第百一話 テスト決着!
第百一話 テスト決着!
勉強した甲斐があって、順風満帆とは言えないまでも、サクサクと問題を解いていくことが出来た。
「調子はどう?」
「微妙」
自信のないところや、分からないところがいくつかあった。そこの得点配分次第というのが実情だった。
だが、調子は決して悪くはない。このまま行ってくれれば、平均九十も十分狙える範囲だ!
とは言うものの、テストも中盤に差し掛かると、集中力と言うものが切れてきてしまうのも事実だ。今が正念場だと思いつつも、帰ったらまた勉強かと考えるとため息が自然と漏れてしまうのだ。
これではいけないと気分転換を兼ねて、少し遠回りをして帰ることにした。
「何だ、アレ?」
鼻歌を口ずさみながら歩いていると、道の向こうから、大きな紙袋が移動してきた。と言うのは冗談で、大きな紙袋を持った子供がフラフラとした足取りで歩いてきた。誰かと思えば、妹会長だった。
「ずいぶん重そうだな」
「え? あ! 岩見優司!」
俺が声をかけると、紙袋の横から強引に顔を出したので、バランスを崩して転倒しそうになった。見てられないので、支えてやる。
「ふあ……、あ、ありがとう……」
「あまり無理をするなよ。俺も暇じゃないけど、荷物を運ぶのを手伝ってやる」
「え? いいよ。そんなことをしなくても!」
断られたが、今のたどたどしい足取りを見ていると、不安がぬぐえない。彼女の妹が怪我をするのをむざむざ見過ごすのも気が引けるので、妹会長の意向を無視して強引に行くことにした。
「お前一人でやるより安全だ。断っても、勝手に手伝うから。それよりこの荷物はどこに運べばいいんだ?」
「生徒会室……」
妹会長が運んでいたのは、生徒会で使う備品だった。
どうして役員に手伝ってもらわないのか聞くと、今はテスト期間中だから、役員の手を煩わせたくない。自分一人でも十分運べると目測を誤ったことを教えてくれた。こういうところは生徒会長らしいんだな。
「優司って、強引なんだね」
「まあな」
「お姉ちゃんも強引に落としたの?」
「違う!」
成行きで落としただけなのだが、そこは言わない方が無難だろう。
「ふう……、結構重かったな」
妹会長が運んでいた荷物は、俺が運んでも結構きつい重量で、生徒会室に着くことには汗だくになっていた。
「あ、ありがとう」
覚束ない口ぶりで、お礼を言われた。「いいよ、気にするな」と言っておいたが、「何かお礼をする」と返された。妹会長なりに、俺に借りを作ったままなのは気持ちが悪いらしい。
「お礼って言われてもなあ。あ、そうだ。小腹が空いたから、百円台の菓子でも奢ってくれよ」
「こんな時間にお腹が空くなんて、お昼ご飯をしっかり食べたの?」
揶揄されたが、その時に妹会長の腹も鳴った。
「何だ、お前も腹が減ってるんじゃないか」
「……」
揶揄し返してやると、妹会長は恥ずかしそうに顔を背けてしまったので、これくらいで勘弁してやることにした。
テスト期間中と言うことで、購買が休みだったため、学校の近くにある昔ながらの駄菓子屋に向かった。そこで店員のおばあちゃんから、「可愛い妹さんだねえ」と言われた。妹会長のことを言っているらしい。曖昧な笑みで誤魔化したが、妹会長は必要以上に真っ赤になってしまい、俺の背中に隠れてしまった。これじゃ、本当に兄妹みたいだぞ。
「失礼な人だよね。兄妹と間違えるなんて」
駄菓子屋から出て、買ったばかりのチョコ菓子の封を開けながら、妹会長は愚痴った。
「見えるから言われたんじゃないのか?」
何も妹会長と兄妹と間違われて嬉しい訳ではないが、動揺している妹会長をからかってやりたい衝動に駆られて、つい言ってしまった。
「しかも、私が奢る筈が、優司に奢らせちゃっているし……」
俺の言葉には触れずに、文句を吐き続けていた。俺と目線を合わせようとしないので、照れているのだろう。
「あのおばあちゃんからすれば、俺が兄で、お前が妹だからな。お前に支払わせると、説教されちまう」
おばあちゃんに本当のことを言うのも何となく面白くないし、財布が軽くなってしまうが、兄弟の不利を続けることにしたのだ。
「優司は良いの? 私と兄妹に間違われても?」
「良いよ。ちょっとうるさいけど。妹なんて大概こんなものだろ」
「そうなんだ……」
プイと視線を外すと、それ以上不満を言うこともなく、買ったばかりの駄菓子を一心にかじっていた。照れ笑いを押し殺しているようにも見える、まんざらでもない表情だったのには驚いた。最近、こいつの態度が徐々にだが、軟化している気がする。
会長なりの感謝の表れなのか、生徒会室の会長席で勉強していいと言われた。そこに座ったからと言って、頭が良くなる訳でもなく、辞退しようかとも思ったが、最終的には座らせてもらうことにした。生徒会長の椅子は革張りで、最高の座り心地だった。頭は良くならなかったが、偉くなったような錯覚に囚われた。
テストの方だが、後半に差し掛かるにつれて、露骨にペースが落ちてしまった。合宿中に恐れていた、本番の途中で失速してしまう現象が起きてしまったのだ。
やばいと言うことは分かっていたが、だからと言って出来ることもなく、元々ない頭を馬鹿の一つ覚えみたいにフル回転させて、ただいたずらに時間が過ぎていった。
そのまま復調することなく、テストは終了した。
結果は、合計四百十点。平均は八十二点……。届かなかった。というか、惜しくもない。正真正銘の惨敗。
「はあ……、テスト前にちょっと勉強したくらいで平均九十を取れる訳もないか。やっぱりこんなものだよな」
「こんなものねえ……」
横から早智に言われた。確実に俺より点数が低いこいつに上から目線でからかわれると、無性に腹が立つ。
対照的に陽菜は本当に残念そうにしていた。
「ふっふっふ! 会長さんのお通りだよ!」
今一番会いたくない奴が来てしまった。この顔だと、もう結果を知っているのだろう。手にはボクシンググローブを持ってきている。
「キャア! 優司のイケメン顔が崩れちゃう~!」
「早智、黙れ!」
笑いを堪えながら、心配されても悪意しか感じない。どうせ殴られた後の俺を、どう野次るかで、頭の中は一杯なのだろう。
早智から視線をずらして、妹会長と向き合うと、以前、ボクシングジムでサンドバックを叩いていた時のことがフラッシュバックされた。ああ、あれを食らうことになってしまった。涙目になったらどうしよう。絶対に早智に後々まで笑いの種にされるよ……。などと、ネガティブなことが次々と頭をよぎる。
「大丈夫だって私は信じているよ。真奈美が優司くんのことを本気で殴る訳ないって、信じているから」
「うう……」
この土壇場で陽菜は実の妹へ脅しにかかった。何て言う……、好プレイなんだ! 実際、妹会長はたじろいでいる。いいぞ。このまま妹会長を脅し続けて、パンチを断念させてくれ。
「このまま殴られなきゃいいとか思ってないよね」
俺の心境を早智に読み切られてしまった。何が何でも罰ゲームを実行させて、俺を殴らせる気らしい。それでも幼馴染みかと言いたくなるが、こういう女なのだ、こいつは。
「分かったよ。潔く負けを認めて殴られる」
こうなりゃ、もう覚悟を決めよう。腕を組んで、胡坐をかいて座る。
「さあ、来い!」
本心では来るなと思いつつも、妹会長にパンチを急かす。陽菜と早智はその瞬間をハラハラしながら待つ。
覚悟して、衝撃が走る瞬間を待ったが、いくら待っても妹会長はパンチを繰り出してこない。どうしたのか聞こうとしたところで、「止めた!」といきなり宣言された。
「止めたって何を?」
「殴るの、止めた!」
何ということだろう。この土壇場で、妹会長が罰ゲームの行使を思いとどまってくれたのだ。
さりげない脅しをかけていた陽菜はと言うと、「さすが私の妹だわ!」と妹の英断を全面的に支持していた。早智だけが「駄目よ! 優司は負けたんだから、しっかりとボコボコにしなきゃ!」と言っていたので、手荒く黙らせておいた。
何はともあれ、俺が無事に終わってよかったと安堵していると、「……お兄ちゃん」と何の前触れもなく言われた。
絶対に呼ばれることがないと確信していた言葉が聞こえてきたので、自分の耳を疑ってしまった。妹会長の顔を反射的にみると、真っ赤な顔をして俯いている。
同じように信じられない陽菜と顔を見合わせてしまった。「おいおい! 合格ラインは平均九十の筈だろ? 俺は九十に届かなかったんだぞ!」と言うと、「気、気が変わったの!」と恥ずかしさを隠すように叫ばれた。
「遂に、あなたも優司くんの良さが分かったのね!」と、陽菜が感激して抱きついたが、「気、気の迷いだよ!」と弁解していた。
「で、でも賭けに負けたから、キスはしてあげない!」
陽菜の抱擁をやや強引に振りほどくと、一言吐き捨てて走り去ってしまった。女心は読めないと言うが、今日の妹会長の心もまた読めなかった。
「何のためにグローブを持ってきたんだ? 助かったから良いけど」
妹会長が忘れていったグローブを拾い上げながら、傷物にならずに済んだ自分の顔をさすった。
どうせ次に会ったら、いつも通り、岩見優司とフルネームで呼びすててくると思っていたが、気でも触れたのか、「お兄ちゃん」と呼ばれ続けることになった。陽菜はやっと俺に懐いたと大喜びしていたが、俺の方は困惑していた。
この日から、岩見優司は生徒会長を調教して、「お兄ちゃん」と呼ばせていると言う半分正解の噂が立つようになった。俺のところに来てくれれば、残り半分も教えてやるのに、どうしてみんなこうせっかちなのだろうか。
試合には負けたが、勝負には勝った形で、妹会長に「お兄ちゃん」と呼ばせることに成功した優司でした。本人は嬉しいというより、困惑してますけどね。
テスト編が今回で終わりましたので、次からは新展開になります。楽しみにしていただければ幸いです。




