成長
兄弟姉妹達は、それぞれに人の生活を楽しんでいた。平穏な日常はありがたかったが、蒼の外見も、維心と十六夜に並び、母の維月とも同じ歳のようになった。しかし、どうもこれ以上は老けないようで、蒼の同級生達の間では、やはり若かった。蒼はもう、38歳になっていたのだ。
有は26歳の時に役場の村野と結婚し、子は娘が一人、今13歳だった。町の診療所で医者をしていて、今はもう40歳になっていた。外見は、やはり母と同じで若かった。だが人であるので、ゆっくりと老けては行っているのだと思う。
涼は、気強く結婚していなかった。いつでもその機会はあっただろうに、自分は結婚しない、で通し、結局ずっと月の宮の家に住んで、そこから病院へ通う勤務医だった。今は36歳だった。
恒は今34歳、26歳の時に瑤姫が連れて来ていた侍女の一人と結婚し、龍の嫁をもらっていた。子供は一人で男だった。遙は、一般の同級生と結婚していた。双子であるからか、恒と同じ年に結婚し、今は娘が一人いる。この同級生は、蒼の事業の手伝いをしてくれることになって、今は里に住んで、会社の切り盛りをしてくれていた。
蒼の子達も、娘は14歳、息子は12歳に成長していた。この子達は、人として生きるのは無理だとわかっていたので、最初から役場にも出生届は出さず、小学校も行かず、家で有や涼について勉強し、龍の宮で神の生活を学んで暮らしていた。
恒の息子も同じであるので、今は7歳であるが、やはり龍として育てていた。
そんなある日、蒼の屋敷の呼び鈴が鳴った。
しばらくして、侍女が居間へ入って来た。客の来訪を告げに来たのだ。
「蒼」と客は言った。「ちょっと匿ってくれ。」
穏やかでない言葉に、蒼は眉を寄せた。
「何をやったんだよ裕馬。」
裕馬の両手には子供が二人、手をつないでぶら下がっていた。裕馬は言った。
「別にオレは悪くないと思うんだけど、向こうが怒ってるんだよ。」
蒼は呆れて言った。
「まあだいたいそう言うわな。」とソファを示した。「座れよ。部屋は用意させる。」
裕馬はすっかりお腹の出たおじさんの外見になっていた。幸い、髪はまだあった。子は、沙依との子で、二人とも29歳で結婚したので、上の子でもまだ8歳だった。裕馬は龍の友達も居たし、とりあえずぼんやりとでも神が見えるので、白蛇も良しとしたようだ。
「それで、なんで子供を連れて来たんだよ。普通は母親の所に置いて来るだろうが。」
蒼は言って、侍女が持って来たお茶を裕馬に押しやった。裕馬は頭をかいた。
「なんかさ、こいつら置いて出たら、オレほんとにあの家に帰らないような気がして。連れて出たら、あいつもほっとけないだろうと思って。」
なんだか要領を得ない。
「で、とどのつまりなんで家を出て来たんだ?」
「だってさ、オレのこと、すっごくお荷物呼ばわりするんだよ。確かにオレは次男だし、必要だと言うから養子に入ったさ。でも、ちゃんと働いてるし、給料も家に入れてるのに、沙依のヤツは少ないだの、神社の掃除しろだの風呂掃除しろだの便所掃除しろだの…」
蒼は手を振って制した。
「ああ、わかったよ。確かに男としてどうかってことだな。」
裕馬は頷いた。
「そうなんだ…。最初こそオレ、頑張ったけど、巫女ってそんなに偉いのか?って思えて来てさ…。いつも結婚してやったって言われるし。これってどう思う?」
蒼は顔をしかめた。
「まあ、オレならその時点でダメだな。それを口にする性格が信じられないんだよ。ほんとにあの沙依が言うのか?」
調度掛かって来た電話に、裕馬は出た。そして、黙ってスピーカーにした。
『…ちょっと聞いてる?!あんたなんてどうでもいいのよ、子供返しなさいよ!せっかく結婚してやったのに、どういうことよ?!』
蒼は、がっくりした。母さんでも、いくら気が強いとはいえ、こんなことは言わない。それに、神の女に慣れすぎていたせいか、物凄く粗暴に聞こえた。
振り向くと、瑶姫がびっくりして盆で口を押さえていた。蒼はため息をついた。相手はそれを聞き取って、さらにヒステリックに叫ぶ。
『何よそれ?!あんた今どこに居るの?!今からそこへ行くから!』
「…車で二時間ほど掛かるけどな。」と蒼は言った。「まあ、気持ちは分かるししばらく子供はここで預かって、その間にどっちが引き取るとか考えたらどうだ?オレはそれしか言えないな。」
電話の向こうが静かになった。
『え…蒼くん?』
蒼は電話なのに首を振った。
「お互い結婚して大分経つんじゃないか。その呼び方はおかしいよ。瑶姫が気を悪くするし、やめてくれないか。」
蒼は冷たいかなと思ったが、それしか頭に浮かばなかった。電話の向こうはシンとしていたが、しばらくして、やっと、言った。
『とにかく、子供を迎えに行きます。』
蒼はまたため息をついた。
「裕馬と話をした方がいい。このままでは、子供もお互いも不幸だ。それに、結婚はお互いの合意で決められるものだろ?人の世では。どちらかが上とか下とかないと思うよ。その言い方は良くない。女性がそんなことを言うのを、オレは初めて聞いたよ。母さんでも言わなかったからな。」
蒼は手を振って裕馬に切れと合図した。もうこれ以上話したら、自分の昔の思い出も最悪のものになりそうだ。
裕馬は、黙って携帯を切り、電源も落とした。蒼は侍女に合図した。
「…あの侍女について行くといい。部屋へ案内してくれるから。」
裕馬は、礼を言って子供を連れ、居間を出て行った。
蒼はなんだか気分が悪かった…。
その日の夕方、沙依が来訪した。応対に出た侍女が、裕馬に知らせに行く前に、蒼に知らせて来たのだ。絶対に言い合いになると蒼に立ち会いを頼んで来た裕馬だったが、蒼は全然気が進まなかった。とりあえず子供たちは別の部屋で待機させ、居間に二入を呼んだ。瑤姫は、さっきの電話の主が来たと聞いて、緊張気味に蒼の横に座っていた。
入って来た沙依は、肌のハリは良かったが、とても太っていた。それを見ただけでもびっくりした蒼だが、瑤姫を睨み付けたので、さらに驚いた。瑤姫はただでさえ緊張していたので、蒼にフラッともたれ掛かった。蒼は瑤姫の肩を抱いて、よしよしと撫でた。
「…それで?話し合いはついたのか。」
蒼は裕馬に聞いた。
「話し合うも何も、一方的だからね。」
裕馬が諦めたように言う。蒼は裕馬を見据えたまま言った。
「お前はどうしたいんだよ。オレはまだまだ何百年も生きるけど、お前はたかだか生きてあと50年ぐらいだろう。短い生涯なんだから、迷ってる暇なんかないんだぞ。方向変換するなら、早いとこしなきゃ、後々後悔するからな。」
裕馬は唸った。
「お前が仮に人のままでも、おそらく相手にゃ困らなかっただろうけど、オレはこれから先…。」
蒼は頭を振った。
「あのなあ裕馬。人間諦めたらそこで終わりだ。恒だって龍と結婚したのに。お前、龍に友達いるじゃないか。メル友だろ?」
裕馬は渋い顔をした。
「ありゃ男だ。」
「友達に女がいるだろうよ。ま、お前の人生だ。でももうオレに泣きつくなよ。自分で決断したことには責任を持て。」
蒼は瑤姫の手を取った。
「瑤姫、座を外そう。ここから先は、オレ達には関係ないことだ。」
瑤姫は、見慣れた今でも見とれるほど美しく笑って立ち上がった。この場を離れられるのが、よほどうれしかったらしい。
裕馬は、その様子を見て、決断した。
そして、子供は沙依が連れ帰った…。
最近はまた、小さな黒い霧が多く発生する。その度に蒼はさっさと浄化するのだが、発生源は不明だった。元々人が作り出しているものなのだから、人が発生源には違いないが、それが多い時と少ない時があるのはなんでだろう。
蒼が考え込んで居間に座っていると、裕馬が入って来た。
「蒼、ごめんな、嫌な思いさせちまって。」
蒼は首を振った。
「いや、いいんだよ。結婚が必ずしもうまく行かないことは、オレにだってわかるし、裕馬には幸せになってほしかったから、あの電話はかなりショックだったんだよな。オレもあの頃は見る目なかったんだろうか…神の女に慣れてしまってたから、あんなのオレにはもう絶対無理だ。瑤姫は絶対オレに逆らうことないしなあ。」
裕馬はため息をついた。
「オレさ、考えたんだけど、この里から通える所に転職するわ。里のアパート借りれるみたいで、今日見せてもらって来たんだ。ここは家賃も安いし、オレ一人ぐらい自分を養えるから。蒼の傍にいた方が、オレが死ぬ時、見送ってもらえるだろ?お前はきっと姿かわらねぇんだろうけど。」
蒼は笑った。
「ああ。何かあったら、すぐ来れるしな。でも、もうこんな面倒は勘弁してくれ。」
裕馬は頷いた。
「オレももうごめんだ。」
蒼は、ポケットから、小さな玉の付いた携帯のストラップを取り出した。
「ほら、これやるよ。お守りだ。」
裕馬はそれを手に取って見た。なんだかわからないが、見ているとホッとするような気がする。
「…猫に鈴付けるみたいな感じ?」
これで、蒼がオレの居場所がわかるとか?蒼は笑って手を振った。
「そんなわけないだろうが。ほんとにただのお守りさ。」
裕馬は素直に、それを携帯に付けた。
龍の宮では、皆一様に育っていた。
将維は16歳になり、明維15歳、晃維14歳、紫月12歳、亮維10歳だった。
その言葉とおり亮維以降は子は成さなかったが、二人は相変わらず仲睦まじく過ごしていた。十六夜は月の宮と龍の宮を行ったり来たりで、一所に留まることはあまりなかった。
「…そろそろ帰らなきゃならねぇな。」
十六夜が言った。維月は頷いた。
「仕方ないわね。蒼が呼んでたのでしょう?」
十六夜はフンと鼻を鳴らした。
「あいつはなあ、夜中だろうとオレを呼びやがるんだよ。最近は夜中は答えないと宣言してやったぐらいだ。」
維月はフフッと笑った。
「いくつになってもかわらないわねぇ。」
「そうだ。まあ、夜が明けるまでは、いいさ。」と維月を抱き寄せた。「ちょっと連れてくとここへ連れて来て、朝まで返さなかったんだから維心は怒ってるだろうな。」
維月は困ったような顔をした。
「でも、あなたが私を連れて出るのって最近あまりないから。来月は月の里へ一緒に帰るでしょう?」
十六夜は頷いた。
「一月はゆっくりしようや。どうせまた後から維心も来るんだけどよ。」
十六夜は不満げだ。維月は十六夜に軽く口付けた。
「愛してるわ。」
十六夜は微笑んだ。
「オレもだ。」
そしてまた体を重ね、そして、月へと帰って行った。




