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12/24

才能だけはそっちでしょ?

 休日を共に過ごした翌日。

 私は変わらず侍女として働いている。

 今夜はパーティーがあるらしく、アスノト様も参加される。

 会場は王城の敷地内で、貴族だけでなく王族も参加するそうだ。


「本当は行きたくないんだけどね」

「ダメですよ。旦那様もおっしゃっておりました。今回のパーティーには陛下や王女様も参加されます。アスノト様が不参加では困ると」

「わかっているよ。だからこうして着慣れない服を着ているだけだ。できれば君も一緒に来てほしいけど……」

「残念ですが、私は侍女ですので」


 今回のパーティーに参加するのはアスノト様だけだった。

 旦那様も奥様も、夜は別の予定があるらしい。

 私は当然、参加する資格がない。

 もうルストロールの名を捨て、貴族ではなくなってしまったから。

 別に名残惜しさも、悔しさも感じないけど。


「それじゃ行ってくる。なるべく早く帰るよ。長くいると女性が言い寄ってきて大変なんだ」

「でしたらそのまま、未来の婚約者を探されてはいかがですか?」

「それは目の前にいる。君がいるのに、他の女性になびくことはないよ」

「そうですか。では、いってらっしゃいませ」


 彼を見送り、私は屋敷の廊下を一人で歩く。

 アスノトも、ご両親も不在。

 使用人は元々少なく、こうして歩いていると、自分だけが屋敷にいる気分になる。

 静かな時間は嫌いじゃない。

 落ち着くから。

 けど、今は少しだけ寂しさを感じている。


「ここ最近……彼がずっと傍にいたからかしら」


 もしかすると、自分でも気づいていないだけで私は……。


「――? これ……」


 彼が着替えていた部屋を整理していると、グレーセル家の紋章をモチーフにしたバッジを見つける。

 これは普段から彼が身に着けているもので、グレーセル家の人間である証明。

 貴族にとって家紋は身分証明のようなものだ。

 

「つけ忘れていたのね。急いでいたから気づかなかったわ」


 なんていうのは言い訳だ。

 侍女としての私のミス。

 彼に恥をかかせる前に、早く届けないと。

 出発してから時間はそんなに経過していない。

 今なら急げば間に合う。


「仕方ないわね。空を飛びましょう」


 私は勢いよく玄関を開けて、そのまま空へと駆けのぼる。

 空気を踏みしめるように、見えない階段を上るように。

 会場は王城の敷地内。

 明かりが灯っている場所を見つけ、その付近で着地する。

 ここからは徒歩で彼を見つけないと。


「あら、場違いな子がいるわね」

「――!」


 と、思っていたところで、私は立ち止まる。

 つくづく思う。

 私は運が悪い。

 よりによって一番、顔を合わせるべきではない人物に見つかってしまった。


「……お姉様」

「あなたに姉と呼ばれる関係はもう終わったはずよ。久しぶりね、イレイナ」


 当然、彼女の耳には入っている。

 婚約者として家を出たはずの私は、グレーセル家の侍女になっていることも。

 それを聞いてどう思うか?

 見ての通りだ。


「無様ね。結局あなたにはその格好がお似合いよ」

「……」


 生来の太々しさを取り戻したお姉様は、私を盛大に見下している。

 出会えばこうなるとわかっていた。

 だから驚かないし、動揺もしない。

 私は丁寧に一礼して、その場を去ろうとする。


「急いでおりますので、失礼いたします」

「どこに行く気? ここはもうあなたがいるべき場所じゃないわよ」

「アスノト様に忘れ物を届けに行くだけです」

「そう? だったら私から渡してあげるわ。忘れ物とやらを渡しなさい」


 そう言ってお姉様は右手を差し出す。

 親切心ではないことは、彼女の表情からも丸わかりだ。

 よくないことを考えている。

 私はアスノトに渡すバッジを握りしめる。


「いえ、これは私の仕事ですので」

「口答えする気? ただの侍女の癖に生意気ね。お仕置きしてあげようかしら」

「……私はもう、ルストロール家の人間ではありません」

「関係ないわ。不出来な使用人をしつけるのは、貴族として当然のことよ。あなたみたいに覚えの悪い子は、痛みで教育するしかないわね!」


 叩かれる。

 でも、変に抵抗しても余計事態は悪化するだけだ。

 私は目を瞑り、甘んじて受け入れようとした。

 諦めだ。

 でも、彼はそれを許さなかったらしい。


「何をしているんだ?」

「――!」

「アスノト様……」


 お姉様の手を止めてくれたのは彼だった。

 いつの間にか私のことを見つけて駆け寄ってくれていたらしい。

 彼の体質的に魔力を感じられないから、私も気づかなかった。

 そんなことはどうでもよくて、彼は不機嫌だ。

 いつになく、怒っている。


「どういうつもりだ? 彼女は俺の屋敷の人間だぞ?」

「見ての通りです。無礼な振る舞いをしたので教育させていただこうと」

「君が? そうやって今までも、妹に手を上げていたのか?」

「――失礼ですが、アスノト様には無関係なことです」

「昔のことはそうかもしれない。だが今は違う。彼女に手を出すことは俺が許さない」


 二人は睨み合う。

 騎士王相手に、お姉様もよくひるまない。

 それだけ私に対する怒りが勝っているということだろう。

 お父様は知っているのだろうか。

 お姉様はアスノトの手を振りほどく。


「婚約者にするという話ではなかったのですね。イレイナでは不釣り合いだと気づいてくださいましたか?」

「今はしていないだけだ。俺は彼女と婚約する。その意思に変わりはない」

「どうでしょう? 本当はイレイナを憐れんでいるだけではありませんか? この子を侍女にしたのもそうでしょう? そうすれば騎士としての自分の支持にも繋がりますものね」

「……そういう意図はないよ」


 お姉様は笑う。

 馬鹿にしたように。


「嘘がお好きですね。さすがです。そうやって騎士らしい言動と、才能だけで騎士王に成り上がったのでしょう?」


 いつもの調子だ。

 私を馬鹿にする時と同じような態度で、口調で、アスノトを馬鹿にしている。


「羨ましいですわ。才能だけで認められるなんて」


 アスノト自身、気にしてはいないだろう。

 少なからず、彼の才能に嫉妬する者たちは存在する。

 お姉様の言葉は、彼らの気持ちの代弁だ。


「分けてほしいものですね。その才能と、運を」


 聞き流せばいい。

 彼もそうしているように。


「気は済んだかい?」

「っ、そういって逃げるのですか?」

「それはあなたのことでしょう?」

「――は?」


 なぜだろう。

 黙っているつもりだったのに。

 気づけば口が動いていた。

 アスノトは驚き、お姉様は私を睨む。


「……イレイナ、何か言ったかしら?」

「才能だけの人間、ロクな努力もせず、大した実力もないのに態度は大きい。見た目だけ、中身は空っぽで、とても軽い」

「――誰のことかしら?」

「お姉様以外にいませんよ? ここにそんな人間は」


 直後、彼女は激怒する。

 激しい怒りによって魔力が高ぶり、猛々しく放出される。


「ストーナ・ルストロール! こんなところで魔法を使う気か!」

「許さないわ! もうお仕置きじゃ済まさない。泣いて謝っても遅――!」

「騒がしいですね」


 パチン、と。

 私は指を鳴らした。

 すると荒々しかった彼女の魔力はピタリと静かになった。

 彼女が魔力を抑えた?

 違う。

 私が、彼女の魔力を抑え込んだ。


「な、身体が……」

「ここは王城の敷地内です。過度な魔力の使用は控えてください」

「イレイナ……あなたがこれを……?」

「さぁ、どうでしょうか」

 

 幸い他に誰も見ていない。

 この場にいる人間以外で、私の力を知る者はいないだろう。

 プライドが高いお姉様なら、変に私の力を周囲に話すこともないと予想した。

 というのは後付けだ。

 ただ、少し腹立たしくて、口も身体も勝手に動いてしまっただけ……。


「アスノト様、お忘れ物です」

「……ああ、よかったのか?」

「はい。主人を愚弄されては黙っていられませんから」

「――ありがとう」


 アスノトは申し訳なさそうに目を伏せる。

 感謝の言葉を聞いた私は、お姉様に視線を向ける。

 

「効果は数十秒で解除されます。その後は普通に動けますのでご安心ください」

「イレイナ……あなた魔法が……」

「はい。ずっと使えましたよ? お姉様よりも」

「っ――! こんなことをしてただで済むと思っているの? 私は貴族で、あなたは――」

「彼女は俺の侍女だ。勝手はゆるさない」


 アスノトが私たちの間に割って入る。

 私は笑う。


「そういうことですので。それではお姉様、ご機嫌よう」


 私はお辞儀をして、お姉様に背を向ける。

 もう、私たちは家族じゃない。

 元より絆はない。

 多少の苛立ちを感じていたことを認めよう。

 けれど、それも今日で終わりだ。

 私は本当の意味で一歩を踏み出す。

 ルストロール家の人間ではなく、グレーセル家の、彼の侍女としての。

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[一言] やっとクズ(家族)に反抗してくれてホッ せっかく実力があるのに、とモヤモヤしていたので幾分スッキリしました
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