68 晴れ舞台が崩れる日(2)
「少々、よろしいでしょうか」
ヒューゴの声は震えていた。
舞台上のアンネが顔を上げ、ヒューゴを見る。
ヒューゴはアンネを見なかった。
「先ほどより会場に出回っている書類について、私より申し上げることがございます」
ヒューゴの喉が動く。
その横顔は、今にも崩れ落ちそうなほどに歪んでいた。
しかし声は止まらない。
「アンネ嬢との間に、不適切な関係があったことは否定いたしません。しかし今後については……それを続けるつもりはございません」
――それを愛している男に言わせるのか……。
ざわめきが、また少し大きくなる。
――ずいぶんと舐めた真似してくれるじゃない……。後悔させてあげるわ。
ヒューゴを見上げるアンネの口元が小さく開かれるが、やはり声は出て来ない。
「グリーンフィールド家の跡継ぎとして、本日ここにレイチェル嬢との婚約を発表いたします……」
客席では夫人が静かに座っている。レイチェルが穏やかな表情でヒューゴのそばへと歩いていく。絵に描いたような幕引きだった。
もう十分だろう。
これ以上、ここにいる必要はない。
アンネのそばに今すぐ行ってやりたかったが、今のキャサリンではできることに乏しい。
目を閉じ、意識を手放す。
――戻りましょうか。
タイムリープを発動しようとした次の瞬間、小さな浮遊感が体を襲った。まるで突然、足場が崩れてしまったかのような感覚だ。
何かがおかしい。
タイムリープに関連して問題が起こったのだと、疑問は浮かんだが正体まではわからない。
――まずいわね。
意識が遠くへと引きずられていき、やがて闇の中に消えた。
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目を開けると、そこにはエマがいた。
ベッドではない。
キャサリンは自分が部屋で佇んでいることを理解した。
「お嬢様、大丈夫ですか? お顔色が優れないようですが……」
「平気よ。話をつづけてちょうだい」
状況が不透明なので、ひとまずは時間を稼ぎたい。
だが、エマの口から次に飛び出して来た言葉は、キャサリンの想定を遥かに上回る内容だった。
「私の直観でも構いませんか?」
「えっ? ええ……」
エマの感性に頼るという状況が、最近あっただろうかとキャサリンは思考をめぐらせた。
――ダメね。
だが、心あたりがまるでない。
「間違いなく、ビオラ様にはダメンズしか狙わないという傾向があるのだと思います」
「――ッ!」
ドキリとした。
――ビオラ?
ここでその名前を聞くことになろうとは。
ビオラに関して追加の報告を受けたのは最近だが、そのときはダメンズを狙っていることなど既知の内容だった。
――つまり、それよりも前……。
嫌な予感がした。
窓の外に目を向ける。
白い屋根。
行き交う人々の足元に、雪が積もっている。
「お嬢様?」
いぶかしむエマにため息をついてから、キャサリンは応じた。
「エマ、変なことを聞くけれど驚かないでちょうだい」
「なんでしょう」
「私たちにとって目下の問題は、ベアトリス嬢ね?」
「そのとおりでございます」
――はあ……。
胸中でもう一度、キャサリンはため息をついた。
そうとわかれば時期ははっきりとする。
ルシアン殿下に文を出そうとしていた朝だ。
「……。面倒なことになったわね」
「どうかなされましたか?」
キャサリンは首を横に振る。
――こうなったなら、いっそ正面から行きましょうか。
ルシアン殿下に手紙を出すのは中止だ。ニコラス殿下にご足労を願うのは控えよう。
――手持ちのカードは当時よりも多い。
「エマ」
「はい、お嬢様」
侍女は恭しく前に出る。
「ビオラ嬢に会いに行くわ。用意して」
エマの目が、これまで見たこともないほどに見開かれた。
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