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別れ


 人気のない京都駅の裏で携帯を取り出した。

 もうここまで来てしまえば別れも告げられる。そう思い電話をかけようとしたところで蒼井さんから電話がかかって来た。

 蒼井さんは不在だったため挨拶が出来なかったがそのことだろうか。一応菓子折りと簡単な手紙は鈴木さんに預けたはずだ。

 何かあったのだろうか。

「はい、しの──」

「四宮さん」

 その遮られた声で全てを悟った。

「ちょうど良かったです。私も話したいことがありましたので」

「同じだね。先に話しても良い?」

「はい」

「もう分かってるかもしれないけど、四宮さんが思ってる蒼井という人と四宮 葵は同一人物で……」

 そこで大きく息を吸った。そして言いづらそうに言葉を続けた。

「ずっと誤魔化してた。付き合ってたのは中二から同僚になった四宮 葵でした。言えてなくて本当にごめん」

 本当ならば『気にしない』とかでも言えばいいのだがもうそんな必要はない。

「それなら丁度良かったです。私と別れて下さい」

 気づいていなかったからと言っても蒼井さんは陽夜の好きな人だ。

 それに何日も言えてなかった言葉が、その事実ですんなり出たのは寧ろありがたかった。

「どうして……」

「理由は言えませんが、もう会うことは無いでしょう」

 仲良くなる前の冷たい態度に戻っていた。

 今更優しくするつもりはない。

「ちょっと待って。理由は知ってる。柳田さんと婚約するからだよね」

「はい」

「でもまだ時間はあるよね。今日、明日の問題じゃないよね」

「ずっと言えなくて今になってしまっただけです」

「今どこにいる?ちょっと待って、直接話そう。今部屋の前に行く」

 ドタバタ音がしてまた声が聞こえた。

「ドア、開けてもらえる?」

 ノックと共にそんな声が聞こえた。

「鍵はしまってないので入って良いですよ」

 躊躇う様子を見せたがドアを開ける音が聞こえた。

「し、四宮さん……」

 絶望したようだった。けれどそれが変えようのない事実だ。

「四宮さんは今どこにいる?」

 外の音がよく聞こえるよう顔から携帯を離した。

『一番線、ドアが閉まります。ご注意ください』

「っ、駅……」

「はい」

「どこの駅?」

 焦りが伝わってくる。人が怖がっているのを見ると冷静になるとよく聞くが、まさにその状況になっていた。

「京都です」

「嘘、だよね」

「嘘なんかつきませんよ」

「四宮さんも冗談を言うんだね……」

 短く息を吐いた。そしてまた外の音が聞こえるようにした。修学旅行の時に聞いた特徴のあるメロディーが流れる。


 〜〜♪〜〜


「ほ、本当なんだね」

 声が震えている。

「そうですね」

「…………」

 言葉が出なかったのか返事はなかった。

「もう携帯は解約するので、連絡して来ないでくださいね。ではしつ──」

「ちょっと待って」

「何でしょうか」

「行動の速さに驚いたけど、婚約のことは知ってた。だから、という訳にもいかないと思うけど一緒に逃げよう。葵さんが望むならどこにでも行くから。だから……」


 お願い。一緒にいさせて────


 そんなことを言われては決心が鈍ってしまう。ここぞという時には名前で呼ぶなんてずるい……

 そう言われると余計にさっさと京都に来て良かったと改めて思う。

 きっと直接会っていたら、近くに居たらここまではっきりとは答えられなかっただろう。

 突き放した方が彼のためにもなる。

「きちんと言葉の意味を理解して発言してください。この婚約は家同士のもの。旦那様も通した婚約です。無碍に出来るものではありません。それにこの婚約は私が望んで結んでいただくようお願いしました。なので…………なので逃げるという考えには、賛同出来ません。それに貴方が私の勘違いしていた蒼井さんだと言うならば、余計に一緒にいることは出来ません」

「……そう」

「もうお会いすることは無いと思うのでお元気で。お嬢様のことよろしくお願いいたします。貴方の護衛ではまだ隙があるので」

「分かりました。それが四宮さんの選択なら、それに従います」

「ありがとうございます。今までお疲れ様でした。それでは──」

 切ろうとした瞬間、叫ぶのような声が聞こえた。

「葵さんのことが好きでした。今も愛してます」

 最後は囁くようだった。

 聞くのではなかった。聞きたくなかった。

「そんなの私もだよ……」

 泣かないと決めたのに涙が溢れて止まらない。

 それにしても反則だ。

 せっかく名前を言わなかったのに最後に『愛してます』と言われては思い出してしまう。

 今までの楽しかった思い出が蘇る。

 婚約なんてしたく無かった。陽夜と離れたくなかった。せめて一言くらい挨拶をしたかった。

 そしてなにより……四宮くんと離れたくなかった。

 やっぱり離れ難くなってしまった。

 付き合うのではなかった。もう忘れられない。人を好きになることを知らなければ、こんな気持ちにならなかったのに。

 両親を亡くした時にもう人のことを好きにならない、信じない、と決めたのに……




 駅の裏でずっと涙を流していた。

 人の視線も気にせず、何十分も何時間も泣いていた。

 薄暗い電灯の下、一人の美しい女性が涙を流す姿は通りすがりの人の視線を集めるのには十分だった。

 儚く今にも消えてしまいそうだが、誰も近づくことは出来ず、ただ一人感情を溢れさせていた。

 目から零れ落ちる雫は光が反射しキラキラと輝いていた。



「お姉さん、大丈夫ですか」

 気が付けば警察に声をかけられていた。

 顔を上げれば優しそうな女性警官がいた。

「ここでしばらく泣いていたようですが大丈夫ですか?未成年、ですよね。おうちの方はいらっしゃいますか」

 さっと目元を拭い答える。

「大丈夫です。この辺りのホテルの予約を取ったのでそこに向かう予定です。お気遣いありがとうございます。お仕事、お疲れ様です」

 頭だけ下げ、ホテルに向かうがまた涙が零れてきた。お疲れ様、なんて言わなければ良かった。また思い出してしまった。

 けれど、あの女性警官のおかげで歩き出すことが出来た。

 あれから何度か携帯が震えたが今ではもう止んでいる。

 携帯のデータを全て削除し、解約を行った。

 近頃はネット上でも解約が出来るようになり便利な限りだ。

 ホテルに着くまで一度も振り返ることが無かったからか、女性警官が呟いた言葉には気が付かなかった。


「あの子は決して強くは無いけど、美しい強さを持っている。それに気持ちの切り替えに慣れすぎている。あれは余程鍛えられたか常に自分を誤魔化しているか、またその両方か……それにしても羨ましい程に綺麗だった。泣いている姿があそこまで美しい人はいるだろうか。静かに泣くというよりは感情が抑えきれなくなり溢れるように泣いていたが、その姿は何よりも美しかった。願わくばあの子の未来が明るくなりますように」

「おい、いつまでぼーっとしてるんだ。次行くぞ」

「はい」

 その女性警官は詩が好きだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

また少しの間ストックが溜まるまでお休みさせていただきます。

次回以降は葵が京都に行ってからの話が中心となるかと思います。


東日本大震災で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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