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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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98 青くほころぶ(2)

 突っこんだ質問をしてみたいところだが、雇用主と侍女という関係を盾にしたくはなかった。大ざっぱな問いで、最低限の部分だけをキャサリンは尋ねる。


「その方は、紳士なの?」

「悪い方ではないと思います」


 エマの声に温かかみがある。


 ――あら……?


 キャサリンは内心で目を細めた。

 思ったよりも珍しい事態なのかもしれない。

 知り合ったばかりの相手に、エマがそこまで高い評価をしているとは考えてもみなかった。警戒や皮肉ではなく、親しみが混じってあるのだから相当だ。


 ――さてさて、エマほどの女性を射止めたのは、いったいどんな殿方なのかしらね。あとで、それとなくギルバートあたりに聞いてみようかしら。


 ベルクリフを伯父に持つ執事だ。

 さすがにエマと比べるのはかわいそうだが、優秀な部類に入ることは間違いない。やや鈍いことが玉に瑕だが、同僚の変化を察せないほどの朴念仁ではないはずだった。


「そう。なら、大事になさいな」

「何をでしょうか?」

「春の出会いを」


 エマは今度こそ、はっきりと困った顔をした。


「お嬢様……」

「冗談よ」


 キャサリンは書類に視線を戻す。

 エマが誰かに心を動かされることは、寂しいようでもあり、喜ばしいことでもあった。

 自分のそばにいるエマは静かで、あまりにも変わらない。だからこそ、時々忘れそうになる。

 彼女にも、自分が及びもしない時間があり、知らない痛みがあり、共有されない幸福があるのだ。そして、それがあるべきだとキャサリンも思っている。


 ――ええ、いいことだわ。


 このときはキャサリンも侍女の幸せを疑ってはいなかった。




✿✿✿❀✿✿✿




 初めのほころびは、些細なものだった。

 エマがつけるべき封蝋を取り違えたのだ。


「すぐに改めます」

「……。珍しいわね」


 キャサリンに責めるつもりはない。

 純粋に、こういったケアレスミスをエマがしでかすことが新鮮だった。


「申し訳ございません。確認が不十分でした」

「いいわ。急ぎではないもの」


 軽く手を振って、キャサリンは応じる。エマは頭を下げてから、封筒を持って部屋を出ていった。

 扉が閉まる。


 ――浮かれているのかしら。


 あのエマに限ってそんなことはないと思うが、これは微笑ましいことかもしれない。

 どんな状況でも過不足なく動く侍女が、目の前の注意を欠くほどに誰かのことを考えているのだとしたら、きっと喜ばしいことに違いない。


 キャサリンは結論づけると、再び書類に目を落としていた。

 だが、翌日にも違和感が続いた。


「午後の予定を確認してくれるかしら?」

「本日は二時より、クラリス様からの使者がいらっしゃいます。その後、三時半にフィリップ様より絵画の件で――」


 エマの声は淀みない。

 いつものように、必要な情報が簡潔に並べられていく。


「それから、火曜日の午前中に時計職人の方が――」


 そこで、言葉が止まった。

 キャサリンが顔を上げる。


「時計職人?」


 エマは手元の予定表に視線を落とした。

 そこに予定はないはずだった。


「失礼いたしました。言い間違いでございます」

「……。そう……それで正しい予定は何かしら?」

「仕立て屋です。火曜日の午前中に、確認の者が来る予定です」

「それは水曜日ではなくて?」


 キャサリンの指摘に、エマがもう一度予定表を見直した。


「……はい。おっしゃるとおりです」


 沈黙が落ちた。

 エマが静かに頭を下げる。


「申し訳ございません」

「疲れているの?」


 キャサリンは努めて穏やかに尋ねた。


「いいえ。問題ございません」

「問題があるかどうかを聞いているのではないわ。私は疲れているかを聞いているのよ」

「少々、寝不足なのかもしれません」


 珍しい返答だった。

 いつもなら体調の不備を口にする前に、自分で立て直してしまうことだろう。

 だからこそ、キャサリンは椅子の背に指を添えたまま、じっとエマを見た。


「今日は早めに休みなさい」

「ですが……」

「命令よ」


 エマが口を閉じる。

 反論は許さないという視線を向けると、ようやく侍女は観念したように一礼した。


「かしこまりました」


 エマの返事が、いつもより弱々しく感じられた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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