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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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101 青くほころぶ(5)

 エマが部屋を出たあとも、キャサリンはしばらく動かなかった。

 紅茶の中身が少しずつ冷めていく。

 カップの中で揺れていた湯気も、やがてはすっかりと薄くなった。


「……ギルバート」


 小声で呼びかければ、ほどなくして執事が現れた。


「どうされました?」

「エマの様子を見ていてちょうだい」


 ギルバートの表情がにわかに引き締まる。


「……。やはり体調を崩されているのですか?」

「わからないわ。それから、ダミアンという時計職人について、もう一度よく調べて」


 ギルバートが目を伏せる。


「先日お伝えした以上のこととなりますと、少々時間がかかるかもしれません」

「構わないわ。経歴ではなく、目撃証言を中心に情報を集めて」

「具体的な人相をお知りになりたいということでございますね」

「ええ。どこで誰が、どのような姿を見たのか。できるだけ細かくお願い。それと……エマが外出するときには、後ろをつけてちょうだい」


 ギルバートは伏せていた目を大きく見開く。

 雇用主のことを見返す視線は、言外にキャサリンの正気さを問うていた。


「そこまで状況は逼迫しておりますか?」

「そこまでの事態であっては困るから、あなたにお願いしているのよ。私にも嫌なことを任せている自覚はあるわ」


「承知しました。ですが、手前の尾行ではエマ様に気取られる可能性が高いかと」

「大丈夫よ、きっと。幸か不幸か、今のエマが相手ならね……」


 ギルバートが退室したあと、まもなくキャサリンも椅子から立ちあがった。

 自分の目でも確かめるべきだと思ったのだ。

 エマの部屋に入ることは、どうしても気が引ける。雇っている立場であっても、彼女のプライベートを確保しておきたかったのだ。だが、今は礼儀よりも優先すべきものがある。


 廊下へ出る。

 使用人たちはそれぞれの仕事に散っており、屋敷の中は穏やかだった。

 エマの私室は、使用人部屋の中でも奥まった場所にある。

 扉の前まで来てから、キャサリンは尻込みするように、一度だけ息を整えた。

 数回、しつこいほどにノックをする。


「エマ? ごめんなさい、失礼するわよ」


 返事はない。

 休んでいるなら無理に起こすほどではない。

 念のために侍女の様子を確かめようと、キャサリンは扉を開けた。

 部屋の中は整っている。

 寝台の上には畳まれた上掛けがあり、机の上には小さな花瓶がある。窓辺にかけられた薄い布の隙間からは、陽光がやわらかく差しこんでいた。


 エマの姿はない。

 厠にでも行っているのだろうか。

 出ていこうとしたときに、床に落ちていた小さな物を認めた。


「……」


 近づき、膝を折る。

 拾い上げたのは、ガラスでできた家の細工だった。

 いくらか歪んでいる。屋根の形も、窓の大きさも不揃いだ。しかし、光にかざすと、青みを帯びた透明な輝きが、手のひらの中でほころぶように広がった。


 年代物だろう。

 大切に扱われて来たことは、ひと目でわかった。

 昨夜落としたのはこれだろうか。屋根の端が、小さく欠けているのが見つかった。


「これを探していたの……?」


 ガラス細工といえば、死別したダライアスの作品に違いない。

 不安を拭いに来たはずなのに、なんだかかえって嫌な予感が膨らんだ。

 部屋を見回す。

 机の引き出しが一つだけ開いていた。中には布に包まれた古い手紙や、細々とした記念品が収められている。エマらしくなく乱れ方だ。


 だが、もしこれを探していたのなら、取り落とすのは少々変だ。

 キャサリンはガラスの家を机の上に置いた。

 背後から小さな声が響く。


「お嬢様」


 振り返ると、扉口にエマが立っている。

 顔色は明らかに悪化していた。そうであるにもかかわらず、毅然と背筋を伸ばしている。


「ごめんなさいね。私に隠れて働いていないか、つい気になってしまったの」

「いえ、水を取りに行っただけにございます」


 エマの視線が、机の上のガラス細工へ向かう。

 表情が揺れた。

 動揺と困惑の色が強い。


「床に落ちていたわ。物音の正体はこれだったのね」

「……。はい」


 うなずいたエマの声は、ひどく遠かった。


「大切なものなのでしょう?」

「そうですね」


 不気味なくらい淡泊な返事に、キャサリンは内心で焦りを覚えた。


「ダライアス様からのいただきものよね」


 あえて元配偶者の名前を出した。

 エマの唇がわずかに動く。


「ダライアス……」


 確認するようなつぶやきだ。

 やがて、エマが小さく笑う。


「……そう、ですね。ダライアス様からいただきました」


 キャサリンの前とはいえ、夫の名を呼ぶには不自然な敬称だった。


「エマ」

「はい」

「しばらく仕事はいいわ。休んでいなさい」

「……」

「働きすぎたのよ。無茶な注文ばかりした私を許してちょうだい」

「大丈夫ですよ、お嬢様。少し思い出せなかっただけですから」


 その返事は、とても笑って済ませられるようなものではない。

 エマの儚げ笑みに、キャサリンは胸が締めつけられる思いだった。


「お願いだから、休んでちょうだいね……」


 震えそうになる声で言って、キャサリンは退室する。

 エマの顔は見られなかった。


 ――急いでリディア嬢に連絡を取らないといけないわ。


 だが、行動するのが遅すぎたのだろう。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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