第十三話 無力のランバージャック
それからヴィクトールの姿を見ることができなくなった。逃げるのを防止するためか、産廃処理場の敷地内から外に出してもらえないのだ。
だけど流石はヴィクトールだった。
自分がいなくとも致命的なことにならないように、組織は回るようにしてくれていた。
金を稼ぐ手段と適切に運用する知恵を授けられた僕ら少年団は簡単に崩れることはなかった。
だがやはりヴィクトールがいないことは大きかった。
肝心の【白夜の虎】の新しい対策や知恵を出すことができなかった。
街中で恐喝してお金を奪っている演技でもすればまだ違ったかと思うが後の祭り。
奴隷少年からの恐喝のシノギが嘘だとバレ、後をつけられ秘密基地を突き止められてしまった。
ある日、ロングソードを片手で担いだ白スーツ姿のゴルドーが巨大なバトルアックスを携えた筋骨隆々なアロハ姿の部下2人を引き連れ、黄昏の丘にやってきた。
「ち、こんなところにいやがったか」
舌打ち、そしてタバコを吹かしたゴルドーは吸い殻を捨てると、革靴で踏みつけながらそう言った。凄まじい覇気を感じる。
「白夜の虎……!」
本物の武装したマフィアだ。対してこちらは完全に不意打ち状態で、今秘密基地には人は少ない。僕の才能を使えばあるいは戦えるかもしれないが、こちらも無事じゃすまないだろう。
「おいテメエら、やれ」
「へい!」
ゴルドーの命令に覚悟した僕は才能の力を練る、その刹那。
突然バグン! という鈍い音とともにゴルドーの上半身が消失。血を噴き出している下半身だけが残った。同時にアロハ部下二人の姿が消えた。
何が起こった?
「きゃあああああ!!」
つんざくようなココの悲鳴が響く。
「ぎゃあああああああ! やめてくれええええ!」
同時に上空からアロハ部下の悲鳴が聞こえ見上げると【飛竜】がホバリングしながらゴルドーの上半身を咀嚼しており、その両爪でアロハ部下二人をしっかりとつかんでいた。
アロハの二人はバトルアックスを振り回すも飛竜には当たらず、空中に一人ずつ放り投げ食べられてしまった。
それは一瞬の出来事であり、僕たちは呆然と眺めていることしかできなかった。
最悪なことにゴルドーたちを襲った飛竜のさらに向こうには夥しい数の飛竜の群れ。中心には特別大きな黒い龍の姿がおぼろげに見えた。
「あれは……、まさか【黒龍アビスグリム】なのか……」
僕の近くで真っ青な顔をしたレフィがつぶやいた。
…
……
「世間に名声を示し、立身出世するしか道はない。奴隷から一刻も早く抜け出すんだ」
「いいかい、ジャック。僕たちは物理的に腕輪や鎖で拘束されているんじゃない。権力や法という見えない鎖で縛られているんだ。そこから抜け出すには、そんな見えない鎖を断つ必要があるんだ」
「わかりやすく言うと、例えば街を攻めてきた敵を倒すとか。領軍の魔導飛行船【アーク・レギオン】すら敵わない敵をもし倒すことができたのなら、僕らは間違いなく英雄の仲間入りさ」
……
…
黒龍アビスグリムと飛竜の群れを見た瞬間、僕の頭の中にヴィクトールと語り合った夢物語と彼の声がフラッシュバックした。
ゴルドーたちの咀嚼が終わった飛竜は人骨を吐き出す。
そして三日月の形に裂けた邪悪な笑みを湛えつつ、次は悲鳴を上げるココを標的とし急降下の姿勢をとる。
ココは怯えた顔のまま動けない。
それを見た瞬間、僕の血が燃えたぎる。
そして目の前に、緋色の大樹を縛る【奴隷の鎖】に対し透明な無力の斧を振るうあの時の不思議な少年の姿、顔形が浮かんだ。
――その顔は僕自身だった。
「……限界突破、無力のランバージャック」
そうつぶやくと、僕の内にある大樹を縛る鎖が粉々に砕け散った。
同時に僕の腕についている鋼鉄の【奴隷の腕輪】も粉々に砕け散った。
全身から緋色のキラキラとしたオーラのようなものが立ち上る。
「疾ッ!」
駆ける、駆ける、疾駆する。
急げ、早く、ココの下へ。
気付けば僕は無我夢中で空中を駆け、全力の蹴りを飛竜にお見舞いしていた。
勢い余って森林の木々をなぎ倒した飛竜の首は完全にへし折れ、動かなくなった。
「ココ、大丈夫かい?」
「うん……ありがとう……」
「無事でよかった」
抱きしめたココの体が小刻みに震えている。奇跡的に無傷で済んでいたことに安堵した。
・・・・・
「待っててヴィクトール。きっと僕が英雄になって君を解放してみせるよ」
僕はココを抱きしめながら天を仰ぎ見る。
すると、飛行場から飛び立った魔導飛行船【アーク・レギオン】が飛竜どもに戦いを挑もうとしているのが見えた。
「フリッツ。鳩を使って今外に出てる全員ここに避難するよう伝えてほしい」
「おう、わかった!」
「集まったら武装して秘密基地からは出ないで。レフィ、ココを頼んでいいかい?」
「ああ、任せろ。それでジャック、君はどうするつもりなんだい?」
「……僕はどうしてもアレをやっつけないといけないんだ。ヴィクトールとの約束だからね」
「ヴィクトールがなんだって?」
「じゃあ二人とも、頼んだよ!」
僕はポカンとするレフィとフリッツを尻目に大空の階段を駆け上がる。
それにしても飛竜を倒してからの疲労感が凄い。どうやらフルパワーでの僕の力は余り長続きしなさそうだ。
もう一度体の中に『大樹に奴隷の鎖をかけるイメージ』を施し、緋色のオーラの噴出を抑えた。
途中、故郷からの道中で見た大きな白い鳥が僕をお祝いするかのように飛んでいた。ずいぶん高いところまで登ってきてしまったな。
確かに今僕は自由なのかもしれない。
奴隷の腕輪はないし、こうして大空を翔けまわることができる。
だがまだ本当の意味での自由はない。
権力と法の鎖で縛られた奴隷のままだからだ。
だから今日、今ここで僕は英雄となり名声の刃で見えない鎖を断ち切るんだ。
ヴィクトールとの約束を果たすんだ。
・・・・・
地上の様子が一望できる。飛竜の大群に襲われ逃げ惑う人々の様子が見てとれる。
幸い外に出ていた僕の仲間は秘密基地に向かっており、飛竜に襲われている者はいない。全員で助かってまた皆でバカ話をしよう。そのためには。
僕は街の上空を飛び交う飛竜とその親玉のネームド【黒龍アビスグリム】に視線を戻す。飛竜その数およそ70、最奥には黒龍が天空の覇者として地上を睥睨している。
圧倒的迫力。怖くないなんて虚勢を張るつもりはない。だがやらねば僕たちに救いが訪れることはない。
出撃した魔導飛行船【アーク・レギオン】が黒龍に近づいていく。
そしてその砲塔が黒龍に向き主砲が雷のような轟音とともに発射された。
しかし黒龍は素早く回避し無傷。
仕留められたのは飛竜数匹だけだった。
黒龍は回避した先で制止、反撃開始。その顎にエネルギーを集中し始めた。
そして暴力の奔流、紫紺のブレスをアーク・レギオンに向け発射。
直撃、直後に強大な爆裂音。
大破しコントロールの利かなくなったアーク・レギオンは、轟という音とともにキリル湖の方に墜ちていった。
「そんな、あのアーク・レギオンが負けた……」
「この街はもうお終いだあああああ!!!」
眼下ではアーク・レギオンに声援を送っていたいた人々が、再び半狂乱となっている。
さあ、次の挑戦者は僕だ。
どんなに恐ろしかろうと、挑戦しないという選択肢は僕たちにはない。
挑戦しなかった未来は、死よりも辛いことが待っているに違いないのだから。
「限界突破、無力のランバージャック」
僕は再び透明な斧で大樹を縛る奴隷の鎖を破壊し、大樹の力を解放。天空を一直線に駆ける。
狙うはただ一つ。
近づいた僕に黒龍は再び紫紺のブレスを発射。
とっさに僕は無力の力場を右手手前に角度をつけて展開し反射。あさっての方向に飛んでいった黒龍のブレスは轟音とともに森を焼く。
「墜ちろ……!」
目の前まで接近した僕は黒龍に全力の重力を付与。
みしみしと音を立てる巨躯。何倍にもなった重さに耐えられず落下した黒龍は、ブーゲンビリア中央にある噴水を押し潰した。
今だ。
右足に最大火力の力場を付与するため、緋色の大樹のオーラを練り上げる。
黒龍側に無限有力、自分側に完全無力。
僕はさらに高く高くジャンプ、一瞬の滞空時間を経てから空を蹴っての急降下。体にかかっているはずの重力は無力の力場で体の負担とはならない。
「うぉぉおおおおおお!!!」
腹の底からの咆哮。完全フルパワー&重力の乗った僕の緋色に燃える『かかと落とし』が黒龍の巨木ほどもある首に決まった。
ドゴオオオオオオ!!
黒龍の首をへし折り、そのまま勢い余って噴水広場にまるで隕石が落ちてきたかのような大穴を開けた。
濛々と煙る大穴の中心には僕。腰を抜かす市中の人々の向こうには飛竜の群れ。
「……まだだ」
穴の大底で僕は血の味がする唾を吐き、再び大空へ飛翔した。
消耗しすぎた。疲労感が酷い。
だがもうひと踏ん張りだ。
それから僕は大空を駆け抜け、飛竜が諦めて退散するまで蹴り殺し続けた。
「……ぜえぜえ、ごほっ」
返り血で染まる体から蒸気が立ち上っている。
気が付けば黄昏の丘で僕は一人、血に濡れ、四つん這いとなり呼吸荒くせき込んだ。
何体の飛竜の首をへし折ったのか、自分でももう数えていない。
力の限界だった。僕はその場で崩れ落ちた。
夕日に照らされ血濡れのまま眠る少年は、まさに英雄と呼ぶにふさわしい姿だった。




