才能だけはそっちでしょ?
休日を共に過ごした翌日。
私は変わらず侍女として働いている。
今夜はパーティーがあるらしく、アスノト様も参加される。
会場は王城の敷地内で、貴族だけでなく王族も参加するそうだ。
「本当は行きたくないんだけどね」
「ダメですよ。旦那様もおっしゃっておりました。今回のパーティーには陛下や王女様も参加されます。アスノト様が不参加では困ると」
「わかっているよ。だからこうして着慣れない服を着ているだけだ。できれば君も一緒に来てほしいけど……」
「残念ですが、私は侍女ですので」
今回のパーティーに参加するのはアスノト様だけだった。
旦那様も奥様も、夜は別の予定があるらしい。
私は当然、参加する資格がない。
もうルストロールの名を捨て、貴族ではなくなってしまったから。
別に名残惜しさも、悔しさも感じないけど。
「それじゃ行ってくる。なるべく早く帰るよ。長くいると女性が言い寄ってきて大変なんだ」
「でしたらそのまま、未来の婚約者を探されてはいかがですか?」
「それは目の前にいる。君がいるのに、他の女性になびくことはないよ」
「そうですか。では、いってらっしゃいませ」
彼を見送り、私は屋敷の廊下を一人で歩く。
アスノトも、ご両親も不在。
使用人は元々少なく、こうして歩いていると、自分だけが屋敷にいる気分になる。
静かな時間は嫌いじゃない。
落ち着くから。
けど、今は少しだけ寂しさを感じている。
「ここ最近……彼がずっと傍にいたからかしら」
もしかすると、自分でも気づいていないだけで私は……。
「――? これ……」
彼が着替えていた部屋を整理していると、グレーセル家の紋章をモチーフにしたバッジを見つける。
これは普段から彼が身に着けているもので、グレーセル家の人間である証明。
貴族にとって家紋は身分証明のようなものだ。
「つけ忘れていたのね。急いでいたから気づかなかったわ」
なんていうのは言い訳だ。
侍女としての私のミス。
彼に恥をかかせる前に、早く届けないと。
出発してから時間はそんなに経過していない。
今なら急げば間に合う。
「仕方ないわね。空を飛びましょう」
私は勢いよく玄関を開けて、そのまま空へと駆けのぼる。
空気を踏みしめるように、見えない階段を上るように。
会場は王城の敷地内。
明かりが灯っている場所を見つけ、その付近で着地する。
ここからは徒歩で彼を見つけないと。
「あら、場違いな子がいるわね」
「――!」
と、思っていたところで、私は立ち止まる。
つくづく思う。
私は運が悪い。
よりによって一番、顔を合わせるべきではない人物に見つかってしまった。
「……お姉様」
「あなたに姉と呼ばれる関係はもう終わったはずよ。久しぶりね、イレイナ」
当然、彼女の耳には入っている。
婚約者として家を出たはずの私は、グレーセル家の侍女になっていることも。
それを聞いてどう思うか?
見ての通りだ。
「無様ね。結局あなたにはその格好がお似合いよ」
「……」
生来の太々しさを取り戻したお姉様は、私を盛大に見下している。
出会えばこうなるとわかっていた。
だから驚かないし、動揺もしない。
私は丁寧に一礼して、その場を去ろうとする。
「急いでおりますので、失礼いたします」
「どこに行く気? ここはもうあなたがいるべき場所じゃないわよ」
「アスノト様に忘れ物を届けに行くだけです」
「そう? だったら私から渡してあげるわ。忘れ物とやらを渡しなさい」
そう言ってお姉様は右手を差し出す。
親切心ではないことは、彼女の表情からも丸わかりだ。
よくないことを考えている。
私はアスノトに渡すバッジを握りしめる。
「いえ、これは私の仕事ですので」
「口答えする気? ただの侍女の癖に生意気ね。お仕置きしてあげようかしら」
「……私はもう、ルストロール家の人間ではありません」
「関係ないわ。不出来な使用人をしつけるのは、貴族として当然のことよ。あなたみたいに覚えの悪い子は、痛みで教育するしかないわね!」
叩かれる。
でも、変に抵抗しても余計事態は悪化するだけだ。
私は目を瞑り、甘んじて受け入れようとした。
諦めだ。
でも、彼はそれを許さなかったらしい。
「何をしているんだ?」
「――!」
「アスノト様……」
お姉様の手を止めてくれたのは彼だった。
いつの間にか私のことを見つけて駆け寄ってくれていたらしい。
彼の体質的に魔力を感じられないから、私も気づかなかった。
そんなことはどうでもよくて、彼は不機嫌だ。
いつになく、怒っている。
「どういうつもりだ? 彼女は俺の屋敷の人間だぞ?」
「見ての通りです。無礼な振る舞いをしたので教育させていただこうと」
「君が? そうやって今までも、妹に手を上げていたのか?」
「――失礼ですが、アスノト様には無関係なことです」
「昔のことはそうかもしれない。だが今は違う。彼女に手を出すことは俺が許さない」
二人は睨み合う。
騎士王相手に、お姉様もよくひるまない。
それだけ私に対する怒りが勝っているということだろう。
お父様は知っているのだろうか。
お姉様はアスノトの手を振りほどく。
「婚約者にするという話ではなかったのですね。イレイナでは不釣り合いだと気づいてくださいましたか?」
「今はしていないだけだ。俺は彼女と婚約する。その意思に変わりはない」
「どうでしょう? 本当はイレイナを憐れんでいるだけではありませんか? この子を侍女にしたのもそうでしょう? そうすれば騎士としての自分の支持にも繋がりますものね」
「……そういう意図はないよ」
お姉様は笑う。
馬鹿にしたように。
「嘘がお好きですね。さすがです。そうやって騎士らしい言動と、才能だけで騎士王に成り上がったのでしょう?」
いつもの調子だ。
私を馬鹿にする時と同じような態度で、口調で、アスノトを馬鹿にしている。
「羨ましいですわ。才能だけで認められるなんて」
アスノト自身、気にしてはいないだろう。
少なからず、彼の才能に嫉妬する者たちは存在する。
お姉様の言葉は、彼らの気持ちの代弁だ。
「分けてほしいものですね。その才能と、運を」
聞き流せばいい。
彼もそうしているように。
「気は済んだかい?」
「っ、そういって逃げるのですか?」
「それはあなたのことでしょう?」
「――は?」
なぜだろう。
黙っているつもりだったのに。
気づけば口が動いていた。
アスノトは驚き、お姉様は私を睨む。
「……イレイナ、何か言ったかしら?」
「才能だけの人間、ロクな努力もせず、大した実力もないのに態度は大きい。見た目だけ、中身は空っぽで、とても軽い」
「――誰のことかしら?」
「お姉様以外にいませんよ? ここにそんな人間は」
直後、彼女は激怒する。
激しい怒りによって魔力が高ぶり、猛々しく放出される。
「ストーナ・ルストロール! こんなところで魔法を使う気か!」
「許さないわ! もうお仕置きじゃ済まさない。泣いて謝っても遅――!」
「騒がしいですね」
パチン、と。
私は指を鳴らした。
すると荒々しかった彼女の魔力はピタリと静かになった。
彼女が魔力を抑えた?
違う。
私が、彼女の魔力を抑え込んだ。
「な、身体が……」
「ここは王城の敷地内です。過度な魔力の使用は控えてください」
「イレイナ……あなたがこれを……?」
「さぁ、どうでしょうか」
幸い他に誰も見ていない。
この場にいる人間以外で、私の力を知る者はいないだろう。
プライドが高いお姉様なら、変に私の力を周囲に話すこともないと予想した。
というのは後付けだ。
ただ、少し腹立たしくて、口も身体も勝手に動いてしまっただけ……。
「アスノト様、お忘れ物です」
「……ああ、よかったのか?」
「はい。主人を愚弄されては黙っていられませんから」
「――ありがとう」
アスノトは申し訳なさそうに目を伏せる。
感謝の言葉を聞いた私は、お姉様に視線を向ける。
「効果は数十秒で解除されます。その後は普通に動けますのでご安心ください」
「イレイナ……あなた魔法が……」
「はい。ずっと使えましたよ? お姉様よりも」
「っ――! こんなことをしてただで済むと思っているの? 私は貴族で、あなたは――」
「彼女は俺の侍女だ。勝手はゆるさない」
アスノトが私たちの間に割って入る。
私は笑う。
「そういうことですので。それではお姉様、ご機嫌よう」
私はお辞儀をして、お姉様に背を向ける。
もう、私たちは家族じゃない。
元より絆はない。
多少の苛立ちを感じていたことを認めよう。
けれど、それも今日で終わりだ。
私は本当の意味で一歩を踏み出す。
ルストロール家の人間ではなく、グレーセル家の、彼の侍女としての。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
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