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#5・僕の彼女と僕の幼馴染

 辛木市から車で二十分ほどの距離にある、竹紫野たけしの市。ここには周囲でも屈指のショッピングモールがあり、ボウリング場・ゲームセンター・カラオケなどが一緒になったアミューズメント施設も併設されている。辛木市にはボウリング場がないので、ボウリングをしようと思ったら、一番近いのはここなのだ。

 そのボウリング場に、皐月は居た。成美と洋一も一緒だ。たまたま三人とも部活が休みになったので、はるばるここまで遊びに来たのである。辛木市からここまではバスで片道四百円。それを惜しみ、三人とも自転車である。さすがに少し疲れたが、遊ぶ元気はまだまだあった。

 三ゲーム投げて、最高スコアは百十。アベレージなら八十ってところ。三人の中では一番下手だった。どうも球を使うスポーツは向いていないらしい。父はアベレージ百七十となかなか上手いのだが、どうやら遺伝はしなかったようだ。

 成美の手には小さなお菓子の袋がたくさん。一定時間内にストライクかスペアーを取ったらお菓子をプレゼント、とのイベント中にストライクを取りまくった結果だ。物がかかれば強いんだから、とさんざん茶化したが、実際一番上手いのは成美だった。

「なるちゃん、それどうすんの」

「妹にやるよ。そうすればちょっとは機嫌直るだろ」

 成美の妹はついて来たがったらしい。この場に妹を連れてくるのは恥ずかしいとのことで留守番させたところ、完全に拗ねてしまったそうだ。本当に重度のお兄ちゃんっ子だ。

「そういえばさ、エドワード。鉄人とはボウリングとかしたことあるの?」

「うん。あおばは二人きりだと恥ずかしかったらしくて、白雪と千代田と一緒に、だったけど」

「うわ、それはこっちが恥ずかしくねぇか?」

「恥ずかしかったよ! 二人とも空気読んでくれて、途中から別行動だったけど、それまではホントに恥ずかしかったよ……」

 どうやらあおばにはちょっとズレているところがあるらしい。まぁ薄々感づいていたことだが。

「でも今日は誘えばよかったじゃねーか。別に俺達は気にしねぇって」

「僕は気にするよ! それに、あおばは今日、試合なの!」

「試合なら応援行けばよかったじゃん」

大国おおくにだよ! 行ける訳ないでしょ!」

 大国というと隣の県にある町だ。車で二時間ほど。部外者が行ける距離ではないだろう。

 併設してあるゲームセンターをうろつき、時間を潰す。さすがに規模が大きいだけあってか、クレーンゲームの景品も豪華だ。

「そういえば、霞さんは?」

「……うん、それだけど」

 少し声が濁る。

 元々は霞も誘っていた。これは成美と洋一の希望によるものだ。二人は霞が皐月の彼女だということを知っている。いくら彼氏がいるとはいえ、霞は二人にとって憧れの女性だということだ。なんだか複雑な気分だが、霞が可愛いということは事実だ。誇らしくもある。

 だが、昨日から霞は元気がなかった。何があったのかも教えてくれない。それは自分が頼りないということだろうか。情けないったらない。悩んでいるであろう彼女の助けになることができないんなんて。

「昨日からなんだか元気がないんだよ」

「お前、何かしたのか?」

「何もしてないよ!」

 これだけは胸を張って言える。霞を悲しませるようなことは一切やっていない。だからこそ、彼女の元気がないのが気になるのだ。

 ふとクレーンゲームを見てみれば、十円のスナック菓子が三十本入った袋があった。しかもたこ焼き味。これは霞の好きなお菓子だ。

 ご機嫌取りに取ってみるのもいいかもしれない。

 皐月は百円玉を投入し、クレーンを動かしてみるのだった。




 如月家。霞は一人で、ぼんやりとテレビを見つめていた。テレビに映っているのは昼時の芸能番組。誰それの新番組、誰それのスキャンダル。そんな薄っぺらい話が、霞の耳を右から左へと通り抜けていく。絶望にも似た、何もする気になれない気分。

 その原因は、昨日訪れた女性にあった。

 自分と同じ、異形の姿をした者。鳥の羽根と脚を持つ、鈴谷翼と名乗った女性。


「……どうぞ」

「あ、お構いなく。わざわざストローまで、申し訳ないっすね」

 翼は羽根にある爪で麦茶の入ったコップを器用に引き寄せ、ストローで中身を吸う。

「それで、お話とは……?」

「そっすね。単刀直入に言ったほうがいいっすね」

 翼が咳払いをする。そして、今までにこやかであった彼女の表情が険しいものへと変わった。

「貴方は、人間と一緒に暮らしてるっすよね?」

 どうやってそれを知ったのか。皐月と一緒に暮らし始めて以来、身内以外の前で元の姿に戻ったことなどない。いや、温泉旅行の時に一瞬だけ見られたが、それは錯覚だと思われたはず。

「すみませんが、色々と調べさせてもらったっす。大角山の蛇女の存在のことは、以前から把握してたっすよ。久々に確認しようと思ったら、いないんすもん。それで、色々と調べたら、ここで暮らしていた、と」

「……のう、お主らは一体、何者なのじゃ?」

「ああ、そっちから言うべきっすね。私達、正常社会保全局の役割は、貴女のような異形の者を保護すること、なんすよ」

 翼は苦笑いを浮かべながら続ける。

「まぁ、保護と言うと聞こえはいいっすけど、実際のところは監視っす」

「監視?」

「貴女は人とは違うっすよね。それが意味することはわかるっすか?」

「……他人に知られると、騒ぎになる」

「そうっす。だから一応、検閲的なことはしてるんすけどね」

 肝試しの対象となっていた頃を思い出した。ただただ、他人に恐れられるだけの生活。

「それがわかっているのなら、私達のところに来てください。『正しい世界』を守るために」

 正しい世界。

 それが意味することはわかる。所詮自分は、人とは違う、異形の者なのだから。

「このまま、ここに居れば、いずれは……」

「皐月に……皆に、迷惑をかける、と?」

「……そういうことっす。私も、そうでしたから」

 翼の表情が陰った。

「私も、好きな人がいたんすよ。人間の、ね。その人と一緒に暮らしてたんす。だけど、ふとしたことでバレたんすよ。それからは、もう取材ばかりっす。どれもこれも、検閲の結果、世に出ることはなかったんすけどね。ただ、その人に迷惑をかけたことは事実っす。記者はいろんなところに隠れてましたし、色々とゲスいことも聞かれたっすねぇ」

 翼の話は、他人事ではない。秘密はいずればれるもの。それがもたらすものは、決して生優しいものではないだろう。そう、今までがうまくいきすぎていたのだ。

「結局、私はその人の元を離れ、今はこうして保全局のお世話になってるんす」

「……その人は?」

「言わないとダメっすか?」

 翼が冗談めかして笑った。

「……今では、普通の人間の娘と、幸せに暮らしてるそうっす。可愛い男の子もいたっすよ。……ちょっと悲しいっすけど、それで良かったんすよ。異形の者と暮らすメリットなんて、ないんすから」

 翼は残った茶を飲み干すと、席を立ち、人間の姿に化ける。

「……今日は、このお話の提案だけっす。また一週間後に来ますんで、答えはその時に聞かせて欲しいっすね」

 一週間。その間に、答えを出さねばならないのか。困難を迎えつつ、皐月と一緒に暮らすのか。それとも、皐月に迷惑をかけないために、この家を出ていくのか。

 後者なんか、到底選べたものじゃない。皐月と離れ離れになるなんて、想像もしたくない。

 だけど、それはあくまで、自分の都合でしかない。

「……霞さん」

 玄関で翼は一度立ち止まる。彼女の声で、霞の思考は中断された。

「後悔しない選択を、お願いするっす」

 翼はそう言い残し、部屋から出て行ったのだった。


 後悔しない選択。

 皐月や、家族のことを考えれば、ここで出て行くのが最良の選択だろう。

 だけど、自分の気持ちは。皐月の気持ちは。

 それを考えると、頭の中がぐるぐるとしてきて、何も考えられなくなる。皐月とは離れたくないのだ。だけど。

 そのときだった。チャイムが鳴る。動くのもおっくうだが、対応しないわけにはいくまい。人間の姿に化け、ゆっくりとドアを開ける。

「あ、霞さん。こんにちは」

 そこには千歳がいた。風呂上がりなのか、石鹸の匂いがする。

「……千歳か。どうしたのじゃ?」

「親戚から北海道のお土産もらったんですけど、ちょっと多すぎて。せっかくだから、おすそわけしてきなさいって。霞さんのとこには色々とお世話になってますし」

 千歳が手提げ袋から菓子折を取り出す。旅番組なんかで見たことのあるチョコレート菓子だ。

「……すまぬな。ありがたくもらうぞ」

「ところで、さっちゃんは?」

「……成美達と、ぼうりんぐに行っておる」

「ボウリングですかー。羨ましいですね」

 そこまで口にして、千歳が首を傾げる。

「……霞さん、何かありました?」

 やはり気付かれた。

 そういえば、千歳は皐月の友人だ。少し相談してもいいかもしれない。それに、ずっと秘密を残したままというのも嫌な話だ。

「……少し、時間を貰って良いか? 相談、したいことがある」

「相談ですか? ……はい。私でよければ」

 千歳を部屋の中に通す。

「……そういえば、試験があるとか言っておったのう。どうだったのじゃ?」

「合格しましたよ! 剣道五級です!」

 なるほど、石鹸の匂いは試験によるものか。昼間に試験があったから、風呂に入ったと。

「それはめでたい。確かに、以前よりもはきはきしてきたのう」

「ありがとうございます。……それで、相談って?」

「……うむ。まずは、今まで秘密にしておったことを、話さねばならん」

「……さっちゃんと、付き合ってるってこと、ですか?」

 なんだ、知っていたのか。それなら話は早い。

「……うむ」

「昨日、さっちゃんから聞きましたよ。びっくりしましたけど、さっちゃんと霞さんなら、似合ってるって思います」

 ずいぶんとタイムリーな話だ。じゃあ、こっちは知っているのだろうか。

「……では、このことは?」

 蛇女の姿に戻る。千歳はしばらくの間、目をぱちくりとさせていた。

「……あ、あの。霞さん、それって……」

「……見ての通り、わしは人間ではない」

「……それ、さっちゃんも知ってるんですか?」

「……うむ。この姿のわしが好きだと言ってくれた」

 千歳は目をぱちくりさせながら、呆気にとられたかのように、うなじをかく。

「……皐月と従兄弟だというのは嘘じゃ。あまり混乱させたくなかったからのう。……今まで、嘘をついておった。すまぬ」

 千歳に向かって頭を下げる。千歳が皐月に抱いていた思いは知っている。だからこそ、彼女に嘘をついていたことが心苦しい。

「……いや、凄く、本当に、びっくりしました……」

 千歳はおずおずと霞の尻尾の感触を確かめるかのように触り、すぐに手を引っ込める。

「……でも、二人は恋人、なんでしょ?」

 頷きで返答。

「なら、いいじゃないですか。姿が違っても、お互いのことが好きだっていうんなら、そういうの、本当に素敵だって思います」

 千歳の声は真剣だった。

「大丈夫です。私、秘密にしますから。……あなたたちの恋を応援するって決めたんです。一度決めたことを、霞さんが人間じゃないってだけの理由で、ひっくり返したりしません。約束します。女と女の約束、です」

 千歳の声は決意に満ちている。声からは嘘は感じられない。まずは一安心。

「……正直なところ、ちょっとだけ、羨ましいですけど」

 彼女は冗談っぽくはにかんだ。

「そう言ってくれれば、ずいぶんと救われる。じゃが……」

「何か、問題でもあるんですか?」

 秘密は明かした。今度は、浮上してきた問題のこと。

「実はな……」


「……という話が出ておる。正直、悩んでおるのじゃ……」

「……悩む必要なんか、ないと思います」

 千歳はすぐに、そしてはっきりと回答した。

「私なら……好きな人と一緒にいるのが、お互いに一番幸せなんじゃないか、って思います。たとえさっちゃんに迷惑がかからなくなったとしても、結局、さっちゃんも霞さんも、むなしくなるだけなんじゃないかな、って」

 翼の言葉を思い出す。後悔しない選択をして欲しい、という言葉を。

「霞さんは、どうしたいんですか?」

 そんなもの、とうの昔から変わらない。そう、皐月に惚れた、あのときから。

「……皐月と、一緒に居たい。ずっと、ずっと……!」

「……なら、それでいいと思います。大丈夫ですよ、きっと、なんとかなります!」

 千歳は微笑んで、霞の手をそっと握る。彼女の励ましは根拠のないものなのだが、それだけでも、とてもすっきりした気がする。目頭が熱くなったのを覚えた。

「……すまぬ。ずいぶんと、ずいぶんと勇気づけられた……」

「わわ、泣かないでくださいって!」

 目尻を拭う。心の重荷がどこかに行ったような気分だ。

「……さっちゃんは私の親友なんですから。さっちゃんには、笑っていて欲しいんです。だから、霞さんも、笑っててください。ね?」

 自分が笑うことで、皐月も笑顔になる。そしてそれが、千歳をはじめとした皐月の友人達への笑顔へとつながっていく。

 そう、自分一人でくよくよしていてもしょうがないのだ。

「……うむ。すまぬな、時間を取らせてしもうた」

「いいんです。それに、霞さんが秘密を明かしてくれたことが、なんだかちょっと嬉しいんですよ」

「……嬉しい、とは?」

「私のこと、信じてくれてるんだな、って」

 千歳が微笑んだ。そう、千歳は友人なのだ。皐月だけでなく、自分の友人でもあるのだ。

 自分は本当に周りの人間に恵まれた。

「……もう、霞さん! 涙もろいんですからっ!」

 気付いたらまた涙が出ていた。もう一度目尻を拭い、今度は笑顔を浮かべる。

「……すまぬな。歳を取ったせいじゃ」

「微妙に突っ込みにくいこと言わないでくださいっ」

 二人で同時に笑った。




 その日の夕方。

 如月家の住人は居間に集まっていた。父、姉、自分。そして霞。テーブルの中央には昼間に取ってきた菓子と、北海道土産だというチョコレート菓子が置いてある。

 帰ってきてみれば、霞は元気を取り戻した様子だった。まずは一安心。

「話って、どうしたんだ?」

 父が口を開く。

「実は……」


「……ということがあった。それで、相談すべきじゃと思うて……」

 そんなことがあったなんて。知らなかったし、教えて欲しかった。

「……昨日のうちに、聞かせて欲しかったな」

「すまぬ。本当にすまぬ……」

「まぁまぁ。で、霞さんはどうするつもりなんだ?」

「うん、大事なのはそこよね」

 そうだ。霞はどう思ったのか。出て行くのがいいと思ったのか。そんなの、絶対に嫌だ。

「……最初は、出て行くべきかと思っておった」

「えっ!?」

 思わず立ち上がる。

「こら、話は最後まで聞きなさい」

「気持ちはわかるが、落ち着け」

 そうだ。最初は、と言っていたじゃないか。話の腰を折ってしまった。ひとまず座る。

「……じゃが、わしは、皐月と一緒に居たい。皐月と一緒に笑いたい。……皐月は、どうじゃ?」

「そんなの、決まってるよ」

 霞の目をしっかりと見て、はっきりと話す。

「俺は、霞と一緒に暮らしたい。この気持ちは、霞のことを好きになった時から、ずっと変わらないから」

「ひゅーっ……」

 弥生の茶化す声が聞こえた。うん、恥ずかしい。

「よく言った。それでこそ俺の息子だ。彼女を守れないで、何が男だ」

「母さんは守れなかったクセに」

 胸を張る雷電だったが、弥生の言葉で肩を落とす。言い過ぎたと思ったのか、弥生はすぐに頭を下げた。

「……ごめんなさい。言い過ぎた」

「いいよ。まぁ、皐月が霞さんを追い出そうとしたら、どうしようかと思ってたところだ」

「そうそう。霞さんはもう家族みたいなものだしさ」

 二人の言葉で、霞は目尻を潤ませた。

「……そこまで言うてくれると、わしは……」

「わ、霞、泣かないでよ!」

 霞の泣き顔でおろおろする皐月を後目に、雷電と弥生は目配せをして居間から出た。ああもう、変なところで気を遣うんだから。

「……霞とは、ずっと一緒だから。だから、心配しないで」

 一人になるということで、昔の孤独だった頃を思い出してしまったのかもしれない。だからこそ、自分が力になってあげないと。

 霞をそっと抱き締める。そこで、彼女の背中が震えだした。

「大丈夫だから。その、鈴谷さんみたいなことにはしない。約束するから」

 霞の背中をそっと撫でる。

「ほら、霞の好きなお菓子取ってきたからさ、ね? 泣き止んで。霞が泣いてるの、見たくないから」

 テーブルに目をやる。すると、テーブルの上の菓子はなくなっていた。もしや、二人が持って行ったのか。

「……うん。取ってきた、から」

 後で取り返そう。そう思いながら、二人はしばらくくっついたままであった。

久しぶりの更新です。だいたいニンジャのせい

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