月夜の邂逅
満月の夜。
何か重要なことが起こる時、必ず夜空には満月が輝く。
そういう運命なのだろうか。
だから私は、満月があまり好きじゃない。
決まっていつも、私にとってよくない転機が訪れるから。
けれど今は、少しだけ気分がいい。
「――あと少しだ」
「何があと少しなのですか?」
「――! あなたは……」
「こんばんは、ラバートさん」
私たちは邂逅する。
夜の一室、ここは王城、ベッドではリク王子が眠っている。
私はカーテンの開いた窓を背に、ベッドの横に立つラバートさんと向き合う。
視線を少し下げると、苦しそうに魘されている少年の顔があった。
「その方が、リク王子ですね。とても苦しそう……」
「……なぜあなたがここにいるのです? ここはリク王子の寝室です。無断で部外者が立ち入っていい場所ではありません」
「知っています。許可を受けた一部の人間のみ入室を許されている……安全部屋。だからこそ、一番危険な場所でもあるのですよ」
「何を言っているのですか? 質問の答えになっていません。私が聞いているのは――!」
ラバートさんは驚く。
瞬間、話していたはずの私は視界から消えた。
次に私を視界に捉えたのは、リク王子が眠るベッドの反対側。
私はリク王子の頬に触れている。
「……やっぱり、思った通りですね」
「何をしているのです? リク王子から離れなさい!」
「精神干渉系の魔法、しかも多重にかけ、呪いまで付与していますね」
「――!」
ラバートさんがびくりと反応する。
私はニヤリと笑みを浮かべ、彼に微笑みかける。
「とても優れた魔法です。これほどの魔法の才能、よほど恵まれた力をお持ちなのでしょう。だからこそ残念に思います。この力を、もっと人のために使うべきでしたね」
「……何を言っているのですか?」
「もう誤魔化さなくて結構ですよ? 反王族勢力のリーダーさん」
「――!!」
どれほど優れた魔法も、私の目はごまかせない。
この程度、千年前にはありふれた技術だ。
言葉も、態度も、表情も、どれだけ偽ろうとも、私は最初から疑っている。
そうして疑いは、確信へと変わった。
ラバートさんは驚きつつも、呆れたようにため息をこぼす。
「何をおっしゃるかと思えば、私が反王族勢力? そんなわけがありません。私は誇り高きリク王子教育係です」
「そういう風に振る舞っていたことはわかっています。とても性格が真面目ですね。王族に反しながら、仕事はきっちりとこなしている。だからこそ、周囲からの信頼も厚い。さぞ動きやすかったでしょう? 信頼されてからは」
「根拠のない理由ですね。まさか、リク王子に何かされたのはあなたですか? 私に罪を被せようと考えているようですね」
「まさか、私はリク王子をお救いするためにここへ来ました。彼の心が壊れてしまう前に」
彼が倒れた理由は病ではない。
精神干渉魔法、他人の心を破壊し、傀儡とすることができる。
それを多重にかけ、呪いを併用することで魔法を病に偽装している。
並の魔法使いでも気づかないように、上手く彼の魔力と同調させているらしい。
つまり、彼が侵されているのは肉体ではなく精神だ。
彼は魔法に抗い続けている。
他の症状は、魔法に耐えていることで生まれた副作用。
「凄い精神力です。これに二年も耐え続けている……子供とは思えない」
「さっきから適当なことを。仮に魔法だとして、それに気づかないとお思いですか? ここには宮廷の優れた魔法使いもいるのですよ」
「はい。だから、その方々もお仲間なのでしょう?」
私が尋ねると、ラバートさんは呆れる。
「妄想が過ぎますね」
「生憎、そういった癖はございません。私の言葉はすべて事実、そろそろ諦めてください。暗殺者から情報は得ていますよ」
「――!」
「気づいているのでしょう? あなたが放った刺客からの連絡が途絶えていることに」
騎士団に回収させた暗殺者たち。
その情報はアスノトの一存で、まだ上へは報告されていない。
「――そうですか。では、彼らは失敗したようですね」
ため息をこぼしたラバートさんの雰囲気が変わる。
元々鋭い目つきがさらに鋭くなり、私のことを睨みつける。
「お前と言葉を交わしたのは失敗だったな。あの時から、私のことを疑っていたのだろう?」
「はい。あなたが一番、可能性が高いと思っておりました」
「おかしいな。王族や周囲の信頼は獲得していたはずだが……」
「そう聞いております。だからこそ、あなたが怪しいと思ったのですよ」
私はニコリと微笑む。
千年前の光景が、脳裏を抜ける。
「最も信頼すべき味方こそ、敵であると疑い続けなければならない。そうしても尚、裏切りには気づけない」
「随分と疑り深いな。裏切られたことでもあるのか?」
「はい。だから私に、いい人のフリは通じませんよ?」
「ふっ、ならば仕方がない」
ラバートさんは両手を合わせる。
彼を中心に、部屋を覆うように結界が展開される。
内外の情報伝達を阻害する結界だ。
これで……。
「今から何が起ころうと、逃げることはできない」
「お互いに、ですね」
結界の展開中、発動者であるラバートさんも外には出られない。
条件は同じだ。
「その余裕がいつまでもつかな? 言っておくが、私は暗殺者とは比較にならないぞ。力も、思想もな!」
「思想……どんな崇高な思想をお持ちなのですか?」
「決まっている! 我々は亡き改革の女王フレンディーナの遺志を継ぐ者!」
「――!」
私は驚愕する。
驚かずにはいられない。
なぜなら、彼が口にしたのは……。
「お前は知っているか? かの女王は変革のための犠牲となった! 彼女が起こそうとしたのは真の平和! 王政などという縛りではない! 彼女が望んだのは、誰もが平等に評価され、自由に生きる世界だ」
「……確かに、そうかもしれないわね」
かつての私はそんな世界を望んでいた。
王国に暮らす人々が、恐怖や不安を感じず、平和に暮らせる世界にしたい。
そのために、あらゆる悪をその身で受けよう。
人々の平和のためなら、この身の全てを捧げても構わない。
そう、望んだ。
だけど……。
「そのために、幼い王子を傀儡にするつもりですか?」
「変革のためだ! かの女王も自らを捧げた! ならば現代の王もそれであるべきだ。むしろ光栄なことだと思わないかい?」
「――あなたは……」
歪んでいる。
私の理想、思想、それを勝手に解釈して。
まるで、自ら望んで死を受け入れたように。
違う。
私を裏切ったのは、私が最も信頼していた仲間たちだった。
変革を起こしたのではない。
彼らが変革を起こし、人々の意思で元に戻っただけだ。
私の死に意味があるとすれば、人々が自らの未来を選択するきっかけになったこと。
断じて、変革のための死ではない。
「そんな下らない理由に、私の名前を使わないでほしいわね」
「……? 何を言っている?」
「あなたと話していると頭が痛くなる」
怒りと呆れから、私は拳に力を入れる。
感情の乱れが魔力にも伝わり、身体から魔力が流れ出る。
それに気づいたのか、眠っていた王子が目を覚ます。
「ぅ……だ……れ?」
「大丈夫よ。悪夢はすぐに終わるわ」
私は優しく微笑みかける。
変革なんてくだらない。
そんな理由で、罪のない命を、未来を汚されるなんてあってはならない。
「目を瞑って」
「は……い」
私は彼の額に手を触れる。
何重にもなっている魔法と呪い、下手に手を出せば悪化し、自分にも返ってくる。
「王子の魔法を解除するつもりか? 無駄なことはよせ。同じ魔法を自らも受けるだけだ」
「――なめないで」
この程度の魔法、私が解除できないわけがない。
私が女王として君臨したのは、何も地位と権力に頼ったからじゃない。
あの時代には必要だった。
他を圧倒するだけの、絶対的な力が。
魔法使いとして実力が。
だからこんなもの――
「解くことなんて簡単なのよ」
「なっ……馬鹿な!」
ラバートは気づくだろう。
彼に魔法をかけた張本人なら、魔法の効果が解除されたことに。
「あれ……身体が……」
「ありえない! あの魔法を解除するなど!」
焦りを見せるラバード。
久しぶりにハッキリと目覚めたリク王子は、私と視線を合わせる。
この状況を一言では説明できない。
不安はあるだろう。
だから私はできるだけ明るい笑顔を見せる。
「あなたは……?」
「ただの侍女です、リク王子」
「じ、じょ?」
「馬鹿な! 侍女風情がこの私の魔法を解除するなど! こうなったらこの場で二人とも――!」
直後、部屋の結界が破壊される。
特異体質。
あらゆる魔法を無効化する肉体は、触れるだけで結界を破壊できる。
「お待ちしておりました。アスノト様」
「遅れてすまないな。医者と魔法使い、どちらも確保したよ。あとは――お前だ」
「騎士王! くっ」
「無駄だ」
アスノトの刃が、ラバートさんの喉元に突きつけられる。
一瞬で間合いを詰められ、もはや動くことすらできなかったようだ。
「彼女に敵意を向けたな。少しでも動けば首が飛ぶぞ」
「……こんな……」
「一件落着、ですね」
「そうだな。お手柄だよ」
よくやった。
でも無茶をしすぎて心配だ、とアスノトは私に言った。
これが私の義務でもある。
女王として私がやったことは、存在は、現代の人々にも影響していた。
私の存在が、誰かの不幸を招いてはいけない。
リク王子も、王女様も、
王族だからといって、危険が当たり前な日々を送るのは間違っている。
せっかく平和になったのなら、彼らも穏やかに……。
◇◇◇
後日談。
リク王子の容態はみるみる回復していった。
魔法の効果が消えたことで精神も安定し、起き上がれるようにはなったそうだ。
身体に影響が出るものではなかったが、二年間ほぼ寝たきりの生活だった分、全身廃用は起こってしまっている。
これからしばらくは安静とリハビリだろう。
ただ、容態が安定したことで、半隔離状態も解除された。
私とアスノトは、リク王子の寝室に招かれ、姫様やロベルトさんも一緒にいる。
「アスノトさん、イレイナさん、ボクのことを助けてくれて本当にありがとうございます」
「私からもお礼を言わせて。本当に……本当にありがとう」
二人の王族が、揃って私たちに頭を下げている。
やめてほしい。
私はただ、取るべき責任を取っただけなのだから。
感謝なんてむず痒い。
「お元気になられてよかったです。何かございましたら、遠慮なくおっしゃってください。アスノト様の侍女として、可能な限りお応えさせていただきます」
「あの、なら一つ、イレイナさんにお願いをしてもいいでしょうか?」
「はい。なんでしょう?」
「――ボクの、お嫁さんになってくれませんか?」
予想外の展開に驚愕する。
私だけじゃなく、アスノトや姫様も。
「あらまぁ」
「っ――!」
「それは……」
「助けてくれた時のこと、すごく格好良くて、綺麗な横顔が忘れられませんでした。ひ、一目ぼれしてしまったみたいです、ボク……」
リク王子は恥ずかしそうに語る。
顔を赤くして。
私は自然と、アスノトに視線を向けた。
とても複雑な顔をしている。
自分がと主張したいけど、相手は王子で、しかも病み上がりだ。
いろんな感情が渦巻いて、どうしていいかわからない。
けど、主張したい。
自分の婚約者だと……なんて、思っていることが伝わってくる。
私は笑う。
そうだとわかってしまう自分に。
「ありがとうございます。とても光栄です。ですが申し訳ありません。今の私は、アスノト様の侍女ですので」
王族だったのは前世の話。
今の私は、ただの侍女、王子様の隣には立てない。
だって彼が、私のご主人様が、手を離してくれるとは思えないから。
困った話だ。
でも、今いる場所は、悪くはないから。
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