スピーチ
時間は、コウヤとソフィアの再会から少し遡る。
「これはっ!?」
突然、城が揺れた。咄嗟に叫んだのは、『黒炎の魔人』リューク・トライエルだ。
無論、油断していた訳ではない。城には常に結界を張らせているし、警備の兵も通常通りだった。
だが、城が揺れた。と、同時に爆発音が聞こえた。それはつまり、100年前の『魔力封印』朝比奈 裕翔の侵入以来、初めて攻撃を受けたと云う事だ。あの男を除いてだが。
とにかく、敗戦以降、初めて攻撃を受けたと言う事だ。落ち着いてはいられないし、直ぐに行動を起こさなければならない。
だが、1人で多数であろう敵に向かって行く程、リュークはバカではない。それでは敵を殺し、排除する事は出来ても、その敵を拘束し、情報を吐かせる事は出来ない。
だから、最低でも自分を入れて5人ぐらいは必要だと考えた。それに、仮に警備兵が全員倒されていたとしても、こういう時の為の緊急警備兵を組織している。彼等が足止めしてくれるだろう。
そう考え、兵達の元へ移動しようとすると、
「リュー君っ!」
とても聞き覚えのある声が、後ろから聞こえてきた。振り返ると、こちらへ向かってシーナ様が走ってこられていた。
「シーナ様っ!?此処は危険かもしれません!もしもの事を考え、シーナ様は自室にお戻りに…」
本心だった。敵の撃破はほぼ確実だと思っているが、万が一もある。『人魔大戦』の時の様な過ちは2度とくり返さない。その為に、世の中に絶対は無いという事を、心に留め続けていた。
「大変なのっ!イーちゃんが1人でっ…」
「っ!1人で敵の元に行ったという事ですかっ!?」
余りにも意外な言葉だった為に、つい口調が荒くなってしまった。
「…うん…行ってきますって言ったら直ぐに行っちゃった…それで、ライアさんの所に行ってって言われたんだけど、何処にいるのか分からなくて…そしたらリュー君見つけたから、走ってきたの」
今の状況とは関係無いが、シーナ様は俺やイリアの事は君付けやちゃん付けだが、ルドーやライアの事はさん付けだ。
何故か?シーナ様と、俺やイリアは年がそこまで変わらないから、子供の頃は一緒に居る事が多かった。
で、シーナ様はその頃の呼び名を今でも続けている。だから、俺やイリアは君付けやちゃん付けなのだ。
「ともかく、シーナ様は自室に。ここは我々だけで…」
そう言っている途中で、
「リューク様っ!大変ですっ!」
またも聞き覚えのある声が聞こえてきた。またも振り返ると、こちらへ向かって『幻影』テノム・コーアが走ってきた。
「どうした!?」
声色から、尋常で無い事態が起こっている事を察知した。
「はいっ!緊急警備兵が、全員行方を晦ましましたっ!」
「なんだとっ!」
これは緊急事態だ。緊急時の為の緊急警備兵がいないなど。それならば、何処まで敵が国に侵入しているか分からない。
「現場はどうなってるっ!?」
「敵、十数名が国に侵入!ですが、今はイリア様が1人で相手をしていますっ!」
奥歯を噛みしめる。自分が悠長にしていたから、こんな事態を招いてしまった。恐らく、イリアはこうなる事を察知して、1人で敵に向かっていったのだ。
「俺が行く!『幻影』っ、お前はシーナ様を…」
そう言っている途中で、
「シーナ様!大丈夫ですか!?」
またも聞き覚えのある声が聞こえてきた。またも振り返ると、
「はぁっ!?」
思わず声を出してしまった。何故なら、その声の主は、
「お怪我はありませんか?」
「うん!全然大丈夫だよ!」
今まさに、国に侵入した敵十数名と戦っているはずの『黒氷の魔人』イリア・サナサードだったのだから。
驚いたリュークは慌てて侵入者の所まで向かうと、既に敵は全て討ち取られていた。
「一体…何がどうなってる…」
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コウヤのクーデターから一晩明け、現在午前10時。大抵の人間は起きている時刻だ。中でも、今日は特別多くの人が起きている。そして、国の中央に位置する皇帝城に、詳しく言えば正門前に集まっていた。
何故なら、今日は『慈愛の皇女』ソフィア・アルナラのスピーチがあるからだ。『慈愛の皇女』と云うのは、ソフィアのその優しさにあやかって帝国民が付けた名である。
皇帝も皇子もこの国では嫌われ者だ。だが、皇女だけは違うのだ。これも、その優しさあってのものだ。
そうして、多くの国民が今か今かと待ちわびていると、とうとうその時が来た。
スピーチ用に設置されているベランダに、『慈愛の皇女』が現れたのだ。多くの拍手が鳴り響く。
その間、『慈愛の皇女』は、笑顔を振りまきながら小さく手を振っていた。
そして、拍手が鳴り止み始めたところで、『慈愛の皇女』はスピーチを始めた。こちらに顔を向けている人間全員が聞こえる様な大きな声で。
「おはようごさいます。先ずは、こんな私のスピーチを聞くために集まって頂き、ありがとうございます」
と、深々と頭を下げた。そして、元の体制に戻ると、また笑顔で話し始めた。これまでに無い程に自然な笑顔で。
「本日は1つ、皆さんに宣言しなければならない事があった為、集まってもらった次第です」
なんだなんだと、疑問の声が出始める。
「この国は、腐っていました。過去の栄光に縋り付き、醜い方法で『大国』とまで呼ばれる様になってしまいました」
ざわざわと、声が大きくなる。
「それは、この国を支配していた私の父、皇帝の責任です。そして、その子の皇子と私です。私達と、その祖先が、この国を腐らせ続けていたのです」
声は、誰も出さなかった。
「私は、ずっとその事に心を痛めていました。ですが私如きでは、何も出来ませんでした。所詮私も、彼等と同じなのだと、諦めて今まで生きてきました」
国中が静かになった。
「ですが、私はある者達との運命的な出逢いをしました。その者達は私を助けてくれました。私の悲願の達成の為に、力を尽くしてくれました」
「そして昨晩、遂に私は悲願を達成しました。それは、クーデターです!」
どよどよと、今度は大きな声があちこちで響き始めた。
「私は、ずっと思っていました。もう、この国を正す事は出来ない。なら、1度壊して、創り直す必要があるのではないかと!」
「そして、私は達成しました!既に皇帝、並びに皇子は死に、この国の有力な権力者も死にました。また、彼等の息のかかった者達も同様です」
国は、またも静まり返った。
そこまで言うと、『慈愛の皇女』は泣き崩れた。
「…申し訳…御座いません……私は!間違った事をしました!ですが!あのままだったらこの国はきっと崩壊していた!だから!私は…!」
必死に叫ぶも、ただただ泣き声が響くだけだった。だが、自分達のために心を鬼にした『慈愛の皇女』が泣いている姿を見て、何も思わない人間は、この国には居なかった。
口々に、そんな事ない、とか、ありがとう、など、感謝を伝える言葉や慰めの言葉が国中から『慈愛の皇女』に集まった。
「…ありがとう…御座います…こんな…私を…」
この言葉でより一層、声が大きくなる。
『慈愛の皇女』は、涙を拭いて、もう一度スピーチを始めた。
「…ここで、私に協力して下さった方々を発表します。その彼等とは…」
ゴクリと、多くの人間が固唾を飲んだ。
「ドルス魔国の方々です!」
一瞬、その場が静寂に包まれる。その静寂を破る様に『慈愛の皇女』は話し始めた。
「彼等は、私が死にかけているところを助け、私の身勝手な思いに付き合ってくれた、心優しい方々です!複雑な思いを抱く方々が居る事は存じますが、私は、彼等と協力していきたいと考えています」
「皆さん!!お願いします!!!」
一瞬は静寂に包まれるが、直ぐにそれは歓声に変わった。全ての帝国民が、ドルス魔国を受け入れた瞬間である。
この大歓声に、『慈愛の皇女』はまたも涙を流しながら、ひたすらに頭を下げて礼を言った。
国が、1つの国が初めて魔人族を受け入れた奇跡の瞬間である。国は、かつてないほどに『慈愛の皇女』を慕い、一体となった。
その様子を見て、影から嗤う存在が居る事も知らずに。




