第59話 裏表 オレに似合うかは別問題(ソフトバージョン) 初出09.5.10
手術の後の登校は、さすがに緊張してしまう・・・もっとも、知っているのは白石先生と校長と教頭と、あとは長谷川さんだけだから、本当は緊張する必要などないのだけど・・・クラスのみんなは、オレは親戚のお葬式に行ったと思ってるから、だれもオレが手術したことなど知るハズもない・・・ただオレ自身の気持ちの問題だ・・・
家にいる時は、あまり気づかなかったけど、こうして今までどうりの生活をしてみると、妙にスッキリしているものだ・・・これまで女の子は足を閉じて座らなきゃいけないのが、オレとしてはけっこう大変だったけど、それもあまり気にならない・・・
昨日あんなことがあったから長谷川と顔を合わすのが気まずい・・・長谷川が抱きしめてくれたおかげで、オレも気分がスッキリしたから感謝してるけど、女の子になぐさめてもらうなんて男としては情けない気がする・・・いくら今はオレも女の子だといっても、長谷川はオレが男だと知ってるのだから、やっぱり情けないヤツだと思われてそうな気がする・・・もっともオレは女の子になってからこっち、長谷川には情けないところを見られっぱなしだ・・・考えてみれば長谷川とは中学のころは親しくなかったワケだから、案外もともと情けない男の子なのだと思われてるかも知れないが・・・
今日は昼休みまで上手いぐあいに長谷川とは出会わなかった・・・1組と3組だからこんな日も珍しくはない・・・オレもあんまり教室から出なかったし・・・
「失礼します・・・」
オレは職員室の戸を開けてお辞儀をした・・・職員室に入るのはやっぱり緊張する・・・学級委員とかやってるコなら別かもしれないけど、オレみたいに出来の悪いコは職員室には良い思い出はあまりない・・・中学の頃の職員室の思い出といえば、赤点をとってしまった時に呼び出されて怒られたくらいだ・・・
それが今は職員室に三つ編みのやり方を習いに来るようになるなんて・・・人生ってわからないものだ・・・
「あの・・長山先生・・・こんな感じでいいでしょうか・・・?」
オレは家で編んできたヒモを長山先生に見てもらった。手術の後、じっとしてなくちゃいけなかったから、三つ編みの練習をしていたのだ・・・おかげでだいぶ上手になった気がする。
「なかなか上手に編めるようになりましたね。それでは次は髪を編んでみましょうか?」
「・・はい・・・」
オレはまず、お下げにした状態から編むことにした・・・ふたつにくくらずに編むのは難しいらしい・・・
まず片方の髪の束を三つに均等に分けなきゃいけないが、その段階からもう難しかった・・・なかなか同じくらいに別けられない。 なんとか分けてみたものの、二本の手で三本の髪の束をあやつるのは想像してたよりずっと難しかった・・・ヒモみたいに一本一本がはっきりしていないから、どうしても別の束から混じってしまうのだ・・・そうならない為には両手の指を駆使しなければならない・・・
とりあえず後ろ手で編みだして、途中で前に持ってきて編んでいると先生に止められた。
「戸田さん、途中で編み方が逆になってますよ。」
「え?」
鏡で良く見てみると、たしかに途中でよじれてしまっている・・・
「後ろから持ってきたときに手が逆になってしまったのよ。」
オレはまた髪の毛をほどいて、今度は最初から前で編み出した・・・最初の方が編みにくいけど、これなら手が逆になることもない・・・すると長山先生が、オレが編んだヒモを見せながら言った。
「戸田さん、三つ編みには表と裏があるのを知ってますか?」
「・・い・・いえ・・知りません・・・」
表と裏って何だろう・・・
「こうやって正面から見たときにVの字のように内側に向って編まれているのが表、逆に外側に向っているのが裏なのよ。」
「・・・・・」
「表の方が見た目に綺麗だから、正面から見た時に表側を見せるように編まなきゃいけないのよ。」
オレは鏡で自分が編んだ髪の毛を見てみたが、ちゃんと表になっている・・・
「・・あの・・ちゃんと出来てるみたいですけど・・・」
「そうかしら?編んだ後はどうするの?」
「・・えっと・・こうやって・・・」
オレは編んだ髪の毛を背中の方にやった・・・
「そうよね、でも今見えているのはこちら側なのよ。」
そう言って先生は背中側に見えている面をひっくり返してオレに見えるようにしてくれた。
「あっ・・・」
たしかに逆になっている・・・
「三つ編みを編むときは自分から見てじゃなく、他の人から見たときに表になってなきゃいけないのよ。」
そういうことなのか・・・他の人にどう見えるかなんて考えてなかった・・・
「それでは、もう一度編んでみましょう。」
オレはまた髪をほどいて、今度は逆に編もうとした・・・しかしこれが思ったより難しい・・・今までは上に上に持って来ていたのに、今度は下に下に編んでいかなきゃいけないのだ・・・ただでさえ髪の毛がバラバラになって難しいのに、編み方まで逆ではなかなか上手くはいかなかった・・・
「難しいようね。」
「・・はぃ・・・」
「それじゃぁ、こうして練習してはどうかしら?」
先生は長い三本のヒモを真ん中で結んでオレの両肩に掛けた・・・
「この状態で編んで手の動かし方を練習しましょう。」
たしかにこれで練習すればやりやすそうだ・・・とりあえずヒモで編めるようにならないと、髪の毛を編むのは難しそうだし・・・オレが編んだ髪は他の束から髪の毛が混じってしまって、ぜんぜんキレイに編めていなかった・・・
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オレが昼休みの残りの時間を、中庭のベンチに座って三つ編みの練習をしていると、向こうから長谷川がやってくるのが見えた・・・オレは長谷川と顔を合わすのが恥ずかしくて、知らないふりをして編み続けていた・・・
「有希、なにやってるの?」
「あ・・三つ編みの練習・・・」
「へ〜・・・」
なんだか見てられるとやりにくい・・・
「そんなに見ないでよ・・やりにくいじゃない・・・」
「なんでそんなふうに肩から掛けてやってるのよ。」
「あ・・これ? こうやって前で編むと・・・こう・・後ろにやった時に編み目が逆になっちゃうの・・・だから前で編むときは、編み目をまえもって逆に編まなきゃいけないのよ・・・」
「へ〜・・・知らなかった・・有希、詳しいのね。」
「そんなことないよ・・・出来ないから練習してるんだもん・・・」
「でも他のコなら今どき三つ編みなんてって思うけど、有希は何やっても可愛いからいいよね。」
「そ・・そんな・・別に可愛いと思ってやってるんじゃないよ!長くなったから三つ編みにしなさいって言われてるんだ・・・それにJINONの編集長に言われてるから、しばらく髪も切れないし・・・」
オレは好んで三つ編みにしたいと思ってるワケじゃない・・・
「有希はえらいね。」
「え?・・・な・・何よ急に・・・」
「こうやって女の子になる努力してるじゃない。」
「・・・・・」
「モデルもやっちゃうし・・・手術もしちゃうし・・・」
「・・・・!」
「わたしなんか全然努力してないのに・・・」
「そりゃそうでしょう? 長谷川さんは最初から女の子なんだから、努力なんかする必要ないじゃない。」
「でも今は有希の方がぜんぜん女っぽいわよ・・・」
「そ・・そんなことないよ・・・」
だって長谷川はこんなこと言ってるけど、女っぽくする気なんてなさそうだし・・・
「長谷川さんだってさ、もっと可愛い服とか着ればいいんじゃない。」
「だってわたしは有希みたいに可愛い服なんか似合わないもん。」
「そんなことないよ・・長谷川さんだって・・に・・似合うかもよ・・・」
でも正直・・あんまり想像できないかも・・・
「有希、今やっぱり似合わないと思ったでしょう!」
「そ・・そんなことないよ・・」
バレちゃったかな・・・長谷川ってなにげに察しがいい・・・
「・・ただ・・想像できなかっただけ・・・だっていっつも男の子っぽい恰好してるから・・・」
「でもさ・・似合わなく思えても、着てれば似合ってくるかもしれないわよ。」
オレだって似合わないのにずっと女の子の服を着ているんだから・・・
「それにさ、女の子の服って着こなしでぜんぜん変わるんだよ。ただ着ればいいってもんじゃないの。」
あれ?・・・なんか長谷川のようすがおかしい・・・
「・・・さすがモデルね・・・言うことが違うわ・・・」
「あ・・そ・・そんなんじゃないの・・・」
なんかまた怒らせちゃったかな・・・オレ自分が言われてきたこと言っただけなのに・・・でも・・・やっぱり男にこんなこと言われたら腹が立つかも・・・
「ご・・ごめん・・・そんなつもりで言ったんじゃないの・・・わたしがいつも言われてることなのよ・・・だから・・・」
「有希は自分が出来ることは、本当の女の子ならみんな出来ると思ってるみたいだけど、そんなもんじゃないのよ!」
そうかなぁ・・・オレくらい努力すれば誰だって出来ると思うけど・・・でもそんなこと言ったらまた怒っちゃいそうだ・・・
「う・・うん・・ごめん・・・もう言わないよ・・・」
こんな時は素直にあやまるのが一番だ・・・特に相手が女の子の場合は・・・・まあ、あやまれば良いってもんじゃないって言われることもあるけど・・・長谷川はあんがい許してくれる。
「べつに謝らなくてもいいわよ・・・ところでさぁ・・有希、もう平気なの?」
「え? なにが?」
「手術の後よ。」
「あ・・うん・・・ちょっと痒いけどね・・・」
「痒い? 痛いんじゃないの?」
「あ・・ちょっとはズキズキするけど・・でも平気・・もう体も洗えるし・・シャワーだけで、お風呂に浸かるのはまだだけど・・・」
お風呂のことなんか言うと、裸を想像されそうで恥ずかしい・・・
「痒いのは、手術のために剃った毛が短く生えてきてるから・・・チクチクするの・・・」
「そう・・・」
長谷川は何か言いたそうにしている・・・
「有希、あしたから放生会〈ほうじょうや〉が始まるの知ってる?」
「放生会?」
もうそんな時期なのか・・・放生会というのは筥崎宮〈はこざきぐう〉で行われる博多の秋のお祭りだ。生き物を供養するためのものらしい。どんたく、山笠と並んで博多の三大祭りなんて言われている。他の地方では〈ほうじょうえ〉というらしいが、博多では〈ほうじょうや〉と呼ぶ・・・理由は知らないけど・・・
「無理そうだったらいいんだけど・・行かないかなぁと思って。」
オレの身体を気づかってくれてるみたいだけど、もうそんなに悪くないし・・・
「いつまでやってるの?」
「18日までだったかな。」
「だったら間に3日も休みがあるね・・・行けると思うけど・・・」
その時、オレは良いことを思いついた。
「そうだ、また浴衣着て行こうよ!まだ一回しか着てないし。」
オレは三吉先生のところでは何度か着たけど、外で着たのは花火大会の時だけだ・・・たぶんこれを逃すともう今年は着る機会も無さそうだし・・・
「うん、いいんじゃない? あ、そうだ・・有希このまえわたしが着た紺の方を着て来てよ。あっちの浴衣着た有希も見てみたいし。」
「・・・いいけど・・・長谷川さんはピンクのはイヤじゃないの?」
「わたしは着ないわよ。」
「え〜・・・なんで?」
「だって窮屈だし、面倒臭いじゃない。」
「そんなぁ・・・」
せっかく長谷川と着ようと思って言ったのに・・・オレだけなんて・・・
「じゃぁ・・わたしもやめる・・・」
「ダメよ!有希は着てきなさいよ。」
「なんでぇ・・・」
相変わらず我がままだなぁ・・・長谷川って優しいんだか、イジワルなんだか良くわからない・・・そういえば長谷川ってB型だったっけ・・・血液型の性格判断ではB型の女の子とO型の男の子は相性いいって聞いたことがあるんだけど・・・でもオレはもう女の子だからなぁ・・・こういう場合どうなんだろう・・・
「わかったわよ・・いいよもう・・わたしだけでも着ていくから・・・」
本当はふたりで着たかったけど、長谷川は言い出したらきかないし・・・こうなったら紺の浴衣に合わせてちょっと色っぽくしちゃおうかなぁ・・・髪も大人っぽいカンジでアップにしてさ・・・・・あれ? オレ何てこと考えてるんだろう・・・オレに色っぽさなんて似合うハズないのに・・・
でもあの浴衣に少女っぽい髪型じゃ似合わないし・・・オレには似合わないかも知れないけど、浴衣に合う髪型じゃなきゃおかしい・・・だからやるのだ・・・決して自分が色っぽさを出せるなんて思ってるワケじゃない・・・!
「でも・・なんで長谷川さん放生会に行きたいの?」
「有希、東京ケーキって知ってる?」
「東京ケーキ? 知らない・・・」
オレはそんなの聞いたこともない・・・
「わたしも知らないんだけど、ママがね、食べたがってるの。その東京ケーキっていうの。」
「へ〜 うちのかあさんも知ってるかなぁ・・・」
「どうかな、ママの話だと有名らしいんだけど。」
「・・で・・その東京ケーキっていうのを買いにいくワケ?」
「うん・・もちろんそれだけってワケじゃないわよ。露天もいっぱい出てるから遊べばいいじゃない。有希そういうの好きでしょう?」
「・・うん・・まあ・・・」
そりゃぁ、嫌いじゃないけど・・・オレどんなイメージ持たれてるんだろう・・・でも・・“東京ケーキ”っていうのがどんなのか知らないけど、オレもなんだか“東京ケーキ”ってのを見てみたくなってきた。
「じゃぁさ、一応今度の土曜日ってことにしといて、もし天気は悪かったりしたら次の日にしない?」
オレがそう提案すると、
「そうね、じゃそうしようか。」
長谷川も同意してくれた。
“東京ケーキ”ってどんなのかな・・・おいしいのかなぁ・・・なんだか楽しみになってきた・・・
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「ねえ、かあさん・・今度の土曜日に長谷川さんと放生会行っていい?」
「いいわよ。」
「浴衣着て行こうと思ってるの、今年はもう最後になりそうだし。」
「あら? でも放生会から衣替えの季節だから、本当は単衣を着るのが正しいのよ。」
「えっ・・そうなんだ・・・じゃぁ浴衣着ちゃダメなの?」
「う〜ん・・でも有希くらいの歳なら浴衣でもおかしくないかも知れないわね。」
「でも、浴衣着てるのがわたしだけだったら恥ずかしいな・・・」
「それは大丈夫だと思うわよ。たぶん浴衣の人も少なくないはずよ。」
「だったら・・・やっぱり浴衣で行こう。だってせっかく買ってもらったんだもん!」
それに紺の浴衣は外では着てないから、一度は着ないと浴衣がかわいそうだ。
「放生会には有希が誘ったの?」
「ううん・・長谷川さんがね、お母さんが“東京ケーキ”っていうのを食べたがってるんだって。かあさんは“東京ケーキ”って知ってる?」
「知ってるわよ! 懐かしいわねぇ、良かったらかあさんにも買ってきて。」
「う・・うん、いいよ。実はわたしも話聞いて食べてみたかったの。みんなの分買ってくるよ。でもどんなのかなぁ?」
「どう言ったらいいのかな・・丸いのよ。」
「え?! 丸いの?」
松露饅頭みたいなものかな?
「片方だけ焼けててね。」
「へえ〜・・・」
どんなのかな・・なんかおいしそう・・・
「でも、有希もだいぶ外出も平気になってきたみたいね。」
「あ・・・そういえば・・・」
オレはいつのまにか遠出をしてもそんなに緊張しなくなっていた・・・今でも一応、お薬を飲んで、ナプキンも忍ばせてるけど、前はそんなにしてても今よりずっと緊張していた気がする・・・
「外に連れ出してくれる、長谷川さんやレナちゃんのおかげかも知れないわね。」
それはどうだろう・・・長谷川にもレナにもイジワルなことばかりされてる気がするけど・・・でも、そのおかげで普通のことには緊張しなくなってきてるのかも知れない・・・だって水着なんかに比べたら少々のイジワルなんかなんでもない・・・ちょっと恥ずかしさを我慢すればいいだけだ・・・
「長谷川さんもレナも・・もう少し優しくしてくれたらいいんだけどなぁ・・・」
「有希、人に優しくしてほしかったら、自分から相手に優しくしないとダメなのよ。有希は長谷川さんやレナちゃんに優しくしてる?」
「・・・・・」
そういえば白石先生にも同じことを言われた気がする・・・(56話参照)
「でも・・優しくするって・・どうしたらいいのかわからないな・・・」
「そうね、それはみんなが思ってることなんじゃないかしら? とにかく有希はいろんなことに気付かなきゃいけないわね。」
「気付く・・・?」
それって・・いったいどういうことなんだろう・・・オレは何かに気付いていないのだろうか・・・気付くと優しく出来るのだろうか・・・




