第61話 偽箱が立っても、箱は喋らない
朝、凍結日。昨日札を固めたから今日は運用だけでいい。運用だけの日は、現場が静かになる。静かになると、相手の観察が空振りする。空振りが続くと相手は手を変える。手を変えると雑になる。雑は拾いやすい。拾って距離で終わらせる。
レイナ、今日
凍結日。運用だけ。返却回転維持。確認箱は午前夕方の二回。即答しない。同文。外の異物は対象外扱い。触らせない。触れない相手は痩せる
了解
フィンが欠伸しながら言う。
外の異物って言い方、怖いな
怖いのは口が増える時だ。物は怖くない
ミナが帳面を抱えて頷く。
物は箱に入ります。口は入れにくいです
ゼフが箱を撫でて言う。
箱は入る
ユハが短く言う。
口、減らす
返却棚は今日も綺麗だった。段が埋まりすぎていない。遅延札が増えていない。夜便箱の蓋印もズレていない。確認窓口箱も釘固定まではしてないが、机の横に置いたまま。机の横は内側。内側は強い。外は弱い。外は風が吹く。風は止めない。風に乗るものを箱で吸う。
午前の返却が回り始めた頃、子供便が走ってきた。昨日より息が落ち着いてる。端末が落ち着いてると報告が短くなる。短い報告は燃えない。
子供が言う。
門のとこに、箱がある。確認箱って書いてある。みんな入れてる
門のとこに確認箱?
ミナの手が止まった。
確認箱は窓口だけです
フィンが鼻で笑う。
来たな、偽箱
レイナが即答する。
偽確認箱。狙いは二つ。紙を奪うか、返答が来ない不満で燃やすか。燃やさない。対象外で距離
俺は動きを小さくする。偽箱は見せ場だ。こっちが走ると舞台が立つ。舞台が立つと燃える。燃やさないために、まず板で返す。板は風で飛ばない。板は騒ぎになりにくい。
ミナ、窓口横板
ミナが即答する。
書きます
ミナが板に二行だけ。
確認箱は窓口内のみ
門の箱は対象外(入れ直し)
入れ直し、って書くのが優しい。入れた人を責めない。責めると燃える。燃やさない。
次に門へ行く。行くのは俺とユハだけ。ゼフは返却棚を守る。ミナは板と帳面。フィンは口を軽くする。役は動かしすぎない。動かしすぎると燃える。
門の前に、確かに箱が置かれていた。木箱。札は「確認箱」。字もそれっぽい。投函口もある。しかも横に小さい紙が貼ってある。
ここに入れれば早い。窓口は混雑。公平のため門で受付。
また公平。便利な言葉だ。責任の押し付けにもなる。列も作れる。噂の椅子にもなる。
門の前で立ち止まっている人が数人。箱に入れる人もいる。ここで怒鳴って止めると燃える。燃やさないために、流す。
ユハが半歩前に立つ。無言。線を作る。跨がせない線じゃない。立ち止まる理由を減らす線。
俺が言う。
門の箱は正規じゃない。確認は窓口内。入れた人は責めない。入れ直しで終わる
男が言う。
でも箱があると便利だろ。早いって書いてある
早いって書いてある紙が正規なら、窓口は要らない。正規は窓口横板だけ
婆さんが言う。
入れちゃったよ。どうなるの
入れ直しでいい。今日は入れ直しでも手数料は増えない。燃やさないためにそうする
婆さんがほっとした顔をする。
増えないならいいわ
増えない、と言うのは現場の魔法だ。増えると燃える。増えないなら燃えない。ここで一つ、紙(条件)を差し込む。長文じゃない。短い条件。
ミナが窓口横板に書いた二行はすでにある。それで十分。条件は板で出ている。これで入れた人の罪が消える。罪が消えると口が荒れない。口が荒れないと噂が座れない。
問題は偽箱そのものだ。触ると舞台。壊すと燃える。運ぶと揉める。だから触らない。触らないで終わらせる方法は、距離を取って対象外にすること。対象外にすると、相手は「奪う」か「燃やす」しかなくなる。燃えないなら奪っても意味がない。奪っても意味がないなら、相手の無茶が空振りする。
フィンが後ろから追いついてきて、小声で言う。
あれ、中身どうすんだ。紙入れた人困るぞ
困らせない。入れ直しで終わる。中身は追わない。追うと燃える
レイナが即答する。
追わない。追うと相手の箱が正規になる。正規にしない。入れ直しで終わらせる。紙を入れた人は悪くない。悪者探しはしない
ここで左肩が見えた。門の影。わざと見える位置。見えるってことは舞台を狙ってる。こっちが箱に飛びつけば勝ちだと思ってる。飛びつかない。飛びつかないと舞台が立たない。
俺は左肩の方を見ない。見ると会話になる。会話になると燃える。燃やさない。
ユハが短く言う。
貼紙、剥がす?
剥がさない。剥がすと舞台。貼紙は紙回収箱へ流す方が燃えない
フィンが言う。
でもあれ、箱に貼ってあるぞ
箱ごと対象外。貼紙も対象外。対象外は触らない。触ったら相手の勝ち
触らない、の代わりに、導線を動かす。門の前に立ち止まる人を減らす導線。子供便を使う。叱らず吸う。
子供、お願い
子供が言う。
なに
門の箱の前、立ち止まってる人に、窓口横板見てって言って回って。怒らないで、案内だけ
子供が頷く。
わかった。板見てねーって言う
それでいい
子供の声は柔らかい。柔らかい声は燃えにくい。燃えにくい声で導線を戻す。箱はそのままでも、人が止まらなければ箱はただの木になる。ただの木は喋らない。喋らない木は燃えない。
窓口に戻ると、板を見た人が自然に流れた。確認窓口箱は机の横。内側。内側は強い。外は弱い。外の偽箱に入れた人も、入れ直しで静かに戻ってきた。入れ直しで終われば、相手の狙いの半分は潰れる。燃えないから。
午前の確認箱はいつも通り開けない。即答しない。即答は舞台。舞台にしない。今日は特に、偽箱が出てるから即答の餌が多い。餌を与えない。
フィンが言う。
中身、気にならん?
気になるのは俺の脳。脳が気になると口が出る。口を出さないために、気にならない形にする
ミナが頷く。
気になるものは箱へ。今日の教訓です
ゼフが言う。
箱、万能
万能じゃない。箱が喋らないだけ
昼、領主の使者じゃなく、領主本人が来た。護衛は少ない。顔も隠してない。わざとだ。噂が嫌いな人間は、噂を消すために現場を見る。現場を見れば噂は痩せる。
領主が言う。
門に変な箱があると聞いた
変な箱はあります。正規じゃないので対象外です。触ってません
領主が眉を上げる。
触らないのか。普通は壊す
壊すと燃えます。燃えると噂が座ります。座った噂は長い。長い噂は損です
領主が短く笑った。
損、か。数字で言うな
数字で言うと早いです
ミナが帳面を開いて、短く数字だけ出す。
返却回転維持。遅延札増加なし。確認箱件数は増えていますが、返答は同文で燃えてません
領主が頷く。
燃えてない、が一番だ。だが門の箱で紙が消えたら困るだろ
紙が消えても困らない形にしてます。入れ直しで終わる。手数料は増えない。責めない。責めないから燃えない
領主が言う。
お前は捕縛しないのか
捕縛は燃えます。燃えたら街が困る。街が困ったら領主が困る
領主が笑う。
遠回りで俺を守るな
遠回りが燃えない近道です
レイナが即答する。
燃えない近道。紙と板と箱の順
領主は窓口横の板を見て、指で二行を叩いた。
短い。いい。これだけで人が戻るのか
戻ります。戻らない人は対象外にして距離です
領主が言う。
なら釘と板材を少し回せ。箱を増やすな。固定を増やせ
増やしません。固定だけです
領主が頷いて帰った。領主が現場を見て帰る。それだけで噂は痩せる。噂が痩せれば左肩は薄くなる。薄くなれば無茶は雑になる。雑は拾える。
午後、偽箱の周りはさらに静かになった。子供便が板を案内したからだ。止まる人が減った。止まらなければ箱は木。木は喋らない。喋らないなら舞台は立たない。
フィンが言う。
あれ、放置で勝ったな
放置じゃない。導線で無視した。無視は距離
ユハが短く言う。
距離、勝ち
ゼフが言う。
釘、まだ打たない?
凍結日。今日は打たない。打ちたくなったら欲が出る
ミナが小さく笑う。
欲が出たら燃えます
夕方、いつも通り確認箱を開ける。午前と夕方の二回。ここは変えない。変えると相手が反応を見る。反応は舞台。舞台にしない。
確認箱の中は四。偽紙が二、偽札が一、そして一枚、変な短いメモ。窓口の確認箱に入ってる。内容は一行。
門の箱の中身、もうない
脅しでもない。報告でもない。こっちの反応待ち。反応すると燃える。燃やさない。
ミナが言う。
読みません。隔離です
読まない。読まないと燃えない。読まないだけで勝てる局面がある。
フィンが言う。
いや今、読んだろ
見ただけ。返答しない
レイナが即答する。
返答しない。相手の台本に返事を出さない。台本は無視すると腐る
ミナが板に数だけ書く。
確認箱 受領4
そして一行ログに短く残す。
時刻 不明メモ1 確認箱 隔離
内容は書かない。内容を書くと燃える。燃やさない。
門の偽箱は、夕方には消えていた。誰かが運んだのだろう。運ばれたところで、こっちは困らない。困らない形にしてるからだ。入れ直しで終わる。増やさない。責めない。燃やさない。
フィンが言う。
箱、逃げたな
逃げたなら終わりだ。座れなかった
ユハが短く言う。
終わり
ゼフがぽつりと言う。
箱が消えても、箱は残る
残る箱は正規だけ。正規は動かない
ミナが頷く。
動かないものが増えるほど、現場は動きます
夜便は安定。返却棚も安定。工房は今日は触らない。凍結日だから。触らない日があると、明後日の進捗が気持ちよくなる。進捗は一つだけ。マンネリは進捗を詰めすぎると起きる。詰めない。間隔を作る。
レイナが即答する。
明日は凍結でも良い。だが次で工房進捗を一つ。枠運用箱の板を一枚増やすだけ。説明は増やさない。領主の釘で固定だけ少し進む
了解
俺は板に一行だけ残した。
偽箱は立ったが、誰も燃えなかった。箱が喋らない世界では、喋らせようとする箱ほど静かに痩せた。




