対決!偽者vs本物
さて、ターゲットは尊氏に決まったが今は夏休みである。故に中々行動パターンが読めない。本人曰く、午前中は大抵家にいて午後から級友とプールやゲームとのことだ。う~ん、どうして普通だ。もっとガリガリ勉強していると思ったとは翔太の弁である。
「なんだ、一人でいる時間がないのかよ。結構、充実してんじゃん。」
「そうか?まぁ、相手に併せるのもコミュ力だからな。扱いやすいやつとだけつるんでいても経験値が上がらんぞ。」
「うわっ、計算の上かよ。」
「だって、お前ら勉強に誘っても来ないだろう?なら相手に合わせるさ。」
「すんません。勘弁してください。お心遣いに感謝します。」
これ以上は自分に跳ね返ると見て翔太はからかうのをやめる。そして本題を武士が引き継いだ。
「時間的には朝飯を食べた後がベストなんだが、いっそのこと部屋で寝ているところを襲うか?朝なら玄関も開いているだろう?」
「ん~っ、そうだな。わざわざここまで連れて来る意味もないしな。欲しいのは情報だし。」
「よし!そうと決まれば明日の朝に決行だ!まずは偽尊氏を襲う。そして情報が足りなければ別の偽者も試すことにしよう。」
次の日、コンビニでの朝飯をさっさと済ませて8人は尊氏の家を強襲した。俗に言う『朝駆け』である。朝、敵がまだ寝ている時に奇襲を仕掛け敵に応戦する間を与えず蹂躙する戦術だ。
人間でない偽者にそんな不意打ちが効くのか甚だ疑問だが、8人は幽霊化のメリットを最大限に生かし、尊氏の母親が新聞を取りに玄関の鍵を開けたのと入れ替わりに家の中になだれ込んだ。もちろん尊氏の母親は8人に気付かない。8人は尊氏を先頭に二階の尊氏の部屋に駆け込み寝ている尊氏を布団ごと縛り上げた。
「なっ、なんだ!あっ、お前ら!なんでお前らがここに!」
「お早う、偽者くん。いい朝だね。昨日は僕たちの畑がお世話になった。今日はその御礼に来たよ。」
尊氏がフランクに語りかける。しかしその目は笑っていない。
「なんで・・、なんでお前たち俺に干渉できるんだ。一体何をした。」
「あら、尊氏の偽者だからといって頭が回る訳じゃないのね。」
優子が偽者の言葉を聞いて軽く嫌味を口にする。
「知りたい?ならこっちの質問に答えたら教えてやるよ。荒神ってなんなんだ?」
翔太が尊氏に代わって尋問を始めた。偽尊氏はそっぽを向いて返事をしない。
「あれぇ~、だんまりですか~。なら時間が勿体無いから偽者くんには地獄に落ちて貰おうかねぇ。未来、お札花を貸してくれ。」
翔太は後ろに居る未来の方に腕を伸ばし何かを受け取るような仕草をする。
「なっ、あの花を持ってきたのか!よせ!あの花を俺に近付けるな!」
「いや、そう言われてもねぇ。」
「くそっ、花を持ってくるとは・・。だから俺に干渉出来たのか。」
「分かっただろう?お前に選択の余地はないのさ。さっさと質問に答えな。お前たちはなんだ?」
花の存在を知り偽尊氏はやっと口を割る。
「俺たちは昔、荒神に捕まり使役させられている悪霊だ。」
あらら、こいつ自分で悪霊って言っちゃってるよ。自覚があるんだ。ある意味、すごいね。
「荒神は俺たちみたいな悪霊を捕らえて浄化する掃除人、つまり上級神の手先だった。だがある時、業の深い悪人を飲み込んで狂いだした。本来悪霊のみを捕らえる掃除人が、何故悪とは言え生きた人間を飲み込んだのかはわからん。だがこれが原因でやつは狂う。もともとが悪霊用の能力だったからな。人間は浄化できなかったのだ。悪人は体は消滅したが魂は残った。そして掃除人を操り始める。掃除人は抗ったが遂には乗っ取られた。そして捕捉する対象が悪霊から人間になったのだ。」
「荒神の弱点は?俺たちが元に戻る方法は?」
「荒神に弱点などない。やつを消滅出来るのは上級神だけだ。故にお前たちが元に戻る方法もないのさ。」
「後藤厳十郎。」
尊氏が偽者の返事に対してポツリと呟く。その名を聞いて偽尊氏の目がピクリと動いた。
「僕たちも色々調べたんだよ。だから厳十郎さんの家にいるんだ。それくらい分かれよ。」
「荒神に弱点がないのは本当だ。ただ荒神を操っている元人間を封印する方法はある。それがあの花だ。」
「偉い坊さんや修験者にも閉じ込められたんだろう?」
「あれは神通力だ。もしくは仏法。どちらも神の力の又借りだ。時が過ぎれば効力はなくなる。」
「花は違うのか?」
「花は、咲くことにより命を繋げていく。その過程で神の力を新たに受ける。故に効力が途切れることはない。」
「花、花って言うけど今は花は咲いてないよな?そこんとこはどうなの。」
「花は、それ自体が封印媒体だ。しかし、生命体故にその力に波がある。花の咲く時期に力が最高になり、その力には荒神といえど適わず眠りに付かざる得ないのだ。」
「え~っ、なら花を摘んだだけでなんで復活できるんだよ。おかしいじゃん。」
「言っただろう。花は生命体だ。その花を手折るという行為は生命を絶つに等しい。故に一時的ではあるが結界が消えたのだ。」
「今、一時的って言ったよな。なら今は結界が復活しているのか?」
「ああ、そうさ。だが花を失ったその力は弱い。荒神本体は外には出れぬが我々を使って外の世界に干渉することなど造作もないのさ。」
「でもさぁ、荒神ってなにがしたいわけ?俺たちを幽霊化したって良いことないじゃん。」
「荒神の目的は悪霊の浄化だ。それを業の深い悪人の意識が介入して捻じ曲げている。本来、お前らは浄化されて消えるはずなのに荒神がそれを拒否している。その中途半端な状態がお前らさ。」
「あ~っ、もしかして入れ替わっての世界征服でも狙ってんのかね。その悪人は。」
「俺にとってはどうでもいい事さ。お前たちさえ消えればこの体は本物になる。だが中途半端になったお前たちには干渉することが出来なかった。しかも来年になれば花が咲いてしまう。そしたらまた結界が破れるまで暗黒の中だ。」
「体が本物になるってどうゆうことよ。」
「荒神からの支配を抜けられるのだ。また荒神の力でなく自立した個となれば花の力も及ばない。そうすれば祠の花も殲滅できる。荒神本体の復活さ。」
「なんでそうなるの?花が咲けば荒神は眠るんなら、お前は自由じゃん。」
「この世界で、こんな子供の体でなにが出来る!荒神が復活すれば俺は大幹部だぜ?どちらを選ぶかなんて決まっているだろう!」
「個としての自由な存在より強力な組織内の上位位置での安泰を願った上での選択か。」
尊氏は、偽者の考えを少し哀れとも感じたがその為に自分たちを踏み台にされるのは納得できない。
「ちょっと聞きたいんだけど、あなたの体ってオリジナルじゃないわよね?」
「ふんっ、荒神の説明はしてやったぞ。それ以外の事を教える義理はないな。」
優子は未来からお札花を受け取る。その動作を見た偽尊氏は怯えだす。
「待て、止せ。花を近付けるな!浄化されてしまう!」
「あら、ここに花があることを感じられるの?」
「えっ、ないのか?もしかしてブラフか?」
「いえ、あるわよ。さぁ、答えなさい。あなたの代わりはまだ居るのよ。」
優子は優しく微笑んでいるが眼は笑っていない。その冷たさに偽尊氏は優子の本気を感じた。
「おっ、俺の体は擬似意識体だ!お前たちの体がオリジナルだ!」
「そう、ありがとう。なら次よ、私の偽者を演じている悪霊は女?それとも男?」
「ううっ、他のやつらのことはあまり分からん。もともと俺たちは荒神の中で混沌としていたんだ。その時は荒神が知ったことは共有として意識に流れ込んできたが他のやつらと混じったことはない。だから他のやつらの元の名前も知らないし、現世に出して貰ってからもその事について話し合ったことはない。でも大抵の悪霊は男だよ。女はあまり悪霊化しないはずだ。仏が救うはずだからな。」
「なぜ?」
「子を産むからさ。なんでそんなことを聞くんだ?当たり前だろう?」
「ふう~ん。男って因果ねぇ。ではもうひとつ聞くわ。あなたを浄化したら尊氏は元の状態に戻るの?」
「いや、戻らない!俺を浄化しても戻らんぞ!」
「本当かなぁ。試していい?」
「本当だ!お前たちを現世から隔離しているのは荒神本体だ!俺たちがお前らを見れるのは荒神がそうしたからだ!俺たち自体にお前たちをどうこうする力はない!」
「ふう~ん、でもあなたたち私たちの隠れ家も知っちゃったし、今後のことを考えるとちょっとねぇ。」
「俺を浄化しても新たな悪霊が擬似意識体として表れるだけだ。俺の得た情報はそのまま受け継がれる。お前たちの隠れ家の情報も隠せないぞ!」
「うわっ、面倒くさ~。一体どこでそんな高等技術を覚えたのよ。昔の人間の癖して。」
「頼む!見逃してくれ。なんなら他のやつの行動を妨害してやってもいい。俺たちは荒神から体と意識の維持力を貰っているから逆らえないが、全くの操り人形ではない。だからお前たちに協力してやってもいい。信じてくれ!」
偽尊氏は必死に嘆願する。もしここに本物の尊氏がいなければ信じてしまいそうである。
「まっ、色々教えてくれたのに悪いんだけど最後に1個だけ確かめさせてくれよ。」
そう言って翔太は偽尊氏に花を近付けた。
「やっ、やめろ!嫌だ!地獄へ落ちるのは嫌だあー!」
偽尊氏は懇願したが、翔太は耳をかさない。こいつは悪だ。荒神に捕らえられていたんだから間違いない。その悪が今更自分だけ助かろうなどおこがましい。罪は償わねばやられた者が浮かばれない。翔太はお札花を偽尊氏に触れさせた。
花を押し付けると偽者は呆気なく消えてしまった。余韻すらない。しかし、8人が尊氏の家を出た時には、新しい偽者が2階の窓から8人を睨んでいるのが見えた。尊氏は手を振って相手にそんな事は想定内だと知らしめる。すると偽者はカーテンを閉めて見えなくなった。




