最後の願い
次々と皇の元に被害状況、戦の報告が上がる。
そのどれもが予想していた通りかそれ以上だった。
北はレイナから大よその報告は聞いていた。それでも犠牲者の数を聞くと悲しみで壊れそうだった。
南はそれ以上にひどかった。シルクスが来なければサンランドもあわや陥落という所だった。そして犠牲者は民を含めると北の数倍の1万余。
あまりにも犠牲が多すぎる。それが皇の心情だった。いくら戦で勝利を得ても犠牲が大きすぎては、果たして勝利と言えるのだろうか。恐怖だった。東から被害状況を調べた役人が戻ってくるのが恐ろしかった。部屋に閉じこもり、耳を閉ざせればどんなにいいことか、だが聞かずにはおれない。なぜなら。
自分という存在がいなければでない犠牲だったのだから。
なんの役にも立てない皇という人がこの戦を引き起こしたのだ。あまりにも無力な皇を信じ、最後まで戦った者を、怖いからという理由で聞かないでいい訳がない。
皇の心情を察してか、東を調べにいった役人がシルクスがやって来た5日後に帰ってくる。
出発は同じ日なのに5日遅れの意味は、頭がそれほど良くない皇でも理解できる。
王の間で東から帰ってくる役人と対面する。
役人の表情は皇からでも見て取れる程、青ざめている。
やはりか。
皇はボソリと呟く。
心の準備等できるわけがなく、かといって待ってくれるわけもなく。状況は刻々と進んでいく。
「陛下、まずは・・・」
ゴクリと唾を飲み込みながら次の言葉を続ける。
「トラント公国の被害報告からしたいと思います」
何故敵の犠牲の報告が先?首を傾げる者がいながら、分かる者にはすぐわかった。皇もその一人だった。また役人も言うのが怖いのだ。味方の犠牲がどれだけでたかを。
皇は頷く事で続きを促す。
「トラント公国の被害はほとんどが内乱により出たことをお知らせしたいと思います」
「内乱?」
「はい、我が国に向けられたトラント公国の軍は突然反転し、公国領内に攻め入り、民を虐殺したと。公国軍が慌てて軍を派遣し、鎮圧しました」
「なんだと!!」
皇は玉座から腰を浮かし叫び声を上げる。
「何故、そんな事を・・・。民を虐殺等内乱と呼べるのか!王政側に向ける物ではないのか!」
皇の叫び声に縮こまりながらも。
「わかりかねます。現状調べられたのはこれだけでして。公国領民、内乱と鎮圧の軍合わせて総人口の1割とも2割との情報です」
「馬鹿な・・・」
ストンと浮かした腰を落とし、右手で頭を抱える。
有り得ない、全くの意味のない行動だ。内乱側もわざわざ皇国に攻め入ってから反転するのも意味がわからないし、何より領民を殺しては王政を倒しても更なる内乱が起きるし、得など何一つない。何より公国は皇国に比べて、人口はかなり多いはず。それの1割から2割、もしかすると皇国の犠牲よりも多いかもしれない。何がどうして・・・。
思考に入ろうとした皇を。
「我が国の東の被害状況に入らせていただきます」
聞きたくない言葉を聞き、頭をすぐ上げる。
「我が国の東・・・。砦や基地は全滅・・・」
皇の息が気がつかない内に荒くなる。
「ベルランドは・・・」
役人も息が荒い。覚悟を決める様に目をつぶり。
「ベルランドは壊滅。民はほぼ亡くなりました」
ザワザワと重臣が騒がしくなる。
「ベルランドの民、約9万、東を守る兵1万・・・合計約10万の犠牲者がでました」
重臣達の一層騒がしくなり、またユルグとヘルゲンも目を大きく見開いている。
そして報告している兵もその状況を実際に見たからなのだろう。目に大粒な涙をこぼしながら報告を続けている。
「ベルランドの民は数箇所にまるで・・・まるで・・・、物の様に積み重ねられ・・・、うっうぅ・・・お、置かれていました」
役人はそれを言うと、膝から落ちるように崩れ落ちる。
「なんてこと・・・、民を民を虐殺するなど・・・、一体公国の兵は何がしたかったんじゃ」
ユルグが小さく心情を吐露する。
ヘルゲンもまた、考えこむ様に顎に手を乗せ。
「民は少なからず、生かすものとばかり思っていました」
自らの心情を吐露する。
相談する者、考えこむ者、泣き叫ぶもの千差万別。そんな異様な雰囲気の中、ドサリと音がする。
その音を皆が一斉に注目し、音の原因を探る。
皆の視線に入ったのは皇が玉座から崩れ落ち、地面に突っ伏している姿だった。
最初誰もが役人の言葉の衝撃がでかすぎて、何が起きているか一瞬わからなかった。だが、ヘルゲンが一足早く回復し、駆け寄る。
「陛下!陛下!」
そして次いで、ユルグも駆け寄り、それに続くように重臣も駆け寄る。
「すぐに部屋へ、治癒魔法ができるもの、または医師をすぐに!」
ヘルゲンが叫ぶ。
重臣に抱えられ、皇はベッドに寝かせられ、医師の診断を受け、ユルグがその報告を聞き、重臣を一同集める。
誰もがユルグの言葉を今か今かと待ち、ユルグもそれに答える様に口を開ける。
「大変な事になった・・・」
ユルグの言葉であまり良くない報告だと察し、重臣は青ざめる。
「医師の診察では、栄養失調と過労でかなり弱っているとの事だ」
言葉を聞き、重臣は崩れ落ちる者が続出。
「しっかりせんか!この大事な時に落ち込んでいる場合ではないぞ!」
激を飛ばすユルグも若干元気がないのをヘルゲンは感じ取る。
「それほど重体なのですか?しかし、栄養失調とは・・・、最近戦が終わってしっかり食事をとっていると聞き及んでいますが?」
首を横に振り。
「侍女の話では戦が終わっても、食事をとっていなかったそうじゃ。陛下が侍女に食事をとっていると口止めされていた。侍女も頼まれれば陛下の頼みじゃ断りきれなかったのだろう・・・」
はぁ・・・とため息をつき。
「更にいつも侍女が起こしに来ると、すでに起きていたそうじゃ・・・。どう見ても寝ていないことがわかったそうだが、侍女に化粧を施してもらい皆の前に姿を現していたという」
どうして気がつかなったのか。小さくユルグは呟く。
「それで、治るのですか?」
ユルグは力なく首を横に振る。
「わからん、医師の話ではかろうじてだが、皆の見て通り姿を現し働いておったが、随分お悩みなさっていたのだろう。今度の報告で心労が一気に来てしまい、心身ともに衰弱との事だ」
「魔法でもですか?」
「魔法は万能ではない。傷や毒を癒せても、今の陛下を癒すことはできん」
ヘルゲンはそこで口を閉ざす。
ヘルゲンにとってみれば今回のは想定外の出来事だった、ある程度悩む事も知っていたし、そいう状況だった。自分がもう少し知識を披露してれば今回のはもっと少なく犠牲はすんでいた。それをしなかったのは、皇に国を生むことの苦しみを味あわせ、成長を促す目的があった為、進言をあえてしなかった。だがまさか公国の軍が自分の国と皇国の民両方を虐殺するなど、誰が想像できたであろうか。いくら悔いても過去には戻れない。だが方法を知りながら防がなかったヘルゲンにとってみれば、自分の罪と受け取ざるえない。
部屋の窓から風が流れる。涼やかな風が皇の頬をくすぐる。くすぐられている内に、意識が少しずつ覚醒する。目をゆっくりと開け、周囲を観察しそこが自分の部屋だと分かる。身体を少し動かそうと意識を向けると、まるで拘束されているかの様に動きが鈍い。それでも何とか身体を起こし、なんで寝てるのか状況を把握しようと思考を動かそうとした時。
「皇様は役人の報告を聴いて、倒れられたんですよ」
不意に声が掛かる。その声の人物を探り当てようと視線を動かす。お酒に酔ったように世界がゆがんで見える。それでも何とか目的の相手を見て観察する。窓に寄りかかる様に座りこちらを微笑みながら見ている。髪は銀髪で短めに刈揃えられている、顔はこの世界では標準の顔立ちだと思えた。
お互い視線を交わし少しの時間が経つ。いくら見ても皇の知っている顔ではない。声を掛けようと口を開けようとしたとき。
「皇様と私は初対面です。いえ厳密には、初対面ではないかもしれないですが。この姿では初対面です」
なにを言っているんだと首を傾げる。
「私はあなたの力で生み出されたもの」
その言葉で皇はうんざりする。また力かと。その力のせいで意味のない戦と犠牲が出たというのに。そんな力なんていらなかった、強いて言えば才能のある者が持てば話は別だったのだろうが、凡人の皇には過ぎた力過ぎた。
クスリと男は笑う。
「皇様は勘違いしています。確かに私は皇様の力で生み出されました。ですがよく考えてください」
「なにを?」
「他の異世界人は現実的な事を力としています。それは可能な力ですから、ですが皇様の力は現実的でしょうか?」
「現実的も何も・・・、実際起きている」
男は頷く。
「そうですね、確かに私という存在も生み出された。でもよく考えてください。あなたが、戦の最中戦を回避できないかと力を使い続けました。ですが、それは叶わなかった。なぜでしょう?その様な神に近い力を宿しているというのに」
「それは・・・」
そうだ、皇は具体的な想像なんてしなかった。だから叶わなかった。回避にも色々ある、他国に危機が陥るなどだ。
男は首を横に振る。
「それは違います。私という存在は叶いました。ならば力は叶ったのですよ。しかしあなたの想像どおりではなかった、いえこれもまた想像どおりなのかもしれません」
なにを言っているんだ。ただでさえ身体がだるく、耳鳴りも聞こえ声を発するのも辛いというのに、こんな意味のわからない話をするなんて。
「ですからよく考えてください。あなたが初めて願ったのはなんだったのかを」
皇は少し考え、遠い記憶をなんとか探り出す。
そう皇が初めて力を使ったのは、人恋しさのあまり貪欲に渇望したあの時だ。
「正解です。それがあなたの力の全て。せいぜい誰ともしらない人に会うことができる。具体的な相手の希望も、場所も選べないそんな他の異世界人と比べて小さな小さな力なんです」
「なにを言っているんだ!この地に緑を増やし、雨を降らせた!これが小さな力だと、俺には過ぎた力だ」
吐き捨てるように皇はいう。
「ふふ、誤解なさっている様ですが、それは大きな勘違いです」
「勘違いだと」
「ええ、勘違いです。先程も申し上げたようにあなたの力は本当に小さな力。せいぜい迷わず森を抜けることができたり、身も知らずの人に会えたりと些細な力。では聞きます。あなたが2番目に願ったのはなんだったのかを、そこに誰がいました?」
そんな事はすぐにわかる、
「ユルグやその家族、そして友人達だ」
「正解です。ではそんな不毛な大地に異世界人が現れ、ユルグやその他の人達は言葉に出さずとも救いを求めていなかったでしょうか?いえ求めていたはずです。もしかしたらとあなたを頼っていました」
わからない、男がなにを言いたいのかわからない。
「本来あなたの力は些細な力、しかしあなたを頼る者、信仰する者がその場にいた。一人よりも2人、2人よりも3人その意思の力が合わさった時、この世界に生まれるはずのない作物が生まれた。せいぜい、10人が食べていけるだけの作物ではありましたが、生まれたのです」
皇は目を見開く。
「そんな、それじゃ・・・」
「あなたが保身の為だけに使っていれば、ここまで大きくなる事はなかった。しかし、あなたは他の者の為に使い、あなたを頼るものもまた増えていった」
皇の頭の中で数年の出来事を思い出す。
そしてそれは男の言っている事が合っている事に、少なからず驚く。
あんなにゆっくりだった皇国の土地の緑は人が増える事に、早くそして豊かになっている。今では、数十万の人々が食べていける土地になっている。
「俺の力って・・・」
「お分かりになられましたね。偶然なのか必然なのかそれは私にもわかりません。しかし、あなた一人だけの結果ではないのですよ」
男の言う言葉は慰めにも聞こえた。だけどそれでも自分が許せない。
ハッと気が付く。
「君やシルクスは一体どんな願いで・・・?」
「簡単ですよ、シルクスはあなたも願ったはず。英雄の様な存在が現れる事を。また民も英雄を願った。それもおとぎ話にでてくる英雄シルクスをね。だから現れた」
フフと少し笑い。
「願いとはシルクスという存在で気がついているでしょうが、必ずしも具体的でなくてもいいんです。助けて欲しい、という単純な願いでもね。ですが私という存在は幾万の民の信仰をもってしても中々生まれなかった。一つ足りないものがあった」
「足りないもの?」
「そう足りないもの。皇様は心の奥底でこう願い力を使ったでしょう。相手が憎いと全ての敵を倒したいと」
皇は慌てる。
「それは・・・」
「いえ攻めている理由ではないのです。その願いを叶える為には英雄シルクス以上の力が必要だった。そしてもっとも強力な最後の思いが私を作り出したのです」
「最後の思いってまさか」
「ふふ、そうです。民の最後の死に際の願い。そして魂が私を形作ったのです。といってもこの肉体は公国の兵の肉体なので、少し嫌なのですが。こればかりは諦めるしかないです」
少し残念そうな表情で言う。
「民の魂・・・。死してなおこの国の為に・・・」
皇は目を見開く。
「君が公国の兵になにかしたのか?」
男は少し考え込み。
「そうしようと思ったのですが、撤退を開始してしまって、やれやれ」
おどけるように首を振る。
皇は少し安堵の息をする。
「そうか、あっ、君の名前は?」
「名前はありません。私は言わば願いの塊の様な存在なので」
ふーむと皇は少し考え込み。
「クロウなんてどうだろうか?名前がないと何かと不便だし」
男は笑顔になり。
「クロウ・・・。有難うございます」
皇は少し元気がでた。もちろん心の重りは大きい。しかし、民が傍にいるというだけで、いくらか安らぐ。
「ではこれから皇国の為に働いてくれるんだな?」
笑顔から一変、真顔になり。
「それはできません」
「えっ、なぜ?」
「死に逝く民が願った事を言い忘れました。民が最後に願った事は、皇様を敵から守る事。それが私という存在の全てなのです。はっきり申し上げれば、皇国などどうでもいいのです。皇様が無事であれば、今回も公国から守ろうとしたのは皇様の所有物であり、皇様が悲しまれたからです」
衝撃で目が回りそうになる。
「それが民の最後の願いだと言うのか」
「はい、皇国を守るのではなく、皇様の安全を願ったのです」
ここで皇は後悔する。恐らく民に公布した現在の状況を載せた立札に皇の事がなにか書かれていたのだろう。でなければ、最後にそれを願うなんておかしい。普通なら家族などの無事や、皇国の安寧を願ったはずなのだから。
「しかしそれだって、俺を守る事、つまりは皇国に力を貸すことなんじゃないか?」
「もちろん皇様がそれを求めるならば行動しましょう。それ以外は民との交流も臣下との会議も私という存在が拒絶するのです。ただ皇様が欲することそれだけです」
絶句する。民から生まれたはずのクロウは民を別に守ろうと思わない。守るのは俺がそれを求めるからだと言う。間違っていると言いたい。しかしそれは民を否定することになるのではないか。色々な感情が押し寄せてくる。
このわずかな時間のおはなしも皇にとって重労働に近い。今すぐ目が閉じたい衝動に駆られる。
それを察してか。
「休息を必要としておられるのですね。どうぞお休みください。起きた頃にはお体も楽になっているでしょう」
クロウの言葉がまるで、睡眠効果があるかのように、一気に抵抗できないほどの睡魔が襲う。
まだ、聞きたいことがあるのにという意思を最後に、皇の意識は眠りへと閉ざされる。




