建国とその弊害
捨てられた大地と呼ばれた地はもうない。かつて不毛な土地であった場所は今や見渡す限りの緑であふれている。人々は仕事に精を出し、皇に感謝しない日はない。そして今この場所は新しい国を建国する運びとなった。
それだけの人口にまでなったのは一重に商人の働きが大きい。商人達は各国との取引の合間を縫ってその国の民に噂をばら撒いていたのだ。
「捨てられた大地と呼ばれた掃き溜めの地に神に等しい御方が、見かねて手を差し伸べてくだされた。この食物も御方が創造なされたもの。お姿を見たければあの捨てられた大地に来るといい」
商人達の噂は最初はほとんどの人に一笑に付された。しかし、好奇心旺盛な人が噂を確かめようと捨てられた大地に来ればそこは緑あふれる土地に生まれ変わっている。実際見たものそれも同じ国の者が言えばそれは真実かもしれないと次第に信憑性が増し、現人神の下で働きたいという者が大勢出た結果なのだ。
宗教はこの世界でも人々と密接な関わりを持つ。実際に大抵の国は宗教を信仰している。そしてその聖地と呼ばれる場所も存在する。商人達の噂は噂に過ぎないと見過ごされる可能性が高いが、皇が王となりその民が皇を信仰する事は決して見過ごされる問題ではない。言わば軋轢を生み、最悪宗教戦争になるだろう。当の噂をばら撒いた商人達も皇もその事には気がついていないが、災いの種を生んだといえよう。だが結果として人は集まり建国となったのだ。
捨てられた大地改め、皇国の民達は皇の即位の祝いの準備で忙しい。現在皇国には5つの街がある。北にルグランド、西にオッドランド、南にサンランド、東にベルランドがありその4つの街の中央に皇都が存在する。皇国の土地は広大で皇都から他の街からは大分離れており大人の足でも丸2日かかる距離がある。それには大きな理由がある、緑が増え肥沃な土地になったとは言え、まだまだ人が住むには場所を選ばなければいけない。その結果かなり離れた土地に人を住む街を建設したのだ。
現在祝いの準備で浮かれている中、2人の顔は冴えない。レイナが皇に軍事の事で相談があると言われ話を聞き、解決策を模索して最中。
「レイナさ、レイナ将軍。確かにそれは盲点でした。何故そこに考えがいたらなかったのか・・・」
表情を暗くする皇にレイナは慌てて。
「いえ、私がいけないのです。特定の人物以外と関わってこなかった自分がいけないのです」
「しかし、それは事情があってのことです。一概に君のせいとは言えないではないですか?」
「それは・・・」
逆にレイナが表情を暗くし、今度は皇が慌てる。
「わかりました、心当たりを当たってみます」
レイナは表情を一気に明るくし。
「有難うございます、この様なことで陛下に相談するなど恥ですが、軍を任されている以上そうもいってられなく・・・」
皇は手で制し。
「その話は私に任せてください。それよりも別な話をしませんか?」
正直皇は暗い場が苦手でもあり、堅い話も苦手な人間。すぐに仕事の話を終わらせ、雑談で場をなごませたかったのが本音だ。
「別な話ですか?」
皇は頷き。
「レイナ将軍は竜人との混血でしたよね?」
「はい、といっても竜の姿にはなれませんが・・・」
「そうなんですか?」
「ええ、竜人は竜と人の姿を取れる竜族の高位種族と聞き及んでいます。しかし私は人と竜人の混血で、人の血の方が強く出たみたいです」
関心するように何度も皇は頷く。
「陛下は竜族についてどの程度知っておられますか?」
「火を吐いたり、空を飛んだり、堅い鱗を持っていたり、えーと力が強かったり?」
レイナはニコリと微笑む。
「左様です。竜族は必ず属性を持ちます。大抵は種族によって属性は決まっていますが、竜人はその限りではないのです。私は父が火の属性を持つ火竜でしたので、火の力に長け、良く面白がって使っていたら母に怒られたものです」
そう言ってレイナは皇から視線を外し、遠いところを見つめる。
あ!触れてはいけない所に触れてしまったかな。失言が多いのは変わらずだな
声を掛けようと、レイナに口を開きかけた時。レイナの視線は皇を写し。
「陛下、私も聞きたいことがあったのですが宜しいでしょうか?」
「ああ、うん、いいよ」
少しレイナは躊躇いを見せ。
「陛下はどうしてそれほど寛大なのですか?」
寛大?俺が?あっちの世界ではそんな事一度も言われた事がないぞ。
「そんなことないですよ」
レイナは頭を振り。
「初めて陛下にお会いしたとき、あの様な質素な家に暮らしているのを見て驚きを隠せませんでした。そして竜人の混血である私をいとも簡単に受け入れてくれた。怪物と言われても仕方ない体なのにです。更に陛下は畑仕事も自分でなさっておられたとか。私には信じられませんでした。それほどの力があるのに私利私欲の為に使わず、皆の為にそのお力を使われるなど、それを寛大と言わずしてなんと言えばいいのでしょうか?」
レイナの気迫迫る言葉に、言葉が詰まる。
「私は覚悟していたのです。陛下に怪物と罵られることを・・・」
「それは普通の・・・」
「普通!陛下の世界ではそれが普通なのかもしれません。しかしこちらの世界では私は怪物なのですよ!ですが、陛下のあの時のお言葉で私はどれほど救われたことか」
皇の前で対面していたレイナは急に膝を折り。
「必ずや、陛下の御身と皇国の民の為に尽力をいたします」
「ああ、うん、よろしくね・・・」
「はい!」
レイナと別れた後、罪悪感に苛まれる。
皇は私利私欲の為に力を使っていたのだ。それが事実。自分が生きる為、周りに信用してもらうため、全ての行動がそこに行き着く。しかし、周りはそうは思ってくれない、レイナの感情はきっと他の者も同じく感じていることなのだと、気がついてしまった。自分は汚れている、それは過去も今も変わらない。いつも自分のことしか考えてなかった。それが変な力のせいで小さな自分は人々から大きく見られる。本当は他の人と変わらないのに、いや、もっと劣る人間なのに・・・、なのに、俺が王になるなんて間違っている。
「あ~あ、どうしてこんなことになったんだろうな・・・」
一人言を呟いているつもりだった、声が掛かるまでは。
「これは皇様ではないですか?」
ハッと振り返ってみると、目の前にヘルゲンの姿がそこにあった。
どうやらいつもの癖で、静かな落ち着く場所、ヘルゲン家に足が向かっていたようだ。
「駄目ですよ、今や大事なお体なんですから、一人で出歩いては・・・」
ヘルゲンが首を傾げる姿が見える。
「皇様、お悩みがあるようですね。それは当然ですよね、王様になるんですから、悩みがない方がおかしい」
ヘルゲンはいつもこうだ。何も言わずに皇の心情を読んでしまう。
「ばれてしまいましたね・・・ハハハ」
「そりゃそんな青い顔をなされてはね。いいですか?王様なんていうのは人を上手く使うお仕事です。そこに皇様の心や過去の行いが反映されるわけではないんです。適当な役職に着けて仕事を上手くさせる。それだけです。ね、簡単でしょ?」
「簡単かな・・・?」
「簡単ですよ。自分一人でやろうとすれば難しい、それは当然です。ですが、信頼できる者とやればそれは半分になります。更に人が増えれば皇様はほとんど考えずに決めれるんですよ。いいですか?信頼できる家臣をまずは見つけることです。一人よりも二人、二人よりも三人見つけなさい。そうすればあらゆることに対処できるようになりますよ」
衝撃だった。ヘルゲンの全ての言葉が皇が欲していた答えそのもの。まるで心を見透かされたように。
「どうして・・・、どうしてそこまで俺の事わかってるのに、なんでそこまで親切にしてくれるんですか?こんな小さな人間の俺なんかに・・・」
ヘルゲンは微笑む。
「私はね、とても変わっているんです。優秀な人は最初から言う必要ないし、傲慢な人間も、自分を過大評価する人も嫌いです。ましてや何の努力もしない人間なんかなおのことです。ですが、皇様あなたはとても小さい、その小ささが私は好きなんです。そしてその小ささをあなたは理解している。今していなくてもいずれわかるお人です。だからあなたは力を持っていても、必要以上に使わなかった、あくまでもこの国の人々の最低限の生活の為にしか使わなかった。必要以上使えば歯止めがきかなくなると理解しておいでだからです。そんなあなただから私はこの地に来て、ここにあなたが来るのを待っていたのです」
皇は絶句する。
「それよりも他に私になにか言う事があるのでは?」
ヘルゲンに聞かれて、改めて思い出す。
「あ!そうだ、レイナさんが今まで人と触れ合わなかったから、部下とのコミュニケーションが取れなくて困っているんだった!」
「分かりました、ではそのお手伝いをしましょう。レイナ様の補佐をすればいいのですね?」
「え、あ、即答で決めていいんですか?」
「勿論です」
ヘルゲンは笑みを濃くし、それに答える。
その笑みに皇は少なからず恐怖を感じた。
自分はヘルゲンの手の中で動いているだけなのではないかと。
「そうそう、皇様、各国の即位の使者はまだ控えになったほうがよろしいかと。というよりも、即位自体遅らせたほうがよろしいかと思います」
「え、すでにユルグさんが使者を送ってもう着いている国もあるかと」
ヘルゲンは少し顎に手を乗せ考え込み。
小さく。
「何事もなければいいのですが」
即位がひと月前に迫った日、皇国は衝撃が揺れる。
各国への使者が帰ってきたのだ。
そして、使者は皆同じ言葉を持って。
「皇という人物の王は認めんと」
それは当然の事であった。なんの後ろ盾もない国が建国など各国が認めるわけがない。本来なら後ろ盾を作ってからそれに庇護されて即位するものが慣例であった。皇国はそれをしなかった、いや、わからなかったのだ、ユルグという政治の場においた人物も長く離れていたせいもあり、すっかり忘れてしまっていた。更に言えば、皇の周りは大抵が捨てられた大地で共にした人、つまり学識が不足している人物が多かったのだ。それでもユルグがある程度の経験があり何とかここまで来た、しかしここまでなのだ。
「そうか、そいう事か。ヘルゲンのあの時の言葉はこの事を・・・」
皇は後悔をする。
この後に来るであろう、津波が来る事を恐れて。