61 義賊という不快(2)
翌日からはどうにか頭を切り替えることができた。
昨日の一件は、エマも気にしていないようだ。
お互いに触れないことを暗黙の了解にしていた。
「そういえば、エマ。先日の慈善舞踏会で、歌姫の声が少し不調だったでしょう?」
「アンネ様ですね」
「ええ。あの規模の会場で、緊張するような方ではないはずよ。少し気になっているの」
「そうおっしゃると思って、簡単ではありますが、軽く調べてあります」
「聞かせてくれるかしら」
キャサリンは姿勢を正した。
エマが続ける。
「アンネ様は喉の調子を整えるため、歌唱の直前、特別に調合されたドリンクを飲むようなのですが……その日は、前日に届けられた薬草の中に、刺激を与える成分を持つものがわずかに混入していたことがわかっています」
「わずかに?」
「はい、声が出なくなるほどではありません。ただ、本来の力を発揮するには、物足りない状態になるかと」
なるほどとキャサリンは思った。
――巧妙ね。
まるっきり声が出なくなってしまえば、異常が起きたのだとすぐに疑われてしまう。
だが、喉の調子が悪い程度であれば、体調のせいにも、緊張のせいにも、あるいは気候のせいにだってできてしまえるだろう。
「アンネ嬢の趣味は、どの範囲まで知られているのかしら?」
「調合のバランスを秘密にしておきたいようで、関係者しか知りません」
「そうだとすると出所は……」
「現時点では、グリーンフィールド夫人の周辺が有力です。ただし確証はまだ」
子爵家の夫人だ。
アンネの後援として活動していた夫人の息子が、次第にアンネ本人とも親しくなったという話は耳にしている。だが、そのヒューゴは嫡男ではなく、次男だ。ヒューゴは襲爵しないので、好き勝手にさせてもいいはずだ。母親が絡んで来る理由がわからない。
「ヒューゴ様については?」
キャサリンの発言に、エマが手元の書類に視線を落とす。
「音楽分野の後援者として社交界に顔を出しており、評判はおおむね良好です。ただ、半年ほど前から少し様子が変わって来ているようで……」
「どうかしたの?」
「兄君が病を得てから、家での立場が変わったようです。後継ぎとして育てられて来た兄君が倒れたということで、次男であるヒューゴ様に家の期待が集中するようになりました。社交の場でも、グリーンフィールド夫人と同席する機会が増えたようでございます」
「……。そうなのね」
長男ではなく次男が襲爵するようになった。母親であるグリーンフィールド夫人の関心が急に向いたのは、その辺りが理由なのだろう。
後継ぎになったからこそ、相手である婚約者にもこだわりが生まれたのだ。
平民出身のアンネはふさわしくないということに違いない。
「アンネ嬢への妨害との繋がりは?」
「直接的なものは、まだつかめておりません。ただし、夫人がアンネ様の存在を快く思っていないという話は、複数の方からも聞こえて来ております」
「ヒューゴ様がアンネ嬢を慕っていることは、もちろん夫人も知っているのよね」
「恐らくは」
エマがうなずく。
平民の声楽家と、名家の後継ぎ候補。
夫人からすれば、論外な組み合わせだろう。
今はまだ嫌がらせの段階にすぎないが、今後はどうなるかわかったものではない。
「もう少し調べてくれるかしら? 特に夫人が、ほかに何を仕掛けようとしているかを知っておきたいわ」
「承知しました」
エマが下がっていく。
キャサリンは紅茶のカップを置いて、窓の外に目をやった。
――アンネ嬢にも、会っておかないといけないわね。
雪は止んでいた。
白く積もった中庭に、小鳥が一羽降り立って、すぐにどこかへと飛んでいく。
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