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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第七章

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20/24

私に良い考えがあります

 遊びに来てくれた王女様に紅茶とお菓子を振る舞う。

 この光景も馴染みのものになりつつあった。

 私たちは庭のテラスに集まり、午後の穏やかなひと時を過ごす。


「今日も美味しいわ」

「ありがとうございます」

「あの子も連れてきたかったわね」

「リク王子のことか? 体調は良好なのだろう?」


 アスノトが紅茶を飲み終わり、カップをテーブルに置いて尋ねた。

 王女様が答える。


「ええ、おかげさまで。でもまだ歩き回れるほど体力が戻っていないわ」

「二年近く寝たきりだったからな。仕方がないか」

「そうね。あの子はこれからよ。それまでに婚約できていないと、アスノト、あなたが大変になるかもしれないわね? あの子も本気だから」

「っ……わかっているさ」

 

 アスノトは焦りを見せ、王女様は楽しそうに笑う。

 私は複雑な心境だ。

 リク王子の告白を私は丁重にお断りした。

 けれど彼は諦めていないらしい。

 必ず私の心を射止めてみせると意気込んでいることを、王女様から聞いていた。

 私の周りの人間は、どうしてこうも頑固なのだろうか。

 ため息が零れる。


「さぁ、さっきの話の続きをしましょうか」

「栄誉騎士の話か。正直、あまり現実的ではないな」

「そうね。あなたには不向きだわ」

「……認めるのは癪だが、事実だな」


 栄誉騎士の称号を得た者は、引退後も騎士団に関わることになる。

 ただし現役の騎士とは異なり、作戦への参加や訓練など、騎士団の命令に従う必要はない。

 有事の際を除き、騎士としての威厳や地位を保ったまま、一般人と同じような生活を送ることが許される。

 わかりやすく言えば、仕事をせずにお金を貰って、田舎でのんびり生活もできる、ということだ。

 破格の待遇だが、その分、選ばれるための条件は厳しい。


 騎士団、王国の未来に優良な何かを残すこと。

 単なる実績ではなく、形として残る何かでなければならない。

 例えばこれが薬師なら話が早い。

 薬は現在のみならず、未来の人々も救うものだ。

 一つ完成させることで、多くの人々の平穏を守り続けることができる。

 そういう何かを騎士として残さなければならない。


「そもそも、栄誉の称号は騎士のために用意されたものではないわ。他の職業、宮廷で働く者たちのために用意されたものなの。騎士もそのうちの一つだから対象ではあるけど、今のところ栄誉騎士になれた者は、最初に騎士団を今の形に作り上げた人だけよ」

「同等の何かを残せというのは、俺でなくても厳しいな」

「騎士団の設立ですか……」


 確かに明確な功績だ。

 騎士団の存在は、後の人々の安全に繋がる。

 それと同じように何かを作ればいい。

 別に同じ規模である必要はないはずだ。

 例えば……そう。


「養成所を作るというのはいかがでしょうか」

「養成所?」

「騎士の、ということ?」

「はい。間違っていたら申し訳ありませんが、現在の王国にはなかったはずです」


 騎士団は年に一度、入隊試験が行われる。

 貴族、一般人に限らず、この試験に合格することで騎士団への入団が許可される。

 毎年多くの志願者が集まり、ふるいにかけられるが、騎士団の試験は厳しく、貴族であっても実力がなければ不合格となる。

 

「確かになかったわね。そういうのは」

「需要はあると思います。入団試験前に、必要な知識や技術を身に付けることで、試験突破はもちろん、入団後に即戦力として働けるのであれば」

「それなら新人の教育負担も軽減できるな。うん、特に一般の志願者は、貴族と違って知識面が乏しいことがある。貴族は生まれながらに英才教育を受けるが、一般人はそうはいかない。その差は入団後に顕著に表れる」

「いい案じゃない? 一般人から騎士の志望者を集めたり、試験に不合格となってしまった人を育成する機関があれば、騎士団の質も上がる。それに、引退後の働く場所としても有用ね」


 姫様が納得しながら頷く。

 騎士は本来、戦えなくなれば引退する以外の選択肢はない。

 負傷者は戦場での足手まといだと、彼ら自身がよく理解している。

 だが、これまで国に貢献してきた方々に対して、無慈悲に引退を迫るのは失礼だろう。

 騎士として引退後も貢献したいと思う方がいるなら、養成所で働くという選択肢が増える。

 王女様が尋ねる。


「でも最初の講師は誰がするの? 引退した騎士たちに頼むにしても、いきなりは無理よ」

「そうですね。最初が肝心ですので、一番は……」


 私はアスノトに視線を向ける。

 養成所の存在をアピールし、有用な取り組みであることを人々に知って貰うためには、知名度ある人物が講師に立つほうがいい。

 ただ、彼は首を横に振る。


「俺は無理だ。騎士団の仕事もあるが、そもそも他人に教えるのは苦手なんだ」

「そうよね。一人の騎士としては完璧だけど、教育っていう面では不向きだわ。私も彼にやってもらうのはオススメしないわね」

「そうですか……」


 なんとなく予想はしていた。

 彼は座学より、実技に覚えるタイプの人間に思う。

 そういう人間は、自分の体験を言語化できない。


「ですが、アスノト様が設立した施設である、という事実は必要です。そうでなければ、アスノト様が栄誉騎士に選ばれません」

「その通りだな」

「はい。ですから、アスノト様が設立し、実際の運営はアスノト様の代理が務める、ということであればいかがでしょう? その人物は騎士ではありません」

「騎士ではない? ……まさか、君がするつもりかい?」


 アスノトが私の意図に気付き、驚き目を見開く。

 そう、私が指導者になればいいと考えた。


「私はアスノト様の侍女です。私の行動はすべてアスノト様の管理下にあります。ですから、私が行ったことへの成果も、アスノト様のものです」

「いいわね。従者にそう命令し、彼が指導したというのであれば通るはずよ」

「いや待ってくれ。君は魔法使いだろう? 剣技は使えるのか?」

「そうですね。失礼ながら、アスノト様の剣をお借りできませんか?」

「ああ、構わないが怪我はするなよ」


 私はアスノトの剣を受け取る。

 見た目通りの重さ、長さ、少しの懐かしさを感じる。

 私は剣を振るう。

 踊るように、舞うように。

 その光景をアスノトと王女様は見つめる。


「驚いたな」

「綺麗な剣技ね。私にもわかるわ」

「イレイナは剣も使えたんだな。それに独特な剣捌き、どこで覚えたんだ?」

「独学です。昔の書物にあった剣技を真似ました」


 本当は、前世で指導を受けていたから使えるだけだ。

 千年も前の話だから、同じ剣技を使う人間は残っていなかった。

 あの時代を生き抜くために必要なのは力だった。

 魔法だけじゃ足りない。

 剣技も、知識も身に付けて、ようやく女王としての威厳が生まれる。

 そういう時代を生きてきた。

 これもその副産物だ。


「剣技だけではありません。私はルストロール家にいる間、様々な知識を身に付けました。いずれは一人で生きていくために」


 地理、歴史、薬学、医学、天文学、その他の学問。

 可能な限り、現代の知識を身に付ける過程で学習している。

 騎士団の入団試験は実技だけではない。

 そういった知識面もテストされるから、一般人は特に厳しい。

 養成所の一番の目的は、騎士として必要な知識面を補うことだと考えている。

 それらの要素も補える。

 講師としては、自分が適任だと主張する。


「私にやらせていただけませんか?」

「……いいのか? 君の仕事を増やすことになる。それに君は目立ちたがらないだろう?」

「問題ありません。仕事量はまだ余裕があります。裏方の仕事ですので、私自身が注目されることはありません。設立したのはアスノト様であれば特に」


 元々有名人な騎士王様が、未来の騎士たちのために養成所を作った。

 その話題で注目されるのは中の講師ではなく、設立者のアスノトだ。

 そうなってもらわないと困る。

 志願者がいなければ、養成所も意味はないから。 

 アスノトの名前を使って、志願者を集めよう。


「わかった。そういうことなら君に任せる。俺もできる限りは協力しよう。実技なら、役に立てるぞ」

「はい。その点はご相談させていただきます」

「じゃあ面倒な手続きは私がやっておくわ。弟を助けてくれたお礼よ」

「ありがとうございます」


 これも私が将来、平穏に過ごすために必要なこと。

 彼には栄誉騎士になってもらう。

 そのために必要なことは、侍女である私が用意しよう。

 主を支えることも、侍女の役目だ。


 それから一週間後――


 私は、未来の騎士志望者の前に立っていた。

 騎士団隊舎にある使われていなかった倉庫を改築し、小さいながらも用意された養成所。

 同時に集まった志願者募集。

 最初に集められたのは四十人。

 多すぎても対処できないから、ここが限度だと判断した。

 講習期間は三か月に指定した。

 いずれ講師が増えれば、この期間も短縮され、より多くの志望者を指導できるだろう。

 それにしても、アスノトの名前を出して募集したら、わずか三日で定員に達したのには驚かされた。

 さすがの人気だ。

 そんな人物が、私なんかに執着しているというのは……少しの優越感を抱かずにはいられない。

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