お家デート編 初戦
「待っててね、蒼井くん」
覚悟を決め、そう小さく呟いてすぐにノック音が聞こえた。
この相手に聞こえるギリギリの大きさは葵だろう。
葵にこういう顔は見せられない。別に酷い顔をしている訳ではないけれど。
一度目を閉じ自分に問いかける。
『私は誰?──私は村雨 陽夜』
ゆっくりと瞼をあげると、そこにはいつも通りの自分がいた。
「どうぞ」
「失礼します」
予想通り葵が入ってきた。
いつもの何も変わらない光景。きっと大人になってもこんな毎日が続くのだろう。
「本日は何を召し上がりますか」
「今日は……葵が決めて欲しいな」
「かしこまりました。それでは用意して参ります」
普段は自分で決めているが、自分で決められない時や、茶葉の残量を気にして偶にこうやって葵に任せることがある。
葵は自分の好みは反映させないだろうが、少しでも葵の好みを知りたい。
部屋着に着替え終わり、席に着いたところで葵が戻って来た。
「本日の紅茶はマロウブルーです。クッキーもありますので一緒にお召し上がりください」
「マロウブルー……って確か青色の紅茶だよね、初めて飲むかも!」
用意してくれたティーカップには鮮やかな青の紅茶が波打っていた。
クッキーは星や月をイメージしたものが多く、バターの良い香りが漂っている。
「四宮くんにデートでこういうのが出るお店に連れてって貰ったの?」
「あっ……」
図星だったようだ。
普段葵はあまり新しいものや形を凝ったものを好んで出さないにも関わらず出してくれたというのはそういうことだろう。
学校でからかう時よりも反応は薄いが、葵が平静を装っている事くらいならば分かる。
「そのよう感じです」
「いいね。楽しかった?」
そう尋ねるとはにかんで応えた。
「はい」
幸せそうな葵が見れるのは嬉しい。四宮くんが葵と出会ってくれて良かった。
「他はどんなところに行ったの?」
「他は……」
葵が話し終える頃には紅茶は澄んだ紫色に変わっていた。少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、席を立った。
「図書室に行って来るね。葵は少しの間だけど休んでて」
「かしこまりました」
自室のドアノブに手をかけて、用事を思い出し振り返った。
「蒼井くんって今日は居るかな」
「蒼井さんですか?」
「そう。少し話したいことがあって」
「蒼井さんなら本日も旦那様に付き仕事を全うしているかと思います」
「ありがとう!じゃあ行ってくるね」
少し小走りで向かいたいけれど我慢だ。
『村雨』の令嬢は走らない、焦らない、どんな時でも優雅に──
かつての家庭教師に言われた言葉だ。
いつでも令嬢としての振る舞いを求められるため制限は多いが、家のトップとしてまたグループ会社の社長として日々を過ごすお父様のことは尊敬している。
お父様の書斎から少し離れた辺りをうろうろとしていると蒼井くんとすれ違った。
「蒼井くん!」
「お嬢様、どうなさいましたか」
お父様の娘としてしか思われていないのを改めて感じる。でもここで逃げてしまっては何も変わらない。
大丈夫。蒼井くんの想いをこちらに向けさせる手段は十分に持っているのだから。
それにもう戦いは始まっている。
「回りくどい言い方は止めるね……私とデートしてくれませんか?」
胸元で震える手をぎゅっと握り締める。
「申し訳ありません。自分は執事ですので、お嬢様と対等な立場で接することは難しいかと」
「一度だけで良いから。そうしたらもう諦めるから……私には自由に恋愛する権利はなくて、きっと私は家のために婚約して結婚する。だからその前に一度だけ……一日だけで良いから」
少し目を潤ませると透ける前髪の間から蒼井くんと目が合った。
「だめ……かな」
弱々しく笑う。胸元で握り締めていた手は段々と力なく落ちていった。
〈四宮 葵(男)目線(蒼井目線)〉
急に村雨さんに呼び止められたかと思うとまさかのデートに誘われた。でも自分には四宮さんがいる。裏切る訳にはいかない。
「一度だけで良いから。そうしたらもう諦めるから……私には自由に恋愛する権利はなくて、きっと私は家のために婚約して結婚する。だからその前に一度だけ……一日だけで良いから」
『村雨』の令嬢として生まれた瞬間から家のために結婚することがきっと決まっている。
「だめ……かな」
弱々しく笑うその姿に目を奪われた。何故だろう。やっと大好きな人と結ばれたのに、村雨さんの一挙一動から目が離せない。
「一日じゃなくても数時間だけでも良いから」
小さく掴まれた服が小刻みに震える。
気の毒に思えてしまった、いや正直なところ可哀想に思えた。
こんなか弱い女の子にどれほどの重圧がかかっているのだろうか。
そして気が付けばそれが声に出てしまっていた。
「一日だけで良いなら……」
一日だけならと軽い気持ちで了承したが相手はお嬢様だ。どうしろと言うのだろうか
そもそも護衛は?
「本当?ありがとう、蒼井くん」
ふにゃと表情を崩した。今まで一度も見たことがない顔。ドクッと大きく鼓動がした。
「じゃあどこに行く?蒼井くんは行きたい所はある?」
「自分は特にありませんが、外は護衛の手配が厳しいかと」
視線を合わせられない。良くない方向に話が進んでいる気がする。きっと次に目を合わせたら何かが変わってしまう。根拠は全くないけれど、そんな予感がした。
「勝手に抜け出すから気にしないで!二、三時間くらいなら何とかなるから」
護衛をしているからこそその大変さは分かる。何とか止めなくてはならない。
「しかし……」
自分一人では何かあった時責任が取れません。そう言おうと口を開いたが村雨さんの方が早かった。
「どうしてもダメなら勉強を教えてもらうとかはだめかな ?」
「分かりました……図書室で勉強を教えるという体なら何とかなるかと」
これなら四宮さんに見つかったとしても言い訳が出来る。そう思ってしまった。
「ありがとう」
微笑んだ姿に思わずドキリと胸が高鳴った。
四宮さん一筋だと決めていたのにその笑みが気になってしまう。
「図書室だとあまり話せないので図書室横の談話室も念の為予約しておきます」
「ありがとう!助かります」
「それでは今週末に」
「はい、楽しみにしてるね!」
先程とは違い満面の笑みを浮かべ、時々振り返りつつも自室に戻って行った。
葵さんが居るのに何をしているのだろうか。
それにこれは井上に怒られるやつでは?
そう気が付きゾッとした。井上が怒ると怖い。井上が怒ると何故か笑っており、ふとした瞬間に真顔になる。
でも仕方ない。お嬢様の願いを使用人が拒否する訳にはいかない。
そう心の中で唱えると大分気持ちが楽になった。
「早めに予約を入れておかなくては」
そう呟き足速にその場を去る。
頭の中の大半が村雨さんのことで埋まっていることは気が付かない振りをした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今週から暫くの間は毎週金曜日の18:00更新となります。
そのうちタイトルと名前を変えます。
タイトル「好きになってはいけない君に恋をした」
名前「伊月 紗良」
ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、ご了承ください。
余談ですが、Twitterを始めました。
ストーリーには関係のない形でショートストーリーを載せることもあるかと思います。そちらもお楽しみください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




