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親心

 浴槽から上がって体を流しながら、汀は考える。

 渋谷であのことを打ち明けたのは、その時の精一杯の告白のつもりだった。

 丈瑠さんと言う人に助けてもらった形にはなったけど、あの時遥翔がまた会って話すと言ってくれたときには3年抱えていたモヤモヤが、嘘の様に晴れたものだった。

 あの時会えた奇跡は絶対に逃したくなかったし、もしかしたらまた消えてしまうかもしれないという恐れは今もある。

「さっきみたいに話せてたら…もう逃げ(それ)はないかなあ…」

 キュッとシャワーを閉めて、バスタオルを脱衣場から取って顔を拭う。

「でもまてよ…あれって告白って受け取ってもらえるかな…」

 髪をガシガシと混ぜながら拭いて、バスタオルを首にかけて浴室を出た。

 下着を身につけ、洗面所の鏡を見る。

「告白したんだよ、俺…告白かあ…」

 鏡に映る自分がなんとも言えない嬉しそうな、それでいて不安そうな顔をしていて、逆に面白くなった。

「どんな顔だよ」

 洗面所で最後に一言呟いて、Tシャツにトランクスでキッチンへ。

「半パン買ってあげたでしょー!パンイチでうろうろしない!」

 冷蔵庫のコーラを取ろうとしただけなのに、いきなり怒られた。

「はい~はい」

 と生返事でコーラを取り、2階へ向かう汀の背中に

「はいは一回!」

 と定番のオカンセリフ。

 コントかよ…とコーラを開けつつ、汀は部屋へ戻った。

 ベッドで飲食をするとまた怒られそうだったから、自分の机について手近な参考書を開く。

 それでも頭は遥翔でいっぱいだ。

 『ファーストキスはプリクラの時じゃないよ』とは言っていないからまだ遥翔は、あの事故チューが最初だと思ってるだろうな、なんてことにさっき気づいた。

「割と鈍いしな遥翔。まあでも…何年も前の夢のことなんか覚えてないだろ」

 夢が実際の出来事を反映するって言ったの遥翔なのにな、とクスッとしながらコーラを飲む。

 本当のことを言った時の顔は、楽しみでもあり少し怖くもある。

 ーちゃんと起きてる時がよかったー なんて言われるのは理想的すぎるな、などと苦笑しながらも、実際は『それで次の日、見送りに来なかったのか』とか、『つまんないことだな』とか言われたらそれはそれで切ない。

 そんな覚悟もするのは必要だと自覚はしていた。



 年が明けたときも、受験が終わるまで会わないと言っていた遥翔はやはりこちらへは来なかった。

 汀も2月1日が試験日なので実際それどころではなく、『英語がちょっと問題だなあ』と担任に言われていて、長文や単語、文字当て等毎日必死に繰り返しやっている。

 共通試験は、やらなくてもいい勉強で気が散ると思って申し込まなかったが、受験費用が安くなると知った笙子に後で少し怒られた。 


 そして2月9日。志望校の合格発表の日だ。

 汀はその日の夜、眠れなくて一晩中起きていた。

 『合格しますように合格しますように…』

 祈る様にそう言い続け、漫画を読んでもゲームをしても何をしても落ち着かず、遥翔にLIMEも違うなと封印してまんじりともしない夜を明かした。

 発表は朝の6時から。

 リビングでiPadに家族3人張り付いて、6時を待つ。

 15分ほど前に入れてもらったコーヒーは、誰も飲まないまま既にぬるくなっており、3人は学校のHPを開いたままもう10分も見つめていた。

「こう言う時って1分1分が長いのよね」

 汀の左側で笙子がそう言うと、右側で父親が

「30秒ももどかしいな。世の親御さんたちは、こんな日を送っていたんだと思うと尊敬するよ。ドキドキが止まんなくて心臓発作起こしそうだ」

 と、胸を押さえている。

 笙子も

「私も~胸痛いわ~」

 汀は、耳の左右で両親が怖いことを言っているので、それも含め

「合格してますように~~」

 と画面に手を合わせた。

 汀は結局地元の大学は受けなかった。

 この大学一本に絞り、ダメだったら地元のトレーナー養成の専門学校に滑り混むつもりだ。

 それは絶対に嫌だったから祈る様な気持ちで時間を待つ。

 つけていたテレビが時報をうち、汀がリロードすると『合格者発表』の文字が出てそれを押す。

 受験番号であろう数字がずらっと並び、汀の番号は体育学科の1112番。なんとなく惜しい感じではあったが、覚えやすくてよかったとは思う。

 スクロールして辿ってゆくと…

「1109、1110、1112…あった…」

 汀が見つけた直後に笙子が大声をあげ、喜びより驚きに変わってしまった。

「あった!あったあったあった!おめでとう~~みぎわ~~~~~」

 汀の頭を抱えてブンブンし始める笙子を、止めるでもなく汀の肩をーおめでとう~~ーと言いながら揺さぶる父親。

「ちょっ!ねえっ!痛えよいてえ!」

 肩と頭を逆に振られているので痛いのだが、それは喜びの中の痛みだった。

 本当に嬉しい。

 その直後LIMEが鳴り、画面に


遥翔[おめでとう!!よかった!]


 が見えた。遥翔もネットで確認してくれていたんだなと、ふりまわす両親を止めて、スマホを手にした。


汀[ありがとう!やったよ!ありがとう]


遥翔[ほんと良かったよ。ダメだったら責任感じるとこだった]


汀[なんで遥翔が(笑)そんなわけねーだろ。取り敢えずまた連絡する。学校行ったり色々あるから]


遥翔[わかった。改めておめでとうな]


汀[うん、ありがと]

 

遥翔[じゃ、また後で]


汀[うん]


 真っ先に連絡をくれた遥翔に感謝をして、もう少しだけ時間のある汀は自分の番号が表示された画面を見ながら、感慨に耽っていた。

「あ、ちょっと待って」

 そんな隙に朝食作りにキッチンにいた笙子が戻ってきて、その画面をスクショして『これ大事』とまた戻っていく。

「かーちゃん…」

 子煩悩過ぎねえか?と見つめてしまうのも仕方のないことであった。




「うわっ!広くなったね!」

 リフォームをかけたという懐かしい家は、母弥生の思い出もちゃんと残っていながらも、ほぼ新築じゃないか?と言うほど綺麗になっていた。

 玄関入って小さなホールを抜けると、今まではリビングと左側に6畳の和室が小上がり風に設置されていたのだが、それがなくなって一階がワンフロアになっていた。

 キッチンの場所と形が母がいた頃のままに存在し、全て新しくはなっていたがその場所で母が食事を作っていた記憶が蘇るほどには昔を残してくれていた。

 母と最後のクリスマスもお正月も、全部が思い出せるほどそこは変わっていなかった。

 多分色や設備も似たものを選んでくれたのだろう。

「私はあまりこの家には来たことがなかったでしょ?廉遥(やすはる)と弥生さんが2人で設計したって聞いたから、廉遥(あの子)にも意見聞きながら、やったのよ」

 真理子祖母は、そう言いながらクイックルンワイパーを滑らせている。 

 道理で随分変わったのに母の思い出が蘇るはずだ。遥翔は父親にも感謝した。

 台所に立ってシンクを見るが、その頃の自分は台に乗らないとシンクの水道は出せなかったし、目線が調理台だったなと今では腰の位置にあるシステムキッチンを母と共に見ている気がして、泣きはしなかったが記憶が掘り起こされじんわりと胸が熱くなっていた。

 母の思い出が色濃く残るこの家に、汀を招くのも今から楽しみである。

 1階フロアを一回り見回して、目で広さを測る。何平米ってわかんないけど本当に広いなと壁を見ると、キッチンならびのリビングの壁には、大型のテレビが壁にかかっていた。

「それは私からのお祝いよ」

 と、真理子が言う。

 なんのだよーと笑ったが、一応新築祝いねーと言いながらまだワイパーを滑らせてゆく真理子おばあちゃんはまだまだ元気だ。 

「だいぶ大きなソファが置けそうだな」

 リビングに立ってみて両手を広げて見ると、ゆったりとしたソファに自分と汀が座っている妄想が湧いた。

 話をする前だからそんなこと思ってられるんだけどね、などと少し自嘲的に笑うが、でも今はー妄想くらいさせてーと思いながら、どうせゲームにしか使われないテレビの位置とソファの位置を確かめた。

 家具揃えるのも楽しみだな…早く見に行きたいや。などと思いを馳せる。

 今はもう春休みに入っている遥翔は、そういうのにセンスの良さそうな丈瑠に頼んで一緒に家具を選んでもらおうと決めた。

 汀が東京に引っ越してくるまでには、きちんとしておかなければ。


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