70 二つの準備(1)
エドワード・クロスビー伯爵は文字どおり何もかもを失った。
以前と異なるのは、ビオラが本腰を入れたというただ一点だったが、その違いがあまりにも大きかった。
前回の慈善舞踏会で、ビオラが暴露した財産の流用は、あくまでも氷山の一角にすぎなかった。その日、ビオラは残りの全部を白日のもとにさらした。
記録。証言。書状……それらはエマが束になっても集められないほどの物量で、なおかつ、精度も段違いだった。
苛烈な攻撃だ。
キャサリンは崩れ落ちるエドワードを遠目に眺め、ビオラへの感情を整理できないまま一晩を過ごした。
とても賞賛はできない。
だが、事前にビオラの存在をほのめかすことで、ベアトリスの痛みを以前よりも軽減できたことは救いだった。
エドワードは爵位を剥奪され、社交界からも姿を消した。
ビオラは相変わらずダメ男ハンターに精を出していた。
もうこの女性には何を言っても無駄だろう。キャサリンなどは寄付を大義名分に、男を奪って承認欲求を満たしている化け物と評するのだが、ベアトリスは違う。
『きっとその方も、とても苦しんでおられるのだと思います』
お人よしが過ぎるだろうと、キャサリンは少し呆れてしまった。
――それだけ心に余裕があると考えれば、いい証拠よね。
ベアトリスはアーサーとともに、穏やかな冬の日々を歩みはじめているのだ。キャサリンはわかりきった結末を確かめることはなく、すぐにアンネの問題に移っていた。
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アンネのための準備は、水面下で着々と進んでいた。
まず、エマにレイチェルの財産の動きを精査させた。アンネという相手のいるヒューゴに、わざわざすり寄った理由に疑問を覚えたからだ。そうそうメアリーのような女性はいないので、シンプルな動機に違いない。
調査は時間のかかる作業だったが、エマはきっちりと仕上げた。数年にわたる不明瞭な出費の流れが、丁寧に紙の上に整理されている。これこそ、レイチェルがヒューゴを求める理由にほかならない。
受け取ったキャサリンは一通り目を通してから、机の引き出しにそっとしまった。
「当日まで、これは温存しておいて」
「承知しました」
次は夫人の手口を封じること。
異物の混入――その手口はわかっていたのに、結局は慈善舞踏会でもアンネの不調を防げなかった。
「リディア様とフィリップ様にお力添えいただき、一応、産地の偽装された薬草が王都に侵入しているとの噂を、芸術界を中心に立てたのですが……」
「ええ、私も驚いているわ」
「どうにも調合師が夫人側に買収されている疑いがあります。発表会の朝には、リディア様に確認を願えるよう手配しておりますが……成分を公開できないからとの理由で、交渉が難航しております。そこで仕入のルートから逆算して、薬草の割り出しを行うことにいたしました。いずれは手前どもに秘密にしておく意味がないことを証明できるかと」
エマがさらりと言い放つ。
感心するよりも先に苦笑が出てしまうが、それでも不十分だろう。
「リディア嬢を味方につけるなら、とても強い抑止力になると思うわ」
正攻法ではまず間違いなくアンネに不都合品を飲ませることはできない。
――でも……。
いくら調合師が寝返ったからといっても、アンネが二度も同じ方法を食らうとは思えなかった。
考えこむキャサリンに、エマが声をかける。
「何かまだ懸念事項がございますか?」
「たぶん、もっと根本的にドリンクを断れない原因があるのよ」
買収したのは、最終的な罪を調合師に着せるためだろうか。
――そうだとすると……夫人が直接持って来るのね。
グリーンフィールド夫人はヒューゴの母親だ。アンネからすれば、最も気をつかわなければいけない相手にあたる。心配していると言われれば受け取らざるを得ないだろう。アンネも飲むのをためらうかもしれないが、一緒に口にするならば警戒もやわらぐ。
あの日、夫人はヒューゴと交渉をしたのだ。夫人にとっては、アンネの喉など一生治らなくてもよいものだろうが、ヒューゴの怒りをずっと買うことまでは避けたいはずだ。下手をすればレイチェルとの婚約さえ反故にしかねない。
毒消しは絶対に存在する。
アンネとともに毒を含み、そうして夫人だけはあとから毒消しで症状を治した。これがあの日の真実で間違いない。
「エマ、準備なさい。リディア嬢に会いに行くわよ」
発表会当日の症状はキャサリンが覚えている。彼女ならば原因となる毒草を絞りこめるはずだった。
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