願い
〈四宮 葵(女)目線〉
学校から帰り陽夜のもとへ行くと元気になったのか本を読んでいた。
「ただいま戻りました」
そう言い水谷さんと持ち場を変わる。
「葵、お帰りなさい」
陽夜はそう言うと持っていた本を脇に置いた。
「今日のノートを見せてもらえる?」
「かしこまりました」
そう言いあった授業分だけノートを出す。六時間授業でノートが六冊あるが写し終わるのだろうか。
私はノートをあまり使わないのでテスト前に返してもらえれば良いが、体調を崩して学校を休んだからには無理をしないで欲しい。
「相変わらず字が綺麗だね」
「ありがとうございます。しかしお嬢様に比べたらまだまだです」
「私は葵の字が好きだよ」
陽夜は幼い頃から書道を習っているためとても字が上手い。表彰されることも多くそんな人からお世辞でも褒めてもらえるというのは嬉しい。
「ありがとうございます」
「クラスの子から聞いたんだけど、衣装を着てみたんでしょう、写真があれば見たいな」
「私ので良ければ」
そう言い四宮くんと一緒に撮った写真を見せる。練習後に二人で撮ったものだ。四宮くんの隣に写って良いのかなと思いつつ陽夜に見せたくてお願いしたのだ。
「綺麗……お似合いだね」
「恐れながらもそれはないと思います」
「どうして?」
「四宮くんは皆んな見惚れてましたが私の時は似合わないと思われていたと思います」
あの視線はきっとそうだ。着飾っても大して変わらないのに何をしているのだというものだったのだろう。
そう言うと陽夜は溜息をついた。
「葵がそう思いたいなら良いけどもう少し自分の容姿に自信を持っても良いと思うよ」
容姿について直接否定的な言葉を言われたことは無いので、最悪というわけでは無いと思うが、平凡な容姿をしていると自分は思う。
陽夜みたいに可愛いわけでもなく、四宮くんみたいに綺麗でカッコいいわけでもない。モブ顔というのだろうか。特徴はあまりない顔だと自分では思う。
「クラスのグループで葵と四宮くんが踊っている動画がアップされていたんだけど見る?」
「クラスのグループ?そのようなものがあるのですね」
「あっ……ごめん」
「お気になさらず」
あると言われても別に何とも思わないので気を使わないでほしい。きっと紹介されても入らなかっただろう。
「その動画なんだけど」
そこまで言うと手招きをし、私を横に呼んだ。
そして画面を覗き込むと動画が既に流れていた。たまにもう少し直した方が良いところがあったが全体的には綺麗に踊れていると言っても良いようなものだった。幼い頃に教わり訓練したおかげだ。
「やっぱり上手だね。昔から葵の方が上手だったよね」
「そのようなことはありません、それに私はお嬢様の踊り方が好きですよ」
陽夜は小柄なのにそれを感じさせない踊り方で、周りに花が飛んでいるのかと思ってしまうくらいの可憐さがある。
「ありがとう」
そう言って笑った姿だけでも、通りすがりの男性をコロッと落とせてしまう気がする。
「葵、美男美女コンテスト……って葵がメイクしてくれるんだっけ?」
「私で良ければさせていただきたいと思っています」
「ありがとう。良ければ今、してくれない?」
「体調は大丈夫ですか。お嬢様は普段から無理をなさってしまうことが多いので心配です」
「大丈夫だよ、心配しすぎだから。葵と同い年なんだよ。確かに葵の方がしっかりしているけどもう十五歳だからそこまで心配しなくて大丈夫だよ」
そう言われても心配してしまうのは仕方がない。陽夜の専属のメイド(従者)なのだから。
「それに……葵がメイクしているところってあまり見ないけど、たまに見ると凄く綺麗で私にもして欲しいなって……ダメかな?」
休みをもらって出かけるときの姿を見られていたとは思わなかった。変な格好はしていないが見られていないと思っていたので少し恥ずかしい。
それに、お世辞でも褒めてくれて上目遣いで少し目をうるうるさせて言われては断れない。
「しかしお嬢様に施すのは男装用のメイクですがよろしいでしょうか。お嬢様に合うメイクというよりかは、男性に見せながらも綺麗な顔立ちに見せるというものですが」
陽夜の場合は元から可愛い顔をしているので美男というよりかは可愛い系の男子に変わるだろう。
コスプレにハマったときから男装して欲しいと思っていたので少し楽しみなのは陽夜には内緒だ。
「もちろん。ちゃんと委員会での話は聞いてたからそれは分かってるよ」
「それでは失礼します」
そう言いベットから机の前の椅子に移ってもらいメイクを始める。
最後にカツラをつけて完成だ。
陽夜のことをあまく見すぎていたかもしれない。とても可愛い男性……いや、男の子が完成した。
「お嬢様、終わりましたがいかがですか?」
「凄い……男に見える。ありがとう、葵。けど、服はこのままで良いの?」
「本番は着替えていただきたいと思っていますが希望はありますか?」
今年から開催予定らしく前例がない。しかし、委員会の先生はなんでもいいと言っていたので、四宮くんにはドレスや袴、着物など何を着てもらおうかとワクワクしながら最近は過ごしている。
自分は学ランか何か着るつもりだ。陽夜のは陽夜の意見をしっかりと反映させるつもりだ。四宮くんには少し我慢をしてもらって似合うものを着てもらおう。
「私はセンス良くないから葵に任せるよ」
陽夜のセンスは悪い訳ではなく、発揮するところが無いなので良いという自覚がないだけだ。
しかし、頼まれたからには使用人としての仕事を果たそうではないか。
「じゃあこの辺りはどうでしょう」
そう言い候補を取り出す。
「黒のTシャツにジーンズ。上着は白のジャケットで胸元より上は黒色になっている……やっぱり葵はお洒落だね、流石」
ネットで陽夜に似合いそうな服を漁ってただけだが、思っていたよりも喜んでもらえたようだ。
「葵は何を着るの?」
もう着替え終わり本番同様の姿で言った。
「そうですね、執事とかそのあたりでしょうか。メイド喫茶の宣伝も出来ますし」
たった今、思いついたが用意は本番までに間に合うだろう。
流石に執事は……と思っていたがコスプレだと思えばどうってことない。
「葵の執事姿……見てみたいかも」
「それは本番までのお楽しみにということで」
「分かったよ」
少し拗ねたような口調だったが目が合うと笑顔になった。
「楽しみにしているね、葵」
「かしこまりました」
本番まで時間も無くなってきた。
しかし、今は物思いにふけるよりも、陽夜に着替えてもらいゆっくりと休んでもらうのが一番だろう。
「今はゆっくりとお休みください」
「元気なのに」という声が聞こえたが笑顔を返すとそれは無くなった。
しばらくするとベットの方から寝息が聞こえてきたので一安心だ。
陽夜に言われて断れなかったのもまだまだ陽夜に対しては甘くなっているのかもしれない。
「ダメだね、私」そう呟き電気を少し落とした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は文化祭当日の予定です。
気まぐれで準備中の話になってしまったらすみません。
次回は二人の葵の関係が少し変化する予定です。
次回もまた読んでいただけると幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。