第一話 奴隷の鎖と自由な空
――僕は無力だ。
まだ幼い僕には腕力、知力、財力、あらゆる意味で力がなかった。
世の理不尽に飲み込まれないためには力が必要で。
けれどそんなものはどこにも見当たらなくて。
それでも僕は暗闇の中を探し続けた。
光は必ずどこかにあると信じて。
・・・・・
髪と髭の黒い陰気な男が財布から金貨2枚を取り出し、テーブルの上に置くと不吉な笑みを浮かべる。青ざめた表情の父がそれを受け取ると、母が泣き崩れた。
それは僕が奴隷に堕ちた瞬間だった。
僕の一家は辺境の開拓村で木こりで細々と生計を立てている4人家族だ。2才年下の妹のリアは全身の骨や関節が痛み、まともに歩けず衰弱していく奇病にかかり病床に伏していた。近年この辺りではこの奇病の罹患者が増えており、臓腑に良い薬草を煎じて飲むことが治療になるとされていた。
木こりの家に高い薬草を買う余裕があるはずもなく。僕が奴隷として売られたのはリアの薬代のためだった。
奴隷といっても主人から給金はもらえる場合がほとんどなので、むしろ出稼ぎに出るつもりで僕の方から奴隷になりますと申し出た。
この家に戻ることはもう叶わないだろう。両親、リアとは今生の別れとなる。
「兄ちゃん、リアのお薬代を稼ぎに行ってくるよ」
僕は全身の痛みに苦しみ病床に伏せるリアの頭を優しく撫でる。
「お兄ちゃん、あまり無理しないでね……」
自分がこんなにも辛いのに僕の心配をしてくれるのか。僕の愛する妹はこんなにも心が優しい。
「兄ちゃんが必ずリアの病気を治してやる」
僕は妹の小さな手を優しく握った。
「おい、早くしろ!」
最愛の妹と名残惜しく感傷に浸っているところに野太い声が響く。殺意めいたものが沸くが、ぐっとこらえる。あまり騒ぐとリアの体に障るので、僕は寝室から出てドアをそっと閉めた。
「僕にはジャック・ウッドという名前があります!」
その瞬間、僕の顔面が火のように熱くなった。奴隷商の男は表情を一切変えることなく、問答無用で僕を殴り飛ばしたのだ。
酷い耳鳴りがする。僕は震える手足で立ち上がり、奴隷商を見上げる。奴隷商はふんと鼻で笑うと家を出た。両親はあまりの事に思考停止している。
「じゃあ父さん、母さん、行ってきます!」
僕は腫れた顔で無理に笑顔を作ると、両親は僕を泣きながら抱きしめた。でも僕は泣かなかった。ここで泣いたら両親に負い目を感じさせてしまう。
抱きしめる両親の手をそっと振りほどき家を出た僕の目の前には、鉄格子のかかった不吉な色合いの馬車が待っていた。決して自分では外せない奴隷の腕輪を付けさせられた僕は、腕輪と不潔で禍々しいゴツゴツとした鎖を繋ぎ拘束され鉄格子の中に押し込められた。
馬車はゆっくりと進みだす。不幸中の幸いだったのは、鉄格子から実家が見えたことだろうか。
僕は二度と拝むことは叶わない故郷の風景を目に焼き付けることにした。もう涙を我慢する必要もない。僕は涙でぼやける視界を必死でぬぐい、ただひたすら家が遠ざかるのを眺めていた。
不意に大きな白い鳥が山の方へと優雅に駆けていくのが見えた。雲一つない青い空に彼らを縛るものは何もない。
僕は彼らのように大空を自由に羽ばたく自分を夢想する。
それは天空を支配し自由に疾駆する完全なる感覚だった。




