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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第七章

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後悔はしていません

 私はグレーセル家、アスノト様の侍女。

 今日も変わらず仕事をこなす。

 最近ではアスノト様の事務仕事のお手伝いをするようになった。

 彼の剣技は卓越しているが、それ以外は少々苦手らしい。

 主人の困りごとに対応するのも侍女の務めだ。


「助かるよ、イレイナ。こういう仕事はどうも手が止まる。身体を動かしているほうがずっと気楽だ」

「お気になさらないでください。これも侍女としての仕事の一つです」

「仕事熱心だな君は。働き過ぎて倒れないか心配だぞ」

「ご安心ください。これでも身体は丈夫なほうです」


 前世でも、一日の休みもなく働き続けていた。

 周りから過労を心配されることもあったけど、次第に心配の声はなくなった。

 この人は放っておいても大丈夫だ、とでも思われたのだろう。

 結局、最後は裏切りで幕を閉じたし。

 私はこれまで、過労で倒れるという経験をしたことがない。

 たぶん、この先もないだろうと思っている。


「アスノト様、こちらの報告書は……」

「ん? ああ、この間の件の報告書か。俺は目を通している。君も中を見ておくといい」

「よろしいのですか? 極秘の内容だと思われますが」

「構わない。君も当事者の一人だ。何かあったら俺が責任をとろう」


 アスノトに許可を貰い、中身を確認する。

 記されていたのは、捕縛した反王族組織から得た情報だった。

 ラバートは依然として口を割らない。

 魔法による記憶の抽出を行ったが、何も情報は得られなかったという。

 どうやら予め、捕縛されたら重要な記憶が削除されるように魔法を組み込んでいたようだ。

 一緒に捕らえた医師と魔法使いから少し情報を得られたらしい。

 具体的に誰かまではわからないが、王都内に潜り込んでいる組織のメンバーは他にもいるそうだ。


「思ったより根は深いところにありそうだな」

「そのようですね。いかがされますか?」

「今は何もできないよ。情報が不足している。誰が敵なのかわからないが、味方まで疑い出したら、それこそ王城内でも不和を生むだろう。それが敵の狙いなら思うつぼだ」

「……そうですね」


 おそらく、貴族も何人かは絡んでいるだろう。

 王城内は警備も厳しい。

 騎士だけでなく、魔法使いも駐屯している。

 彼ら全ての目を欺き行動するのは簡単じゃない。

 リク王子の件といい、権力がある程度ある地位の者が支援した可能性は高い。

 報告書には記されていなかったけど、この状況なら誰でも予想がつく。

 今回の一件は、アスノト様の功績になるよう調整された。

 私の名前や行動は表には出ない。

 ただ、私はもう関わってしまった。

 自分の意志だったとはいえ、これで平穏からさらに遠くなってしまったかな。


「イレイナ、どうして断ったんだ?」

「何の話でしょう?」

「その、リク王子の告白だ」

「そのことですか」


 神妙な趣で尋ねてくるから何かと思えば。

 ずっと気になっていたのだろう。

 ここ数日、変にソワソワしていたのはそのせいか。

 もっと早く聞いてくれてもよかったのに。

 変なところで気を遣う人だ。 


「私は侍女です。王子様とは釣り合いません」

「そんなこと、リク王子もわかった上で告白したと思うぞ」

「……私が求めているのは平穏な日々です。リク王子と婚約すれば、私も王族の一員となります。王族には相応の責任が伴います。それは、私が求める平穏とはかけ離れた未来です」

「……平穏か」


 王族の苦しさも、忙しさも、私は誰よりも知っている。

 正直、あの場所に戻りたいという気持ちはまったくない。

 王国の人々はガッカリするだろうか。

 かつて女王として君臨した私が、その座を嫌っているなんて……。

 けど、もういい。

 裏切られて、痛い思いをするのは、もううんざりだ。

 私は平穏に生きる。


「後悔はしていないんだな?」

「はい。こうして侍女として働ける。これ以上の幸せはありませんので」

「ならいい。モヤモヤが一つ解消されたよ。元より君を手放す気はないがな? 君が将来婚約し、結婚するのは俺なんだ」

「まだ諦めていなかったのですね」

「諦めるも何も決定事項だよ。俺は一度決めたことは必ずやり遂げる」


 頑固というか、執念深い人だ。

 素敵な女性なら世の中にもっとたくさんいる。

 私みたいな扱いのしづらい女性より、きっと他にいい人が見つかるはずだ。

 その気になれば誰だって、彼の告白を断らないだろう。


「――勘違いしないでくれ。俺は君がいいんだ」


 まるで私の心を見透かすような一言が聞こえる。

 私は彼と視線を合わせる。

 温かく、優しい表情で彼は言う。


「一緒にいるだけじゃ足りない。目に見える距離だけじゃなくて、心も、魂も共にありたい。そう思ったのは君が初めてなんだよ」

「……そうですか」


 心と魂を共に。

 それは、互いの運命を、命を預け合うということか。

 考えられない。

 少なくとも、今の私には……。

 だって……怖いから。

 信じて、委ねて、裏切られてしまうかもしれないと……。

 そう思ってしまうのは私の弱さだ。

 彼が悪いわけじゃない。


「では、アスノト様は提供してくださるのですか? 私が求める理想の平穏を」

「具体的には?」

「地位や権力、役割から解放され、のどかな場所でのんびりと、余生を過ごしたいのです」

「その若さで考えつくことじゃないな」


 そう言って彼は笑う。

 当然だ。

 見た目通りの年齢じゃない。

 前世も含めたら、私はアスノトよりもずっと年上だ。

 

「のどかな場所でのんびりと……か。いいな。俺もそういう生活には憧れる」

「騎士王と呼ばれる方が、弱気な発言ですね」

「弱気なものか。平穏とは平和だ。皆が安心して送れる日々に、本来剣など必要ない。俺たち騎士の役目は、人々の平和を維持すること。彼らに剣を見せてはいけない。真の平和に、騎士はいらない」

「騎士王のセリフとは思えませんね」


 騎士王の称号は、この国で最も強い騎士であることを示す。

 人々は思う。

 彼がいるから、この国は安全だと。

 騎士王の存在は、この国の人々にとって平和の象徴なのだ。

 もちろん、彼も理解しているだろう。


「俺の存在に安心してくれることは嬉しい。皆が望むならよろこんで剣を振るおう。だが、俺は不死身じゃない。いつまでも剣を握れるわけじゃない。大事なのは、俺がいなくなった後の話だ」

「……意外です。そういうことまで考えていらっしゃるのですね」

「考えているさ。常に未来のことを……俺は頭がいいわけじゃない。だからこそ、考え続けなければならない。肉体は老い、剣は錆びる。それは自然の摂理だ」


 本当に意外だ。

 彼のことだから、自分がもっと強くなれば問題ないとか。

 おじさんになっても戦い続けよう、なんて考えているものかと。


「なんて、考え始めたのは最近だ。君と出会ってからかな」

「私と?」

「ああ。君との未来を想像した。戦場ではなく、穏やかな場所で二人……いずれは三人、四人になって幸せに暮らす光景を。そんな未来を作りたい。俺が思い描く理想に、剣なんて物騒なものは相応しくないんだ」

「……考えているのですね」


 人々の、国の未来だけじゃない。

 私と共に暮らす、生きる未来を想像している。

 この出会いが、彼の考えを変えたのだろうか。

 だとしたら、少しだけ嬉しい。

 

「といっても、今のところ具体的な案はない。一番いいのは引退してのんびり過ごすことだけど……騎士王に自主的な引退は認められていないんだ。辞めるなら次の騎士王が生まれてからになる」

「次の更新は、二か月後でしたね」

「ああ、だがもう俺が継続することに決まっているらしい。次の一年も騎士王のままだ」

「喜ばしいことでしょう。人々にとっては」

「そうだな。皆が望み、安心してくれるなら、今はそれでいい。でもいつかは……」


 私たちが望む未来。

 果たしてそれは、いつになれば手に入るだろう。

 私にも思い浮かばない。

 よい方法は……。

 こんな時、自分たち以外に相談できる相手がいれば、視野が広がったかもしれない。


  ◇◇◇


「――それならいい方法があるわ」

「本当か?」

 

 相談できる相手は身近にいた。

 といっても、本来ならば気軽に相談できるような相手ではないけど、彼女は例外だった。

 この国の王女様は、私の主人と昔なじみの友人だ。

 あの事件が終わってから、二日に一回くらいのペースで遊びに来るようになった。


「ようするに、円満な状態で引退できて、グレーセル家の地位も維持できればいいのでしょう?」

「ああ、欲を言えばそうだな」

「だったら栄誉騎士になればいいのよ」

「栄誉騎士か……」


 アスノト様が難しい表情を見せる。

 聞かない名前に私はキョトンと首を傾げる。

 それに気づいた王女様が、考えているアスノトの代わりに説明する。


「栄誉騎士というのは、騎士王と同じ称号の一つよ」

「そうなのですね。聞き慣れない言葉でしたので……」

「それはそうよ。めったにこの称号に見合う人は現れないわ」

「アスノト様なら、その称号も得ることはできるのですか?」

 

 彼はすでに騎士王の称号を得ている。

 二つの称号を得ることがそもそも可能なのか尋ねた。

 王女様は答える。


「可能よ。ただ……条件的に彼には厳しいわね」

「条件、ですか?」

「ええ。栄誉騎士になるための条件は、これより十年以上、騎士団、王国の未来に対して極めて優良な成果を残すこと。つまり、未来の王国にどれだけ貢献できるかなの」

「それは……」


 王女様の説明を聞いて理解する。

 確かに、騎士王の称号よりもずっと名誉なことかもしれない。

 つまり栄誉騎士とは、未来に名を遺す偉人になれ、ということなのだから。

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