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ロストヘッドの再生 ~復活アラサー帰還兵、16歳エリート公務員のヒモになる~  作者: 殻半ひよこ
Prologue/ブレーク・シャフト 特技兵の最期の仕事
1/16

01:『必ずあなたを、生還させてみせるからね』


 ひとりの兵士が、絵を描いている。


 心地の良いアトリエ、空気の澄んだ湖畔——などとは正反対の、安寧なき最前線。

 真夜中の軍用テントで、淡いランプの灯りの元、ひたすらに筆を動かす。


 使い込まれてぼろぼろの筆が、繋ぎ合わせの布切れの上を慌ただしく行っては来てを繰り返す……そんな作業が、ふいに停止した。絵が、出来あがったのだ。


 敵方の企みを逆手にとった奇襲作戦を成功させた部隊長が、捕らえた敵の指揮官に跪き、捕虜交換の提案を持ちかけたその瞬間。曇り空から覗いた晴れ間から陽が注ぎ、美しき銀髪が神々しく光を反射している——そんな光景を捉えた一枚がそこにある。


 自分が描いた、記憶の中から抽出された情景を見て。

 ようやく、兵士の頬が少しだけ、緩んだ。


「題名は?」


 突然背後から声をかけられ、兵士が驚愕して振り向く。

 少女がいた。

 歳のころは、若いを通り越して幼い。未だ成長の途上、それもまだまだ前半にあると知れる小ささだ。本来、守られねばならぬ側の存在だ。


 対して、雰囲気の一端さと言ったら。

 甘えもなければ泣き言もなく、幾日もろくな休止、風呂も着替えも満足にない状況下に喘いでいるとは思えぬ、薄汚れたとて色褪せぬ気力の充実が見てとれる。

 銀の髪に金の瞳、特注仕立ての軍服の上に、純血統の皇族のみが纏うを許される、銀獅紋ぎんしもん刺繍のコートを羽織った……即ち、描きあげられた張本人の部隊長が、兵士の背中越しに絵を覗き込む。


 いつのまに、というのは正しくなくて、さっきからずっといたし、ずっと見ていた。兵士が集中しすぎて、テントへ訪れたのにも気づかなかっただけだ。……本来なら罰則ものの失礼に当たるが、このような些事をいちいち気にかける部隊ではないし、第一、いつものことだった。


「こ、これは隊長。すみません、注意力を欠いており、」

「題名は?」

「…………【忘れえぬもの】、と最初に決めて描いていました」


 是も否も相手は語らず、手が差し出される。兵士がそこに絵を手渡すと、少女隊長はそれをじっくりと、しっかりと、精査するように見つめ。

 ふ、と笑った。


「その目と手を通し、わたしたちの戦いはこう伝えられるというのなら。本人が記録に見劣りしないよう、より輝かしくあらねばならないわね。……まったく、厳しい。あなたはその筆をもって、“絵になるのだからしゃんとしろ”とけしかけているようなものじゃない」


 これもまた、いつものことだった。

 隊長……部隊に所属する兵の誰もが心から信頼と崇敬を捧げる少女の屈託なき喜びは、過酷な戦場にありながら兵を『人』に繋ぎ止め、道を見失わない導となってくれる。


「さ。絵も描けたのだから、次は添える随筆よね? もっともっと曝け出して頂戴、あなたが感じたもの、思ったこと! 隊の皆には悪いけれど、一番の読者であることは譲れないわ!」

「……そのために、わざわざきたんですか?」

「あら、何よその顔。竜殻にて超常は数々起これど、この行動には何の不思議もありません」


 彼女は胸を張り、自身の中にある明確を堂々と伝える。


「あなたの心が出力する【戦場記録報告書】ときたら、心からのめり込んでしまうほどに素敵なの! 生きて帰った暁にはこれを仕事にするとよい、いえしなさいと命じたいほどに!」

「兵士以外の生き方、か。そんなの、考えたこと……あいたっ!?」


 弱気の虫の覗きかけた兵士に、直々の修正が入る。

 隊長が、親指を握り込むように拳を握り——それを兵士の顔の前に持ってくると、勢いよく親指を内から滑らせ、額を弾いた。


「はい、これで大丈夫。弱気は吹っ飛んだし、悪い運命は追い出されました! だからもう、そんな顔をしなくてよし!」


 それは、彼女がよくするおまじない。

 隊の皆を励まし、奮い立たせ、数々の無茶を実現させてきた……人たらしの魔法。


「——了解。かないませんね、あなたには」


 兵士は苦笑し、その笑顔を見る。

 生還の望みも儚き人類と怪物の戦争の最前線で、親である皇帝直々に戦死を命じられた皇位継承権第十三位の皇女は——今日もこうして、くっきりと希望を語り、約束した。


「ねえ、シャフト。わたしの、わたしたちの、記録兵。あなたの腕は、こんなところで失わせてしまうのは、いかにも惜しくてもったいないわ。これからも、このような素敵を残し続けるためにも……戦争なんて終わらせて、必ずあなたを、生還させてみせるからね!」



 ————この時のことを、兵は……彼は、ずっと、覚えていた。

 度重なる任務で、部隊がどれほど損耗しても。現実の前に、輝きがどれほど擦り切れても。

 ついには、自分と隊長を残した全員が欠けようと。

 彼は、その時に言ってもらったことを、誇張も嘘偽りもない喜びを、ずっと胸に抱いていた。


 だから。

 兵士は自らがこの瞬間、どうすれば一番絵になるのかを考えた。

 考えるまでもなく、選択するまでもなかった。


 手を伸ばす。

 ついぞ一度もそんな機会はなかったけれど、大きく立派な真っ白のカンバスへ、描ききれない未来を自由に託すように——



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