孤独と出会い
日本に一人の男がいた。年は23歳、一見パッとしない顔立ちで、やはり行動もパッとしなかった。一会社員で働いていた彼はいつも思っていた。自分はもっと出来るはず、自分はこんな所で終わらない、きっともっとすごい事ができると。毎日毎日妄想する。例え上司に叱られても、自分を正しく評価できない上司が悪いと頭の中で思い描く。彼はいつも妄想の中に逃げていた。それが幼少期からの彼なりのストレス解消であり楽しみでもある。
彼は決して馬鹿でもないし、悪人でもない。しかし、ただそれだけだ。前に進む事を恐れ、失敗を恐れ、怒られる事を恐れる。今日も彼は、上司に叱られ帰宅の道を妄想しながら歩く。いつもの道のはずだった、いつもと変わらない毎日のはずだった。だが気がついたときには、周囲の状況が一変してる事に気が付く。彼の得意技妄想しながらの帰宅は、周囲が変わっている事に気がつくのを遅れさせた。
「ここは・・・」
彼は周囲を見渡し、明らかに今までの道じゃない、それどころか道すらない。あるのは延々と続く荒野だ。どこまでも続く様に荒野があり、彼を困惑させる。
「一体何故こんな場所に」
自問自答を繰り返し、頭を整理しようと必死に落ち着かせる。だが、いくら考えても、いくら自分に問いかけても、答えなどでるはずがない。ただ漠然とわかったのは、ここは今まで住んでいた日本ではない事だけははっきりとわかった。なぜなら、日本に延々と続く不毛な荒野が、人が住むにはあまりにも厳しい荒地があるはずないのだから。
彼は必死に歩いた。延々と続く荒野を歩いた。喉が枯れはて、お腹がグーグー鳴りながらも、彼は歩を止めはしなかった。
「誰か・・・、誰かいないのか」
この世界に人が自分一人しかいないという事がこんなにも恐ろしく寂しく、そして悲しい。まるでこの世界に居場所がない、そんな感情が絶え間なく溢れ出、ただただ人を探すために歩を進める。
嫌だ、嫌だ、誰にも見られず朽ち果てるのは嫌だ。
彼は泣いた。歩きながら泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。
そして彼は思う。人に出会えたら、もし出会えたらここがどこだっていい、変なプライドなんか捨ててもいい、その人に見捨てられないようにどんな事でもしようと、そう決心する。
涙等とうに枯れて、空腹も喉の渇きも限界に達し、今どの位歩いてるのかすら定かではない。足は棒の様に重く動かすのも億劫ではあったが、彼はゆっくりではあるが歩を進める。生きるためなのか、人に会いたいだけなのか、それとも両方なのだろうか。
心が挫けそうになった時、彼の視界に光が見える。目を良く凝らし光をじっと見ると、光は建物の中にあるのが見て取れる。
「家だ・・・」
彼の表情は一気にぐしゃぐしゃになり、動かない足を叱咤して動かす。段々と距離が近くなると、その建物の全貌がはっきりと分かる。木造のそれほど大きくない建物。作りはそれほどしっかりしてなく雨露をしのぐくらいで隙間風は入るだろうと簡単に想像できる作りだ。だが、そんなことは彼にとってはどうでもいいこと。重要なのは建物の中に光があるという事だ。つまりは、現在人がいる事になる。流行る足を、呼吸を整える事で落ち着け、家の前までたどり着く。そして優しく、しかししっかり聞こえる様に。
コン、コン。
10秒程時間がたったであろうか、ドアがゆっくりと開き隙間からこちらを観察する視線がある。そして、観察し終わったのであろうか、ドアが完全に開かれ、中から中年の男性が姿を現す。
「どちら様ですかね?うちには盗むものなんてないですよ」
中年の男性は彼を警戒してる事を悟らせる様に、言ってくる。当然だ、今は夜、それもスーツ姿でこんな場所でやって来る人などいないだろうから。だが彼は、気にしない。人がいた。人に出会えた。それだけが彼にとっての救い。
彼は大きく頭を下げ。
「申し訳ありません。俺、いや私は道に迷ってしまい。大変すみませんが助けて頂けないでしょうか?」
怪訝な表情を浮かべ、彼を観察しながら。
「道に迷う・・・?まるで、ここがどこだか・・・!そうか、あんた異世界人だね?」
彼は首を傾げ。
「異世界人?」
中年の男性は警戒心を解いたのか。
「まあ、ここではなんだ。中にお入り」
男性に中に誘導され、彼はゆっくりと中に入る。中を見渡し、物はほとんどなく中にこれほどいたのかと思わせるほど、老若男女10数人がこちらを警戒するように見る。彼は軽く頭を下げ、男性の案内された小さなテーブルの椅子に座る。
「見ての通りさ、あんたを助ける程余裕はないんだよ。なんでまた捨てられた地に来ちまったのかね」
「捨てられた地?」
男性は頷き。
「そうさ、ここは西にある土地だ。そして、ここに流れ着く者は色々事情がある者ばかり。例えば罪人とか、罪人でなくとも国に入れなくなってここに来ちまう者もいる。あんたも見ただろう?延々と続く荒野を。魔国に比べればマシだが、人には厳しい環境だ。土地はまともに耕すこともできない、雨もほとんど降らない、ゆえに捨てられた地。どこの国もこの地を欲しがる王なんていやしない、ただ土地だけでかい荒れ果てた地だ」
「そうなんですか、しかし何故・・・」
周囲に居る人を視線に捉え。
「ここにいるのはここで出会った者、それと儂の家族だ。ここでは奪い奪われるなんて意味ないんだよ。奪う物なんてないんだから。だから、まあ、一人は嫌だからな。こうしているわけだ。儂も、小国の大臣だったが、王に諫言してこの有様だ。儂達も飲まず食わずだ。たまに獣を捕まえてなんとかな・・・。」
男性は頭をかき。
「だからすまない。助けてやりたいが、儂らもどうなるか」
申し訳なさそうな声に。
「いえ、事情はわかりました。それで私の事を異世界人と言ったのは?」
「ああ、つまりこの世界の人じゃないって事だ。見ての通り黒髪の人間はおらんだろ?それが異世界人って事になるわけだ」
彼は周囲を見渡し、成程と思う。日本では見ない、いや海外でも見かけない緑髪、赤髪の人がいる。趣味でそうしているわけではないのであれば、そいう事なのだろう。
「それで君の名前はなんて言うんだね?」
しばらく考えこむ。もう日本には帰る事はできないのかもしれない。いや、もうそんな事はどうでもいい。もうひとりは嫌だ、だから例えここで終わろうとも、この人達とともに歩める様、名前を変え新しい道に行こう。
「皇です」
「皇かい、その他はなにもないのかい?」
皇は頷く。
「異世界人はやはり変わってるんだな。儂はユルグ・ハスクだ。まあ何もないが、ゆっくりしていくといい」
皇は席を立ち、ユルグに深々と頭を下げる。
皇は家の壁に寄りかけ今日の出来事を思い返す。
食物もなく、水もない。生き残ることは難しいだろうな。今でも元気が出たとは言え。空腹と渇きがひどい。特に水はないと、ダメなんじゃなかったけかな・・・。確か、そんな話を聞いた気が・・・。
雨が、皆の渇きを癒せるほどの雨が降ってくれないかな。
そう考えながら、だんだんと意識は闇へと落ちていく。
皇が起きたのは、ユルグの呼ぶ大きい声だった。
「皇、皇!おい起きろ!」
久しぶりの睡眠に横槍が入り、幾分まだ寝ぼけ眼で目をこすりながら、目を開ける。
「どうしたんですか?ユルグさん?」
「雨だ!雨が降っているんだ!それも儂らがここに来て体験した事のないほどの大雨だ!」
皇は勢いよく起き上がり、外の音を聞く。
強い雨音が聞こえ、それに混じって、ユルグ以外の人たちの歓喜の声が聞こえる。
「皇!これだけの雨なら当分は安心だ。良かったな皇」
ユルグの本当に嬉しそうな声は皇をも嬉しくさせる。
その日は、総出で雨を蓄えそして堪能する。
「当分は水は心配いらないな、あとは動物でも捕まえる事ができたらな」
ユルグがみんなに話しかけ、それに頷く。
雨は総出で蓄えるだけ蓄えた後、それを見ていたかの様にピタッと止む。これにはなにかから守られているのではないかと期待させる。皆は笑顔で語り合い、その日は笑いの絶える事はなかった。
昨日の様に皇は壁に寄りかかり、目をつむり体を休める。そして、うとうとする意識の中、明日も皆が笑顔でいれる様願い。
この荒地でも育つことができる、じゃがいもの様な物があればいいのにな
と考えながら、深い眠りにつく。
皇の目が覚め、睡眠を十分堪能した余韻に大きく背伸びをし、ゆっくり目を開ける。
目を開けた光景に皇はぎょっとする。
「どうしたんですか?皆さん」
皇も問いかけるのも当然だった。
老若男女10数人が皇を姿勢正しく見ていたのだから。
代表としてユルグが前に出、一つの食物の実を差し出してきた。
「これは・・・、私が食べてもいいのですか?」
そんなことあるわけがない、わかっていてもつい冗談のつもりで聞いてしまった。
皇の言葉にも笑みを見せず、真剣な表情にさすがに恐怖がこみ上げる。
ユルグはそれを察してか、口を開ける。
「これは、今朝家の前に実っていたものです」
ユルグと実を交互に見比べ、疑問がつい口に出ようとするが何とか食い止める。
「この植物が家の前に広がるように実っていたのです」
そう言ってユルグは頭を下げ。
「異世界人はある力を持つとは聞いていました。しかしながら、これほどの力を持つ者がいるとはついぞ聞いたことありません。正に神の奇跡です。昨日の雨もあなたが降らしたのですね」
皇は意味が分からず呆けてただ状況を見守るしかなかった。
いきなり別の話ですみません。ちなみに水魔法は飲んでも水分にはならないということにしてください。




