26 届け、この声を
レナは怒っていた。
燃えるような怒りではない。
冷たく澄んだ怒りだった。
理由は単純明快。
お世話になっている薬師のリディアが、理不尽な目に遭っていることを知ったからだ。
レナの本業は研究者であり、リディアと関わることは少ないが、それでも薬草の仕入れ先として頻繁に利用させてもらっている。
それに同じ経歴を持つ者として、少なからずシンパシーも感じていた。
どうにかして力になりたい。
だが、自分に何ができるだろうか。
「……」
浮かない顔をして研究室に入って来たレナに、ソフィアは心配になって声をかけていた。
「どうしたの? まさか、またあなたの記録帳が?」
「いえ……自分のことではないんです」
「じゃあ、いったい何?」
「実は――」
レナから事情を聴いたソフィアが、沈鬱な表情でうなずく。
「なるほどね……」
「助けてあげたいんですけど、どうしていいのかわからなくて」
ソフィアは考えこむ。
研究者と薬師では分野が違う。
自分が動いても、正直、大したことはできないだろう。
だからといって、見て見ぬふりをすることはできなかった。
「……あてが全くないわけじゃないわ」
「本当ですか!?」
レナが驚いたようにソフィアを見る。
「さすがに、婚約の問題や薬師側の不正は私の手に余るわ。でも、そういうことに得意な知り合いがいるの。彼女に助けを求めましょう」
「彼女って……」
「エルフェルト公爵家のキャサリン嬢よ」
平民のレナでさえ、その名前は知っていた。
濡れ衣を着せようしたジェームズ殿下を、返り討ちにしたという女傑である。
「お知り合いなんですか……?」
レナは目を白黒とさせて、ソフィアに尋ねる。
「以前、少しお世話になったことがあるの」
それ以上の詳細は語らなかったが、ソフィアの言葉には確信があった。
✿✿✿❀✿✿✿
数日後、キャサリンのもとをソフィアが訪ねていた。
屋敷の応接室で向かい合い、キャサリンはレナからの話をソフィア経由で伝えられる。
申請の経緯。
セリーヌの動き。
リディアの感じているだろう焦りと、それでも薬を完成させようとしていること。
キャサリンは黙って聞いていた。
時折、紅茶のカップを口につけたが、最後まで言葉を話さなかった。
――確かに、これはソフィア嬢だけではどうしようもないわね。
「事情はわかりましたわ。とにかく、やれるだけのことはやってみましょう」
「ありがとうございます」
ソフィアがキャサリンに頭を下げた。
――薬の功績を取り戻すことと、セリーヌ嬢の不穏な動き……。とりあえず、発表当日に何が起こるのかは見ておかないとまずいわね。
「発表は私も同席できるかしら?」
「もちろんです。エルフェルト家であれば、現場にいても何も不自然ではないと思います」
ソフィアの返事に、キャサリンはうなずき、少しの間考えるように目を閉じた。
「リディアさんという方は、今どういう状態ですか?」
「薬の完成を急いでいます。申請が出てしまった以上、一刻も早く副作用を解消しなければと」
「……そうですか」
キャサリンが窓の外に視線を向ける。
ソフィアも釣られて外に目を向けるが、すぐにキャサリンは口を開いていた。
「動けるかどうかは、当日次第ですわ。証拠が足りなければ、できることも限られてしまいます」
「……はい、承知しています」
ソフィアがもう一度、キャサリンに頭を下げた。
それを見るにつき、キャサリンは立ち上がる。
「エマ」
「はい、お嬢様」
そばで控えていた侍女が、静かに前に出る。
「セリーヌ嬢について、調べられるだけ調べておいて」
「かしこまりました」
エマが一礼して下がっていく。
屋敷を去っていくソフィアの後ろ姿を眺めながら、キャサリンはすでに頭の中で道筋を考えはじめていた。
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