76 二つの準備(7)
エマが動いたのは、発表会の前日の夜のことだった。
夫人の屋敷は、ヒューゴの住んでいる場所とは異なる。王都の中でも格式のある一角に建っていた。表通りに面した正門は夜も衛兵が立っているが、裏手の勝手口は別だ。使用人の出入りが多い時間帯を避ければ、人目につかずに動くことができる。
エマはリディアから受け取った紙を、出発の前にもう一度だけ確かめた。
ダフネ草の新芽に外見が酷似した3種のハーブ。それから、ダフネ草の新芽そのもの。
夫人は毒消しを持っている。
キャサリンの読みが正しければ、夫人はアンネとともにドリンクを口にしたうえで、あとから自分だけが解毒する算段をしているはずだった。その毒消しを無力化する――否、それどころか反撃の糸口とする。それがエマに課された、最後の仕込みだった。
「……」
裏手の塀をひとつ越えれば、あとは勝手を知ったる屋敷の構造とおんなじだ。使用人の動きを読みながら、エマは影の中を進む。
窓から差しこむ月明かりを頼りに、薬草の保管場所を探す。リディアの忠言どおり、調合室に近い小部屋の棚に、丁寧に並んだ薬草の束があった。
「これね……」
独り言ちながら手に取り、鼻に近づけてみる。
乾燥させた葉は、確かに無臭だった。外見だけではリディアの書いてくれたハーブとは区別がつかない。ハーブのほうには、少し臭いがあるように感じられたが、現物を並べて比較しない限りは看破できないだろう。
エマは手際よく中身を入れ替えた。
ダフネ草の新芽を、見た目の酷似したハーブに。作業は静かで、素早く、痕跡を残さない。
「お次は毒消しですね」
万が一にも、解毒薬をダフネ草で汚染させたくはないはずだ。キャサリンには、あらかじめ別日に作ってあるという確信があった。
捜索には少してこずったが、こちらも無事に発見することができた。薬草と同じ棚ではなく、夫人の寝室に近い引き出しの奥に、丁寧に包まれた小瓶があったのだ。
「これですね」
中身を確かめる。
透明な液体だ。
リディアが事前に教えてくれた特徴と一致する。
エマは小瓶の中身を半分だけ別の容器に移してから、残りの半分にダフネ草の新芽を少量、溶けこませた。色も粘度も、元のものとほぼ変わらない。これなら、気づきようがないだろう。
飲めば、当然、症状は緩和するどころか悪化する。解毒のつもりが、自ら毒をあおることになるのだ。それでも純度100%でない点は、キャサリンの有情だろうとエマは思った。
「……」
小瓶を元の位置に戻し、引き出しをそっと閉める。来たときと同じ道を、音もなく戻っていく。
塀を越えて外に出ると、雪がまたちらつきはじめていた。
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