第29話 好意 女なら許される? 初出08.9.29
「最近暑いよねえ・・・」
「ほんとほんと・・・」
岡本直美〈おかもと なおみ〉は足を大きく開き、スカートを広げて下敷きでパタパタあおぎながら股の奥へと風を送っている。三角の胸あてもホックを外してしまい胸の谷間が見えていた。原口弘子〈はらぐち ひろこ〉はそこまではしないものの、やはりスカートをパタパタやって風を送っている。
白鴻はお嬢様学校だという人もいるが、これではとんだお嬢様達だ。さすがにオレと佐倉千里〈さくら ちさと〉はそんなはしたないマネは出来なかった。
男がいないというだけで良くそんなことが出来るものだ。もしオレが男のころだったら、こんな女生徒の姿を見たら幻滅していただろう・・・ほんとうに女で良かった・・・
「でも、有希はいつもシャンとしてるよねぇ。暑くないの?」
岡本が言った。
「そりゃぁ暑いけど・・・」
オレだって暑くないワケがない。まだ梅雨も開けてないのにこの暑さでは、真夏が思いやられる・・・外見には涼し気なセーラー服がこんなに夏に向かないとは思わなかった。
「有希もわたしも上品だからそんなこと出来ないの!」
と佐倉が言い返す。オレが上品かどうかは知らないが、たしかに佐倉のそんな姿は見たくないかもしれない。
「だけどさぁ、何でうちの学校はプールがないの?」
原口は自分の大きな胸を持ち上げて
「そしたら、水着であなたたちに私のナイスバディを見せてあげるのに。」
すると岡本はすぐさま言った。
「あんたのデカ乳は着替えの時にいつも見てるわよ!」
たしかに暑い最中にプールがないのはツライかも知れないが、オレにとっては好都合以外のナニモノでもない。もしプールなんかあったら、オレは毎回理由をつけて休まなければならないだろう。オレが水着なんて着られるハズがないのだから・・・
「でもさあ、さいきん有希の胸少し大きくなってない?」
岡本が言うと
「あ、わたしも思った!」
岡本と原口に胸を注目されて、オレはドキドキしながら何とか良い言い訳を探した・・・しかしオレが上手い言い訳を考えだす前に佐倉が言った。
「きっと、有希はまだ成長しきってなかったのよ。だって前は少しボーイッシュな感じだったけど、最近女っぽさが増してるもん。なんか色っぽさも出て来た気がする。」
「そ、そんなことないわよ・・・胸は・・・たしかに少し大きくなったかも知れないけど・・・」
たしかにオレの胸は大きくなっていた。以前はまだAカップに足りずパットを厚めにして対処していたが、最近はAカップではキツくなりはじめていた。
「有希はいつもお下げにしてるから、髪をほどいた時のギャップが良いのよ。髪をお下げにしてないとけっこう色気もあるんだから。ね!」
そんなことを言われるとオレは相変わらずいたたまれなくなってしまう・・・オレに色気なんかあるハズがないのに・・・みんなこんなことを言ってオレが恥ずかしがるのを楽しんでいるに決まっている。現にオレは顔が熱くてたまらない・・・きっと真っ赤になっているに違いない・・・
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「戸田さんは課題は何にするか決めた?」
裁縫の授業で松本たか子先生に聞かれた。
「部屋着のサマードレスを作ろうかと思ってるんですけど・・・」
「あら、けっこう大変よ。でも、まあ戸田さんなら大丈夫かしら。」
「どうせ作るなら、実際に家で着るのを作ってみたいんです。」
「そう、それじゃわからないことがあったら先生に相談してね。」
「はい。」
オレは裁縫はけっこう好きだ。もともと図工は得意だったし、デザイン関係の仕事をしている母の血もあるのかもしれない。ミシンで縫うのも他の女の子と比べても上手な方だと思う。オレは女になって何事にも自信が持てなかったが、こういうことには結構自信を持てた。こういうのは別に男も女も関係ないからだ。料理や裁縫は女の方が上手なんて決めつける方がどうかしている。
みんなは既製の型紙を使って作るみたいだが、どうもどれも恰好悪くて実際には着たくない代物だった。たぶんみんな実際に着ようなんて思ってないのだろう。でもそれじゃあ、せっかく作るのに勿体ない・・・
「先生、布とかどこに売ってるんですか?自分が好きなのを選びたいんですけど・・・」
「そうねぇ、大橋〈おおはし〉に良い布屋さんがあるんだけど行ってみる?」
「あ・・はい・・・」
「それじゃ待ってて・・・地図描いてあげるから。」
松本先生は駅からの地図を描いてくれながら
「先生ね、戸田さんみたいにやる気があるコがいると嬉しいわ。みんなただ言われるからやってるだけなんだもの。戸田さん手芸部に入れば良かったのに・・・」
そんなこと言われてもオレは困ってしまう・・・オレはこんなことでも頑張らなければ勉強はからっきしダメなのだから。そもそもこんな遊びみたいなものが授業なのが有り難いくらいだ。それにこの先女の子として生きていくには数学や英語より使いでがありそうだし・・・とはいえオレの場合は結婚して奥さんになることなどないのだから、そのへんは微妙な感じだが・・・?・・・ってオレは奥さんになりたいのか?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
授業が終ってクラブに行くとまだ長谷川しか来ていなかった。
もっとも、華道部は1年生はオレと長谷川の他は井川聡子〈いがわ さとこ〉だけだし、2年も3年も二人づつしかいない弱小クラブだった。ちなみに井川聡子は背が低くて痩せてて、ちょっと暗い感じのコだ。
白鴻には畳の部屋がひとつしかないから、この部屋は華道部と茶道部で日を分けて使っている。とは言っても華道部が使うのは週に1回だけだった。お茶をたてればいい茶道部と違い、華道部は花がなければどうにもならない。だから近所の花屋に開きすぎた花を安くわけてもらっても週に一回がやっとなのだ。その貴重な花をオレたちは出来るだけ長い状態で活け、だんだん短くしながら練習していくのだった。
長谷川が人がいないのを確かめてから、オレの耳もとで小声で言った。
「有希・・・あんた最近パット入れすぎじゃない?」
「そ、そんなことないと思うけど・・・」
「あんまり大きくしてバレたらどうするのよ・・・」
他のみんなはオレを女だと思っているから、大きくなったと思うだろうが、長谷川はオレに胸があるなんて思ってもいないのだから仕方がない・・・オレは適当にごまかすしかないのだ。しかしいつまでも隠しておくことは出来ないと思う。いつかは・・・たぶん近いうちに・・・オレの身体のことを打ち明けなければならない日が来るだろう。
顧問の嶋田晶子先生〈しまだ あきこ〉と先輩たちが来て稽古を始める。
嶋田先生は調理実習の先生で日本的な美人だ。いつもアップにした髪型が上品で色っぽい。先輩たちも華道部を選ぶだけあってみんな上品な感じだ。そんな中ではオレと長谷川だけ若干違和感があるかもしれない・・・
とはいえ、最初はどうなるものかと心配していた長谷川も、最近では、なかなか上手に活けられるようになってきた。井川よりも筋がいいかも知れない。井川はどうも大胆さが足りないようで、メリハリがない活け方になってしまっている。
華道部を選んだ時は、着物とか着れるのかと思ったが、それはまったくの計算違いだった。いつも制服のままだ。オレは先生に姿勢がいいと良く言われる。でもそれはオレがちゃんとした正座しか出来ないからというのもあるだろう。オレは女の子のように自然に足をくずして、お尻で畳に座るなんて芸当は出来ないのだ。もしそんな姿勢を続けていたら、痺れどころの騒ぎではなくなってしまう・・・
練習が終り片付けていると、井川がオレに近づいてきた。
「戸田さんって何やっても完璧なんですね・・・」
「え?!」
オレは驚いた。井川はあまり自分から話さないから、オレのことをそんなふうに思っているなんて考えてもみなかった。
「・・・わたしが完璧なんて・・・冗談でしょう?」
「いいえ、戸田さんは綺麗だし、何でも出来るし、完璧じゃないですか。」
「そ・・そんな・・・勉強はぜんぜんダメよ!国語以外はね。」
「そういうことじゃないんです。女として完璧なんです。」
「はぁ?!」
オレがふと視線を感じて振り返ると、長谷川が可笑しそうにしていた。
「そうよ、有希は女として完璧なのよ!」
長谷川は絶対厭味ったらしくそう言った。
「もう・・・なんでそうなるのよ・・・」
オレは花器を洗いながら言った。
「わたしはまだまだなの・・・まだまだ女としては半人前なのよ・・・?!」
・・・・しまった!長谷川に言われたのに気が散って井川がいるのを忘れていた!今の言い方はおかしくなかったか?
「戸田さんってすごく謙虚なんですね。そういうところがまた素敵です。」
なんか変には思ってないみたいで助かったが、謙虚なところが素敵なんて言われると、どうにも複雑な気分だ・・・オレはただ自信がないだけなのに・・・
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ねえ、長谷川さん今日これからヒマ?」
「特に用事はないけど・・・なんで?」
「・・・もし・・良かったらだけど・・一緒に大橋に行ってくれないかな?と思って・・・」
「大橋?何しにいくの?」
「・・・裁縫の実習で使う布を買いに行きたいんだけど・・・やっぱり無理よね・・・」
「有希は・・・なんで勝手に諦めるかなあ、用事ないって言ってるじゃない!」
「だって・・・」
オレは長谷川が行ってくれない気がしたのだ・・・
「行ってあげるわよ。」
「ほ・・ほんと?ほんとに行ってくれるの?」
「うん、でもなんでわざわざ買いにいくのよ。学校で用意してるじゃない。」
「でも・・・自分が気に入った布を使いたいの・・・」
「ふ〜ん・・・まあいいわ。」
オレは長谷川と電車で大橋に向かった。大橋はオレたちの家に最寄りの駅を通り越すことになる。
「ねえ、長谷川さんは何作るか決めた?」
「うん、巾着袋。型紙があったじゃない。」
「え〜巾着?・・・」
巾着はいくつか見本があったうちのひとつで、簡単に作れるやつだ。袋を縫って裏返し、両方から引っ張って閉じるヒモを通すだけなのだから。
「・・・あんなの面白くないよ!なんでそんなの作るの?」
「あのねえ、女の子だって裁縫が苦手なコもいっぱいいるの!みんな有希みたいに裁縫が上手なわけじゃないのよ。」
「・・・・!」
そうか、オレは裁縫や料理は男とか女とか関係ないなどと言いながら、オレ自身は女の子なら裁縫くらい出来て当たり前だという気持ちでいたようだ・・・オレはなんて自分勝手なんだろう・・・
「ご、ごめん・・・わたしそんなつもりじゃなかったんだけど・・・でも、イヤなこと言っちゃった・・・」
オレはこんな女の子にはなりたくないのに・・・
「いいのよ。有希が他のコよりずっと得意なのは知ってるから。」
「でも・・・」
「ほら、そんなにイジイジしないの!有希は女の子なんでしょう?ちょっとくらい自分勝手でもいいのよ。」
「・・・そんな・・・」
長谷川に、そんなこと言われると、ちょっと照れくさい・・・
「・・・なんか・・・長谷川さん、今日はやさしいね・・・」
「何いってんのよ。わたしはいつもやさしいの!」
「そ、そうよね・・・ちょっといじわるなだけよね・・・」
「何処がよ。こうして買い物にも付合ってるじゃない。」
「う・・うん・・・ありがとう・・・」
オレはなんだか嬉しくて長谷川の肩にもたれかかった。
「もう!懐かないでよ、うっとうしい!」
長谷川は口ではそう言ったが、嫌がってはいないみたいだった。
「好きだよ、長谷川さん・・・」
オレは思わず、これまで思っていたことを口に出してしまった。
「な、なに言ってんのよ・・・」
長谷川は急に体を固くした。オレはまずいことを言ってしまったのだろうかと心配になってきた時
「わたしだって・・有希のこと・・嫌いじゃないよ・・・」
そう言って長谷川はオレの手を握ってくれた。
なんか・・・すごく照れくさい・・・それに・・すごく嬉しかった。もしもオレが男だったら、すっごくドキドキしていたに違いない・・・女になった今でもこんなにドキドキしてるのだから・・・
松本先生に描いてもらった地図を見ながら行くと、思ったよりずっと大きな店だった。いろんな布がたくさんある。
「わ〜・・こんなにたくさんあるんだぁ・・・」
オレはいろいろ見てまわり、柔らかい布でできた、小さなピンクのバラの花がいっぱいプリントされた布を見つけた。
「これ可愛いなぁ・・・これにしようかなぁ・・・」
オレが迷っていると長谷川が言った。
「有希、あんた自分が着ること考えて選んでる?」
そう言われてみると、これをオレが着るにはちょっと恥ずかしい気もする・・・
「う〜ん・・・じゃぁ・・・こっちにしようかな・・・」
もうひとつ気になっていた、似たような素材の淡いブルーのチェックの布を体に当ててみる。
「うん、そっちの方が有希に似合いそう。」
「そうかな・・・う〜ん・・・でも・・・」
オレは結局、バラ柄の方も諦めきれずに、両方買ってしまった。電車に乗ると帰宅する人たちで満員だった。満員電車はちょっと苦手だ・・・
「長谷川さん、今日はついてきてくれてありがとう・・・」
「いいよ、べつに用事もないし。」
ドアの脇にオレが入り、長谷川はオレをガードするように立ってくれている・・・
「有希・・大丈夫?ダメそうになったら言ってよ。」
「うん・・・」
長谷川の心配してくれる気持ちは有り難かったが、なんだか長谷川が一緒だと、満員電車でもあまり恐怖心は感じなかった。
これじゃ男と女が逆みたいで情けない・・・でも病気では仕方がない・・・オレは長谷川に守ってもらいながら、ちょっと嬉しかった。背はオレのほうが少し高いけど、長谷川はすごく頼りになる・・・多少情けなくいてもいいかな・・・オレも女の子なんだし・・・
「ねえ、有希はどこで降りるの?」
「あ・・次だけど・・・」
「え?わたしと同じ駅なの?」
「うん・・・」
オレは小さくうなずいた。
「この間、言わなかったじゃない。」
「うん・・・なんか言いそびれちゃって・・・」
いまさら隠すわけにもいかないし・・・隠す必要もない気がした。
電車を降りて改札を出るまで長谷川はオレと手をつないでいてくれた。そこまでしなくてもいいのだが、オレも今日はその好意に甘えてみた。
「有希はどっちなの?」
「こっち・・・」
オレの家は長谷川の家とは反対の方角だ。
「近いの? 送っていこうか?」
「え、いいよ・・・いつも通ってる道だし・・・」
さすがにそこまでしてもらってはオレとしても立つ瀬がない・・・
「今日はほんとありがとう・・・」
「うん、じゃあね!」
オレは長谷川と別れて家へと帰りながら、幸せな気持ちに包まれていた。なんだか長谷川はレナとは違う安心感があると思う・・・オレは自分がこんなに長谷川のことが好きだったなんて知らなかった・・・




