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再会

将維はまだ龍としては幼かった。

体は人のそれと同じぐらいに成長し、身長だけは父に迫ろうとしていた。だが、気の力も体格も全く敵わない。将維はため息をついた。

将維が訓練から帰って来ると、母が正装をして立っていた。と言っても、あの重い打掛ではない。今日は喪の為のシンプルな打掛に、かんざしはシルバーやら黒やらだった。

「あら、将維。」母はにっこり笑った。「早朝の稽古?」

将維は頷いた。

「はい。母上は、いったいどちらへ?」

「炎嘉の法要よ」と維心が奥から同じく喪の服装で出て来た。「維月を置いて行くと、後で文句を言われるので、必ず連れて参ることにしている。」

維月は言った。

「違うわ、それで文句を言った訳でないのに、勘違いしているのよ維心様は。私、待っておりましょうか?」

維心はしっかり手を取った。

「ならぬ。一緒に来るのだ。置いてなど行けぬわ。」

維心は機嫌がすこぶる悪いようだ。将維は困ったように眉を寄せて母を見た。

「…いったい?」

「昨日、十六夜と一緒だったから、怒ってらっしゃるの。」

維月は小声で言った。維心はちらりとそれを見た。

「そうではない。少し連れて行くと言って、朝まで帰って来なかったからだ。最初から言えばよいものを。」そして、居間を出て歩き出した。「出発するぞ!」

維心は維月を輿へ乗せると、自分もその横へ乗った。皆が頭を下げて見送る。

「ご出発ー!」

他の龍達も飛び上がって付いて行く。

将維はそれを見送った。


法要も進み、儀式が終わりに近付いた頃、維心はふと、側の龍の臣下に指示を出した。臣下は頷いてその場を下がり、使者は龍の宮へ飛んだ。

「将維様!」

将維は訓練場で義心と剣をふるっている最中だった。そこには、父について行ったはずの臣下が膝をついて頭を下げていた。

「何用ぞ。」

将維は剣を鞘に戻して振り返った。臣下は前へ進み出てまた膝をついた。

「王より、急ぎ鳥の宮へお越しになられるようにとのご伝言をお持ちいたしました。」

「父上が?」

将維は驚いた。父は滅多にこのように思い付きのような呼び出し方はしない。何かあったのだろうか。

「はい。将維様も、やはり見ておいた方が良いであろうことがある、とのことでございます。」

ふと見ると、侍女達が将維の喪の着物を持って、息を切らせて立っている。将維は義心を見た。

「我は鳥の宮へ参る。共をせよ。」

「はっ!」

義心は頭を下げた。将維は侍女達に囲まれ、急ぎ喪の着物を着せられ、義心達に共をされて鳥の宮へ急いだ。何を見せたいのというのか…将維ははやる心を抑えつつ、父の元へと全力で目指した。思えば、鳥の宮へ行くのは、将維は初めてであった。


鳥の宮では、場所は広間へと移っていた。

宴が始まり、さすがに法要の後であるので静かな感じだった。維心は、維月と並んで座り、杯を手にしていた。維月はあまり日本酒は飲まないので、もっぱら横で維心に酌をしている。龍の宮で維心が酒を好んで飲むことはないので、この何年一緒に居て、維月に酌をされるのは初めてであった。

「…炎嘉の言っておったことがわかるよの。」

維心は微笑した。

「何のお話でございますか?」

維月は不思議そうに顔を覗き込む。

「女に酌をされると、気が晴れると申した。我には良くわからなんだのだが。」

維月はクスクス笑った。

「維心様は、すごく禁欲的に生きてらしたから。ですがそれも、17年前までのことでございますわね。」

維心は笑いながら頷いた。

「そうよの。あれはあれで、何もしなければ必要も感じないゆえ、我慢しておった訳でもないのよ。しかし、一度知ると抑えはきかん。ゆえに十六夜にも呆れられたほど子が出来て…まあ、これでよかったのよ。」

維月は苦笑した。そりゃ維心様は生んだ訳じゃないもの…と思ったのだ。しかし普通の子と違い、あまり多いとその侍女やらなんやらで宮へ召す龍が増え、宮の人口が増えて大変なのだ。張維の言った通り、王族の子はこれぐらいでいいのかもしれない。

炎翔の臣下が入って来て声を上げた。

「龍の宮より、第一皇子のご到着でございます。」

宴の場はどよめいた。将維が公の場に出て来るのは、六歳の時以来であったのだ。あまりに維心にそっくりな姿に、皆は一様に畏怖を感じた。将維はあまりに皆が一斉に自分を見るので、ためらった。それでも、何でもないように広間を歩き抜けると、驚いている炎翔に挨拶をし、父の前で膝をついた。

「お呼びにより、参上致しました。」

維心は頷いた。

「主に見せておきたい事があっての。そこに座って見ておれば良い。」

将維が座ると、入れ代わりに維心は立ち上がった。維心は、皆の視線を集めていることなど気にも留めていないかのように炎翔の所へ歩み寄ると言った。

「炎翔殿。我はここへ「道」を開き申す。しばしお時間を頂きたい。」

炎翔は驚きつつも立ち上がった。

「維心殿。またこれは、「道」とは…この法要の時に。」

維心は炎翔に背を向けた。

「見ておられよ。」

維心は片手を前に上げた。ドンッという音がしたかと思うと、光が立ち上り、そこに明るく輝く門が開かれた。事もなげに行われているが、これは龍の王にしか開けないもので、他の神もそう滅多に目にするものではない。皆がそれを感嘆の眼差しで眺める中、維心は門に歩み寄った。そこにしばらく立っていたかと思うと、聞き慣れた声が響き渡った。

『維心!主な、急に呼ぶでない。我もそうそう暇な訳ではないと申しておるだろうが!四年待てと言うておるに、あれからまだ二年しか経っては…。』

声は、そこで途切れた。維心は微笑して門の前から、皆にも見えるよう体を横へ除けた。炎翔が、飛び上がって叫んだ。

「ち、父上!」

門の中の炎嘉は絶句している。

『維心…これは…ここは鳥の宮か?』

維心は頷いた。

「主の法要があったのよ。なんと主、見ておらなんだのか?」

炎嘉は呆然としたまま答えた。

『そのようなもの、知らなんだ。』

維心は苦笑した。

「なんと、主のために皆集うておるに、自分の法要ぐらい覚えておけ。」と鳥の臣下達と王族を見た。「さあ、酒は中へ渡すことが出来るぞ。存分に話すがよい。我は己れの良い時に呼び出して、炎嘉と話しておるゆえ、今日はよい。」と、将維を見た。「おお、将維だけは見せておこうぞ。こちらへ。」

将維はただ茫然と見ていたのだが、父に呼ばれて慌てて立ち上がった。

「炎嘉よ。我の跡取り息子、将維だ。」

将維は頭を下げた。

「初めてお目に掛かりまする、炎嘉様。」

炎嘉は感慨深げに将維を見た。

『なんとのう、主の若い頃そっくりではないか。そのうちに見分けがつかなくなるのではと案じるほどぞ。』

維心は頷いた。

「男子は皆こんな感じよ。よくも皆我に似て異なる顔になるものと感心しておる。が、こやつが一番我に似ておる。」

将維は父にそう言われて、なぜだかとても嬉しかった。炎嘉は頷いた。

『維月はよくがんばり申したな。我との約束、果たしてくれておるようだの。感謝するぞ。』

維月は離れた宴席から微笑んで頷いた。炎嘉は門に張り付くように立って、鳥の宮の広間を見渡した。懐かしい気持ちでいるのだろう。

維心は将維を伴ってそこを離れ、自分の席へと戻った。他の神達もこぞって炎嘉に酒を注ぎに行っている。炎嘉は門の中で胡坐をかいて座り、皆の挨拶を受け、また、まるで生きてそこにいるかのように宴の席を楽しんだ。

炎嘉が死してから生まれた、華鈴も15歳になっていた。炎翔に促されて炎嘉の前へ進み出て、初めて会う父に頭を下げていた。

将維を見ると、その華鈴を見ていた。特になんの感慨もないようだったが、維心の目から見て、華鈴は美しく成長していた。炎嘉が龍に負けぬ美女の妃に生ませる、とか言っていたのを、ふと維心は思い出した。

維月もそれに気付いたのか、将維をつついて何か言っている。将維は頷いたが、特に立ち上がることもなかった。

「将維よ。華鈴とはその後、話はするのか。」

維心は聞いた。将維はえっ、というようにこちらを向いた。

「いいえ、父上。我はあれから会っておりませぬゆえ。ずっと宮におりまするし、出る時は父上とご同行でございまするし。」

そう言えばそうだな、と維心は思った。それにしてもこやつは真面目が過ぎる。宮を抜け出すこともない。我は将維の年の頃はよく、宮を抜け出して山などで遊んだものだが。勤勉であるのは良いが、何を楽しみに生きておるのであろう。

維月が小声で言った。

「維心様、将維はまだ、妃であるとかそういったことに関心がないようでございます。今は維心様に追い付きたいとそればかりのようで…。回りの期待もございますし。」

維心は頷いた。

「まあ、まだ先の話よ。」と門の辺りの盛況ぶりを見た。「これではまだまだ帰れそうにないの。やはり維月、主を連れて来てよかったわ。我はここで、早く帰らねばとやきもきする所であった。」

維月は頬を膨らました。

「もう、維心様!私は別に、お酒を召して帰っても何も申しませんわ。」

「遅く帰れば怒るであろうが」と膨れた頬をつついた。「香料の匂いなどすれば、すぐに主は月の宮へ帰ってしまうのでの。どれほどに気を使うと思うておるのだ。しかし、主がおれば女も寄って来ぬ。気楽で良いわ。」

維心は将維を振り返った。

「我が「道」を開いたのは見ておったな。」

将維は頷いた。

「はい。」

「あれは主にも出来るはずよ。ただ、我が死するまでは無理かもしれぬ。我はまだ父が生きておるうちから開くことが出来たが、歴代の王は皆、前王が存命の間は出来なんだらしい。」と維心は門を指した。「ああいった使い方も出来る。しかし、呼び出せるのは、炎嘉ほどの力を持ったものでないと無理だ。ここまで来るのに、かなりの力を要するのだという。炎嘉でさえ、頻繁には呼び出すなと言っておるぐらいよ。」

将維は真剣に聞いていた。王にしか出来ないことを、父は今自分に教えているのだ。

「また後々に覚えて行くとよい。そう頻繁に使うものでもないゆえな。だいたいは皆、自分で道を見つけて門にたどり着く。手助けしてやる時などに開くのよ。」

将維はじっと門を見つめた。これが黄泉の門…。覚えなければならないことが、本当に山ほどある。父に追い付くまでに、我は死するのではないか…。そんな不安が将維の胸をよぎった。

維心は、将維の思いつめたような表情を見て、微笑した。

「そのように思いつめなくともよい。我はここまで1700年も生きておるのだぞ。そうそう追い付かれても困るものよ。」

そして、母の方を向くと、杯を差し出した。母は父に酒を注いで、微笑んでいた。


父が珍しく酔って来て、母にばかりに構うので、退屈になった将維はせっかくだからと広間を出て、宮の前にある大きな石作りのバルコニーのような、庭へ出た。

ここはとても眺めがいい。月も見え、星が出て来ていた。将維が深呼吸していると、後ろから呼ぶ声がした。

「将維様。」

将維は振り返った。大きく育った華鈴が、そこに立って頭を下げていた。遠慮したのか、侍女がかなり遠くに二人、控えている。将維は軽く返礼して、言った。

「華鈴殿。」

華鈴は頭を上げて、将維を見た。将維は何を話したものか悩んだが、向こうから声を掛けて来たからには、何か話があるものと思い、相手が話出すのを待った。

華鈴は、困ったように微笑んだ。

「久しくお会いしておりませんでした。将維様には、お元気でお過ごしでいらっしゃいましたか?」

将維は頷いた。

「ああ。我はずっと病を得ることもなく、元気にしておった。主はあれから、何か考え申したのか。」

華鈴は、逃げ出すことを言っているのだとわかった。

「将維様…あの頃は幼く、我も何もわかっておりませんでした。それに、なんと申し上げて良いのやら、言葉も知りませなんだ。今は、わかります。」と将維の目を見た。「我があの時逃げ出したかったのは、龍の王は恐ろしいかただと聞いていたことと、その皇子はきっとワガママにお過ごしだろうという噂を間に受けたからでございました。ですが、実際にお会いした将維様は、そのようなことは全くなかった。ですので我は、あれから将維様の妃に相応しくあるように、精進しておりまする。」

将維は驚いた顔をした。では、時間をくれと言ったのは、それゆえか。

「…そのように思うてくれておるのは、ありがたいと思う。だが我は、あれから妃の事に関して考える時間がまるでなかった。ゆえに、なんと答えればよいのかわからぬ。」と視線を月へ向けた。「我にはまだまだ、やらねばならぬことがあるゆえに、当分話すこともかなわぬであろうな。我の父は、1700年生きておるが、妃を迎えたのはつい最近ぞ。どれほどまでに精進すればよいのか、我にも見当もつかぬ。」

華鈴は、少し悲しそうな顔をした。

「王としての責務を、お考えでいらっしゃいますのね。」

将維は頷いた。

「そうだな。我の父は偉大過ぎて、追い付く気がせぬわ。」

将維はゆっくりと歩を進めた。華鈴も後ろを付いて歩く。しばらくして、将維は立ち止まって月を眺めた。あれは十六夜の本体だ。今頃全てをあまねく見ておるのだろう。あの大きく、全てを受け止めてくれるような気は、一体なんなんだろう。我にまで親切であるのは、なぜなのだろう…。

華鈴は黙って横で同じように月を眺めていた。将維はそれに気付いて、横を見た。黙っていることに、別段怒っている風でもなく、不満もなさそうだ。華鈴は将維の視線に気が付くと、にっこりと笑った。母の言う通り、花のようだと思った。

宴の席から、華鈴を呼ぶ声がした。

「華鈴様!龍の王が道を閉じられまする。お父上にご挨拶を。」

華鈴も慌ててそちらへ向かったが、将維も父が門を閉じると聞いて、慌てて広間へ向かった。父は門の前に立ち、炎嘉と話していた。

『次は、四年後ぞ!わかっておるな、維心よ。二年は無しだ。』

父は酔った風に笑った。

「ふん、今日は我の好意ぞ。楽しんだであろうが。毎度我の顔を見ているだけでは、主が来ぬようになるのではと思うての。」

炎嘉は笑った。

『次は主の宮の美女を用意しておけ。おお、維月でも良いぞ。』

維心は眉を寄せた。

「ふん、次からはどうあってもあれは隠しておくわ。閉じるぞ、炎嘉。」

炎嘉は慌てて炎翔を見た。

『では、父は帰る。精進せよ、炎翔よ。それから』と維心をちらりと見て、『龍と月には手を出すなよ。』

そう言うと、下へ飛んだ。維心は手をかざした。

「去らばだ、炎嘉。また四年後の。」

門は瞬く間に閉じ、そこには何も残らなかった。


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