私に良い考えがあります
遊びに来てくれた王女様に紅茶とお菓子を振る舞う。
この光景も馴染みのものになりつつあった。
私たちは庭のテラスに集まり、午後の穏やかなひと時を過ごす。
「今日も美味しいわ」
「ありがとうございます」
「あの子も連れてきたかったわね」
「リク王子のことか? 体調は良好なのだろう?」
アスノトが紅茶を飲み終わり、カップをテーブルに置いて尋ねた。
王女様が答える。
「ええ、おかげさまで。でもまだ歩き回れるほど体力が戻っていないわ」
「二年近く寝たきりだったからな。仕方がないか」
「そうね。あの子はこれからよ。それまでに婚約できていないと、アスノト、あなたが大変になるかもしれないわね? あの子も本気だから」
「っ……わかっているさ」
アスノトは焦りを見せ、王女様は楽しそうに笑う。
私は複雑な心境だ。
リク王子の告白を私は丁重にお断りした。
けれど彼は諦めていないらしい。
必ず私の心を射止めてみせると意気込んでいることを、王女様から聞いていた。
私の周りの人間は、どうしてこうも頑固なのだろうか。
ため息が零れる。
「さぁ、さっきの話の続きをしましょうか」
「栄誉騎士の話か。正直、あまり現実的ではないな」
「そうね。あなたには不向きだわ」
「……認めるのは癪だが、事実だな」
栄誉騎士の称号を得た者は、引退後も騎士団に関わることになる。
ただし現役の騎士とは異なり、作戦への参加や訓練など、騎士団の命令に従う必要はない。
有事の際を除き、騎士としての威厳や地位を保ったまま、一般人と同じような生活を送ることが許される。
わかりやすく言えば、仕事をせずにお金を貰って、田舎でのんびり生活もできる、ということだ。
破格の待遇だが、その分、選ばれるための条件は厳しい。
騎士団、王国の未来に優良な何かを残すこと。
単なる実績ではなく、形として残る何かでなければならない。
例えばこれが薬師なら話が早い。
薬は現在のみならず、未来の人々も救うものだ。
一つ完成させることで、多くの人々の平穏を守り続けることができる。
そういう何かを騎士として残さなければならない。
「そもそも、栄誉の称号は騎士のために用意されたものではないわ。他の職業、宮廷で働く者たちのために用意されたものなの。騎士もそのうちの一つだから対象ではあるけど、今のところ栄誉騎士になれた者は、最初に騎士団を今の形に作り上げた人だけよ」
「同等の何かを残せというのは、俺でなくても厳しいな」
「騎士団の設立ですか……」
確かに明確な功績だ。
騎士団の存在は、後の人々の安全に繋がる。
それと同じように何かを作ればいい。
別に同じ規模である必要はないはずだ。
例えば……そう。
「養成所を作るというのはいかがでしょうか」
「養成所?」
「騎士の、ということ?」
「はい。間違っていたら申し訳ありませんが、現在の王国にはなかったはずです」
騎士団は年に一度、入隊試験が行われる。
貴族、一般人に限らず、この試験に合格することで騎士団への入団が許可される。
毎年多くの志願者が集まり、ふるいにかけられるが、騎士団の試験は厳しく、貴族であっても実力がなければ不合格となる。
「確かになかったわね。そういうのは」
「需要はあると思います。入団試験前に、必要な知識や技術を身に付けることで、試験突破はもちろん、入団後に即戦力として働けるのであれば」
「それなら新人の教育負担も軽減できるな。うん、特に一般の志願者は、貴族と違って知識面が乏しいことがある。貴族は生まれながらに英才教育を受けるが、一般人はそうはいかない。その差は入団後に顕著に表れる」
「いい案じゃない? 一般人から騎士の志望者を集めたり、試験に不合格となってしまった人を育成する機関があれば、騎士団の質も上がる。それに、引退後の働く場所としても有用ね」
姫様が納得しながら頷く。
騎士は本来、戦えなくなれば引退する以外の選択肢はない。
負傷者は戦場での足手まといだと、彼ら自身がよく理解している。
だが、これまで国に貢献してきた方々に対して、無慈悲に引退を迫るのは失礼だろう。
騎士として引退後も貢献したいと思う方がいるなら、養成所で働くという選択肢が増える。
王女様が尋ねる。
「でも最初の講師は誰がするの? 引退した騎士たちに頼むにしても、いきなりは無理よ」
「そうですね。最初が肝心ですので、一番は……」
私はアスノトに視線を向ける。
養成所の存在をアピールし、有用な取り組みであることを人々に知って貰うためには、知名度ある人物が講師に立つほうがいい。
ただ、彼は首を横に振る。
「俺は無理だ。騎士団の仕事もあるが、そもそも他人に教えるのは苦手なんだ」
「そうよね。一人の騎士としては完璧だけど、教育っていう面では不向きだわ。私も彼にやってもらうのはオススメしないわね」
「そうですか……」
なんとなく予想はしていた。
彼は座学より、実技に覚えるタイプの人間に思う。
そういう人間は、自分の体験を言語化できない。
「ですが、アスノト様が設立した施設である、という事実は必要です。そうでなければ、アスノト様が栄誉騎士に選ばれません」
「その通りだな」
「はい。ですから、アスノト様が設立し、実際の運営はアスノト様の代理が務める、ということであればいかがでしょう? その人物は騎士ではありません」
「騎士ではない? ……まさか、君がするつもりかい?」
アスノトが私の意図に気付き、驚き目を見開く。
そう、私が指導者になればいいと考えた。
「私はアスノト様の侍女です。私の行動はすべてアスノト様の管理下にあります。ですから、私が行ったことへの成果も、アスノト様のものです」
「いいわね。従者にそう命令し、彼が指導したというのであれば通るはずよ」
「いや待ってくれ。君は魔法使いだろう? 剣技は使えるのか?」
「そうですね。失礼ながら、アスノト様の剣をお借りできませんか?」
「ああ、構わないが怪我はするなよ」
私はアスノトの剣を受け取る。
見た目通りの重さ、長さ、少しの懐かしさを感じる。
私は剣を振るう。
踊るように、舞うように。
その光景をアスノトと王女様は見つめる。
「驚いたな」
「綺麗な剣技ね。私にもわかるわ」
「イレイナは剣も使えたんだな。それに独特な剣捌き、どこで覚えたんだ?」
「独学です。昔の書物にあった剣技を真似ました」
本当は、前世で指導を受けていたから使えるだけだ。
千年も前の話だから、同じ剣技を使う人間は残っていなかった。
あの時代を生き抜くために必要なのは力だった。
魔法だけじゃ足りない。
剣技も、知識も身に付けて、ようやく女王としての威厳が生まれる。
そういう時代を生きてきた。
これもその副産物だ。
「剣技だけではありません。私はルストロール家にいる間、様々な知識を身に付けました。いずれは一人で生きていくために」
地理、歴史、薬学、医学、天文学、その他の学問。
可能な限り、現代の知識を身に付ける過程で学習している。
騎士団の入団試験は実技だけではない。
そういった知識面もテストされるから、一般人は特に厳しい。
養成所の一番の目的は、騎士として必要な知識面を補うことだと考えている。
それらの要素も補える。
講師としては、自分が適任だと主張する。
「私にやらせていただけませんか?」
「……いいのか? 君の仕事を増やすことになる。それに君は目立ちたがらないだろう?」
「問題ありません。仕事量はまだ余裕があります。裏方の仕事ですので、私自身が注目されることはありません。設立したのはアスノト様であれば特に」
元々有名人な騎士王様が、未来の騎士たちのために養成所を作った。
その話題で注目されるのは中の講師ではなく、設立者のアスノトだ。
そうなってもらわないと困る。
志願者がいなければ、養成所も意味はないから。
アスノトの名前を使って、志願者を集めよう。
「わかった。そういうことなら君に任せる。俺もできる限りは協力しよう。実技なら、役に立てるぞ」
「はい。その点はご相談させていただきます」
「じゃあ面倒な手続きは私がやっておくわ。弟を助けてくれたお礼よ」
「ありがとうございます」
これも私が将来、平穏に過ごすために必要なこと。
彼には栄誉騎士になってもらう。
そのために必要なことは、侍女である私が用意しよう。
主を支えることも、侍女の役目だ。
それから一週間後――
私は、未来の騎士志望者の前に立っていた。
騎士団隊舎にある使われていなかった倉庫を改築し、小さいながらも用意された養成所。
同時に集まった志願者募集。
最初に集められたのは四十人。
多すぎても対処できないから、ここが限度だと判断した。
講習期間は三か月に指定した。
いずれ講師が増えれば、この期間も短縮され、より多くの志望者を指導できるだろう。
それにしても、アスノトの名前を出して募集したら、わずか三日で定員に達したのには驚かされた。
さすがの人気だ。
そんな人物が、私なんかに執着しているというのは……少しの優越感を抱かずにはいられない。






