業は絶対に寝落ちする自信がある。こんなに気持ちがいいのに、どうして誰も屋上に来ないのだろう。まあ、その分、人目を気にせず、陽菜と話せるからいいけど。
昨日のバラエティ番組のことでも話そうかと、何気なく陽菜を見ると、俺を見ながら、何か言いたそうにしていた。そわそわして落ち着きがない。最初の頃は分からなかったが、陽菜がこういう仕草をしているときは何か気付いてほしいことがあって、それを俺に早く指摘して欲しいと思っているサインだ。
少し注意して陽菜を見てみる。じっと見つめたので、陽菜が微妙に赤らんだが、そこはスルー。……昨日より、髪が短くなっている。美容室にでも行ったのかな? 自信はないが、そこを指摘してみるか。
「あれ? 陽菜、髪が微妙に短くなっているけど、カットしてきたのか?」
「嬉しい! 気づいてくれた! 実は昨日美容室に行って来たの。もし気づいてくれなかったらどうしようって思っていたけど、やっぱり優司君は私のことをちゃんと見てくれているのね♪」
何とか正解した。交際を始めたばかりの頃は、こうした変化に気づかず、怒られることも多かったが、最近はその回数も徐々に減ってきた。陽菜に慣れてきたということだろう。
謎かけに正解し、ホッとしたところでチャイムが鳴った。ちょうど弁当を食べ終わったところだったので、タイミングが良かった。もう少し贅沢を言えば、昼寝する時間も欲しかったけど、まあいいや。
立ち上がって、尻に付いたほこりを手で払ったところで、陽菜が思い出したように、伝言を話してきた。
「そういえば、七海から伝言を預かっていたわ。話があるから、放課後に教室で待機するように、だってさ」
「話? 内容は?」
「聞いてない。その時に話すからって教えてくれなかったの」
その時になってからのお楽しみってことか? お楽しみであれば言うことはないが、どうも楽しい話題の気がしない。たぶん壁破壊の件だろうな。あいつは俺や早智と違って責任感が強いから、そのまま済まそうということは出来ない性格だ。どうやって弁償するかについて話し合うと思う。
昼食ののんびりムードが見事に打ち砕かれ、軽く落ち込んでいると、陽菜がややご立腹気味に文句を漏らした。
「鹿内さんも呼ばれているそうよ。私を差し置いて、三人で密談なんてずるい。私だけ除け者にされてる……」
別に除け者にしているわけではない。ただ、デリケートな問題について話し合うので、部外者はお断りしているのだろう。
「ねえ。優司君は私を除け者にしないよね。後で、密談の内容を教えてくれるよね」
そう言って顔をグイと近づけてきた。大きな二つの瞳で、お願い光線を出されると断りづらい。
「内容による」
はっきりと教えると約束しないで、曖昧な返事だけして、その場から駆け出した。物事を曖昧な状態で流すという日本人の悪い癖が出てしまった。後ろからは陽菜が「そんなことを言わないで。教えてよ!」と叫びながら、追ってきた。
……今の俺達って何も知らない人が見たら、完全にバカップルだよな。教室まで戻る途中、すれ違った男子生徒に鋭い目つきで睨まれた。うん、やっぱりバカップルと思われている。間違いない。
その日の放課後、言われたとおり、教室に残っていた。いつも一緒に帰る陽菜も、「後で絶対に教えてね!」と念押しした後、先に帰っていった。
教室内に、俺、早智、そして、言い出しっぺの七海の三人のみになったところで、七海は口を開いた。
「今日残ってもらったのは、他でもない。先日の馬鹿内の壁破壊の件よ!」
予想通り、壁破壊の件だった。
今日は最初から早智を馬鹿内呼ばわりだ。相当ご機嫌斜めの様子。対する早智は自業自得とばかりに大人しくしている。
「家には電話がかかってこないし、ホイケルや先生からも何も言われないから、この件はもう解決したものとばかり……」
「そんなわけないでしょ!」
話している途中で、冷ややかに否定された。七海の言う通りだ。甘かったよ、俺。
「やっぱり弁償しなきゃいけないみたいね。仕方ないか、私のせいだもの」
覚悟していたのか、早智は落ち着いている。
「簡単に弁償とか言わないでよね……。壁ならもう、お父様にお願いして直してもらったわよ」
え? 直してもらったって。
「正確に言うと、お父様が経営している会社の方で、修理をしてもらったの」
父親の会社? 経営? 驚きの新展開に頭がついていかない。思わず聞いたことをそのまま反芻してしまう。訳が分からなくて混乱している俺に、早智が横から説明してくれた。
「そういえば、あなたの家って建設会社を経営しているのよね。本当、あなたがいてくれて助かったわ」
陽菜の家も結構な金持ちと聞くが、七海まで金持ちだったとは。貧乏暮らしの俺と早智とは対照的だ。知らなかったとはいえ、すごいのと付き合っていることを今更ながら驚いた。
一方の七海は、早智を助けたことに心底不服そうで、じっと睨んでいた。
「ちゃんと反省しなさいよ……。すごく怒られたんだから、私は悪くないのに……。全部馬鹿内が一人でやったことなのに……」
その時の憤りが蘇ってきたのか、納得いかなそうに七海が呟きだした。それを早智が慌てて慰めつつ、自分の非を素直に詫びた。
「今度あなたの家に改めて謝りに行くわ。もちろんホイケルの家にもね。あなたが悪くないってちゃんと言うから、気を落とさないで」
いつもいがみ合っている七海に、早智が友人のように優しく声をかける。まあ、この状況なら当然だけど。
「でも、壁の問題は解決した訳だ。ああ、良かった」
胸のつかえが取れて、正直な感想を漏らした。もっと大事になる危険もあっただけに、七海の父親には感謝しなければなるまい。
「代金は私たち三人の出世払いだそうよ」
補足するように七海が言う。つまり、修理費を立て替えてくれただけらしい。結局、俺達で払うことになるわけだ。まあ、当たり前の話か。七海の話によると、娘の友人ということで、多少は大目に見てくれるらしい。
でも、これで壁破壊の件は解決したとみていいだろう。口には出さないで、改めてホッとした。
と、思っていたら続きがあった。発覚したのは、翌日の休み時間。俺とホイケル、早智、七海の四人で話している時のことだった。
ネットのことで盛り上がっている中、思い出したようにホイケルがこんなことを言い出した。
「そういえばお袋が妙なことを言っていたけど、お前ら、壁破壊の他にも何かしでかしたのか?」
「いや。何もしてないけど」
誓ってもいいが、壁の件以外は本当に何もしていない。壁破壊さえなければ何の変哲もない見舞いで終わるはずだった。
俺の答えに納得がいかないとでもいうように、ホイケルがしきりに首を捻った。
「じゃあ、お袋は何故あんなことを言ったんだ?」
不吉なことを口走るホイケル。だんだん嫌な予感がしてきた。
この問題に関して、恐らく一番神経質になっているだろう七海も嫌な予感に襲われたようで、ホイケルに続きを促した。
「何よ。さっさと話しなさいよ。黙っていられると却って気になるじゃない」
「まあ、そりゃそうだな……」
七海に急かされて、ホイケルは衝撃の告白を始めた。
「お前らが帰った後にな。お袋が、「ハンマーの子とは別れなさい。交際を続けるなら、もう一人の礼儀正しい子にしなさい」ってうわ言のように繰り返すんだよ……」
「何でそうなる……」
一瞬、呆けてしまったが、すぐにあることを忘れていたことを思い出した。ホイケルの母親は、早智と七海を息子の彼女と勘違いしていたんだった。
七海を見ると、飲んでいた紙パックの牛乳を派手に吹き出していた。
「何だ? やっぱり心当たりがあるのか? 教えろよ。俺が引きこもっている間に何があったんだ?」
「……何でもないよ」
「じゃあ、何で目を反らすんだよ! 何もないなら、俺の目を見てちゃんと言えよ!」
ホイケルが叫んでいるが、俺は目を反らし続けた。早智は他人事のように、「ハンマーの子は私よね。あなたの彼女になれなかったことは残念だけど、まあ仕方ないか」とか抜かしてやがる。
さて、もう一人。晴れて交際を認められた「礼儀正しい子」はというと、虚ろな目で、今にも倒れそうなほど、真っ青な顔をしていた。
「今度あなたの家にまたお邪魔させていただくわ。あなたのお母さんの誤解を早急に解かなくちゃいけないからね……」
失神寸前で七海が呻くように言った。俺は苦笑いで済ますことしか出来なかった。
壁破壊の余波は、ホイケルが学校に来るようになっても、まだまだ終わりそうにはなさそうだ。
ホイケルくんの話は今回で一区切りとして、次回からはまた別のお話をさせていただきます。なるべく早めに更新する予定です。




