28 崩れていく舞台
新薬の発表が始まった。
ヴィクターが壇上に立ち、ゆっくりと会場を見渡してから口を開く。自分こそが主人公であるという自信が、立ち振る舞いから隠れていない。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
よく通る声だ。
堂々とした姿は、発表者の見栄えとして悪くない。
「このたびランドール家では、長年の研究の末、難病の治療に有効な新薬の開発に成功いたしました」
長年の研究。
その言葉が空気に溶けていく。
キャサリンは表情を変えなかった。
会場から、感嘆の拍手が起きる。
難病の治療薬。
それだけで、注目度が段違いだ。
医師たちも手帳を取り出し、メモの準備をはじめる。
――いい気なものね。
ヴィクターの説明は流暢だ。
薬の概要。
効能。
投与の方法。
どれも本当に自分で作ったかのように、その口ぶりはよどみない。
よく準備されたものだった。
もちろん、その内容はすべてリディアが7年の歳月をかけて積みあげたものだ。
ヴィクターの内助など、どれだけ甘く見積もっても2%程度だろう。
ちょっとでも常識がある人間ならば、それを自分の手柄だとは間違っても思えない。
「……」
キャサリンが、リディアの横顔に視線を向ける。
とても落ち着いていて、リディアに怒っている様子は見られない。
――名誉を投げ捨てでも、治療を優先したいということね。
だが、その目は壇上のヴィクターを、見定めるようにまっすぐ見ている。
キャサリンはリディアに感心しながら、ヴィクターの言葉に耳を傾けつづけた。
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質疑応答に移り、会場の雰囲気が少しだけ引き締まる。
最初に手を挙げたのは、王宮つきの若い医師だった。
飾り気のない服装に、真剣な目をした青年だ。
「一点だけ。この薬の副作用については、どのようにお考えでしょうか? 非常に強い成分も散見されますので、相応の症状が出ると思うのですが……」
穏やかな口調だが、その問いは核心を突いている。
会場の医師たちが、一斉に壇上のヴィクターへ視線を向ける。
ほんの一瞬だけ間を置き、ヴィクターは力強く否定した。
「問題ありません。十分に安全性を確認しております」
即答。
迷いのない声音。
だが、そのトーンの中に、根拠がないことをキャサリンは聞き取った。
リディアの顔が強張ったように青ざめる。
ほんのわずかな変化だが、キャサリンは見逃さなかった。
――やはり薬はまだ完成していないのね。
「具体的な根拠を示していただけますか」
若い医師は追撃の手を休めない。
「それは……資料にも記載したとおりで」
ヴィクターが書類に目を落とす。
その手は探そうとさまようだけで、動いていなかった。
――答えられるわけないでしょうね。
副作用の問題がどこにあるのか、その本質を理解していないからだ。
7年分の蓄積は、他人が簡単に言葉にできるものではない。
医師たちが、ひそひそと仲間内で話しはじめる。
新薬への期待が、少しずつ疑念へと変わっていく。
――セリーヌ嬢のほうはどうかしら?
この変化をどう見ているのだろうか。
キャサリンは、ちらりと後方に視線を向ける。
セリーヌの表情に差はない。
むしろ、何かを待っているようにも見えた。
――そろそろか……。
その予感は、すぐに当たった。
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質疑応答が終わり、会場全体がざわめきの中にある頃合いを見計らって、セリーヌが動いた。
王宮の関係者に近づき、何かを耳打ちする。
その手に、書類が握られていた。
「エマ」
「見えています」
エマがすでに体を動かしかけていた。
キャサリンは首を振って、侍女を押さえる。
「まだよ。証拠を揃えるなら、向こうに動かせるだけ動かせてから」
「……承知しました」
エマが静止する。
――気分がよくないから、見ているだけっていうのは趣味じゃなのだけれどね。
理不尽な目に遭っている女性を救うためならば、多少の痛みは受け入れよう。
全部を見てからタイムリープをするのだと、キャサリンは覚悟を決めていた。
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