初めてのデート 下
運ばれてきた紅茶とクッキーは写真の通りでずっと見ていたいくらいだった。
紅茶を一口飲むと花を感じるような酸味が少しある。香りと味、そして鮮やかな水色からして、きっとマロウブルーティーだろう。
店員さんの「紫色に変化してからこちらの花を入れてお召し上がりください」という言葉からしても間違いなさそうだ。
マロウブルーティーなら陽夜に出したことがある。
あれは何年も前のことだがあの時の楽しそうな笑みは今でも鮮明に思い出せる。
色が変わる間にクッキーでもつまもうと手を伸ばすと目の前に座っていた人物と目が合った。
「あっ……」
注文も一緒にしたはずなのにまさか忘れていたとは言えない。
「自分が選んだお店でそこまで喜んでもらえているのは嬉しいから気にしないで大丈夫だよ」
今はその優しい目が苦しい。
「ごめんなさい……その、葵くんは何を頼んだの?」
忘れた訳でも見て分からない訳でも無いが、とにかく空気を変えたかった。
「夜空のソーダと月の満ち欠けマカロンだよ」
「月の満ち欠けマカロン?」
思わずそう聞き返すとお皿の向きを変えわざわざ見せてくれた。
「そう。五個のマカロンで月の満ち欠けを表しているみたいで、これが新月、こっちが三日月……って説明しなくても葵さんなら分かるか」
ごめんね、そう呟いて悪戯げに笑った。
チョコレートの茶色と白でそれぞれ表されており、円形のお皿に並べられていることもあって本当に移ろいでいるようだった。
机の上に乗せていた手に温かい感覚が伝わる。
「あ、葵くん?」
手がきゅっと握られた。普段手を繋ぐ時は横並びのため目が合うことはそこまで無いが、正面だと目を逸らすことも出来ず恥ずかしい。
すっと手が離れ温もりが薄くなった。
さっきまではあんなにも恥ずかしかったのにいざ離れると寂しく感じてしまう。
「紅茶の色、そろそろ変わったんじゃない?」
そう言われて確認すると、しっかりとした発色の紫色に変わっていた。
「本当だ……凄い綺麗」
ティーカップに手を添え花をそっと入れる。
すると段々紫色から鮮やかなピンク色へと姿を変えた。
マロウブルーティーはレモンのような酸性のものを入れると色が変化したはずだ。
普通の花を入れても色は変化しない。詳しい作り方は分からないが食用のドライフラワーをレモン汁に浸したのだろうか。
もし作り方が分かり陽夜に出したらきっと喜ぶだろう。
「夜明けの紅茶という別名で呼ばれるだけあって綺麗だね」
「マロウブルーティーを知っているの?」
そう尋ねるとゆっくりと頷いた。
「珍しいけど、紅茶に興味がある人しか知らないと思ってたから、葵くんが知ってくれているのが嬉しい」
「まあ、偶々機会があってね」
「そういうのいいね。私は仕事の関係上知っているだけだから」
きっと『村雨』家で働いていなかったら知ることはなかっただろう。
しばらく紅茶に関することや勉強に関すること等、他愛もない会話を続けた。
「いつの間にかこんな時間になってたんだね」
お店を出るころには辺りは暗くなっていた。
プラネタリウムで見た星空とまではいかないが、見慣れた都心部の夜空も十分綺麗で好きだ。
特に目的も決めず歩いていると公園らしきところにたどり着いた。
遅い時間だからか子供の姿はなく、ランニングしている人が稀に通るか通らないかくらいの人気のないところだった。
「少し、話していかない?」
そろそろ帰ったほうが良い時間なのは分かっていたが、名残惜しく気が付いたら頷いていた。
「もちろん」
小さく灯る光の下の椅子に腰を掛け話を続けた。
「もし私と陽夜が同時に海で溺れたらどっちを助ける?」
「急だね」
「この前本の中で恋人に聞いている子がいて、気になって」
えー、と笑いながらも真剣に考えてくれる。
正直即答してくれるかと思ったがそうでもなかったようだ。
「多分……村雨さんの近くに浮き輪とか板を持って行くかな」
「ボートも必要じゃない?」
「そうだね、あれば尚更良いかな」
「理由は分かってるけど、どうして?」
「葵さんが溺れるというのは想像が付かなくて……きっと葵さんはまず村雨さんを助けると思うから、葵さんのところに行った時点でもうその場には居なくて、遭難者が増えただけになるからね。そうなると村雨さんのところに行った方が、二人とも助かるかなって」
「よく私のことを分かってるね……」
実際その立場になったらそうするだろう。寧ろ始めに私の方に助けが来る方が思うように動けなくなってしまい、困ってしまう。
「じゃあ、もし村雨さんと同時に溺れたら助けてくれる?」
「勿論助ける……けど、やっぱり陽夜が優先になるかもしれないかな」
命の重みはどちらも同じだが、陽夜は何にも変えられない存在だからこそ命に代えてでも守らなくてはならない。
「でも大切だと思ってないということでは無いよ」
陽夜が大事なのと同じで四宮くんのことも勿論大切に思っている。
助けたい気持ちはあるが、考えるよりも先にきっと体が動いているだろう。
「同じく。葵さんのことは凄く大切に思ってるよ」
ふと手の先が触れ合った。
指先から手の甲へと移動し、指を絡めると温かく確かな熱が伝わってくる。
視線がぶつかり、段々と体が近づきどちらからともなく唇を重ね合わせた。
一瞬のようにも永遠のようにも思えた。
ほんのわずかな時間は誰にも邪魔出来ない幸せだった。
そっと離れるとふわりと何かが抜けていくような感覚に陥られた。
どちらも言葉を発することなく、星が輝く静かな公園で指先から伝わる温かな熱をただ感じていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回で夏休み編、初デート編は終わりとなります。
次回は書き終わり次第更新しようと思っておりますが、未だ書き終わる気配が見えないため時期は未定です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




