第60話 札の切れ込みと、箱が喋らない朝
朝、今日は凍結日。昨日みたいに外で板が立つと、こっちの反応を待つ空気が生まれる。空気が生まれると、口が増える。口が増えると燃える。燃やさないために凍結日を入れる。凍結日でも一つだけやる。札の切れ込み。これだけ。
レイナ、今日
凍結日。一つだけ。当番札に切れ込み印。番号は内側のまま。材質固定。札ゲージは机内のみ。外に出さない。返却最優先。確認窓口箱は継続。同文返答。工房は触らない
了解
フィンが腕を伸ばしながら言う。
凍結日なのに一つやるって、凍ってねえじゃん
凍結日は仕掛け追加をしない日。例外枠を一つだけにすると燃えない。二つやると欲が出る
ミナが頷く。
欲が出ると説明が増えます
ゼフがもう穴具みたいな顔で言う。
切れ込み、作る
ユハが短く言う。
一つだけ
切れ込み印は、新しい言葉を増やさない形にする。札の正規を説明し始めると燃える。だから、札も紙と同じで形で切る。札の切れ込み位置は外に書かない。見せても分からない程度の差にする。分からない差は真似しにくい。真似しにくいと燃えない。
ミナ机の内側右奥。穴具の隣。そこに札用の小さい治具を固定した。木札の角を差し込むと、同じ位置に浅い切れ込みが入るだけのやつ。刃は隠れてる。触っても危なくない。危なくない道具は現場で長く使える。長く使えると自然になる。自然は燃えない。
レイナ
手順
当番札は全回収→机内で切れ込み→返却式で配布。告知はしない。スタッフは朝礼で短く。返答は同文
了解
朝礼も短くする。朝礼が長いと燃える。燃えるのは「誰が悪い」って話になった時。今日は誰も悪くない。悪くないのに長く話すと、誰かが悪くなる。だから短く。
俺が言う。
当番札、今日から切れ込みが入る。正規確認は机内だけ。外で札を見せ合わない。札が無ければ触らない。以上
フィンが手を挙げる。
なんで今日から
理由は聞かない。理由を聞くと口が増える。口が増えると燃える
ミナが即答する。
燃えないためです
フィンが笑う。
便利な言葉だな
便利だから使う
当番札は箱の中に戻ってるやつを全部集める。箱当番、板回収、紙回収、夜便、束札棚、監査箱、確認箱。札は増えすぎると管理が燃える。だから札は返却式。返ってこない札は当番が止まるだけ。止まると燃える?止め方が固定なら燃えない。止まるのは罰じゃない。事故防止。
ゼフが札を机に並べる。並べ方が綺麗で、フィンが変な顔をする。
お前、札並べるの好きすぎだろ
並ぶと落ち着く
落ち着くと口が減る
レイナが即答する。
口が減ると噂が痩せる
切れ込み治具に札を差し込んで、ゼフが淡々と切れ込みを入れていく。切れ込みは浅い。見ても分かりにくい。でも札ゲージに通すと分かる。札ゲージも机内だけ。外に出すと真似が進む。真似が進むと追いかけっこになる。追いかけっこは燃える。
ミナが板に枠を一つ増やす。増やすけど、言葉は増やさない。件数だけ。
札切れ込み 実施件数
これだけ。誰が、どれに、は書かない。書くと燃える。燃えないのは数。
ミナが言う。
午前で全札、終わりますね
終わらせる。終わらせたら今日の凍結は守れる
フィンが言う。
凍結って、めっちゃ忙しいな
忙しいのは手。口じゃない。手が忙しいのは燃えない
ユハが短く言う。
手、いい
午前の返却が始まる。返却が回ると現場の温度が下がる。温度が下がると噂が座れない。座れない噂は紙か札に寄る。今日は札を固めた。次は紙だろうが、紙は確認窓口箱で吸う。吸えるなら勝ち。
案の定、来たのは札だった。門じゃない。窓口横。人の出入りが一番多いところに来る。多いところで騒げば燃えるからだ。燃やさない。
男が一人、板回収箱の前で札を出した。板回収当番札。木札。見た目はそれっぽい。切れ込みもあるように見える。だが切れ込みは真似しやすい。真似しやすいのは想定内。想定内は燃えない。燃えない切り方をする。
男が言う。
当番だ。板回収、俺がやる
フィンが見て、笑いそうになって我慢した顔をする。
当番札、今日から仕様変わったんだけどな
男が言う。
知ってる。だから切れ込みもある
ミナが即答する。
確認します。札は机内確認です
男が言う。
ここで見りゃいいだろ。切れ込みあるんだから
ここで見せ合うと燃えます。机内で確認します。札を預かります
男が言う。
預けたら返ってこねえだろ
返却式です。返します。返すのは札と作業だけです
レイナが即答する。
札で仕事は動く。人で動かさない
男は渋々札を差し出した。差し出させた時点で舞台は壊れてる。舞台が壊れると燃えない。燃えないなら勝ち。
ミナが札を机内に持ち込み、札ゲージに通す。通らない。切れ込み位置が違う。真似はしたが、位置は分からない。分からないなら通らない。それだけ。説明しない。説明すると燃える。
ミナが淡々と言う。
これは正規札ではありません。確認箱へ
男が言う。
なんだよ正規って。切れ込みあるじゃねえか
切れ込みの有無ではありません。確認は机内ゲージです。以上
フィンが軽口で刺す。
穴と切れ込みは飾りじゃねえって、昨日から言ってるだろ
男が苛っとした顔をしたが、苛っとした顔のまま何もできない。怒鳴ると目立つ。目立つと自分が損する。損するなら引く。引けば勝ち。男は札を確認箱へ入れて去った。去らせる。追わない。追うと燃える。
ユハが短く言う。
来たな
来た。偽当番札
フィンが笑う。
左肩の台本、また湿ったな
湿った台本は燃えない。燃えないなら、次の手は雑になる
ここで大事なのは、偽札を見せ物にしないことだ。偽札を晒すと、相手は「俺を晒された」と騒げる。騒げると燃える。燃やさないために、偽札も箱へ落とす。箱は喋らない。
ミナが板(1行ログ)に一行だけ。
時刻 偽札1 当番札 確認箱
それだけ。誰の顔も書かない。誰の名前も書かない。書かないほど燃えない。
確認窓口箱は今日も効いてる。偽紙も偽札も入ってくる。入ってくるほど箱は太る。でも太るのは箱だけ。口が太らない限り燃えない。
レイナが即答する。
箱が太るのは良い。口が太るのが悪い。返答は板で同文。確認は午前と夕方。即答しない
了解
午前の終わり、確認箱を開ける。偽札が一枚、偽紙が二枚。偽紙は角穴真似。偽札は切れ込み真似。どっちもゲージで切れる。切れるなら燃えない。燃えないなら現場は止まらない。
ミナが板に二行だけ。
確認箱 受領3
正規確認は窓口内のみ(外は無効)
同文。昨日と同じ。今日も同じ。同じは退屈じゃない。鎮静だ。
昼、領主の使者が来た。今日は顔が硬い。噂がまた届いた。領主は噂を嫌う。嫌うなら数字。数字は燃えない。
使者が言う。
当番札の偽造が出たと聞いた。領主様が怒っている。誰だ
誰だ、は燃える。燃やさない。
俺が言う。
誰かは追わない。追うと燃える。偽札は確認箱で吸って机内ゲージで切る。作業は止めない
使者が言う。
領主様は確実を好む
確実は形。札の切れ込みは今日から固定。番号は内側。材質も固定。見せ合いはしない。確認は机内だけ
ミナが帳面を開く。
返却回転は維持。遅延札は増えてません。監査箱件数は横ばい。偽札は一件、確認箱で隔離済みです
使者が息を吐く。
止まってないなら良い。領主様に伝える。だが噂が
噂は座れないようにする。椅子を作らせない。列を作らせない。箱で吸う。それだけ
レイナが即答する。
椅子を壊すのは口じゃない。導線
午後は凍結日だから、工房には触らない。触りたい気持ちはある。枠運用箱も整えたくなる。でも欲が出ると燃える。今日は札の切れ込みだけで終わる。終わる日を作ると、相手の観察が空振りする。空振りが続くと相手は疲れる。疲れた噂は消える。
フィンが不満そうに言う。
工房、行かねえのか
行かない。凍結日。今日進めると、明日止めた時に落差が燃える
ミナが頷く。
落差は不安になります
不安は燃える。燃やさないために落差を作らない
ユハが短く言う。
平ら
平らにする。平らな日が増えるほど、現場は強い。強い現場は、敵を殴らなくても勝つ。
夕方、札切れ込みの実施が完了。ゼフが最後の札に切れ込みを入れた。
終わり
ミナが板に件数を書く。
札切れ込み 実施件数 全
全、って書き方がいい。個別を書かない。個別を書くと燃える。全なら燃えない。
フィンが笑う。
全って便利だな
便利だから使う。便利は燃えない
ここで左肩が現れた。遠い。門でも角でもない。返却棚の影。見てるだけ。見るだけの相手はもう薄い。薄い相手は最後に「一回だけ勝ちたい」って手を打つ。手を打つなら、雑になる。雑が一番拾いやすい。拾ったら距離。
左肩が誰かに何かを渡した。子供便じゃない。大人に渡した。大人は噂の運び手になりやすい。だから大人の口を箱へ落とす。
その大人が窓口に来て言う。
さっき当番札を渡された。これで板回収をやれって
ミナが即答する。
札は机内確認です。預かります
大人が言う。
いや、俺はよく分からん。渡されたから
分からないなら渡さない。分からないことは箱へ落とす
レイナが即答する。
渡された札は確認箱。渡した人は対象外。距離
ミナが札を確認箱へ。ゲージで確認。通らない。偽札。今日の切れ込みが効いてる。効いてるのに騒がない。騒がないのが勝ち。
ミナが板に一行。
時刻 偽札1 渡し 確認箱
大人に言う。
大丈夫です。あなたは何も悪くありません。返却に戻ってください
大人が肩の力を抜いて言う。
助かった。なんか、変に怖かった
怖いのは口が増える時。口を増やさないようにしてる
フィンが軽口で笑わせる。
ここは口じゃなく箱が働くからな
大人が笑って帰った。笑って帰るのが一番燃えない。
左肩は遠くでそれを見て、何もできない顔をした。できない顔は怒りじゃなく疲れに近い。疲れが出たら勝ち。勝ちは追いかけない。追うと燃える。燃やさない。
ユハが短く言う。
薄い
薄いな。もう噂が座れない
レイナが即答する。
座れない噂は去る。去るまで同文。変えない
夜、確認箱の受領は合計で四。偽紙二、偽札二。増えてる。増えてるのに現場は静か。静かなら勝ち。件数だけ板に載せる。
ミナが板に書く。
確認箱 受領4
同文返答は変えない。変えないと相手の台本が育たない。育たない台本は枯れる。枯れた噂は消える。
最後にレイナが短く言う。
明日も凍結日で良い。だが連続凍結は飽きる。明後日、工房で一つ進捗。枠運用箱の板を一枚だけ増やす。説明は増やさない
了解。マンネリは連続の凍結で起きる。だから凍結も間隔。運用も間隔。間隔を作れると強い。
俺は板に一行だけ残した。
偽札は増えたが、口は増えなかった。札の切れ込みは、今日も箱の中で勝った。




